序章
バトル物というより、牡丹ちゃんとの掛け合いを笑ってくだされば嬉しいです。
二十年も前に考えた作品ですが、なるべく読みやすいよう工夫していくつもりです。
こうしたほうが良い。というところがあればその都度、修正かけていきます。
どうぞ宜しくお願いします!
序章
暦は四月。
おれは背を柱にあずけ、両眼を閉じていた。
時は、丑三つ時。薄っぺらの着流しには、ちと寒くもある。
たえまなく降り注ぐ雨粒は、庭一面にしかれた石畳を激しく打ち鳴らし、その激しさは梅雨時並みの音階を発している。
おれ、月影斬九郎は大都一の油問屋、吉川左衛門の屋敷のはなれの一室で、室内を僅かに照らす行燈を側に、耳を打つ雨音に気を配っていた。
雨はさらに勢いを増し、庭園の土をうがつ針の様にも感じられる。
「ねぇ。せ、ん、せ」
「牡丹、起きたのか?」
周囲に人影は無い。おれの相棒、牡丹の声がおれの後頭部から発せられた。キンキンとカン高い声はまだ、幼さが残るものの、雨音に負けずに室内に響き渡った。
「あたし、さっきからお腹すいちゃってんの。あんな量じゃ、全然足んない。もっとちょうだいよ」
「お前、さっき山ほど喰ったろ。食い過ぎはよせ。腹、八分目だ」
口ではそう言いつつも、大甘のおれは足元に置かれた一尺ほどの大皿を引き寄せた。皿の上には両拳ほどの大きさもある握り飯が、七つほど積まれている。
「ねぇ、せんせ。おねがい。食、べ、さ、せ、て」
「えっ、またおれか。飯くらい自分で……」
「とってくれないなら、わたし自分で食べちゃうわよ」
「はぁ、わかったわかった」
おれはこのわがままな相棒の言葉に逆らえず、後頭部で結えた長髪を解き、首元よりかき上げた。
「だが、この屋敷の連中も薄々おかしいと気がつき始めてる。少しおさえろよ」
おれはとりわけデカい握り飯を掴むと、ゆっくりと自分の後頭部におしあてた。
軽い咀嚼音に、時折混じる激しい舌鼓。
巨大な握り飯は瞬く間に消失し、それと同時におれの身体に生気と活力がみなぎる。
そう。おれの後頭部に住む少女、牡丹。
化生「二口女の牡丹」。いわゆる妖怪だ。
四寸ほどの女の唇を模した割口は、おれの頭骨の容量以上のものを容易く吸い込む。
こいつとはもう二年ほどの付き合いになるが、何故かおれの事をせんせと呼んで、慕ってくれる。今ではいい相棒だ。
「それにしても食い過ぎだ。おれの分がなくなっちまったじゃねえか」
牡丹はおれが与えた握り飯一つではものたらず、同化しているおれの長髪を伸縮。己の手の代わりに自在に操り、握り飯を次々と口に運んでいく。それどころか、口から人の背丈ほどもある長い舌をおれの前にちらつかせ、さらなる催促を行なっている。
傍目には、はぜ割れたおれの後頭部から、宙空を漂う桃色の帯がゆらゆらとはためく異様な光景に見えるに違いない。
「ねぇ、せんせ」
「何だ、しつこいぞ。飯はもうない」
「なんだか、母屋の方から血のニオイがする。何かあったのかしら?」
「なっ、ばか。早く言え!!!」
素っ頓狂に言う牡丹の声に、おれは立てかけてあった刀を引っ掴み、脱兎の如く、母屋への廊下を駆け出した。
大都一の油問屋の主、吉川左衛門に息子である正吉の護衛を頼まれたのは五日前だ。
大都でこの数週間、大店と呼ばれる両替屋、口利き屋、酒問屋、材木商の跡取り息子たちが次々と姿を消す事件が起きた。
