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  八章

   第八章


 はなさんと別れて半刻後。

 目覚めた牡丹の怒りは凄まじかった。

 

 おれの両手から、はなさんの肌の香りを嗅ぎ分けると「どこの出会茶屋で逢引きしたのか?」とか、百目に逢引きの映像を提出させ再現させろとか、それが出来ないと知るや、百目や鉄っつあん、雷獣のてんにおれのスケジュール管理を迫る始末。


 こいつに前世があったかは定かじゃないが、相手の男はさぞ苦労したに違いない。

 こんな事をおれが考えると、とたんにおれの思考を読んだ牡丹が怒鳴り込んでくる。


 とりあえず、はなさんに失せ物の依頼を受けただけと牡丹には説明しておいたが、すでにその失せ物は入手しており、いつでも会うことが出来るのは当然、内緒だ。


 おれはバレなきゃいいが、と願いながら、露店で買った饅頭三十個で牡丹のご機嫌をとり、月霊會へ行くまでの時間を繋ぎ、過ごしたのだった。


 一刻後。


 おれは前回と同じく月霊會の月祭りが行われた武家屋敷に足を運んでいた。


 敵の襲撃を避ける為、定期的に会合場所は変更されるものの、今回は依頼の中間報告というていで、お館様を交えてのアポイントを取る事が出来た。


 理屈は分からないが、会合場所であるこの武家屋敷の周囲には妖力減退の結界がはられており、敵対勢力である妖は限界まで能力のダウンを余儀なくされる。


 妖を体内より使役するおれは妖気探知には引っかからないものの、妖のポテンシャルは最低となる。

 その為か、この屋敷に近づくにつれ、牡丹は軽いいびきをかき始めた。

 いや、寝てる方が静かでいいや。


「月影斬九郎。お館様への依頼の報告と聞いた。

 今回は特別に面合わせしたが、今後は控えてもらおう。

 手短に申せ!」


 おれはダンマリのお館様を尻目に、夜行天へ六車橋での事の顛末を伝えた。

 

 まずは坂崎さやの夜歩き潔白と、さやに執着をみせる骨女、紅華の報告。

 そして、吉川邸での蛇男たちがこの件には絡んでいる事。

 そして最後に、最も伝えなければいけない大事な事を告げた。


 この仕事に、小判二枚は安すぎるだろうって事!。


「これは否な事を。

 お主に任せたのは坂崎さやの夜歩きの件のみ。

 しかも、事が上手くおさまれば、倍の金を受け取ると伝え聞いておる」


(ギクッ! 何でコイツが知ってんだ!)


「いささか、欲が深いとみえる。

 金への執着が強いと、いらぬケガをするぞ。

 そういえば、井筒屋の壁に大穴を開けたそうだな」


(ギク、ギクッ!!)


「何だ、知ってたのかよ。人が悪い

な。

 いや、だから、この件はおれがひっくるめて受けようと思ってよ。

 相手はあぶねえ奴等だし、骨女の氏素性もしれねぇ。

 大都の平和はおれが守る。なんちってな。

 どうだ小判五枚で!」


 おれはどうだと言わんばかりに、夜行天に五本の指を示して見せた。


「小判、十枚!!」


 夜行天の言葉におれは思わず、

「えッ、マジか。やった! あんたは話の分かる奴だと思ってたんだ。

 おれも死にかけたが、今度はこっちの番だ。

 なぁに、奴等の居場所もすぐに知れるしよ!」


 おれが言い終わる前に夜行天が先制した。


「月影斬九郎。お主の責任において、小判十枚。全て弁済してもらう!」


 突然の夜行天の言葉に、おれは耳を疑った。


「は、はぁッ? 何で、おれが?」


「昨日、今日、この仕事を始めた訳ではあるまいに。

 井筒屋の壁の修理代に、店の者への迷惑料。

 埃まみれになった店は一月は仕事にならぬ。

 お館様が店に弁済した分は、きっちり払ってもらう」


 翁の面を被る夜行天。

 その語気に静かな怒りを感じたおれは、拝み倒して許しをこう。


「もはや、吉川邸の件は虎月が動いておる。その方の出る幕では……」


 怒りを多分に含んだ夜行天の言葉が不意に止まる。

 翁面の視線はおれの背後に注がれていた。


「お、おやかた…様。夜行、さま…

 

 左腕を肩口からねじ切られた僧服姿の女。十二月士、卯月の姿がそこにあった。


 息も絶え絶え。

 傷口を押さえた指先の間からは脈動と共に、勢いよく鮮血が吹き出している。


「おいッ、どうした!。しっかりしな! 誰にやられたんだ!」


 ガクッと体勢を崩し片膝を地につけた卯月に、おれは駆け寄った。


「半面の骨女とその一味。

 天馬峡の廃寺付近を捜索する最中、襲われました」


「分かった、もうしゃべるな!。

 おい、夜行天!!」

 

 言うが早いか、屋敷の奥から駆け寄って来た男たちが、止血を開始する。


「我が夫、文月も殺されました。私の能力「死に戻り」は、一晩に二度死んでも記憶と経験を引き継げます。奴等の目的は「紅玉」と呼ばれる宝玉の精製……」


 ふっと糸が切れたように、卯月の言葉が止まった。

 

 卯月は時空間系の能力者だったらしい。

 その特殊な力に比重をおいているため、体術はそれほど優れているわけではない筈だ。


 きっと奴等に感づかれ、幾度となく五体を切り刻まれながら、ここまでようやく逃げ帰ったのだ。


「おい、夜行天。いや、お館様よ。

 これはどう考えても、小判二枚の仕事じゃねぇ。安請け合いしやがって。

 月士が二人も死んだんだぞ。虎月の奴も無事かどうか分からねぇ。

 この落とし前、どうつける!!」


 自分の借金を棚上げにして、逆ギレしてみる作戦だったが、上手く出来ただろうか。


「この無礼者が! お館様に意見なぞ……」


 矛先が変わったことに怒りを覚え、夜行天は声を荒げた。

 だが、それを制したのは、今まで無言を貫いてきたお館様だった。


「月影斬九郎……」


 おれの名を呼んだはいいが、小声すぎて、後が聴き取れない。

 すかさず夜行天がお館様の側に寄り、耳を近づけた。


「それは……、良いのですか?。……承知……」


 お館様の伝言を聴いた夜行天が、おれの方へと向きなおった。


「月影斬九郎。

 小判二十枚で、この件、片付けてみせよ。弁済の小判十枚は不問とする。

 やってみせるか?」


「こ。小判二十! ううむ、しかし奴等もかなりの手練れ。どうするか?」


 あえて顔を曇らせ、自信なさげに腕を組んで考え込んでみたものの、実はおれの頭の中では、扇子を持ったおれの分身たちが喜びの輪を作って踊りまくっていた。


 なぁに、美人が亡くなったのは悲しいが世の中、金だ。

 小判一枚で、現世の二十万から二十五万ほどにあたるこの世界。

 それが二十枚で、約一千万円の大仕事だ。

 おれは顔が緩むのを必死で堪えながらクールに決めた。


「その依頼、受けよう!!!」


 この後おれは、この依頼を受けた事を本当に死ぬほど後悔するのだが、小判十枚の弁済がチャラになるのは耐えがたい誘惑だったのだ。


 もちろんそれが、お館様の手であることは言うまでもなく、気がついた時には後の祭りだった。








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