ep.01
昔悪者を倒すようなヒーローや勇者たちに憧れた。
「ヒーローは大変だぞ~良いやつだけじゃなくて嫌いなやつでも敵に襲われてたら助けなきゃいけないからなあ」
「ふつうはヤなやつが敵になるんじゃないの?」
「それがそうとも限らないんだなあ、良いやつが自分の敵になることだってあるんだぞ」
「なにそれ…わかんないよ」
「お前にはまだ難しいな~爆は良いやつが敵になったらどうする?」
「そいつを良いやつにもどす!」
「そっかあ、ならそのためにまず自分が強くならなきゃな」
「うん!がんばる!」
なんて言ってた、そんな時期もありました。
今もファンタジー作品は大好きだが自分がそんな勇者になれるとは思っていない。
ただ なってみたいとは思う。
しかしそれはすでに正義感によるものではなく単純な好奇心によるものにすり替わっていた。
魔法や冒険、それは誰しも一度は憧れ心躍らせることではないだろうか。
「なあんて、思わん?」
学校の帰り道はいつもこんなくだらない会話で盛り上がる。
高校生なんて大体こんなもんだ。
今日も今日とて特にすることがなくこれから友人宅で新作ゲーム大会予定である。
「思う思う、ファンタジーもんの漫画とか読んでたら主人公やべえってなるしなー」
「えー俺危険と隣り合わせとか絶対ヤだわ、平和な世界でハーレム築きたい」
「あまりに最低だし欲望に忠実過ぎて笑う」
「いやハーレムは男の夢だろ!?」
こんなくだらない日常がオレにとっては当たり前で、これからもこうやって生きていくのだ。
なんて思ってた、そんな時期もありました。
世の中不思議なこともあるものです。
おかげで自分は漫画とか小説とかの主人公だったのではないかと錯覚してしまう。
それは目が覚めたら知らない部屋でした、なんてありきたりすぎる始まりだった。
「やあ 目が覚めたかい」
声がするまでドアのところに人がいることさえ気付かなかった。
自分でも思っていた以上に気が動転しているのだろう。
その声の主である女性はドアにもたれかかるようにして気怠げに立っていた。
「君倒れてたんだよ、うちの目の前で。ハア……ホント勘弁してくれ、ただでさえ肩身狭いってのに」
「え あの、えっと、すみません……でした……?」
「いいよ別に、それより君は浮浪者か?それにしてはいい身なりをしているが」
「えっと いや 俺も状況がよくわからなくて……ここってどの辺ですか?」
目の前にいる女性はお世辞にも生粋の日本人とは言い難い見た目をしていた。
でもこの日本語の通じ具合をみるに多分ハーフとかクォーターとかそんなところだろう。
タバコを吸う姿が様になっていてかっこいい。
「ここはアルテリア通り2丁目にある私の家だよ」
「……いやどこですかそれ、小塚のどの辺にありますか?もしかして市外?」
「いやいやコヅカってどこだそれは、ここはアイナヴァエラの郊外だよ」
これは絶対に話がかみ合ってないやつだ、そんなカタカナ地名なんてうちの近くにないぞ。
しばらくああだこうだと現在地のすり合わせを試みるがどうやら決着はつきそうになかった。
彼女によるとここはアイナヴァエラという国の郊外にある街だという。
他にも現在地の手掛かりになりそうなことを確認するが国名や地名も何一つとしてお互い通じるものがなかった。
「気づいたら知らない土地で倒れてましたなんて小説みたいな話だな、とんだSFかファンタジーじゃないか」
そんな馬鹿な話が、あるはずない。
ファンタジーはあくまで物語のなかの出来事であって現実の世界にはありえないことなのだ。
ぐるぐるとまとまらない思考のなか血の気が引いていくのが自分でもよく分かった。
ああ……吐く……
「おい吐くなよ、戻ってこい」
「ぅ、え……」
「深呼吸しろ」
「ぁ……すみま、せん……」
とはいえ押しとどめるのもやっとだ。
自分では制御しきれない感情の波が押し寄せてきているのがわかる。
大体もし本当にここが知らない世界なのだとしたらオレには頼るところもない、戸籍もない、知識もない。
生きる術が、ない。
「なあ、家に置いてやろうか」
「……え?」
「ここにいるのは私と猫一匹だ、一人くらい増えても問題ない。それに元々私は変わり者扱いされてるからな、その辺で人を拾ってきたといっても今更誰も不思議がらないだろ」
突然の申し出に更に混乱が上乗せされる。
まだここが違う世界だと決まったわけでもなければ、知らない人の……しかも女の人の家に住むなんてそんな……
「まあまだここが未知の世界だと決まったわけじゃない。お前の住んでたところが辺境の地なら私も知らなくて当然だしな。落ち着いたらまた打開策を探そう、それまでの拠り所だと思えばいい」
「あ ありがとう、ございます」
彼女がとても気を遣って言葉を選んでくれていることがとてもよくわかった。
それが余計にオレの帰る場所がないことを表しているようで気が重たくなる。
そんな重たい雰囲気を壊すかのように別の部屋で何かが割れる音がしてオレ達は顔を見合わせた。
「……少し見てくるからゆっくり休んでおけ」
渋い顔をして出ていく彼女を見送ってからオレはもう一度ベッドに横になった。
起きてる何もかもが自分のキャパを超えている。
でもこのどうしようもない現状で彼女を頼る以外にきっと手はないんだろう。
そう、頭ではわかっているのだ。
「わかっては、いるんだけど……」
まとまらない頭の中を整理したくて目を瞑る。
これから先一体どうなるのだろう。
助けてくれた彼女が頼ってもいい存在なのかも、本当はわからない。
でも彼女の口調に悪意は感じられなかった。
「そういやあの人の名前も知らないな……」
ふかふかのベッドのなかそんなことを考えていると当然のように眠気が襲ってくる。
寝たら失礼だと思いつつも疲れた身体は正直で、そのままゆっくりと意識を手放した。