二十七章
二十七章
婚姻の儀は大広間で行われる。
本宅に入っても、悲鳴一つおれの耳に届く事はなく、辺りは静寂に包まれている。
大広間へ急ぐも、節操無くゆらゆらと手を伸ばしてくる腕供には、右手の電撃をちらつかせると、おとなしくなった。
どうやら、痛いの目に合うのは慣れてないらしい。
おれは僅かに明かりのもれる一室。
大広間を視界におさめた。
襖は既に大きく開け放たれている。
とにかく百名ほどが宴席を囲む、バカでかい広さの広間だ。だが、物音一つ聞こえてこない。
おれはギリギリまで近づき、廊下の壁に手を差し伸べると、百目を大広間周囲に潜行させた。
中の状況が分かると分からないでは、突入のタイミングに大きな差がでる。
銀行強盗に失敗した立てこもり犯への突入を模索する、警察官の気持ちが分かった気がする。
スズッと壁、襖、床畳、天井と、音も無く潜行した百目が、貴重なLIVE映像をおれの脳内へ配信、ありがたく拝見する。
音声は無く、妖力も余計に消耗するが、出し惜しみは無しだ。
(いた!!)
脳内にダイレクトに飛び込んでくる映像群。
おれのの足りない頭で状況を冷静に整理…いや、そんな悠長な場面でもなかった。
大広間の角に追い詰められた喜三郎とさや。
そして広間中央に位置する紅華の肉体はこの屋敷同様、変異を起こしており、見るものに正気を失わせるに充分であった。
がしゃどくろ。
紅華の新たな姿は天をつくよな巨大な骸骨姿の妖怪に似ているが、その腰から下は床畳に吸い込まれており、その接地線は鈍い虹色をはなっている。
おそらくその下半身は、既に異界に届いており、直立すればどのくらいの大きさになるか分からない。
今でも天井に奴の頭が擦り付きそうだ。
そして何より奇異なのは、その全身から咲き乱れる青白き屍人の腕。その数、百を下るまい。
先程この屋敷内で見た、ゆらゆらとゆれる捕食用の触手だ。
生者を取り込もうと揺れるその青白き腕の群れは、遠目からすると美しい華のようにも感じるから不思議だ。
その腕はめいめいに空をそよぎ、掻き、生を感じるものを余すとこなくその身に取り込もうとする動きは、海洋生物の触腕に似ていた。
そして、既にその腕に喉仏を締め上げられ男たちが数名、絶命している。
婚礼の儀にご丁寧に出席した、大店の主人たちであろう。
その様子はさながら、屍人という果実が実った大樹のようでもある。
だが、それにしても紅華の変化はなんだ?。
あれだけ半身を焼失し、生に執着をみせていた筈が、更なる力を得ても皮膚の再生どころか、ほぼ全身が骸骨化という、生体として究極のマイナス化に行き着いている。
骨女の時は右半身のみ、骨の露出があったが、今では頭骨の一部分と、左腕を除くその全てから骨の露出が見て取れる。
その体躯は上半身のみで十メートルをこえ、おれが遭遇した妖の中で最大のデカさを誇っている。
紅玉を三つも吸収し、蛇骨のように妖として次の段階に到達した結果がこれであるのであれば、これがはなさんの、いや、紅華の望んだ結末だったのだろうか?
とてもそうは思えない。
妹とその婚約者に悲鳴をあげられる様は、人として哀れとしか思えないからだ。
おれは指先をカチカチと鳴らしながら巨大な右手を二人に伸ばす紅華の前に、機をみて、ダッシュで分け入った。
「待ちな!!。
お前、自分が何をやってんのか分かってんのかよ!!」
おれの姿を目にし、ピタッと手を止める紅華。
「ざ、斬九郎さん……」
あまりの事態にショック状態となったさやさんを抱き抱える喜三郎が、懸命に言葉を振り絞った。
(よく頑張ったな。見直したぜ)
「すまねぇ、遅くなっちまった。彼女を頼む」
おれは訳も分からず唇を震わせ恐怖に慄くさやさんの両眼に、そっと左掌を重ねる。
百目の力で一瞬で昏倒。
その身を喜三郎がしっかりと支える。
「今さら、何をしに来た。月影斬九郎!」
声が今までの紅華と違い、もう耳でとらえるような人の声では無く、人の意識に直接飛び込んでくるものに変わっている。
妖怪のステレオ放送なんざ、ろくなもんじゃない。薄気味悪いったら、ありゃしねぇ。
「おれが来るのを待ってたくせに。どれだけ人を傷つけたら気が済むんだ!」
おれがそう言うと、紅華はカカカと喜びの声を上げた。
かろうじて人の姿を保っていた左半身もごく一部で、闇の恩恵をその身いっぱいに甘受しているように思われた。
「観客がいなければ、この復讐も興を削ぐ。
お前はそこで、この者達の顛末を見届けるのだ」
「いや、立場が逆だぜ。
お前こそ、この月影斬九郎様の物語では、単なる敵役だ。
その身に起きた不幸を逆恨みして肉親にぶつけるなんざ、とても観客は納得しねぇんだよ!!」
紅華はその身から乱立する触腕に吊るされた男一人を、その巨大な右手骨で果実をもぐかの様に荒々しく掴み取った。




