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  十二章

   第十二章


「アン!」


「うわっ!」


 驚くおれの左脚に、その身体を擦り寄せ続けていたのは、なんとさっき道中で別れたはずのワン公だった。


(あら、ぶーちゃん!!)


 途端に牡丹の驚く声が脳内に響き渡る。

 いつの間にかペットとしての名前も考えていたらしい。ぶーちゃんの、ぶーは不細工のぶーに違いない。


 このぶーちゃんは気付かぬうちにおれたちを追いこし、おれがこの場所に訪れるのを待っていてくれたらしい。


「どうした。もう、やるもんなんてないぞ?おれたちは忙しいんだ。エサは他の奴にもらうんだな」


 おれはしゃがみ込み、ぶーちゃんの頭を軽く撫で、その場を後にする。


 すると奴はトコトコとおれの横を走り抜け前方に出ると共に、アゴをクイッと動かし、「おれに着いてこい」と言わんばかりのアクションをみせる。


「な、えっ。おれの見間違いか?」


(この子、面白いわ。ついていってみましょうよ。せんせ)


 んな、バカな。

 とも、思ったが、何故かおれもぶーちゃんに惹かれるものがあり、しばらくは素直に着いていく事にした。


 ここ、青梅街道から廃寺までは一里をきっている。

 山一つ越えて紅華たちが大都まで男達を連れ去るのには何か意味があるはずだ。


 万霊湖は小さいながらも名の通り、強力な霊場として有名だ。

 その周辺は万鬼伝説で何故か現世にも伝えられ、おれにも全くの無関係ではないはずだ。


(せんせ、見て!)


 牡丹に促され、街道はるか上空へと視線を向ける。


 立ち込める暗雲。

 この道程の先に不吉な物を感じずにはいられない。


 これから、これまでに経験した事のない戦いが、おれたちを待っているぞ。


 悪戯好きな神が、ほくそ笑みながらそう告げているように感じられ、仕方がなかった。


 天馬峡の廃寺「蛇宝寺」に着いた頃には陽も暮れ始め、ほどなく夕刻を迎える。


 街道を右手に湖、万霊湖の美しい景観を遠目におさめながら、そのまま植樹された樹々の側を進むと、次第に朽ち果てた正門の残骸が姿をみせた。


 門の横には「蛇宝寺」と寺社名を表す物があるものの、その朽ちた様子から、既にこの寺が役目を終えている事を知るのに充分であった。


 何百年も前に万霊湖に降り立ったと言われるうつろ船。


 現代社会ではネットにいくらでも流布するUFO話だが、おれはこの話にこの上ない恐怖と不安を感じた。


 ここみたいに至る所で妖怪のバーゲンセールをやってるような世界では、妖怪は現代社会における猛スピードをだす暴走車程度の認識しかない。


 危なかったら、避ければ良いのだ。


 だが、うつろ船伝説のように、遠い星々を渡り、わざわざこんな場所に降り立った奴らなんざ、どんな目的で飛来したのか分かったもんじゃない。


 暗がりから、バァと人を脅かす事に存在価値を見出す妖怪とは、根本的に存在理由が違う気がするのだ。


「おい、ぶー。お前はもう帰れ。

 こっからは生きて帰れる保証はねぇ」


(ねぇ、せんせ。ぶーちゃんには私達が戻るまで、その辺で待っててもらったらいいのに。

 お利口さんだから、待てるわよね!)


「バカ。店に買い物に来てんじゃない。化け物達と一戦交えようかってここまで来たんだぞ!!」


 おれは地に膝をつくと、もう行きなとばかりに、ぶーを廃寺と反対方向へと押しやったが、一向に戻る気はないらしい。

 

 挙句の果てに「アン!!」と一吠えすると、とっとと寺の門をくぐり、本堂のあるらしき方向へとダッシュしていった。


「なんだ。せっかく助けてやろうと思ったのに?」


(せんせ。ぶーちゃん、もしかしたら案内してくれようとしてるんじゃない?)


「まさか……。このくたびれた寺が自分の縄張りだとでも言うのかよ?」


 おれは面倒な事にならねばよいがとばかりに、岩鉄の動向を探る。


 岩鉄の体内に潜ませた百目の分裂体とも言える一眼は、暗く狭い空間をおれの脳内に映像情報として映し出している。


 怪しげな実験用の器具、装置の数々。


 おれが元の世界でよく知るフラスコやビーカーが、古びた木製机の上を陣取り置かれている。


 そしてその奥では裸にむかれ、天井から吊るされた若衆達の身体が、無残な姿で揺れている。


 部位の欠損は当たり前。全身に無数の穴が開けられ、恐らく生きている者は一人もいまい。

 奴等から無限の責め苦を受ける理由があったとは到底思えず、おれは声をあげた。


(見たか牡丹。あいつら只の妖怪じゃない。一体、何者なんだ?)


(どうやら、一筋縄じゃいかないみたいね。ところでねぇ、せんせ。

 お腹空かない?)


(あ、阿呆か!。今から敵の本陣に潜入するんだぞ。後にしろっ!!)


 おれは空気を読まない牡丹にイラつきを覚えながらも、言葉を返した。


(何よ!!。人の事、バカだのアホだの少食だのって。

 腹が減っては戦は出来ぬと言うでしょ。

 吊り下げられてるのが干し柿みたいだなぁって思ったら、食欲止まんなくなっただけなのに!!。

 パワハラよ、パワハラ)


(何処でそんな言葉、覚えてきた?。

 とにかく、今は我慢しろ。

 後でいっぱい、食べさせてやるから)


(それ、約束ねー)


 なんとか牡丹の口にチャックをしたおれは、室内の暗さから、奴等の居場所は地下にあると踏んだ。


 寺の敷地内には、いくつか建物があったが、一番損壊が酷い本堂に当たりをつけた。


 屋根中央は巨人の手で割られたように大きく崩れ落ち、その本堂の内部を大きく天に晒している。


 沈みゆく夕陽が堂内に差し込み、ノスタルジーを感じさせるものの、何処からともなく漏れ出る妖気が、ここが異界への入り口である事を再認識させる。


 おれは本堂へと続く階段を慎重に登り、足音に気を配りつつ奥へ。


 以前は御本尊を安置していたであろう内陣と呼ばれる領域に足を踏み入れた。


 本堂の床板辺りから探ってみるつもりだったが、どうやら大当たりらしい。


(せんせ、これ……)


(ああ、不自然すぎる。畳の汚れ具合が露骨すぎる)


 おれは眼下の古びた畳を一つ、勢いよく引っ剥がした。


「ほうら、ビンゴ!!」


 ご丁寧に持ち手と蝶番を備えた地下への扉がそこに出現した。




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