プロローグ2
遅く遅く遅くなりましたァァァァ!!
「な、なんで…」
時計をみたリーシャの母親ーーシェリアンは唖然としていた。すぐにベットの横にある目覚まし時計を見るが、案の定セットされていない。
シェリアンははぁ、とため息をつきながら手のひらで目をこすった。
「こりゃいい一日のはじまりね…」
リーシャとその母にとってーーいやこの村にとって、今日という日は何よりも大切な日であった。ここカシュクランという帝国の皇子様が、この辺境の村に来るという日。その皇子は跡継ぎのいなかった前の領主が亡くなって、その代わりにリーシャの村がある領地を一時的に納めることになった男である。
まだ13歳の第八皇子である彼はまだ彼が小さかった頃にある日突然、授業にも出ず、城に籠って遊んでばかりになってしまった。そんな彼に帝国民が付けたあだ名は“自堕落皇子”。だれにも気にされず、誰にも関わってこなかった彼が仮領主になれたのは、死んだ領主が公爵位で、彼の兄弟達が全員忙しかったし、なによりも死んだ公爵家の血が彼に入っていたからだろう。
さて、リーシャのいるこの村は極々小さな人口100人以下のおんぼろの家が数十軒ほど並ぶ貧乏な村だった。
一応特産品であるかなりすっぱい林檎をたくさん育てているおかげで成り立ってはいるものの、別に大した特色も無く、高齢化が進み、いわば無くなる寸前の村だ。
当然、皇子の訪問に村中が騒いでいた。そんな中皇子に付く案内係として選ばれたのがシェリアンで、一歩間違えたら不敬罪で処分される役だ。
それをまさか寝坊してしまうとはこれは大変なことだ。皇子は11時半には到着するはずで、今から30分で身支度をして村の入り口まで駆けなくてはならない。今頃村長が来ない二人を待って、うずうずしている頃だろう。
「あーもう、ほんとにうまくいかないわ!」
シェリアンは髪をくしゃくしゃとかきながらベットから降りてバタバタと支度をし始める。リーシャもそれにならってベットを飛び出した。
この家はこの村の他の家と同じようにボロボロの一部屋しか無く、そこに小さな鏡台とぎゅうぎゅう詰めにならないと眠れないベット、そしてこれまた小さな机と椅子と小さなチェストがあるだけだった。リーシャはそのチェストに走っていって今日用に作った普段来ているボロよりはマシなスカートとシャツを着てから、桶に貯めてある水を使って顔を洗った。そしてタオルで顔を拭くと鏡台に行って自分の顔を見た。
焦げ茶の少し癖のある髪はまさに寝起きのようにあっちへこっちへはねていたが、鮮やかな群青と少し虹色が混ざった目だけは強い光を放っている。
自分の髪の具合が悪そうなのを見て、リーシャは疲れたように目をぐるりと回すとクシを出して乱暴に髪をとかし始めた。
いくらか飛び出た髪が落ち着くと、鏡台に飛んでいって、端っこに置いてあったペンダントを自分の首にかけた。
そのペンダントはーー綺麗だった。
綺麗、綺麗、綺麗、きっと誰が見てもそういうだろう。どんなに言葉の引き出しがある人だって、きっと最初に言うのはきっと“綺麗すぎる”だ。
ペンダントには今にも動き出しそうな6センチほどの小さな羽を開いた鳥がついていた。その精密さは帝国一の技術者も感嘆の声をあげるだろうが、一番驚くべきことはそれがびっくりするほど透明だということだ。クリスタルのようなもので出来た鳥は、そこになにかあるか分からないほど透明だった。太陽の光に反射しているところは虹色に輝いていて、虹よりも美しかった。
それをぶら下げている小さな鎖の輪っかは純度の高い金で出来ていて、…どうみても、こんなボロ家に住んでいる人が持っているーー持っていいものではなかった。
だからなのかリーシャはシャツでその美しい鳥を隠した。
「ママ!杖使うよ!」
そう言ってリーシャは机の上にある細く短い木の棒のようなシェリアンの杖をとって、鏡を見ながら杖を自分の目に向けた。
「«インタービレ»」
リーシャがそうやって唱えるとみるみるうちにリーシャの目が緑の目に変わっていく。完全に緑になるとリーシャは、杖を机に戻してから小さなカバンをもって身支度をすっかり終えると、椅子に座ってシェリアンの支度が終わるのを待っていた。
