二十八章
二十八章
「知っているか、月影斬九郎よ。
この男たちは黒痣のあった妾を手放すよう仕向けた連中だ。
そしてその馬鹿息子たち。
数年前、蛇宝寺を襲撃し、妾をもて遊び、蛇骨や岩鉄共々殺害した野盗たちの真の姿よ。
「なに?」
「そ、そんな……。あいつら、そんなこと一言も……」
喜三郎の口から、驚きの声が洩れる。
「喜三郎さん、あんたは関係してねえんだよな?」
「も、もちろんです」
「どうだか。
こいつらの頭の中を探ったら、お前の顔によく似た男が写っておる。
他人とは思えぬ。
どれ、お前の頭も覗いてやろう!!」
おれは巨体を揺らし喜三郎に接近する紅華の前に立ちはだかった。
「近寄るんじゃねぇ。痛てぇのおみまいするぞ、コラッ!!」
右腕に電撃を集中させてハデに警告する。
そのかいあってか、紅華の動きがピタリと静止した。
我ながら陳腐な脅し文句だが、正直なところ、もう少し時間が欲しい。
この大広間にバラ撒いた百目が、奴の弱点と呼べるものを全方位より観察。
その上でこれからの戦にフィードバックする。
だが、奴はその事すらもすでに戦略に組み込んでいたようだ。
「探しものはこれかえ?」
紅華はゆっくりと閉じていた左の掌を開き、おれの前に突き出して見せた。
「なッ、はなさん?」
かろうじて骸骨化を免れた左掌の中心にあるのは紛れもなくはなさんの顔面。
そしてその右半面は白骨化し、人の肌を持つものは左側のみになっている。
割れた唇はひび割れ、その瞳からは涙が流れ、頬を絶え間なく伝っている。
「ざ、斬九郎……さま」
口を開くだけで激痛が走るためか、はなの半面が痛苦に歪む。
「てめえ、自分が何してるのか分かってんのか!!」
おれは今までに感じたことのない怒りが全身を包むのを感じた。
握り締めた拳から、熱いものが床に滴り落ちる。
「分かっておるとも。
この生意気で、妾を売ろうとした卑しい女には、罰を与えんとな!!。
おそかれはやかれ、この女は妾が吸収し、邪魔する者はいなくなる」
もとはと言えば、本体ははなさんであり、長年、その半面にあった痣のせいで言われのない迫害を受け、その挙句、野党どもに恥ずかしめを受け、焼き殺されたその行き場の無い、怨嗟、恨みの情念が紅玉を得て、妖として生まれ変わったのが紅華である。
その中に、一滴ほど残された人としての良心が、はなさんの姿となって、堕ちていく自分を救って欲しいと願っていたに違いないのだ。
「ふざけるな、ど畜生がッ!!」
おれは抜刀し、紅華に向かって跳躍。
渾身の力を込めて、その巨大な頭骨に一刀を振り下ろした。
が、奴の全身を埋め尽くす程の青白き触腕たちが獲物の接近を察知し、秒速で捕食行動を開始した。
おれの刀は音もなく、触腕たちに巻きつかれ、奴に届くことなく静止した。
「うぐッ!!。ちくしょう、離しやがれ!!」
おれの焦りの声に反応するかの如く、紅華の右の指骨槍がおれに照準を合わせる。
今度の槍は人間サイズの時と違い、指一本分でスイカ大の穴が空く。
指五本で狙われては、身体は鉄っつあんが護って無傷でも、このハンサム顔が消滅しては意味がない。
ましてや、おれにはもう二度目は無いのだ。
だが、次の瞬間、五指を揃えおれの頭をぶち抜こうと接近していた紅華の右腕が、音もなく脱力し、その指先は地を指差した。
「お、おのれ!!。
この後に及んで、まだ、邪魔するか!!」
はじめて聞く、紅華の狼狽する声。
はなさんが示した紅華に対するささやかな抵抗だと、おれは瞬時に理解した。
チャンスとばかりに、おれは右腕に触れ、この身に潜む雷獣テンに活を入れる。
「百鬼夜行剣、迅雷!!」
おれの右腕から刀身を通して放射状に放出された電撃は、刀を捕らえていた紅華の触腕を瞬時に焼き払った。
室内に立ち込める焦げたニオイ。
おれの夜行剣は、生身をもつ生体であろうと、生命を持たない幽体であろうと、関係なく効力を発揮する。
スキマだらけの身体から、どのように触腕が湧き出しているのかは謎だが、奴が絶叫を上げているところを見ると、かなりこたえてるようだ。
ほれ、もういっちよ!!。
こっちもどうだ。
と言わんばかりに、続いて迅雷を右に、左にと撃ち続ける。
失った触腕も再生の兆しをみせたが、おれの連続攻撃に触腕は火をつけた油紙のように次々と連鎖炎上し、紅華の側頭部付近では、更なる爆発が起こり、その巨体が大きく崩れた。




