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  五章

   第五章


 刻は如月。


 おれ達、月霊會のメンバーはその時の時間を和風月名で伝える事が多い。

 如月であれば二時を指す。


 現世のように街中を照らす街灯も無ければ、多くの人々の拠り所であるコンビニも無い。


 人出の絶えた大都の町を照らすのは、冴え冴えとした明かりを地上へと届ける月のみ。


 六車橋周辺には霧が立ち込め、月光を妖しく照り返している。


「雰囲気出てきたな。

 だが、いくらなんでもスモーク焚きすぎだ。

 バラエティ番組じゃあるまいし、霧の塊が隊列組んで進行してるぞ」


 六車橋から一気に押し寄せた霧が高松屋と西京屋の前に迫ったと同時に、おれの左腕に百目の一眼が十以上、ボンボンと景気良く浮かび上がった。


 どうやらターゲットが百目の監視結界に引っかかったようだ。


「さやさんは……寝てるな。邸内に間違い無くいるって事だ」


 おれは一瞬だけ、邸内で就寝しているはずのさやさんに附帯させた百目一眼に意識を切り替えた。


 天井の板目が見える。


 少し視線を動かし、お顔を拝見。

 柔らかな寝息におれは安心した。


「かわいい顔してるよな」


 思わず口にしたが、たちまち牡丹が怒りをあらわにする。


「さ、仕事、仕事」


 おれは気付かないふりをして、高松屋二階窓より、ヒラリと地上へ飛び降りた。


「てえことは、こっちの奴がニセモノだって事だな」

 

 おれは霧に全身を包まれながらも、六車橋へと疾走した。


 百目の力で、夜間だろうが霧だろうが、一切関係ない。昼間と同じように視界はオールグリーンだ。

 

 突如、脳内に差し込まれるイメージ画像。


 寝巻きに裸足、という出立ちの若い男たち数名が、ゾンビみたく六車橋中央へ向かっている様子だった。


 そしてその橋の中心には、紅い着物の女の姿が。


「せんせ。あの女から妖気が放たれてる」


「ああ、どうもそういう事らしいぜ。

 霧遊病、いや霧による催眠か。

 牡丹!!」


「もうやってるってば!」


 二口女の牡丹は、豪と凄まじい勢いで周囲の霧を吸い上げると、ゴクンと飲み込んだ。


 この霧にどういった効果があるのか不明だが、おそらく特定の人間にのみ効果のあるナノサイズクラスの催眠物質が含まれているに違いない。


 どことなく白粉の香りもするこの霧は家屋の中まで侵入し、室内の大気と混ざり合い、寝静まった邸内から若い男達を外へと導く役割を果たしている。


(せんせ、もう大丈夫。

 これ、汗と香料、妖の気で精製されてるわ)


 霧を吸い込んだ牡丹はこの程度なら即座に解毒を完了する。

 おれには大して効かないが、念のためだ。


「いた!」


 アーチ型の木製橋。

 日中は人の往来は元より、待ち合わせや行商人、大道芸も見られる町の名物でもある。


 六車橋の手前に来たおれは言葉も無く、若い男達の首筋に触れ、一瞬で昏倒させた。

 

 おれの体内に潜む妖、雷獣の「テン」による指二本使っての簡易スタンガンだ。


 威力は限界まで抑え、数時間気絶させる事が出来る。

 目が覚めた時には、ちと首筋が痛むくらいで済む。

 これから荒事を控えた場に、護る対象が増えると、おれの仕事が非常にやりづらいからだ。


 男達の首根っこを引っ掴み、橋の袂にある桜の樹のカゲへと移動させる。


 目が覚めたら記憶がない事にさぞ驚くだろうが、このままここで寝ていてもらおう。


 そうこうするうちに橋の中心、アーチ橋の最も高い場所に、月光を背にした巨大で紅い妖気が現れた。


 おれの額に百目一眼が現れ、敵の妖気分析が開始される。


 妖のタイプによって身に纏う妖気の色は皆違う為、ファーストコンタクトは非常に大事だ。

 見誤るとえらい事になる。即、死亡もありえるからだ。


 橋周辺の大気が揺れ、霧が左右に分かれ主の姿をおれの前に曝け出した。


 真紅の番傘に赤襦袢。左半身を捩り番傘で顔を隠したその姿。

 腰をくねらせる度に、帯に垂らした鈴の音が、また男の興をそそる。

 顔を見ずとも、腰のラインでイイ女だと直感で分かっちまうもんだな。


(せんせ。ヨダレヨダレ)


 牡丹のシャレにも気付かず、慌てて口元を拭う。おれは気を取り直し、女に話しかけた。


「やい。若い男が好みらしいが、おれなら今すぐ相手してやるぜ!おれの名は月影……」

 

 そこまで言った時、おれの声を遮り、女が口を開いた。


「お前が、月影斬九郎かえ。実際にこうして会うのは初めてじゃな。一日千秋の想いで待っておったよ」

 

