三十五章 「完結」
三十五章
「それにしても皆んなには、今回の事件じゃ世話になったな」
「せんせを助けるのはいつもの事。
お礼に美味しいご飯、炊いてくれるしね」
「そこで相談だ。
実はちょっと言いにくいんだが、来月の食費が……無い」
「なんでよ。たんまり貰ったって、こないだ言ってたじゃない!!」
途端に牡丹の機嫌が悪くなる。
「実は華さんの墓造るのに、結構掛かっちまって。
それにぶーちゃんがおれのあばらやに住み着いちまったろ。
飯代、凄くて……」
その言葉のウラを読み、牡丹が金切り声をあげる。
「な、なによ!。
せんせ、まさか墓造るの自腹切ったの?。
信じらんない!!。
しかも飯代って、遠回しにわたしの事、言ってるんでしょ。
ひどいっ!!」
「い、いや、それ誤解だって。
でも今から旅立つ二人に、あまり負担かけるのもどうかなって?。
ほら、新婚さんだし、祝い金代わりに少々奮発したというか……」
おれは再び、牡丹の怒鳴り声が返ってくると身構えたが、響いてきたのはあきれた様子の牡丹の声。
「……全く、どこまで人が良いんだか。
そんな事だから、すぐ女に騙されんのよ」
ズバリ切り返されたが、その通りだ。
だがおれは、紅華、いや華さんが妹に出来なかった事の万分の一でも、目に見える形として、してあげたかったのだ。
おれには結局、そんな事しか出来なかったからな。
「じゃ、決まりね!」
「?」
「仕事よ、仕事。
お金がないなら、稼がなくちゃ。
そうじ、せんたく。
犬の散歩に、妖怪退治」
おれは大きなため息を洩らした。
「はぁ、こりゃあまた、明日から大変だな」
「なに、言ってんの?。
今からよ、今から!!。
月霊會に行って、仕事貰ってくるわよ!!」
「分かった分かった。
言う通りにしますです、ハイ」
おれは大きなアクビを噛み殺しながら、自身の背中に百目眼を数十眼、現出させた。
周囲の状況を隈なく探らせる。
街道を行き来する人々の中に、鋭い殺気を放つ存在を複数感じたからだ。
だが、この手の手合いはおれの商売には常に付いてまわり、その対処も慣れたもの。
今回もそうだろうと気楽に考えたが、ついぞ、その正体を掴む事は出来なかった。
百目の監視から逃れる奴か、面白ぇ。
当分、退屈せずにすみそうだな。
(せんせ、何か言った?)
「うんにゃ。
そう言えば牡丹。お前、チャーハン大好きだったよな」
「うん。せんせのチャーハン大好き!!」
「今度、また作ってやる!!」
「ホント、期待してるわよ!!」
話題を食に振り向けると、牡丹は途端に機嫌が良くなる。
だがおれはこの大飯喰らいの妖に、いつの頃からか相棒の垣根を越えて、親愛の情を感じることがある。
何故だろう?。
今回の事件では遺霊物は手に入らず、過去の記憶は僅かに垣間見えた程度だが、その記憶はとても大切なものに思えた。
どうやら完璧に記憶を戻し、現世に舞い戻るのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「女難の相がある」
ふと、現世にて占い師に言われた言葉が何故か、脳内でリピートされる。
(そうかも知れない。だが、女に救われた命でもあるな)
月霊會十二月士、月影斬九郎。
煌々と輝く月を見上げ、おれはひとときの平穏に身を委ねていた。
斬九郎退魔剣 紅華の変
完
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この斬九郎シリーズはこの後、短編を少し書いてみるつもりです。
次回作はまた、別の作品になるので、気長に待っていただけると嬉しいです。
どうもありがとうございました。




