ep.02
次に目覚めたときには日が沈み窓の外はとっぷりと夜の闇に濡れていた。
しまったと焦ったのも束の間、扉が開いて暗い部屋に光が差し込む。
「起きたか、ちょうどよかった。夕飯だぞ」
「あっ はい」
初めて出た部屋の外はありきたりな普通の室内で少し拍子抜けする。
まあでもそれはそうか、何を期待していたんだろう。
ダンジョンめいた仕掛けのある家?それとも華美な洋館?それとも見知らぬ素材で占められた不気味な家?
混乱しているといいながらもきっと少しは期待していたのだ、物語の主人公のような展開を。
そんなこと、あるわけないのに。
案内されたリビングではテーブルに食事が用意されており、奥のキャットタワーには灰色の猫が一匹座っていた。
「とりあえずお前はここだ。飲み物を準備するが水でいいか?ジュースが良ければ出すが……」
「水で!水で大丈夫です!」
座らされたテーブルには食器が三人分準備されていた。
確か一人暮らしだと言っていたような気がしたけど……誰か来る予定があったのだろうか。
待っていやこれ彼氏とかだったときの俺の気まずさったら!?
勢いよくキッチンのほうに振り向くと水の入ったグラスを持った彼女がびくりと肩を揺らす。
「ど どうかしたか?」
「あ、あの!食器が三人分あるんですけど誰か来る予定なんですか?」
「あ ああ、それか。おいアレルヤ早く席に座れ、夕飯抜きになってもいいのか」
そうやって彼女が呼びかけた先にいたのは一匹の猫。
困惑して彼女と猫を交互に見ているとゆっくり猫がタワーから降り、ぬるりと猫耳の生えた人間の男の子になった。
驚きで声を出せないでいるとその男の子は勢いよく音を立てて椅子に座り俺をじとりと睨みつける。
後ろで彼女がため息をついているのが聞こえた。
「そういや自己紹介がまだだったな、私はツィア。君は?」
「俺は爆です。葵坂爆……ここでは苗字は逆?ハゼル アオイザカ?」
「ファミリーネームは上流階級くらいしかないからファーストネームだけ名乗ればいいと思うぞ」
「へえそうなんですね」
猫のことが気になりつつも敵対心の見える彼について尋ねることもできずツィアさんと会話を続けていく。
自分自身も少し冷静になってきたからか、初めのときに比べ大分自然に話せるようになってきた気がする。
さあ食事を開始しようという前にやっと彼女も呆れた顔をしつつ猫に声をかけた。
「いつまでそんな顔してるんだお前、いい加減にしろよ。こいつはアレルヤ、他のものに化けることができるんだ。こういう奴を見るのは初めてか?」
「は……はじめてです……!魔法みたいですね……!」
「まあ魔法の一種ではあるな。こいつはマーハルカタンという古代種なんだが、古来の魔力がこの変身能力に特化しているんだ」
代わりにほかの魔法はまともに使えないがな、と注釈が入る。
部屋を出た第一印象は海外風のよく似た文化の世界かと思ってたけどまさかのここでファンタジー要素……!
わくわくしてしまった気持ちが顔に出ていたのだろう、彼女は零れるように笑って俺をたしなめた。
「このことは追々な、まずは夕飯にしよう。アレルヤは爆にちゃんと挨拶してからしか駄目だぞ」
「なんで!」
「わかってるだろ。さあ私らは食べ始めるか」
「~ッ!……アレルヤ!お前が不審者じゃないかボクが見張ってるからな!」
挨拶というか宣戦布告というか。
とりあえず彼女としてもこれがOKだったのかはわからないが彼は責は果たしたというかのように目の前の肉に噛り付いた。
出された食事はぱっと見今まで食べてきたものと同じような洋食といった雰囲気だ。
恐る恐る一口頬張るも大きく変わり映えのしない味に少し安心する。
「とりあえず今日は夕飯を食べたら寝るといい、疲れただろ」
「あ ありがとうございます」
夕飯を食べたあとTシャツとズボンを渡され、再度先ほどまで寝ていた部屋に案内される。
服は猫のものだそうで少し小さいがまあとりあえずは着れるだろう。
「今日からここはお前の部屋だ。有り余った客間のひとつだからな、自由に使ってくれ」
正直わからないことや不安なことも沢山あるが、それ以上に彼女には感謝してもしきれないくらいだ。
本日何度目かもわからない感謝の言葉を彼女に伝える。
「気にするな、今日はゆっくり休めよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」