ep.03
結論、まあ案の定といえばそれまでだが未だオレは帰れないままこの世界に居座っている。
この世界に来て早1週間、いい加減慣れざるを得なくなっているのが現状だ。
お世話になっているツィアさんは本当に近所で変わり者扱いされていたようで、どう考えても怪しい俺が出入りし始めても遠巻きにひそひそ話しているだけで誰も彼女を案じて声を掛けに来ることはなかった。
寧ろ環境に慣れるためにと買い物や家事などできることを手伝っているうちに俺の方が近所の人達と関りを持つことが増えてしまい、気付けば新参者の自分が近所付き合い担当になってしまっていた。
ちなみに詮索されても困るので俺はツィアさんの親戚の子どもというわりと無理のある設定になっている。
ああ……天気が良くていい洗濯日和だな……なんて現実逃避しつつ家事をするのが最近の日課だ。
「おいハゼル!お前周りの人間を味方につけやがって!ボクは騙されないからな!」
とまあ若干一名からは未だ警戒されているけれど思ったより平和に過ごしている。
もちろん元の世界に帰る方法も引き続き探してはいるけれど、そこは正直手詰まりだった。
魔法や伝承の多いこの世界でも異世界への転移はあくまでおとぎ話にすぎなかったのである。
進展がないだけに考え出すと落ち込んでしまう。
「ああもう――ツィアさーん!ちょっと買い物行ってきますねー!」
「おー頼むよ、ついでにタバコも買ってきてくれ」
「身体に悪いので駄目です!どうしても欲しいなら自分で買ってくださーい!」
「おいおい私に死ねというのか……」
正直一番助かるのはツィアさんが俺に気を遣わないように接してくれることかもしれない。
彼女の家がある城下町はレンガ造りの華やかなものだった。
庶民の市場は街の中央にある噴水のある大きな広場におかれており、にぎやかで活気ある声が右から左へ飛び交っている。
買い物は大抵そこで済ませるのだが、ちなみにお城の近くまで行くと貴族と思われるドレスやスーツを着た人がいたり高級そうな馬車が走っていたりするらしい。
「よおハゼル、今日は何を買いに来たんだ?」
「ハンネスさんこんにちは、今日は何か煮て美味しい野菜があれば欲しいんですけど……」
「ほお――じゃあこれなんてどうだ?ビーコアっていって煮ると柔らかくなってな、肉と甘辛くして食うと美味いぞ」
「このユファはねえ、クリーム煮にするととろとろになって美味しいよ」
にっこりという表現が似合うような可愛らしい花咲く笑顔だった。
よく見るとこの城下町の人達に比べて仕立ての良いワンピースを着ているが森ででも遊んできたかのように所々土で汚れている。
ハンネスさんとはどうやら顔見知りのようでそのままビーコアとユファのどちらが美味しいか論争になっていた。
「おいハゼルはどっちがいいんだ!?」
「そうだよどっちか決めて!」
白熱していくおすすめ合戦を止めることもできず、とりあえず他人事のような顔をして他の野菜を見ていると突然勢いよく話題の中心に引き戻された。
自分で振った話題なのになんだこの巻き込まれた感は。
「えっとお……じゃあ……両方、いただきます……」
「――よっしゃ!じゃあ両方食ってみてどっちがよかったかだな!」
「負けないよ!キミこの後ヒマ!?ユファのおすすめレシピないか聞きに行こう!」
尋ねられているようで返事を聞かれないまま手を引かれる。
かろうじて野菜の入った袋とお金のやりとりは出来たけど、ハンネスさんもそうだが彼女もなかなか強引な性格のようだ。
手を引かれて歩く道は俺の普段の行動範囲とは外れていて、奥まった道はいつもの大通りより汚れている。
周りの雰囲気を見ても少し治安の悪そうな印象だ。
こんなところによく来ているのだろうか、足取りに迷いがない。
ようやく立ち止まったかと思うと目の前にはどう考えても酒場にしか見えない外観の建物が建っていた。
「えっ レシピ聞きに来たんですよ……ね?ここ?」
「うんそうだよ、こんにちはー!ヴィンスいるー?」
ファンタジー作品でも酒場ってよく出てくるけど、これはどう考えても厳つくて怖そうな人たちが飲んでそうなタイプの酒場だぞ。
躊躇う様子もなく明るい声で入っていく彼女に手を引かれるので抵抗もやむなく店に連れ込まれる。
そこには想像した通りの屈強で柄の悪い人達が多く集まっていた。
「おお グロリアじゃねえか、ヴィンスなら奥だぜ」
「わ、ありがと!」
いやこの子全く物怖じしねえな。
厳つい客たちとも顔見知りのようで明るく挨拶しながら奥へと進んでいく。
そして一番奥で隠れるように壁の方を向きながらエールを飲んでいる男の背中を思い切り叩いた。
「痛ッやめろ!俺はヴィンスじゃねえ人違いだ!」