どうせ遊郭やなじみの女のところに入り浸っているんだろうと、たかを括っていたところ、三日過ぎても誰一人戻らぬ事態にようやく店の主人たちも慌てて奔走する始末だ。
そのうち誰からとなく、神隠しの言葉があがりだしたのも無理はない。
捜索が空振りに終わり、一週間ほど経った頃、ようやく一人の跡取り息子が帰宅した。いや、それは帰宅と呼べるものでは到底なかった。
眼窩はくぼむほど疲弊し、その体重は平時の半分ほどしかなかったという。肉と皮というより、骨が皮を被り、よだれを垂らしながら路上を闊歩するその光景は、上げ膳据え膳で大事に育ててきた者としては到底耐えれるものではなかったはずだ。
生気とその魂まで抜かれたような状態では、当然長く持つ訳もなく、鈴の音が聞こえる、と幻聴を誘発。
数日後に絶命しているのが発見された。
ここで三つの行方不明者に共通する事柄が調べにより分かった。
まず、不明者全員が男であり、大店の跡取りである事。
そして、全員が消息不明になる数日前から、鈴の音の幻聴を体験していた事。
そして、消息を絶った日が雨と霧がたちこめる夜間に限定される事だ。
もっと詳しく調べればまだ、共通項は見つかるかもしれない。だが、そんな悠長な事を言っている場合じゃなさそうだ。
「せんせ。こっち!!」
牡丹の誘導により、おれは母屋の一室に躊躇なく飛び込んだ。
「なっ」
突入したおれの目に飛び込んできたのは、跡取り息子である正吉が胴を鷲掴みにされ、僧服を着た一人の禿頭の老人に、頭からそのまま飲み込まれる瞬間であった。
「てめぇ、なにしやがんだ。こんちくしょう」
おれは抜刀しながらその老人へ駆け寄り、その肩口へと一刀を叩き下ろした。
が、刀身は空をきり、老人は吐き出した正吉の身をおれに投げ出した。
老人は不敵な笑みを浮かべ背後の壁にもたれかかると、くねらせるように四肢を動かし、スルスルと壁を這い上がってしまった。
周囲には正吉が私的に雇った用心棒たちの成れの果てがゴロゴロと転がっている。
手、足、生首。どれだけ喰らいやがった。
その老人の背丈は六尺ニ寸。この世界の者としてはかなり高いかも知れない。
だが、目を引くところはそこではなかった。
なんと老人の顎、唇、鼻までの顔面を構成するパーツは内部よりはぜ割れ、口腔の最大限界を越え、獲物をいつでも一飲みに出来るよう変化していたのだ。
しかもその肌は、座敷に差し込んだ月光の照り返しを受け、ぬめぬめと妖しい動きを見せる。
おれの眼前で光るその白褐色の皮膚は、見る者全てにある生物を連想させた。
蛇である。
頭頂、顔面、胴体、四肢と人体を構成する全てのパーツに爬虫類特有の紋様が浮かび上がっている。
部屋の隅では、女の使用人が先程から声にならない悲鳴をあげ続けている。まぁ、そりゃそうだ。それに輪をかけ、正吉が奇声をあげ始めた。
生きながら頭部を他の生物に咥えられる体験など、そうそうあるものではない。
あまりのショックに、気が触れたかもしれん。
悲鳴と奇声の大合唱の中、老人が待ちかねたように口を開いた。
「おまえが、月影斬九郎か?」
「む!」
蛇人間が流暢に人の言葉を喋った事に少し驚いたものの、正直者のおれはバンと胸をはり、返答した。
「そうともよ。おれが巷でウワサのイケメン退魔士、月影斬九郎さまだ。てめえらみたいな妖を狩るのは朝飯前。さんざん悪さしやがったようだが、それも今宵でしまいだ。覚悟しやがれ!」
決まった、おれってカッコいい!。
(せんせ、その異常な迄の自信過剰はどこからくるの?)
