三十三章
三十三章
全身に拡がった青い焔が、紅華の闇の生物としてのそれ以上の生命活動を許さなかったのだ。
己のベースであるはなさんから注入された青い焔は、人が血液を全身に巡らせ活動するより早くその身を駆け巡り、瞬く間に紅華の肉体を焼き尽くし、塵へと変えたのだった。
周囲に広がりを見せつつあった虹色の波、インナーワールドの扉も消失し、辺りには静寂が戻った。
おれはその場で立ち尽くした後、自然と両手を合わせ拝んでいた。
仲間なんている訳がない。
幼い頃から迫害を受け、身を汚され、焼き殺されて妖となっても、その微かな善性がはなさんの姿を借り人前に出れたのだ。
残った善性を排出する事で、妖としての、闇の生物としての純度を高めようとしたのだろうか。
蛇骨や岩鉄とも事の成り行き上、徒党を組んでいたようにも思える。
紅華が死んだ事により、広間、屋敷の様子も一変し、元に戻ったようだ。
ここに突入した時は紅華の肉体と融合していると思われる箇所もあったが、今は結界と言った感も無く、日常のそれを取り戻している。
小鳥のさえずりさえも、耳に届いてくる。
「終わったな……」
おれは鉄っつあんの防御結界を解除し、鉄っつあんを再びその身に取り込んだ。
同時に、周囲に展開していた百目も全回収する。
鉄っつあんというシェルターを解除したその場には、震える喜三郎と意識を失った花嫁がいた。
「すまねぇ。とんだ婚姻の儀になっちまった」
「斬九郎さん。私は……。私はなんと言って、さやに説明したらいいんですか?」
「正直に話すしかねぇな。
元はと言えばさやさんと、あんたの家の問題だ。
もしかしたら稼業は……」
喜三郎はそれきり黙ってしまった。
当然だ。
屋敷の者。それに婚姻の儀に参加した人間は殆ど死んでる。
紅華の触腕に捉えられ、養分とされたからだ。
だが、気になった事が一つ。
野盗の中に喜三郎に似た奴がいたとか
の話だ。
喜三郎には二人の兄がいたが、数が月前、死亡している。
今となっては確認のしようがないが、もしかしたらその死んだ兄弟たちこそが、野盗の一味だったのではないか。
そして、その死因は確認していないが、鈴の音に誘われ、既に紅華に吊られているのではないのか?
もし、そうだったとしたら、高松家が事の始まり……。
内なる声で牡丹がおれをたしなめる。
分かってる。
このまま、考え出すとキリがねぇ。
「ほんじゃ、これでおれの仕事は終わりだ。
悪いが、後の処理は表にいる連中に頼んでみる。じゃな!!」
そう言って、おれはあっさりと屋敷を後にした。
これから二人には大事な仕事が控えているから、さっさとそこを去らねばならなかった。
喜三郎と別れ際、おれはさやさんが意識を取り戻しているのに、気が付いちまったからだ。
(ホント、何て、説明するつもりだろう?)
とも思ったが、そこから先はおれが口を挟む領分ではない。
とりあえず、屋敷の外で待ち構えていた月霊會の連中に、屋敷内での顛末を細かく説明し、後の処理一切を頼んだ。
いるかどうか分からないが、負傷者の救助、死体の処理、情報操作、等々。
しばらくはこの辺りも、きな臭い噂話で持ちきりになるだろうが、いずれは全員、狐に化かされたとか、神隠しにあったとかの話に落ち着くに違いない。
仰々しい嘘八百に本筋少々で、皆、納得していくから、世の中の仕組みというのは、ここも現世も変わらない。
この街における妖のコントロールを請け負っている責務だろうか。
月霊會はこの手の事後処理にえらく積極的なのだ。
おれは帰りの道すがら、牡丹に今回の件での感謝を珍しく伝えた。
(なぁ、牡丹。今回、生き残れたのは皆んなのおかげだ。ありがとう、礼を言うよ!)
(あら、ありがとうはこちらの台詞よ。
せんせのあの青い焔がなけりゃ、わたしたちやっぱり死んでたよね、って皆で話してたの)
(は?。何、言ってんだ。あれは、お前の秘めた力だろうと……)
(何を今さら。今まででも、バカみたいに強い敵にはあの力、容赦無く使ってたじゃない。もう、ボケたの?)
おれは顎に手をやり、一考した。
牡丹の口振りからすると、ウソを言っているようには思えない。
絶体絶命の時だけ発動する謎の青き焔。
感覚的には月の光の波動と同じものを感じたが、それが何なのか使用するおれ自身がてんで分からない。
おれはしばらく思案を巡らせ、結論を出した。
「まぁ、いっか!!」
考えすぎるとろくな事が無い。
頭の片隅に、何か大切な事について誰かと話した記憶があるような、ないような。
まぁ、このまま仕事を続けていたら、いつか思い出すだろ。
それよりも今考えるべきは、今日の晩飯だ。
牡丹たちには礼もかねて、奮発せねばなるまい。
一瞬、はなさんの顔が脳裏に浮かんだが、おれはかぶりをふり、想いを打ち消すように帰路に着いたのだった。