「あっは そんなわけないじゃん、でも逃げないところが優しさだよねえ」
「いや逃げたところで追ってくるだろ……それこそ地の果てまで……」
すでに一度経験したことがあるかのような遠い目をしている。
過去に一体何をされたんだ……いや怖いから聞きたくはないな。
ヴィンスと呼ばれた彼はしっかり見るとまだ幼さの残る顔をしており自分とあまり歳差のないように見える。
そしてこれは多分普通に未成年飲酒だ、この国の法律がどうかは知らないけど。
「てか後ろの見ない顔だな、お前のところの新入りか?」
今更のように俺の存在に気が付いたようで、怪訝そうな顔をした後に手に持つ買い物袋を見て合点がいったかのように尋ねられた。
やっぱりこの子のところはお金持ちなんだろうか、使用人と思われているのかもしれない。
「違うよ?さっきハンネスさんのとこで会ったの」
「いやお前はもっと警戒心を持って生きろ?」
全くもってその通りすぎてつい大きく頷いてしまった。
初対面の俺でさえ思ったのだから友人の彼からすれば更に心配だろう。
「大丈夫だってこの人悪い人じゃないし!あ、そういえばキミ名前なんだっけ?」
「えっ あーっと、爆です……」
「私グロリア、よろしくね!」
「マジで今自己紹介してんの?名前も知らない相手とこんな治安悪いとこ来るって新手の自殺か?」
この人なんかお姉さんに対して反発する弟みたいだな――と、これは口に出したら怒られそうだ。
しばらくグロリアさんと彼の雑談を聞き流しているとやっと本題に入ったらしく野菜の名前が耳に入ってくる。
呆れたような顔で話を聞く彼にグロリアさんは肩にかけていたカバンからメモ帳を取り出しぐいぐい押し付けた。
「ねえねえお願い!ユファも良く使ってるからビーコア料理に勝てそうなの1つや2つくらいあるでしょ!」
「勝てそうってなんだよ――まあとりあえずある程度評判いいやつ書きゃいいんだろ?」
「やったありがと!よおしこれでハンネスさんに勝てる!」
彼が書き始めたのを確認して彼女もそのテーブルに着いたかと思うと、俺の方を見ながら隣の席を叩く。
これは隣に座れということだろうか。
恐る恐るそこに座ってみるとにっこり微笑まれたのでどうやら正解だったようだ。
書き終わるまでの間にどこに住んでいるだの何が好きだのと他愛のない会話をしていると、終わったぞと声がかかる。
「おらよ、お前も面倒なのに絡まれたもんだよな」
「あはは……ちょっと思っちゃいました、おすすめを聞いただけなのにって」
マジでそれ、やってらんねえよな――なんて口では嫌そうに言っているが表情は明るい。
見た目より全然話しやすい感じの青年だ。
「そんなこと思ってたの!?ひっどーい!」
「何言ってんだ、こいつからしてみりゃほぼ当たり屋にあたったようなもんだろ」
「ヴィンス友達に対して当たり屋は酷いよ!私が泣いてもいいの!?」
「別にいい」
キーッと地団駄を踏んで怒ってますアピールをするグロリアさんと、それを見てけらけら笑うヴィンスさん。
こうやっていると学校の友達のことを思い出す。
こんなことにならなければ今日も友達と一緒に馬鹿みたいな話をしたりゲームをしたり変わらない日常を過ごしていたはずなのだ。
父さんや母さんだって心配しているだろう――何なら兄貴は泣きながら俺を探しているかもしれない。
今まで考えないようにしていたことが頭の中にあふれ出してだんだんと堪えられなくなってくる。
「ねえ爆、どうおも……えっ 何で泣いてるの!?大丈夫!?ヴィ、ヴィンス……どうしよう……!」
「いやどうもこうも……どっか痛めてんのか?こいつに連れまわされたときか?」
いつの間にか泣いていたらしい、涙が頬を伝うのが分かった。
二人がおろおろと俺の周りを囲って声を掛けてくれるのが申し訳ないけど少し嬉しく感じてしまう。
「いや、あの大丈夫、ちょっと友達とか家族のこと思い出して……」
二人には叔母(仮)の家に住んでいるだとか知り合いがいないとか――ましてや異世界から来ただとかそんなことは話していない。
きっと何を言っているかわからないだろう。
「よくわかんないけど……大丈夫だよ!私と、ヴィンスと、友達になろう!私爆のこと好きだよ!ね!」
「お……おう、同じグロリアに巻き込まれた仲だしな?話くらい聞くぜ」
「ちょっとお!どういう仲なのおかしいよ!それについては後で審議です!」
それでもこんなに優しい言葉を掛けてくれるなんて。
こっちに来てから人に恵まれているのをひしひしと感じる。
ごめん、ありがとう、大丈夫をどうにか繰り返して泣き止もうとするがなかなか涙が止まらない。
そんなことをしているうちにまたコントのような言い合いが始まるのを聞いて泣き顔もそのまま笑ってしまった。