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  一章

   第一章 


 月影斬九郎。もとい、学生探偵、月影九郎がおれの本名だ。


 おれには女難の相がある、らしい。


 事件解決後に訪れたとある中華街。


 そこで会った女占い師に、おれは、こう告げられた。


「あんたは千人に一人とも思える女難の相の持ち主だ。

 これからあんたには女達がもたらす数多くの試練が待ち構えてる。

 だが、救いが全く無い訳じゃない。

 あんたはそこで関わる多くの女達の中からたった一人、この呪いとも思える女難の相を解除する力を持つ嫁を探しだし、結婚しなきゃならない。

 その選択はあんたの命にも関わる大きなものだ。

 何が何でもモノにして帰っておいで」

 

 全く、酔った勢いで占いなんてするもんじゃない。


 だが、その占い師が場当たり的な営業スタイルで、嘘八百を言っている訳でないのは理解できた。


 というのも、実はホントにうちの家系の女性は皆、なぜか早死にする。


 ばあちゃんにおふくろ。また、おばさん三人が続けて亡くなった時は、まるで死神の取り憑いたジョーカーのカードを身内で順に引き当ててるかのような不気味さがあった。


 こうまで身内から女性を亡くすと、これもある意味、女難とも思えてくる。

 

 半年前には探偵だった親父が失踪。大学生だったおれは学生を辞め、親父の探偵事務所を継いだ。


 祖父は先祖代々、古物商を営んでいたもの、親父は跡を継ぐ事を良しとせず、探偵業に勤しんでいた。

 親父なりに祖父の仕事に、闇の部分を強く感じていたのかもしれない。

 

 そしてそれは正解だった。


 おれは高齢の祖父の仕事も、時間があれば手伝うようになっていたが、確かに扱う商品がこれまた普通じゃない。

 一癖も二癖もある「いわくつき」だ。

 

 現代世界。いわゆる現世に現存する闇のアイテム。


 妖怪、黒魔術、呪具関連のアイテムはコレクター垂涎の的で高値で売買される。


 偽造、贋作は巷に溢れているものの、おれは現世で、いくとどなく本物に触れているのだ。


 おれの女難の相、いや、月影家に降りかかる数々の呪いのような現象は、先祖代々これらのアイテムに触れすぎたために引き起こされているのではないかと、おれは推察している。

 

 そもそも、何故おれがこの江戸時代風の異世界に飛ばされできたかという事には、誰しも疑問に思うところだと思う。


 なにかの罰ゲームかとも思ったが、現在のおれの置かれた現状を鑑みるに、一つ大きな接点がある事に気が付いた。


 それは、このおれ月影斬九郎の身体に住みつく妖と、現世に現存していた呪物、霊遺物との関係だろうか。


  おれが現在の妖関連の仕事を通して得た呪物の中には、稀におれが手にすることで共鳴するかの如く、おれの「失われた過去の記憶」を呼び覚ますものがある。

 

 おれが元の世界の事を思い出せたのも、今、身体を共有する四体の妖の呪物を手に入れたからだ。

 

