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  七章

   第七章


 六車橋での闘いより数時間経った早朝。


 真面目なおれは、とりあえず長屋へと戻り草履を新調。

 そして再び六車橋へと舞い戻り、周囲の捜索に努めていた。


 橋の周辺に当然、奴らの姿は無く、橋のたもとの青年たちも単なる酔い潰れと思われたようだ。


 大騒ぎになっていたのは壁に大穴開けられた井筒屋のみ。

 全く申し訳ない。


 と、いうのも紅華の霧によって誘い出された青年たちのほとんどが、自分がどうやって橋まで誘き出されたか覚えていない始末。


 花の蜜に群がるように集められた青年たちは皆、無事であったものの、その口々にのぼったキーワードが「鈴の音」だった。


 皆、床の中で、鈴の音と自分を手招きする美しい人の姿を見たと思ったら、ここにいたそうだ。


 紅華が、不特定多数の男の夢に侵入したのは間違いないのだが、その実、その姿は各個人の想い人の姿を真似ていたのが判明した。


 女、女、女、女、男。


 恋愛に性別は関係ないとは言え、一部の青年の趣味には少し驚いた。


 元世でモデルとして通用しそうな細面のイケメンが、汗臭い若衆に押し倒される事を心待ちにしている事を誰に言えよう。


 これらは全て、百目一眼による逆行催眠により覗かしてもらった心の秘密だ。


 当然、プライバシーの侵害にあたるので、必要最小限にしておく。

 あまり深くまで探ると、この手の話が大好物の牡丹がもっともっと、とでしゃばってくる。


 それにしても、誘い出されてビックリ。

 相手は半面半身の骨女だったのを知らずに済んだだけ、彼等はマシだったと思う。

 実際に紅華のあの姿を一度目に焼き付けてしまうと、人としての心のバランスが崩壊する可能性もある。

 それ程にインパクトのある姿をしていた。

 

 昨夜から今朝にかけてあんな事があり、早朝から仕事しているおれも当然、腹は減っているが、一方牡丹はぐうぐうと寝息をたてている。

 腹の調子は三分だそうだ。


 おれも現世じゃ、マックのモーニングを三人前はドカ喰いしていたのだが、今では遠い昔の事のように懐かしく思い出される。


 三時間前、牡丹もかなり腹を減らしている為、長屋に戻った際に急遽、一升分の米を炊き、喰わせる準備をした。


 報酬の筋丼百杯はすぐには無理だと説得し、今朝のところは冷えた味噌汁と人参の漬け物でガマンしてもらう。 


 おれはドッと疲れがでたせいか、それから一時間の仮眠をとったのだが、牡丹はその間に飯釜を髪の毛で宙空にホールドし、すべて完食したそうだ。


 そう。おれの分まですべて。


 それで三分と言い切るのだからたまらない。

 

 おれは六車橋の中央に歩み寄り、深夜の闘いで破損している部分を確認した。

 

 霧による催眠に、亜空間よりの攻撃。首狩り傘に召喚術。それらをあの女は平然とやってのけた。


 あの女がさやさんと同一人物ではないのは分かった。


 喜三郎の依頼内容も杞憂でしかなく、依頼者が安心出来る報告内容となるだろう。


 だが、新たな謎も浮かんだ。


 坂崎さやに対する紅華の異常な執着。


 二人の間に何があったか気になるところだが、それ以上は夜行天言うところの、要らぬ世話になるのだろうか。


 色々な考えが泡のように浮かんでくる。そんなおれの視界の片隅に突如、見慣れない物の姿が飛び込んできた。


「なんだ、これ?」


 つまんで拾い上げると、それは手の平で耳障りの良い音階を発した。


 鈴であった。


 乳白色であるところを見ると、月光石で出来ているようだ。親指ほどの大きさだが、かなり高価な物だ。


 月光石とはおれがこの世界に来てから知った貴重な鉱石で、もちろん実際に月にあった石なんてオチはなく、月の光を蓄光する性質を持っているため、付けられた名だ。


 その特性から、一部の高級嗜好の

金持ちが、自分の女に身に付けさせる事が多かった。


 髪飾りや、櫛。財布や扇子の一部分に用いる事で、夜の世界に生きる者達には一種のステータスになっていた。

 当然、値が張るものであることは間違いない。

 おれも思わず「ヤリぃ」とばかりに手ぬぐいに包み、懐に仕舞い込んだ。


(まてよ!)