内心、ほくそ笑んだおれに難癖つけたやつがいる。
相棒である牡丹は、おれの頭部に同化しているため、ちょくちょく思考に割り込んでくる事が多い。
言葉を口に出して交わさずとも意思疎通が出来るため、この稼業ではとかく重宝する能力だ。そのおかげで窮地を脱した事も、一度や二度ではない。
おれは自分の啖呵でうまく蛇人間の気勢を削ぐ事に成功したと思ったのだが、奴は呆れたような顔でおれを天井から見下ろしていた。
「聞きしに勝る愚か者よな。己の力量も知らず、この蛇骨様に牙を剥くとは!」
「気にいらねぇなぁ。自分に様をつけるやつなんざ、ろくなもんじゃねぇ。降りてきやがれ‼︎」
頭の中で牡丹が、せんせも自分にさま付けて啖呵きってたじゃない、と茶々を入れてくるが無視だ。
「降りてこいだと。人間ふぜいが調子に乗りおって。貴様なんぞ、私の子と遊んでおれ」
そういうが早いか、蛇骨の身体からバラバラと長い紐のようなものが地に降り注ぎ、それと同時に、おれの身体は瞬時に腹部まで床に没した。
「な、こりゃ、どういうこった」
先程までおれの体重を支えていた床は波打つ水面と化していた。
水面を漂う調度品の数々。その中をかき分け接近する暗殺者に気付かぬおれではない。
迫り来るさざなみに躊躇なく一刀を振り下ろす。瞬時に水面が赤く濁り、ぷかりとその姿を現した。
毒蛇だ。
水中に没したのはおれと、正吉、使用人の女だけのようだ。
使用人の女はバチャバチャと訳が分からず暴れた為か、毒蛇達を招き寄せ、早速熱いキスを受け、苦しみもがき水面に浮くはめとなった。
「まずい」
おれは慌てて背中にしがみついていた正吉の首根っこを掴んで、片手でこの座敷の外に放り投げた。
廊下を飛び越し、庭園までぶっ飛んだためか遠くから悲鳴が聞こえてきたが、知ったこっちゃない。
死なないだけでも、よしこさんと思ってもらわなければ困る。
と、言うより、おれの方が実はヤバいのである。
おれはとある理由により、常人の5倍は溺れやすい体質で、正直、護衛しながら水面に留まることは、おれのような超絶イケメンでも至難の業なのだ。
蛇骨が引き起こしたこの環境の変化は、境界変化と呼ばれ、上位の妖が行うことが確認されている。
自分の得意な環境、フィールドを妖力によって強制的に創り出すものて、各々得意な環境は違ってくる。蛇骨の場合、地の利は水中であったということだ。
もっとも、この境界変化はかなりの制限がかかるため、変化させたところから1ミリでも枠外になれば、立てた鉛筆一つ倒れることはない。だからこそ、正吉を無理やり結界外へ放り投げたのだ。
「それで助けたつもりか、月影斬九郎。残ったお前を殺した後、事をなせばよいだけ。ゆけ、私の子供達よ」
蛇骨の号令とともに、雷の速さでおれめがけて迫り来る毒蛇達。その数が百を超えたあたりで、おれの運命は決まったように思う。
おれはなすすべなく全身を蛇たちに噛まれ、毒液を注入されたその身体は、静かに水中、いや畳の底へと沈んでいく。
ムカつくのはおれの頭が没する時に、蛇骨の哄笑が聞こえてきたことだ。あとで絶対、泣かしてやる。
(おい、牡丹。黙ってないで少しは仕事したらどうだ。働かざる者、食うべからず。これ、社会の鉄則な)
おれは全身麻痺の状態から冷静に、牡丹に話しかけた。その身体は急速に水面深く沈んでいく。座敷の広さであるにもかかわらず、その深さは無限とも思える。
(だって、せんせ。さっき私の言う事、無視したじゃない)
(中学生か、お前は)
(私、深く、ふかーく傷ついたんだからね)
(じゃあ、帰りに井筒屋の饅頭買ってやるから機嫌直せよ。他の奴らもそう言ってるぞ)
(んじゃ、交渉成立ね)
おれの思考に触れすぎたせいか、牡丹のボキャブラリーは、日に日に進化している。
とても只の妖怪とは思えない。
おれがネットで拾った恋バナを話してやったら、号泣に次ぐ号泣で、早く次の話を聴かせろと寝起きからせがまれる始末だ。
牡丹の機嫌が治ったところで、おれは反撃開始の指令を全身の各部位に至急、通達する。
退魔士、月影斬九郎の真骨頂。
