十一章
第十一章
みるみるうちに皿の上の団子が消えていく。
おれにしてみれば、三色団子が自分の後頭部に次々と流し込まれる情景を想像すると、なんだか胸やけ、いや頭やけしてきた。
しかも、それを三回繰り返してるから、流石にそろそろバレそうだ。
いいかげん先を急ごうと思ったその瞬間、牡丹が金切り声をあげて絡んできた。
(ちょっと、せんせ。私の団子が消えちゃってる!)
(お前の胃袋にだろ!)
一瞬そう思ったが、牡丹はギャアギャア言って一人で騒いでる。
のこり二皿が突如、消失したのがどうにも許せないらしい。
ひい、ふう、み。
む、確かに牡丹の皿は二十八皿しかない。確かに二皿、消えている。
間違えて地面に落っことしたかと思い、縁台にかけられた布をはぎ、覗き込んでみたところ、犯人を発見した。
「牡丹。犯人みつけたぞ。コイツだ!」
おれはそいつの首根っこを掴み、ヒョイと目の高さに掲げた。
目をパチクリさせながらも、口元はハグハグしてるから大物だ。
「パグ犬?。いや、違うな。なんて犬種なんだ?」
(あら、ヤダ。かわいい!!)
珍しく牡丹が飯の事以外に興味を示したのはいいが、おれの意見は既に反対を宣言していた。
毛色はブラック。
体長は40センチあるかどうか。
確かに子犬の部類に入るものの、その毛並みは全身クルクルパーマでも当てたかのように、見事なウェーブがかかっている。
しかもお顔は、かなりパグ犬に似ている。ハナは短く、お腹はダルダル。
しまつの悪いことに、抱き心地もよく、その瞳はさかんに猫派のおれを誘惑してくる。でも、オスだ。足の間に立派なモノがついていた。
案の定、
(あの犬、飼っていいか?)
と、懇願してきた牡丹の声に、(反対、ダメ、絶対)をあたまの中で三十回繰り返し、おれたちは茶屋を後にした。
人への求心力のある犬であることはおれも認めるが、これから化け物たちと一戦やらかそうってときに、小型のワンちゃん連れていては、どうにもきまりが悪い。
奴らに啖呵切ってる側で、キャンとか哭かれたら集中出来なくなる。
ましてや、後脚上げてマーキングなんてしだしたら緊迫感ゼロだ。
牡丹は相変わらずおれの頭の中で、(かえ、かえ、かえ)と呪文のように呟いている。
もはや、飼えなのか、買えなのか分からなくなるくらいだ。
「じゃあな、あばよ」と子犬に手を振り、茶屋から街道へ。
如月と奴等がどこで遭遇したかは分からないが、奴等のアジトは月霊會で依頼を受けた廃寺に違いない。
というのも実は、六車橋の戦闘の際、あの岩鉄とかいう奴に百目を一眼、殴られた瞬間に、その身体に潜ませてやったからだ。
百目はおれが実際に自分の足で踏破した所にしかばらまけない。
やたらめったらと、遠隔視は使用出来ないが、おれが触れたもの、またはおれに触れたものに潜ませれば、距離がどんなに離れていても場所を特定出来る。
高松の依頼の際のように、事態の把握、確認には監視結界をつくる方が良いが、ターゲットがわかっていればGPSのような使い方も出来、既におれの脳内では大まかな位置も特定出来ている。
街道をあと二里も歩けば、例の廃寺へと到着するはずだ。
岩鉄の位置情報もその周辺をウロウロしている。
奴に潜ませた一眼と回線を繋ぎ、現状を確認したいが、逆に気付かれて警戒されると、元の木阿弥だ。それだけは避けたい。
に、してもその廃寺から奴等が毎回、エッチラオッチラ大都の中心にやって来るとは考えにくい。
紅華と呼ばれた骨女は容易に仲間を召喚した。
時空間を操る妖術で、アジトから瞬間転移しているのであれば、時間と労力、そしておれの有り金をかけたこの行軍も、無意味だ。
だが、今は考えても仕方がない。
出来ることからやらなければ。
(せんせ。結構、真面目に考えてるのね)
(たりめーだ。金を稼ごうと思ったら、地道な努力こそ結果に繋がるのだ)
実際、再び奴等と相対した際、各個撃破ならなんとかなるのではないかと、おれは考えている。
最初に戦った蛇骨の妖力属性は、水と毒。岩鉄は土。そしてあの鬼獅子が風と闇となる。そして最も厄介なのが、あの紅華だ。
紅華は時空間系の妖術をつかう。
これにより、奴等がどんな連携をとってくるか、正直てんで分からない。
普通、妖怪が徒党を組んで他と争うという事はあまり例がないからだ。
おれが百目を通して奴等を観察したところ、いわゆる純粋な妖怪と呼べそうなのは、あの鬼獅子くらいで、あとは妖と人との中間といった感覚を受けた。
むしろ、妖の能力を無理やり持たされた感が否めない。
戦闘に特化した妖怪人間。
まだまだ、謎が多いな。
そして気になるのが、卯月の死の間際の言葉。
「紅玉」
これが、今回の事件の中心にあるとおれはみている。
字面だけみると、美味しそうなリンゴの品種を思い浮かべるが、実際にはとんでもないものであるに違いない。
その時、歩きながら思索するおれの足元に、突如何かがまとわりつくような違和感を感じた。