 よく考えたら、紅華も鈴を持っていたのを思い出した。


 おれは紅華を妖だと思って対処しようとしていたが、人間の嗜好品を愛用する妖。

 これが紅華の落とした物であれば、この話の裏には何かある気がしてくる。

 

 紅華はただの妖怪か?。


 あの姿から、人間ではないにせよ目的がはっきりしない。

 さやさんを恨んでいるなら、何故直接襲わない。

 造作もないはずだ。


 分からない事ばかりで頭を掻き掻き、ちりめん長屋へと帰宅する。


 今日の夕暮れ時からは、また月霊會へと顔を出し、ギャラの交渉に当たらなければならない。


 そんなおれの手には、今、見慣れない物が握られている。

 手紙だ。しかも、女性からの。


「だれよ、それ!!」


 おれが考える前に目を覚ました牡丹が嗅ぎつけたらしい。


 基本的におれに近づく年頃の女性は全て敵らしく、おれの着流しから香のかおりでもさせようものなら、まるまる二時間は逃げようのない取り調べがスタートする。


「今度の依頼人の妹ね」


 封を開ける前から言い当てる牡丹。


 横開きの戸に差し込まれていた半紙には、流れるような美しい字で、言葉が書き綴られている。


(えーなになに。月影斬九郎サマ、人伝に貴方様のご活躍を耳にいたしまして、恥ずかしながらそのお力に私も縋りたく、筆をとりました。出来ますれば……)


「よし、牡丹。とりあえず、飯でも喰うか!」

 

 おれは出来るだけ頭を空っぽにしながら、再び食事の準備を始めた。


 米を研ぎ、釜に入れて急いで火を起こす。

 米が炊けたら貰い物の干し海老とネギ、しょうが、塩、そして卵を混ぜ、獣脂を塗った鍋で炒め物を作る。

 その中へ炊き上がった米を投入。

 均等に混ざるよう、炒めていく。


 おれ流チャーハン。


 現世では、中華料理店で二年ほどバイトした経験もあり、男料理だが味には自信がある。


 汁物はカボチャの味噌汁。

 きょうはカボチャスープ風にしてみた。味噌の風味とトロリと崩れるカボチャの実の味がなんとも言えない。


「で、誰と会うの?」


 ギクッ。


「さっきの手紙の女ね。……はな。はなって名前ね!。私と言うものがありながら!」


 突如、脳内に響き渡る牡丹の声。 


 なるべく意識しないようにしていたものの、記憶を逆行して読んだらしい。


「何が、私と言うものがだ。人聞きの悪い。おれは仕事の事で相談を受けただけだ」


「うそね。どうせ私がジャマだから、死ぬほど飯を喰わせて眠らそうって魂胆ね。誰がその手に乗るもんですか!」


 十分後。


 おれの脳内では牡丹の健やかな寝息が、心地良く響いている。


 人間が性欲、食欲、睡眠欲に抗うのが難しいように、化生二口女の牡丹は食欲が全てで、あらゆる欲を凌駕する。

 

 湯気の立つ味噌汁に、おれ様チャーハン。きゅうりの糠漬け。


 それをお膳で目の前に出したら、いや、位置的には背中側になるが、牡丹の食べっぷりは凄かった。


 瞬く間に鍋、釜は空っぽ。この調子ならTVの大食い選手権に出ても、軽く優勝狙えそうだ。

 

 よし、今ならば。

 と、はなとの待ち合わせ場所へと足を向ける。

 待ち合わせの場所はこの間出会った場所、六車橋のたもとだ。

 

 男として若い女性に誘われる事は誇らしくもあるが、それならば堂々とくればいい話だ。

 それが出来ないのは、どこか心にやましい部分がある事を重々承知しているからだろう。


 六車橋に着くと同時にはなさんの姿を探す。

 一際美しい紅色の着物は、一目でその存在を浮かび上がらせた。


「待たせちまったかな!」


 おれは声が上ずるのを抑えながら、川沿いに立つはなさんの後ろから話しかけた。

 

