二十六章
二十六章
そんな中、おれの脳内に一つのビジョンが流れ込んできた。
言うまでもなく、百目の力だ。
蛇宝寺の境内で幼い頃のはなさんが、同じく小さなぶーちゃんにエサをやる姿や、楽しそうに笑う姿が映像として伝わってくる。
(お前、小さい時からはなさんに飼われてたんだなぁ……)
ぶーちゃんが元から妖怪であったのかそうでなかったのかは分からないが、ぶーちゃんははなさんに忠誠を誓っていたのであって、紅華にでは決してないと思いたい。
紅華も100%服従しない仲間を引き連れて行くのはこれからの行動に支障があったのだろうか?
まぁ、そんな事はおれがどんなに想像したところで、本当の事が分かるはずもなく、大事な事はただ一つ。
紅華を今度こそ止めること。
力ずくで。
おれに出来るだろうか?
自らかって出たとは言え、奴の力はおれを遥に超え、さらに最悪の進化を遂げようとしている。
でも、どんな苦しい目にあったからって、人を、しかも実の妹、身内を地獄に落とすような真似は絶対、見過ごせねぇ。
「ぶーちゃん。おれの事は気にしなくていいから、飛ばしてくれ!!」
おれの意思が伝わったのか、地を駆ける速度が倍になったのは予想外で、思わず漏らしそうになったのは言うまでもない。
ジェットコースターの速度が急に倍になったら、誰だって腰を抜かす。
おれにいま出来る事は、振り落とされないように必死でこの魔獣の背中にしがみつくことだけだった。
異様な光景だった。
大都に入ってからもぶーちゃんのスピードは落ちることなく、おれ達は高松屋の店先へ到着。
ぶーちゃんの頭を撫でながらその背を降りたおれたちを迎えたのは、既に紅華の接触を受けた高松屋の成れの果てだった。
「なんじゃ、こりゃ!!」
高松家があるべき場所には、風格ある店構えなど皆無。
半透明になり伸縮する屋根。
震えて奇声を発する柱。
自ら艶かしくたなびき、新たな訪問者を誘うのれん。
触れた店の柱には、生物としての体温さえ感じる。
新たに得た異質な生命に打ち震え、波打つ間口は、さながら獲物を待ち侘びる妖魔の口膣のようであった。
おれは店の周囲に集まりつつあった、街の人々に一喝した。
「おい、お前ら。誰もここに、いや、こいつに近づくんじゃねぇ。死んじまうぞ!!」
そのうち店に足が生えて、歩き出すんじゃねえかと本気で思う。
紅華がこの中で何をやっているのかも見当がつかず、この先もっととんでもないことが起きた場合、おれ一人ではとても対処出来ないのだが、そのおれの前に、十数名の男たちが何処からともなく、姿を現した。
皆、町人の身なりをしているものの、普通の一般人とはかけ離れたものを感じる。
集団の一人がつっと前に出て、頭をさげ上目遣いでおれに声を掛けた。
「十二月士の月影斬九郎さまで?」
「そうだが、なんだおめらは?」
「ここは我等に任せるようにと、そして
必ず生きて帰ってこいと伝えるように、言いつかって参りました。
夜行様より……」
「そうかい、そうかい。
分かったよ、じゃあここはお前たちにまかせたぜ」
おれはそう言い残すと、大きく息を吸い込み、高松屋に一足飛びに、正面より突入した。
経緯はわからねぇが、月霊会も高松屋の異変を周囲に拡大させたくは無く、最小限に抑える為に特殊部隊さながらの連中を送り込んできているということだ。
妖物化による二次被害。
更なる周囲への侵食を防ぎ、町民の避難、誘導、救護にあたる。
後の処理の為にも、慣れてる奴等がいた方がいい。
そしてここは任せろの意味は、内部の事案は、お前が処理しろという事。
帰ってこいは、場合によっちゃ、お前もろとも、ここを封印するぞ。
という意図が、言葉の裏に含まれているのだ。
(分かってるよ。言われなくても、やってやる。仕事だものな)
必ず生きて帰ってこい、ってのは余計だったな。
夜行天らしくもない。
突入したおれは、この店の奥へと続く長い廊下が、巨大な妖魔の産道と化しているかのような感覚を肌で感じた。
首筋を撫でられるかのようなゾワっとした感覚。
室内の温度は高く、大気中にはかなりの血液臭が充満しており、息苦しくもある。
さっき通過した入口は、既に視覚不能なヴェールであっという間に覆われ、引き返す事は難しい。
歩を進めるおれの眼前に、悪夢とも思える光景が広がりをみせていた。
店内の床、壁、天井。
至る所から生えていたのだ。
人間が!!。
おそらく、ここの住人や親類縁者。
紅華と接触融合し巨大な妖と化したこの店に、多くの人間たちがにエネルギー源として捕食されたようだ。
完全に吸収されなかった後の食べカスだろうか。
それとは別にゆらゆらと、半透明の色白の女の左腕が、壁や床から隙間なく、びっしりと生え、ひたすら伸縮を繰り返し、さらなる獲物を求めている。
群生した巨大な食肉植物の前を裸で歩き、無事に通り抜けろと無理難題を言われているような気がする。
この人喰い屋敷の事からも分かるように、紅玉を吸収した紅華に何らかの大きな変化が起こっているのは明白だ。
「に、しても、気色悪いな」
おれはその捕食腕に触れないよう避けながら、店の奥、そして連なる高松本宅へと急ぎ向かった。