小さい頃からーーまだ5歳だがーーリーシャはこんなふうに変装をしていた。だから村の人はみんなリーシャの目は深いグリーンだと思っているし、3歳になるまではリーシャもそう思っていた。
「ほら!終わったわ!早く行きましょ」
玄関の前で手招きするシェリアンもいつもよりはマシなシャツとスカートを着て、たった一着だけ持っていた上等なローブを羽織っていた。左手はピンッと飛び出た寝癖を何度も何度も押さえつけている。
「うん!」
リーシャはニコッと笑ってシェリアンが差し出した手を握る。シェリアンもふわっ柔らかく笑うとしゃがんでリーシャにこう言った。
「ほらリーシャ、ペンダントがはみ出てるわよ」
シェリアンはリーシャの鳥のペンダントをしっかり隠す。
その虹色の鳥を久しぶりに触って、ふと、なんとなくシェリアンは、4年前の出来事を思い出した。
◇◇◇
4年前ーー
その日も、その時もシェリアンは、眠っていた。
なにせもう夜の12時を軽く回っていたし、村の用心棒の仕事をしている彼女のバリアと探知魔法は抜群に性能が良かったからだ。
でも、そんな彼女の眠りを妨げるものが現れた。
“それ”はシェリアンの探知魔法にひっかかり、それに気づいた彼女はすぐに起きて杖を持った。
“それ”は玄関の前にいた。それをわかっていたから、シェリアンは玄関の扉を開くと同時に杖を突きつけたーーが、彼女の目線の先にはただ真っ暗な夜の景色しかなかった。
不思議に思って、ふと下を見たシェリアンは絶句した。
赤ん坊がバスケットの中で、毛布にくるまってすやすや寝ていたのである。
その焦げ茶色の髪の赤ん坊を、シェリアンは見た事がなかった。
ということは、この村の子供ではない。そもそも、ほとんどが老人のこの村で子供が生まれたなら盛大な祭りが開かれるはずだし、そんな祭りがあったとか、もうすぐあるという話は聞いたことが無い。
とりあえずシェリアンはバスケットを家の中に入れて、机に置いた。するとーー赤ん坊が目を覚ましたのだ。
その目を見て、シェリアンはもう一度絶句した。
それが、青く、虹色に輝いていたからだ。
昔から茶髪に虹色に輝く青眼の子供は、奇跡の子と称されて来た。彼らの誰もが何故か最高の魔法順応度と、運動神経と、そして学習能力を備えていたからだ。
一番重要なのはその“奇跡の子”がこのカシュクラン帝国で、100年ほど前以来見つかっていない事だ。
他の国を合わせれば何人かいる事をシェリアンは知っていたし、会ったこともあるが、一般の帝国民にとっては伝説のような存在だった。
そんな赤ん坊はシェリアンを見て、にへら、と笑った。
普通、こんなに小さなーー1歳かそこらの赤ん坊は目を覚まして目の前に知らない顔があったら泣き叫ぶものだが、その子は満面の笑みを浮かべている。
シェリアンが途方にくれていると、ふと赤ん坊の毛布の隙間になにかメモのようなものを見つけた。
それにはきっちりとした帝国語でこう書いてあった。
ーーこの子の秘密は誰にもバレてはいけません。
親愛なる親友へ。この子を少なくとも6歳になるまで育ててください。あなたを信じ、あなたに託します。私の身勝手を許してください。
このペンダントは常にこの子に持たせておいて下さい。この子の誕生日は今日の1年前です。
あなたの友達、M.Sーー
シェリアンの頭の中で色々なものがフル回転していた。
秘密と言われても茶髪青眼の事か、それとも違う秘密かもわからないし、第一、シェリアンには頭文字がM.Sの友達がいなかった。
それに、一緒に毛布に挟まっていた透明な鳥が付いたペンダントはこの世のものとは思えないほど綺麗だ。
シェリアンはゴクリと唾を飲み込んだ。なにかきっとこの子にはものすごい陰謀が渦巻いているんだろう、とそう思うと背筋が凍った気がした。
シェリアンははぁと1度深呼吸をしてから、もう寝てしまった赤ん坊を見て明日村の人達にM.Sという頭文字の知り合いがいないか、赤ん坊の事は隠してそれとなく聞いてみようと心に誓ってベットへ向かった。
きっとM.Sという誰かの友人が見つかる事を祈りながら…
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