 はなさんは振り返り、その美しい瞳でおれの姿を捉え、深々と一礼した。


「先日は助けて頂き、ありがとうございました」


「い、いや、今日は顔色良さそうだな。大丈夫かい?」

 

 薄化粧しているその肌から伝わるフェロモンは、間違いなくおれの男としての部分を刺激してくる。


「はい、少しなら平気です。あの、実は今回来て頂いたのは……」


「何だい。遠慮なく言ってみな」

 

 金は無いが、それ以外の事なら何でも相談に乗るつもりで来たのだ。


 女難、女難というが、おれは自分の為にもなんとか嫁を見つけなければどんな目にあうか分からないのだ。

 積極的に多くの女の子と知り合う機会を持つ事は絶対に間違ってないはずだ。


「斬九郎さまが、よろず屋を営んでいると聴きまして、是非ともお願いしたい事があり、不躾にも御自宅を訪ねてしまいました」


「……よろず屋?。この間、そんな事まで話したかな?」


 これはおかしいと、ニブイおれでもさすがに思う。


 よろず屋というのは、おれが妖関連の仕事で、護衛である護妖やその他の雑務。なんでもこだわりなく引き受ける事からついた職業上の隠語だ。


 別に看板たてて、よろず屋しているなんて、一言も公言してない。

 つまり彼女はおれの本当の稼業を知りつつ、近づいて来た事になるが……

 

 おれの頭の中では、「お前は一体、何者だ!」という疑う気持ちと「おれを頼ってくれてありがとよ!」という感謝の気持ち。

 この二択で迷うものの、答えはでない。


 微妙な表情を続けるおれに気が付いたはなさんが、言葉を発した。


「この間、斬九郎さまが兄と会ったあと、偶然、町で見かけまして。

 人をあまり信用しない兄が頼った斬九郎さま。

 興味があって、ついつい長屋の方まで……」

 

「ついてきちゃってたのか?」

 

 尾行されてないかは百目が確認している筈だが、町娘が遠巻きに歩いているのまでは、さすがにスルーしていたのかもしれない。意外な盲点だった。


「途中で分からなくなったので、近くの方に聞きましたところ、皆さん、長屋まで優しく案内してくださいました」


 話を聞くところによると、どうやら大家の婆さんが、ご丁寧にもおれのあばらやへと、はなさんを案内したらしい。

 この時ばかりは大家のファインプレーに拍手した。

 

「その時はお願い事をするとは思ってなかったのですが、少し困った事が起きまして。

 兄に相談したところ、斬九郎さまはよろず屋だから相談してみろと。

 それで手紙を置かせてもらいました」


「喜三郎さんが?。

 それならば筋は通るか。

 疑って悪かった。

 依頼人の身内とこんな風に会うのはあまり褒められた事じゃねぇんだが、聞くだけ聞こうか!」


 はなさんは昨日、この六車橋付近で親から貰った大切な物を無くしてしまったと語った。


「普段からとても大事にしている鈴なんです。

 月光石で出来ているもので、大きさは……」


 何という幸運。

 月光石の特徴を語るはなさんの言葉があまり頭に入ってこない。

 

 そう。

 なんとおれはその月光石の鈴を既に拾っているのだ。

 何のことはない。

 この鈴は紅華のものではなく、はなさんが落とした物だったとは。

 おれは懐に手を入れ、その所在を確認した。


「ですから斬九郎さま。月光石は月夜の光に晒されるとすぐに見つかります。私も今夜、探してみようと思いますので……」


「だ、駄目だ駄目だ。夜は危ない!」


 おれは慌ててはなさんの言葉を遮った。

 キョトンとするはなさんだが、六車橋での戦闘が脳裏に浮かび、可愛い女の子がウロウロするのを考えたら思わずこの依頼を引き受けていた。


「おれが探しとく。何とかする。

 だからはなさんは夜、出歩いたりせずに家でじっとしていてくれ。いいな!」


 おれははなさんの手を握ると力強くそう宣言した。


 

 

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