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  十三章

  十三章


 おれがそっと扉を開けると、眼下には地下へと続く石階段が現れた。


(行くぞ、牡丹)


(せんせ、血のにおいがする)


(分かってるよ)


 薄汚れた階段を二十段ほど降りた所で、奥へと続く鉄の扉が妖しく冷たい雰囲気を漂わせながら、俺たちの行手を阻んだ。


 扉にはドアノブなどという気の利いたものは無く、内からはカギがかかっているようだ。

 ま、当たり前か。


 扉の奥からは人の気配がする。


 おれは早速、岩鉄に潜ませた百目一眼を起動。

 一眼は岩鉄の後頭部に陣取り、その背後から室内を見渡す形で、その映像をおれの脳内に飛ばしてくる。

 奴、岩鉄は薄暗い室内を忙しく動き回っている。落ち着きの無い奴だ。


 時折視界に入るその骨ばった腕の細さからすると、どうやら変身前の細マッチョ姿のようだ。

 他の奴らの姿は無い。

 

 チャンスだ。


(牡丹、例の手でいくぞ!!)

(あいよ)

 

 おれは扉の前で深呼吸すると、刀を抜き、鉄の扉、その向こう側へと語りかけた。


「岩鉄、岩鉄よ。そこにおるかえ。

 月影斬九郎の仲間を捕らえた。

 ここを開けておくれ。中に運び込みたい」


 おれは、いや牡丹は紅華の声色で、扉の向こうの岩鉄に話しかけた。


 これは牡丹の特技の一つで、一度聴いたことのある声、音なら寸分違わず再現することが出来る。

 

 六車橋の際に耳にした紅華の声を真似てみたが、いい出来だ。

 

 ところが、扉の向こうからは、何の返答もない。


 ありゃ、言葉のチョイスをまずったか?。

 あるいはこの秘密の扉を開けるには、何か合言葉が必要とか。

 それだとおれたちには如何ともし難い。打つ手なしだ。

 

 さて、どうするべえか。と、考え始めた瞬間、奴の重い声が鉄の扉に反響した。


「紅華サマ。沐浴に行かれたのでは?」


(沐浴?。妖怪が汗を流しに行ってるって。冗談だろ)


 たどたどしいが、しっかりとした返答に驚いた。巨人に変身する前なら、理性は保たれているようだ。


「紅華サマ。奴と違い、もう一人捕らえたという事ですか?」


 再びの返答に、おれの心臓に冷たいものが走る。

 奴って誰?。

 廃寺を探っていた文月、卯月は既に死んでいる。他にも月霊會の仲間が捕まってるのか?。まさか……。

 

 結論を待つ間もなく、突如、鉄の扉は重苦しい音と共に開かれた。


(ええい、ままよ!!)


 間髪入れず、不用心に扉を潜る岩鉄の首筋へピタリと刃を突きつける。


「お、お前は月影斬九郎。死んでなかったのか?」


「たりめーだ。お前のへなちょこパンチなんかで死ぬもんか。

 おい、いくらお前でも、今なら一瞬で、あの世行きだ。

 おとなしくしてろ!!」


 動きを見せようとした岩鉄だが、すかさず頸動脈に刃を強く当てる。

 変身後は岩と同等の硬さになるその肌も、今では一般人のそれと変わらない。


 躊躇する岩鉄の腕の関節を捻り、おれは室内へと足を踏み入れた。


 一瞬でおれと牡丹は、血臭で包まれる。


「おい、さっき気になる事を言いやがったな。一体、誰を捕らえてるんだ」


 刀を持つ手にも力が入る。


「じ、獣人化する男だ。虎月とか言ったか。俺たちの事をずっと嗅ぎ回っていた。だから、捕らえた」


(マジか?)


 虎月の特殊能力は獣人化。名前の通り自由に無敵の虎人間へと変身出来る。

 その戦闘能力にはおれも一目置いており、力、スピードと単体での戦闘においては奴ら相手でも、そうそう引けを取るとは思えない。


 その体躯は通常の三倍程にも膨れ上がり、さながら駆ける重戦車の様相をみせる。


「虎月は何処にいる?。案内しろ!!」


 踏み込んだ一室は暗く、中央に置かれた巨大なテーブルには古書やガラスのビーカー、フラスコ等が所狭しと置かれている。


(せんせ、何か臭い。なにこれ?)


 牡丹が言うのも最もだ。敵のアジトというより、アルコール臭漂う理科の実験室といった感じがする。


 暗い室内を進むと、奥には三方向を蔵書に囲まれた広間があり、岩鉄が壁に設置された本棚から一冊の本の背表紙をクイッと引くと、北方奥の本棚が左右に開き、さらに地下へと降りる階段が現れた。


「お前ら、ホントに妖怪かよ。

 こんな仕掛け、どうやって仕込みやがったんだ」


 さらに長い石階段を降り、薄暗い室内へとたどり着く。


(せんせ。今度は、凄い血のニオイがする)


「少々、血を流しても、あいつが死ぬとは思えねぇがな」


 そして、おれの目の前に現れたのは石造りの手術台。


 そこには虎化したまま四肢を拘束された、虎月の姿があった。

 身体には血液採取と共に弱体化させる為の麻酔薬を注入するための医療チューブが、全身に打ち込まれている。


「おいっ、虎月。大丈夫か!?」


 駆け寄るおれの問いかけに、返答はない。

 気絶してるのか。

 それにしても室内を僅かに照らす光源の少なさに、おれは苛立った。


「これでどうだ」


 おれは右腕に霊気、いや妖気を集中させた。

 たちまち室内全体はLEDライト数基分の光量を得て、その全貌を晒した。


 右腕に住む雷獣の持つ力は得てして戦闘面に使用する事が多いが、実はこの稼業を行う上で便利この上ない。


 獣系の妖怪は妖力の消費により、その体躯の大きさが減少していくのが殆どで、おれの雷獣も御多分に洩れず、そのスケールは中型犬から何と手に乗るハムスターサイズにまで減少する。


 激しい戦闘で妖力を吐き出した後、身体を明滅させながらちょこまか走り回るそのキュートさは捨て難く、たまにおれの身体から分離し、表に出して遊ばせたりもする。 


 だが一度、長屋の古箪笥の奥に逃げこんだ後、ホコリに妖力による雷光が引火。ボヤをだしそうになり、大家にひたすら土下座しまくった事があり、その扱いには注意が必要だ。


 ピカピカと明滅しながら走り回るハムスターサイズの雷獣を捕まえるのに、大の大人が二時間近く掛かったのだから、ある意味仕事よりハードで、疲労困憊したのを覚えている。


 一瞬で室内を照らしだしたおれの右腕の光量に、岩鉄も驚きの表情を見せた。

 て、言うか、おれ自身も余りの光量に、目がシバシバする。

 少し、明かりを落とそう。


「うっ!!」

(何これ。胸くそ悪くなるわ……)


 暗い室内が照らしだされ、そこで何が行われているのか、おれたちは瞬時に理解出来た。


 妖怪らしからぬ牡丹のセリフだが、自分はあくまで人間の飯が好きなのだそうだ。

 こういったのは牡丹のお好みではないらしい。


 虎月の囚われた手術台の向こう側には、天井から吊るされた若い男たちの骸が、所狭しと並んでいる。


 

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