 その呪物は様々なかたちで、元の世界のおれが一度ならず触れたことのある代物なのだ。


 おれは現世で車を走行中、突如激しい衝撃を受け、その後この世界で目覚めた。


 身体に痛みはないものの過去の記憶は殆どなく、その時からすでに同体化していた妖第一号である牡丹に導かれるかたちでここまでやってきた。

 牡丹はおれにとって、特別な存在である事に間違いはなかった。


 だがおれはこの事をあまり深く考えないようにしている。

 おれと牡丹には意識の共有があり、お互いが考える事はほぼ筒抜けである。


 牡丹と他の妖との出会い。そしてこの仕事の立ち上げまでには色々あったが、おれはここの生活が結構性に合っている。

 もうしばらくは、かき乱されず、今の状態を保っていたいというのが本音だ


 話を元に戻そう。


 おれには女難の相がある。


 と、言うわけで、おれはさっきから「金払え」と怒鳴りまくっている元女、いや強欲のバアさん(大家)の眼前で、正座させられているのである。


 頭を床にこすりつけ、三日だけ家賃を待ってもらう。


 おれは大都の南側にある貧民層がこぞって身を寄せる平良と呼ばれる地域をねぐらにしている。


 その中でもちりめん長屋と呼ばれるこのあばらやは、家賃が銅銭五十枚で足りると破格なのだが、その家賃をまるっきり納めていないおれに、大家が怒るのも無理はない。


 むしろ家賃滞納を理由に、夜な夜な寝床に忍び込んでくるんじゃないかと、気が気じゃない。


 このあばらやには、おれの知らない秘密の地下トンネルでもあるんじゃないかと畳を引っ剥がした事もある。


「どうすんの、せんせ。わたし、お腹空いて死にそう」


「さっき米一升食べたろ。漬物だけで一升食えるお前が羨ましいよ」


 そもそも、お前のお腹って何処なんだ。と、新たな疑問が湧いたが、

言葉にするとセクハラで訴えられそうなので、これは黙っておく。


 そんな昼下がりの午後だが、不意に部屋に差し込む陽の光に陰りが出るように感じる事がある。


 今がそうだ。


 そしてそれは、おれが嫌な予感を感じた時によく起こる現象でもある。


 それはおれの「平穏無事に楽しく生きる」というモットーに相反するもので、まるで死神に背後から張り付かれているかのような身体的感覚を受ける。


 現世では探偵業務に勤しみ、ヤバい案件などにも関わってきた。


 危険を察知する感覚はそれなりに身に付けたつもりだったが、この世界でのおれは、その危機感が五感にダイレクトに働きかけ、形を変えて危機接近を知らせてくる。

 先程感じた陽の陰りや、何者かの囁き。

 悪臭や悪寒など症状は様々だ。



「喜べ、牡丹」


「せんせ。仕事の依頼ね」


 おれと牡丹の声がはもり、おれの視線は開かれた土間へと注がれた。

 

 そこには一羽の大ガラス。


 おれ達の間では闇ガラスと呼ばれるものだ。


「ツキカゲザンクロウにツグ。ナガツキのコク。ツキマツリをトリオコナウ。フルッテ、サンカサレタシ」


「グッドタイミングだ。参加すると伝えてくれ」

 

 おれの言葉と共に闇ガラスは霧散した。


 おそらくは誰かの式神だろうが、いつも急に現れては消えるので、心臓に良くない。

 だが、金欠のおれに、仕事の誘いは死ぬほどありがたい。


「危険な仕事ほど、身入りは大きい。期待大だな」


 おれはこの後、牡丹の飯代の為に依頼を受けた事を激しく後悔するのだが、この時はまだ、その危険の大きさを知る由もなかった。



 長月の刻。午後八時くらいだろうか。


 平良より北。

 大都の中央にある古びた武家屋敷をおれは訪れていた。


 月に三度ほどの月祭り。


 それはおれの所属する組織。

「月霊會」が催す妖絡みの会合だ。


 妖怪から人々の護衛「護妖」。

 あるいは妖の存在を許さぬ抹殺指令「浄殺」。

 地を清め結界を張る「封魔」。

 その他諸々。

 

 お館様と長が、密かに集まった妖対応のプロ達に、依頼人から受けた仕事を割り振る場だ。


 皆、それぞれ異なった能力を持ち、適切な仕事にありつける。


 かくゆうおれも、十二月士と呼ばれる十二名のA級ランカーの一人だ。

 

 結界が張られた屋敷の周囲には幻術で作られた霧が立ち込め、常人は永遠に辿り着けぬよう仕掛けがされている。


 おれ、月影斬九郎が身体に妖を潜ませる事の利点の一つに、この結界越えがある。


 これは今回の場合に限らず、敵から妖気探知を仕掛けられていた場合など、易々とクリア出来る事にある。


 体内の妖も表に出なければ、妖気0でカウントされる。

 ただし、牡丹には口を真一文字にしてもらい、喋らない事が絶対条件だ。


 一つ不思議な事に、牡丹はおれがこの会合に出席する際は、なぜか深い眠りに入り、静かにしてくれている。

 もっとも、その方がおれは助かるが。


「月影斬九郎さま、お見えになられました」


 屋敷の使用人の案内で通された座敷は三十畳ほどの広さで、おれはまっすぐ中央に腰を下ろした。


「妖のニオイがすると思ったら、お前か。斬九郎!」


「虎月か」


 妖気は0に抑えても、奴の死猫眼は誤魔化せんか。


 座敷の四方に置かれた蝋燭は室内を申し訳程度に灯を届けている。

 蝋燭が微かに揺れ、おれ以外の三人の姿を浮かび上がらせた。


「退魔業、しくじったらしいなぁ。

 もう、廃業したらどうだ」


 隻眼の十二月士、虎月。


 主に妖の追跡、浄殺を得意とする忍びで、歳の頃はおれより少し上。


 右の眼帯下には、死猫眼という妖、もしくはその痕跡を見る事が出来る特殊な眼球を持つとされる。

 両眼あるものの、隻眼の忍びと呼ばれるのはそのためだ。 


 何故かおれにいつも張り合い、絡んでくるめんどくさい奴だ。

 

「お前には関係ないな。

 依頼、失敗してねぇし」


「なんだ、知らんのか?。死んだらしいぞ、全員。

 一晩であの屋敷ごと、地中に沈んだらしい。

 屋根瓦まで、ずっぽりとな」


「なっ! おれの仕事にケチつけようってのか!!」


「静粛に! お館様の御前である‼︎」


 驚きのあまり、声を荒げたおれを制したのは、上座より立ち昇った霊気だった。

 

