九章
第九章
月霊會で新たな仕事の依頼を受け、おれは高松喜三郎の屋敷を訪ね、事の顛末を伝えた。
半面の骨女の事、さやさんの夜歩きは事実無根で、婚姻に障害はない事、
そしてその骨女が、何故かさやさんに異常な復讐心をもっていること。
正直、月霊會での一件がなければ、おれも無用に喜三郎とさやさんを怯えさせることはしたくなかった。
だが月士を二人も殺され、さやさんへのあの怨み節を聴いては、さすがにこのまま放置しておくのは危険と判断したのだ。
何かの間違い、あるいは人違いではないのか。
さやさんはおれが観ても、他人から恨まれるような人物には思えなかった。
ましてや、妖に恨まれる人間って?
家族を殺された人間が、妖へ恨みを持つという感情は理解出来る。だが、その逆とは?
「そう……ですか……」
喜三郎はため息を洩らしながら、おれに新たな事実を告げた。
喜三郎が西京屋の古参の使用人に金銭を掴ませ聞き出したところ、新たな事実として、さやには生後まもなく死亡した双子の姉がいた事が分かった。
その死体は北の寺へ人知れず埋葬されたという。
さやの父親は入り婿で猜疑心の強い男であったそうで、妻が出産した後、突如、店の金を横領し、そのまま行方をくらましたという。
一方、妻は実家である西京屋の力を借り子供を産んだものの、心の病により度々、療養。
西京屋は殆ど、弟夫婦が切り盛りしているらしい。
「苦労したんだな」
おれは他人事ながら、ポツリと感情を口にしていた。
両親がまともにいない状態でよくグレずに成長できたものだ。西京屋は母親の弟が跡をつぎ、さやは親族に大事に育てられたらしい。
「私達は家が真向いということもあり、幼い頃から兄妹同然に支え合ってきたんです。
お互いに親を早くに失い、いつの頃からか意識するようになって、夫婦になろうと決めました。
正直、その妖がなんであれ、いまさら私達の生活に関わってほしくはないです……。
身勝手……でしょうか?」
おれは喜三郎の言葉を制し、事態の終息に向け全力を尽くす事を約束した。
まぁ、聞くまでもないか。
生後まもなく死んだ赤ん坊が、今になって化けて出るというような話は聞いた事がないし、成仏出来なかったのなら、幽霊となって皆の前で、「恨めしい」の一言でも言えば済む筈だ。
強い怨みを認識し死んだのであれば、死霊悪霊の類になろう。
だが、人の身からあのような妖の、しかも戦闘術に長けた怪物になる筈がない。
この件にはまだ、何か裏がある気がしてならない。
おれは俯く喜三郎に、話題を変えるつもりで妹の事を尋ねてみた。
「ところで、今日は妹さんは?」
「ああ、妹なら今日は医者にかかっておりまして。もう帰ってくる筈」
ふと庭へ視線を向けた喜三郎が声をあげた。
「きよ、きよ! 帰宅したのなら、お客様にご挨拶をしなさい」
(きよ? 妹は二人いるのか?)
喜三郎の声掛けに姿を現したのは、とどのように肥え太った娘であった。
庭先より座敷へ上がると、床がまぁ沈む沈む。
「妹のきよです。お恥ずかしい限りで、ブクブクと肥え太る病にかかっておりまして……」
「ざんくろうさん、はじめまして……ぐふっ」
そう言うと、きよはパチッとウインクした。
二重の意味でゾワッと背筋が凍りつく。
「は、はなさんは、妹のはなさんは?」
慌てて尋ねるおれに喜三郎は言った。
「私に、はなという妹はおりませんが」
一瞬、頭がクラッとする。
「あのよ、こう腰がシュッとして、紅色の着物がよく似合う笑顔が可愛らしい……」
喜三郎に説明する最中、何故かはなさんとさやさん。そして紅華の姿がおれの脳内で重なった。
「まさか……。そう言う事なのか」
おれは懐に収めた月光石の鈴に触れると、はなさんがあえておれの前に現れた意味が分かりかけてきた。
「喜三郎さん、これ見てくれないか?」
おれは懐の鈴を喜三郎に渡した。
「これは……」
「見たことあるかい?」
一瞬の間の後、喜三郎は口を開いた。
「さやさんが、色違いの物を持っています。とても貴重な物で、母親から譲り受けたそうです」
そうか。
おそらくは、はなさんと紅華は同一人物。一人の身体に二つの心。
聖と邪の魂のベクトルの違いはあれど、同じ魂を持つ者だ。
そしてその片割れが少女の像をもって、おれに救いを、コンタクトを求めてきたのだ。
偶然、夜間に現れた紅華の半面を、さやのものと見間違えた者もいたのだろう。
瓜二つというわけではないが、両面そろえば面影はある。
双子だものな。
鈴を探してほしい、と言ったはなさん。
鈴の音と霧で、男たちを連れ去ろうとする紅華。
両者とも落とした鈴を求めているのだろうが、紅華には絶対渡せない。
ただの失せ物探しが、また厄介な事案となり、広がっていく。
それにしても何故、幼い時に死んだはずのはなさんが成長し、妖になっているのかは分からないが、あの骨女の等分した肉体に秘密がありそうだ。
自制と殺戮。
肉体の所有権を求め、夜な夜な激しく争う二人を想像するに、おれは総毛立つのを感じた。
妹のいる西京屋に紅華が直接乗り込めない理由が、はなさんの必死の
自制であるならば、それはもう限界、タイムリミットが近い事も想像出来る。
さやさんの婚姻者、喜三郎の妹をはなさんが騙っている事から、恐らく紅華にも二人の内情、婚姻の儀は知られていると見て間違いない。
それはおれと牡丹の思考共有に近いものがあるだろう。
妹の幸せを護りたい姉と、ぶち壊したい紅華。
遅かれ早かれ、エックスデーは近いと言う事だ。
「喜三郎さん。さやさんとの婚礼の儀まで何日ある?」
「あと、二日ほどです」
「そうか、それまでになんとかしなきゃな」
「斬九郎さん。一体、何がどうなっているのやら」
「こうしちゃいられねぇな。そこで喜三郎さん、一つ相談があるんだが!」




