十八章
十八章
その身をねじらせ、くねらせ、よじるものの、その内部から波のように激しく押し寄せてくる苦痛、激痛は一向にひくことはない。
その原因が、今先ほど食った自分の弟だと知ったら、蛇骨はどんな顔をするんだろうか?
一方、その岩鉃は蛇骨の胃酸、強酸の海で、怒声を上げながら兄の胃の壁をその手刀、拳で打ち抜き、砕き、破壊の限りをつくしていたに違いない。
(せんせ!)
牡丹の声に、おれは屋根上より大蛇の姿を追った。
(間に合ったようだな)
蛇骨の術により沈みつつあった本堂はかろうじて屋根の部分のみを地上に残し、その大地の元の状態を取り戻した。
眼前にはその長い胴を半分地に埋め、蛇腹を天へと向け、絶命している蛇骨の姿があった。
「牡丹、岩鉃は?」
「頭と片腕だけ、溶けずに残ってるけど、見る?」
「いや、いい」
おれと虎月は屋根上から地に飛び降りた。
地上までの距離、30センチ。
時間的にギリギリだったが、何とか間に合ったようだ。
おれは蛇骨の亡骸に触れ、瞬時に奴の体内に残っていた百目眼を二つ、回収する。
蛇骨と岩鉃のだ。
それと同時に、蛇骨の肉体は塵となって四散した。
勢いよく、根元まで吸い込んだタバコの灰を想起させる。
大きすぎた力の代償がこれだ。
「これからどうする?」
珍しくおれに声をかけてきた虎月。
その身体はボロボロだ。
コイツがこんなにやられる姿を見るのも、珍しい。
獣人特有の超回復のスキルをもってしても、岩鉃とは同じパワータイプ。
相性が良かったのか悪かったのか。
「そうだな。陽も暮れてきたし、とにかく紅華を探して……」
(あら、ぶーちゃん!)
「なんだと?」
牡丹の言葉に足元へ視線を向けるとそこにいたのは、先ほど境内で別れたぶー太郎だった。
境内より本堂へと駆けてってそのまま見失っていたが、あれだけの事が起こったにもかかわらず、元気そうだ。
「お、おい。マジかよ、その犬?」
虎月が慌てて指を指す。
陽が落ちて、周囲も薄暗くなっているなか、なんとぶー太郎の室内小型犬でしかなかったその肉体から、緑色の妖気が天へと吹き出し、その肉体を変化させていく。
妖気痕による追跡を得意とする虎月も、たちまちその身を変貌させた鬼獅子には驚きを隠せない。
「お前、六車橋でおれを攻撃した鬼獅子
じゃねーか。お前、騙しやがったな、団子返せ!!」
ところがこのぶー太郎。
団子をやったせいか、変におれに懐いちまったたようだ。
おれの周りをクルクルと周回すると、ペタンと座り込んでしまった。
その顔付きは、六車橋で戦っていた時の凶悪な面影はない。
「おい、そいつ何か咥えてるぞ。万浄華みたいね」
万浄華。
その香気は精神を落ち着かせる効果のある、黄色く小さな多年草だ。
「こいつは確か、万霊湖周辺で咲くことで有名なんだよな。
お前のご主人、ここにいるってのか?」
ぶーちゃんは、分かったんならついてこい、とばかりに、おれの着流しの裾を噛み、引っ張っていこうとする。
どうやら、案内するつもりのようだ。
「おい、斬九郎。裏門に馬をひいている乗ってけ」
「お前はどうする?」
「右腕が折れてる。3時間あれば再生するが、どうせ馬には乗れん」
「分かった。借りてやるよ、ありがとな!」
おれは寺に虎月を残し、裏門で倒れていた馬に触れる。
結界の範囲ギリギリで泥に埋没するのを免れていたようだが、それでも妖気の余波に当てられたのか、虎月の馬は完全に気を失っていた。
「わっ!!」
と、馬に触れたおれの右手から牡丹の活が、音のウェーブとなって馬の全身を駆け巡る。
牡丹の大声が身体中に流れた為か、馬は勢いよく目を覚まし、立ち上がった。
「よし、行くか。行きたくねぇけど」
おれは馬にまたがり手綱を握ると、いきなり身体全体にまとわりつく、何かしらの不吉めいた前兆を感じた。
喉の渇き、血流量の増加。数々の修羅場は潜ったつもりだが、手足が小刻みに震えている。
マイナスイメージが肩を組んでリズムをとり、さらにスピードを増して襲ってくるようにも感じられた。
これから先に待つ事態に、おれの身体が拒否反応を起こしているのだろうか?。
だが、進んでみなくては何も分からないのは、現世でも此処でも一緒だ。
おれは気合いを入れ直し、馬の胴を蹴ったのだった。




