二十章
二十章
「斬九郎さま!」
篝火の側に立ったおれの姿に気がついたはなは、ついと、湖から生まれたままの姿でおれの側に歩み寄った。
音も無く。
「ついにここまで来てしまったのですね。出来れば、来て欲しくはなかった」
はなの口から、諦めとも取れる言葉が洩れる。
「訳を話してくれるかい?」
おれは懐から、手ぬぐいに包んだ月光石の鈴を取り出してみせた。
鈴は月の光を吸収、蓄光し、美しく輝いている。
「その鈴を手にしていると言う事は、私のこともお気付きになっているのですね」
はながスッと手を振ると、水に濡れたその白い肌は、一瞬で紅色の着物と帯が被っていた。
「そう、私ははな。呉服問屋、西京屋の長女で、さやは私の双子の妹です」
「やはり、双子だったのか」
「ですが私には生まれついて、顔から胸にかけて大きな黒痣がありました。
父はそんな私を忌み嫌い、生まれたばかりの私を母には死産したと偽りあの寺へと預け、そのまま姿を消しました」
「死産して寺に埋葬したってのは、嘘だったのか。
その寺が蛇宝寺だな」
「はい。
そして寺で下働きとして過ごすうちに、自分に妹がいる事を知りました。
ですが私は妹にこの姿を見られるのが恐ろしくて、陽のさす日中は大都に近づけませんでした」
はなさんの視線が、哀しみと恐れを帯びる。
「妹ははなさんの事、何も知らないんだな」
「ええ。
そして今から四年前、ある事件が起こりました。
皆が寝静まった深夜、寺は凶悪な野党たちに襲撃されたのです。
住職とその弟の僧は私を守ろうとしましたが、手足を削ぎ落とされ、三日三晩苦しみぬいて、死にました。
残された私は奴等の慰み者となり、昼夜問わず弄ばれ、さながら地獄絵図でした。
その後、そこから逃げ出そうとした私は、面白半分に油をかけられ、その半身を火で焼かれたのです。
自分の髪、肌、肉が焼け落ちる音を聴きながら、絶え間無く放つ私の悲鳴を喜ぶ男たちに私は……」
「もういい、言うな!!」
それ以上、聞かなくたって当時の光景は容易に想像出来る。
死んだ住職と僧というのは、蛇骨と岩鉃の事だろう。
「おれは、あんたを救いたい。何とかしてやりてえんだ」
「それは無理です!」
おれの言葉を遮るかのようにはなは、きつく言い放った。
「なんで?」
食いさがるおれに、はなはポツリと洩らした。
「だって私は、既に死んでいるから。
蛇骨と岩鉃、そして私はあの御方が差し出した紅玉を、死ぬ間際に迷わず呑みました」
紅玉。
寺の地下で精製されたとされる、魂のエネルギーベクトルを真逆に転換する飴玉を模した霊丸だ。
おそらくは瀕死の人間の生に対する渇望を、他の生物の血と肉、魂を凝縮した霊丸「紅玉」を用いる事で、究極のマイナス活性、新たな妖「導魔」へと新生することが出来るのだろう。
怨みをもった人間、しかも死にかけてりゃ、なお良い。
間違いなく、最高の状態で受け入れる事、間違い無しだ。
「あの御方ってのは誰のことだ?。
地下の怪しげな施設の様子を見ると、とてもじゃないが、死にかけの坊主と娘っ子には、とても出来やしねぇ!。
「私も詳しくは知りません。
この国の者では無く、片言混じりの言葉を話す、赤い衣服で身を覆った男です。
野盗達が寺の財産をあらかた持ち去った後、寺の地下に手を加え、今の様になりました。
手を重ね合わせるだけで、様々な奇跡を起こし、「教会」と呼ばれる組織に属していると聴きました」
「目的は?」
「分かりません、本当に知らないのです。
しかし当時の私たちは、その知らない者の施しでさえ、ありがたかった。
もう一度生まれ変われると信じて、生を保つ為ならば、なんでも良かったのです」
「多くの人の命を犠牲にしてな。
掴んだ生も人のではないものだ!」
おれの言葉にうつむき、はなは表情を曇らせた。
「その通りです。
一度、紅玉を呑んだが最後、その身体と心は、導魔と呼ばれる妖に変化いたします。
人の心を捨て、他者の生き血と魂で造られる紅玉を定期的に摂取しなければ、活動出来なくなるのです」
「だから六車橋で男たちを攫い、寺の地下で自分たちの餌を作っていた訳か!」
「確かに餌と呼ばれるべきものですが、私たちは次第に、必要以上に紅玉を作り、教会へ収める約束をさせられました」
「上納って事か?。そいつは一体、何に使うんだ?」
虎月の言っていた事が、ここでハッキリとした。
妖と化した紅華たちから、紅玉を取り立てる奴等。
一体、何者なんだ?。