「ああ?」


「この浮気者。

 人間の女にモテないからって、妖怪と出逢い系するなんて!!」


 すかさず牡丹からの怒りが向けられるも、じゃあお前は同棲だなと切り返す。 

 途端になんだか嬉しそうだ。女の気持ちは分からんね。


 大体おれが、こんな娘とババアが混じり合ったような喋り方する音声多重声女と付き合う訳がない。


 だが、脳内に響くその声はおれの記憶を呼び覚ます事には成功したようだ。


「吉川邸の神隠し事件。蛇骨の仲間の女か!」


 女の方から待っていたなんて言われると普通は嬉しいもんだが、何故だか胸がザワザワする。

 あの蛇男、蛇骨の仲間であるのだから、まともな筈がないのだ。


「蛇骨に代わってこの間の礼をせねばと、ここでずっと待っておった」

 

 待たれても困る。

 大店の若旦那が消える神隠し事件と、喜三郎の依頼がおれのなかで限りなく接近していく。


「こんな真夜中に逢引きするつもりはねぇ。

 ストーカーとの付き合いは事務所的にNGなんだ。

 またな」


 軽口たたいて踵をかえそうとするおれに、早鐘のように突き上げてくる不安と焦燥感。

 おれの第六感が、大声で告げている。

「ニ、ゲ、ロ」と。


「そうかい、そうかい。そんなに見たいなら、たっぷりとこの紅華様の艶姿。その両の瞳でとっくりと見てもらおうじゃないか」


 呆れるおれの脳裏に突如、嫌な予感が疾る。 


 バッと番傘を掲げ、こちらを振り返った美女のその右半身は、全て骨が剥き出しになっていた。


「やな予感、的中!」


 骨女。

 その名の通り、骸骨姿をした女の妖怪であることは広く知られている。

 だが、この女は頭骨、胸骨、腕、下腿、または身に着けた着物にいたるまで、いわゆる正中線できれいに切り分けたように、右半身は骨のみで形成されている。


 しかもよく見ると、若干宙に浮いている。地上より拳一つ分くらいの所に足底が浮かんでいる。


 現世で占い師に言われた一言「女難の相」が肌感覚で理解出来た感じだ。


 そして両脚は既に動きを止めている。


「金縛り」だ。


 奴の姿を見ただけで、おれの下半身の運動機能が停止している。

 

「へえ。

 わたしの姿を見て、悲鳴を上げなかったのはお前くらいのものだ。

 月影斬九郎」

 

 言葉と共に、真っ赤な紅をひいた左半面の口元が、キューッと耳元までつり上がる。


 眼光は鋭く左目の周囲には黒い縁取りがなされ、それがこめかみまでひかれたその様はさながら獲物を狙う部族が己を鼓舞するために施す戦闘用の化粧ともとれる。


 この女がさやさんと似ているかと言えば似てなくもないが、半面の化け物と比べられてはさやさんが可哀想か。

 

「あんた、坂崎さや縁の者か?」


 さやさんに潜ませた百目は変わらず、さやさんが邸内の中にいる事を伝えてくる。


 妖怪にこんな質問するのも滑稽だが、依頼人の要望に答えるのも仕事だ。

 それとこの質問は時間稼ぎの側面もある。


 未だ金縛りは解けず、筋緊張を改善するヨガの呼吸法を先程から試すものの、一向に手応えがない。


(おい、牡丹。何とかならねえのか?)


(難しいわね。単純な恐怖心による金縛りじゃないみたい)


 そうこうするうちに、紅華の様子がおかしい事に気がついた。


「さや……さやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさやさや。

 口惜しい。

 あの女のために、どれだけ妾が苦渋をのんだ事か。

 五体を引き裂いてもあきたらぬわ」

 

 頭を抱え、身を捩り呪いの言葉を鋭く吐き捨てる紅華。


 おれのつまらぬ質問で相手を怒らせ、事態は最悪になった。


 事情はよく分からんが、紅華がさやさんに深い怨みをもっているのは間違いない。

 とにかく、このままじゃ、ヤバい。なんとかしなくては!


 おれは慌てて最終手段を思いつき、それを牡丹に提案した。


(えーーーーッ。あたし絶対無理。

 せんせの変態。恥知らず。

 嫁入り前の美少女にこんな事、よくもさせるわね。教育委員会に訴えて……)


(牡丹、言い合ってる時間がない。筋丼二十杯奢るから頼む!)


(六十杯!)

(ヘ……)


(六十杯なら手を打つ……。嫌ならやらない)


(わ、分かった。ちくしょう足元見やがって)


(せんせ。なめこ汁もつけてよね)


「蛇骨坊のいうまま魂狩りに来てみれば、気分を害したわ。

 もうよい。

 月影斬九郎、動けぬならば、お前もそのまま肉袋として引き裂いてくれる」


「お前らが気分屋なのはよく分かった。 

 つまらん腹いせに、大勢の人間を殺しやがって!。

 一体、何をたくらんでやがる」


「知りたくば、妾の身体に直接聞いてみたらどうじゃ!」


「おもしれえ。そう、させてもらうぜ!!」


 おれの頭の中で、戦闘開始のゴングが打ち鳴らされた。



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