その身に複数の妖を潜ませ、同体化、使役する能力。妖の力で妖を討つ対妖魔のスペシャリスト、それがおれの存在意義だ。
おれの意思を受け瞬時に胴体から分離、その身を一本の柱に変えた鉄っつあん、こと大百足の鉄は高速で浮上し、おれもろともいとも容易く水面上に引き上げたのだった。
その時のあの蛇爺さんの顔ったらなかった。
勝ったと思ったら、倒したはずの相手が平気な顔して、自分の前に立ちはだかったからだ。
その形相からすると、激しい怒りがおれにむけられたのは間違いなかった。
「悪ぃな。おれに毒はきかねぇんだわ」
おれの言葉と共に、牡丹が後ろの壁に思いっきり何かを吐き出した。軽い粘着音と共に壁の一部が黒く染まる。
そう。
牡丹はおれの体内に循環するあらゆる毒素の解毒、そして体外への排出が可能なのだ。
鉄っつあんはその無限とも思える長さの上体をくねらせ、おれの為に自らの身体で足場を作ってくれている。
いかなる妖からの攻撃もその装甲を傷つけた事はなく、おれの200Kgを超える体重にも、抜群の安定性を見せる。
「そろそろ終わりにするか。腹も減ったしよ。さすがに化け蛇の黒焦げってのはいただけねぇがな」
言葉とともに、おれの右腕が激しく発光、明滅を繰り返す。
右腕に潜む雷獣のテンが、力の解放のタイミングをはかっているためだ。
おれは右手で構えた刀の先端を蛇骨に向け、ゆっくりと左の腰骨に沿わした。
左掌は相手を拝むかのようにピンと立てている。
おれの常勝の構え。切羽の構えという。
高まったテンの妖力は刀身に充填、固定化され、抜き放った電撃はその刀身の形状のまま相手を貫き、絶命へと導く。
左掌は言うまでもなく、狙いを外さぬための照準がわりなのだが、拝んだ形からこの構えを拝死門と呼ぶ者もいる。
中間距離でこの構えを見て、逃げおおせた奴はそういない。
蛇骨も実際にその眼で見て、右に逃げようが左に逃げようが、そう簡単にいなせるものでない事に気が付いたと見える。
「そうか…。月影斬九郎。妖使いか。覚えておこう」
「悪ぃな。あとなんてねぇよッ!!」
音速の呼気と共に放たれたその雷撃刀は、壁に張り付いた蛇骨の肉体を貫き、激しい爆裂音をあげ、壁を半壊させた。
振るった刀身が届かぬとも、刀状の雷撃が飛来し貫く、この必殺の雷術は雷光手裏剣とも呼ばれ、眼で見て回避する事は事実上不可能だ。
「やったか?」
壁に空いた大穴のため立ち登る土煙。
だが下方での水中落下音にいち早く、牡丹が反応した。
「せんせ。あいつが逃げるわ。下よッ!」
「脱皮だと。チッ!。今度は逃がさねぇよ!」
土壁に張り付いたままの蛇骨の皮か、外気により、ゆらゆらと揺れている。
僧服も自分の皮膚で再現し、脱皮する奴なんてはじめて見た。人か妖か分からぬその存在に、おれは言いようのない不気味さを感じながら、下方へ目をむけた。
そこには僧服を脱ぎ捨て、その身を巨大な蛇身へと変化させ、逃亡をはかろうとする蛇骨の姿。
いくか、もう一撃。
再度、右腕に妖力チャージを開始したその瞬間、あいつが現れた。
突如、室内に霧が立ち込めたかと思うと、水面の蛇骨の上に紅い巨大な番傘が覆い被さった。
「蛇骨殿。お迎えにまいりました」
「おお、紅華。あの男の術で身が焦げてしまった。はやく、はやく連れ帰ってくれい」
一体、何処から?
上から見下ろすおれの視界からは誰かがそこにいるようには思えない。だが憂いをおびた女の声と微かな鈴の音が、確かにおれの頭にも響いてくる。
「せんせ。この声、聴いちゃダメ‼︎」
牡丹の激しい喝にハッと我を取り戻すも、気が付いた時には奴等はおれの前から消え去っていた。
当然、境界変化も解け、この一室は元の状態に戻っている。にもかかわらず、畳はちっとも濡れてない。境界変化とはそういうものだ。
でもどうせなら、おれの開けた大穴も修復していけ。
「雨、止んだわね」
「ああ、霧もな」
庭では雨に濡れたためかガタガタと震えまくっている正吉の姿が見えた。
なんとか生きてはいるものの、正吉以外の護衛、使用人は殆ど死んじまってる。
この先の展開を考え、おれと牡丹は重い溜め息を思わず同時についたのだった。