 白装束で身を固めた漢は夜行天と呼ばれ、お館様を支える会の進行役であり、権力の代行者でもある。


 その実、人では無いとの噂もある。

 顔に被った翁面が、妖しく蝋燭の光を照らし返している。


 さらに上座にも灯りがともり、御簾の中に身を小さくかがめた老女が姿を現した。


 簾を通してでは、顔を確認する事は出来ないが、その齢九十を超えているとの噂もある。


 普段は声を発さず、鎮座したまま。

 夜中に見たら、猿の置物と間違えるに違いない。


 おっと。

 考えている事を読まれたのか、夜行天がおれを一瞥する。


「これより月霊會月祭りを始める。

 本日の依頼は三件。

 万霊湖付近の廃寺探索。

 六車橋周辺の調査。

 最後に大都府の吉川左衛門邸の……」


「ちょっと待った!」


 おれは学校の先生に質問するかの如く、手を垂直に上げ、声を発した。


「月影殿。いかがなされた」


 夜行天は何か文句があるのかと、もったいつけたように、ゆっくりとおれに視線を移した。


「吉川邸の護妖は十日も前に依頼を完遂したはずだ。

 たしかに多少なりとも被害はあったが、怪しい奴は追い払ったし、命に別状は……」


「その通り。

 契約最終日まで、無事護妖の役目を終える事は出来た。

 だがその三日後、敵の腹いせに邸宅ごと地に沈められた。

 苦しみのあまり、地面から無数の腕が、天へと花畑のように突き出ていたそうな。

 しかし契約は三日間。

 月影殿が、一向に気にやむ必要はない」


「長々とどうも。

 思いっきり、おれの不手際だって言ってるようなもんじゃねぇか。

 気にすんなって言ったって、しねぇ訳ねぇだろうが!!」


 嫌味たらたらの夜行天に噛み付く。


「重ねて言うが、吉川の依頼はあくまで護妖。

 契約期間は三日間。

 吉川邸が護妖の完遂後、いかような事になろうとも当方の出る筋ではない。

 これはあくまで月霊會からの事後処理としての依頼。

 お主以外が任を受ける事を望むが……」


「冗談じゃねぇ。あの屋敷には相当数の女、子供がいたはずだ。

 皆、殺されました、はい、そうですかって引き下がれるかよ!!」


 古めかしい翁面のせいで表情は一切読み取れないが、夜行天はやれやれといった感じで言葉を返した。


「引いてもらわねば困る。

 蛇の化身ともなればその執念、執着は早めに断ち切るが必定。

 今後も月影殿を狙うような事があれば、月霊會にも影響が出る。

 それは断じて避けねばならん」


「おれが殺られると思ってんのかよ」


「これ以上敵対するは護妖の枠を外れ、その者達と深い縁を結ぶ事になる。

 凶事は避けてもらわねば困る」


 確かに蛇の霊性とも言える執着性は警戒するべきものだが、おれを狙わずして屋敷の住人をターゲットにしたのには虫酸がはしる。

 おれが護妖した事への、周囲への見せしめ。

 それこそ、奴等の術中に落ちる事になり得ないか?


「お館様は月影殿には六車橋の案件を任せたいとの仰せ。

 能力的にも吉川邸の調査は虎月殿が最適かと」


「心得た!」

 即答した虎月が、おれを見てニヤリと笑みを浮かべた。


 ちくしょう。おれを出し抜いたと

思って、笑ってやがる。

 勝手に言ってろ、バカ!


「廃寺の探索は卯月、如月の両名。頼めるか?」


「承知!」


 翁面の視線が奥に注がれる。


 紺と朱色の僧服を身に付けた若い男女二人組。


 おれは他人の事にはあまり興味がないが、この二人組の月士は夫婦だと耳にした事がある。

 頭数が多けりゃいいとは思わねぇがな。

 まぁ、皆それぞれ特殊な能力を持っている。

 そんなに心配はいらないか?。


「なお今回は三件とも、報酬は小判二枚。

 宜しいな! 

 不満がある様なら暫く、ここへの出入りは遠慮してもらおう」


 夜行天はそう言いながらこちらを一瞥し、おれに釘を刺した。


 クソっ。足元見やがって!


 文句の一つも言ってやろうと思ったが、急に腹の虫がキューっとないた。途端に牡丹の事が思い出される。


 そうだ。 


 もう、家の米櫃には一粒も米が、残ってないんだった。また、飯が喰えると喜んでいた牡丹の声が頭の中でリフレインする。

 

 夜行天の提示した報酬小判二枚は、この手の依頼内容では多からず少なからず、と言ったところだ。


 敵と命のやり取りをする様な大きな依頼では無いというのが、月士共通の認識。

 なら。まぁ、大丈夫か?。


 夜行天がその後、各案件毎に暗号化された指示書を配布。


 おれは金のため、泣く泣くこの細い仕事を受ける事を了承し、拳をおさめ帰路に着いたのだった。



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