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挿話 王都でのお話 その四

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。


 王都の中心にどしりと構える王城。


 その一室である執務室には、城と同じように重厚な雰囲気の執務机があるのだが、その椅子に座っているこの国の最高権力者である彼は、服装や装飾品などの見た目に関しては同じように威厳のある風貌ではあったが、背もたれに体を預け、目頭を押さえながら天を仰ぐその疲れ切った姿は、一国の王というよりも、一人の人間のそれを感じさせた。


「随分とお疲れのご様子ですね……少し休んではいかがでしょう」


「いや、そうできるならそうしたいのだがな……頭を抱えたくなる問題というのはどうしてこう立て続けに発生するのか……休みたいと思う時こそ休めないものよな」


「全く、その通りでございますね……」


 ジェラード王国の国王、オーギュスタン・ジェラードを心配するのは、彼とは対照的に背筋をまっすぐと伸ばした姿勢でぴしっと立っている宰相のセザール公爵。


 彼は実年齢的には国王よりも年上で、それだけ多くの経験を重ねているのであろう様子を伺わせる顔の皺は確かに年齢を感じさせるが、いつの間にか扉の外で待機する使用人に用意を頼んでいたらしい紅茶を王のもとに丁寧に素早く運ぶその動きは、貴族らしい優雅さを纏いながらもキビキビとした従者らしい動きを完璧にこなしており、まだまだ現役であることを伺わせる。


 紅茶をポットからティーカップに注ぐ際にさりげなく毒の有無を確認する魔法も発動させていたのだが、あまりにもさりげなさすぎて、他人から見たら王に対して使用人から運ばれてきたものを確認もせずにそのまま提供したように見えてしまうかもしれない。


 しかし、王はそんなことを気にする様子もなくセザールに勧められた紅茶を飲んで一息つく……毒を気にして紅茶すら落ち着いて飲めないというストレスを感じさせないために彼が会得した小さな技がうまくいっているのか、王がそれすらも見抜いたうえで厚意として何も言わずに受け取っているのかは分からないが、彼ら二人の間には数年では築けない信頼関係があるのは確かだろう。


「しかしそうだな……先日挨拶に来たあの隣国の王子に関しては、もう対策のしようがないだろう……来て早々また何かこの王都で騒ぎを起こしたという話だが、その都度いちいち頻繁に報告されても頭が痛くなるだけだ……小さな問題は放置し、何か大きな問題が起こった時にだけ報告するように切り替えてくれ」


「かしこまりました……帝国が彼を使ってこの国に何か悪影響を及ぼそうと企んでいるという線はもう考慮しない方向でしょうか」


「まぁ、もちろん完全に疑いを消すことはできないがな……冒険者として活動していた時の経歴を調べても似たような訳のわからない行動をしていたというではないか……記憶喪失というのもどうやら真実らしいことを考えると、ヴェルンヘルと同じく、気にしてもこちらが疲れるだけの人種ということでいいだろう」


「承知いたしました……では、そちらの動向調査は念のため一人だけ残し、あとは解散させましょう」


「うむ、そうしてくれ」


 王は直近の悩みの種であったその事柄に対してセザールにそう指示を出すと、また紅茶を一口飲んで一息つく。


 それがどれほどの問題だったかは分からないが、少なくとも複数あった頭を抱えたくなる問題のひとつをそれほど気にしなくてもいい状況になったことで少しは肩の荷が下りたのか、王の顔色は先ほどよりもいくらかよくなったようだ。


 しかし、それは確かに彼を悩ませる事象ではあったものの、別にそれによって国の存亡が関わったりするような大きな問題ではない……それは王が次の問題を話題にしたときに、顔つきがこれまでとガラッと変わったことからも明白だろう……。


 休んでいる暇がないと言って、この問題に対する方針を決めながらも、彼はセザールが気を聞かせて用意してくれた紅茶を飲んでいるこのほんの少しの間……雑談代わりになるこの軽い話題を持ってくることで、少し休んでいたのだ。


 彼の気力が少し回復したのは、もちろん問題を一つ片づけたことも要因の一つではあるのだろうが、セザールが少し頭を休めるタイミングを作ってくれたことと、王がその貴重な時間を活かして、割とどうでもいいことを真面目に語る遊びを楽しめたからである。


 二人とも真面目な風を装っていたが、実際には隣国から来た迷惑な客の対応など最初から気にしておらず、対処方法などこうして改めて会話するまでもなく決まっていた。


 そういった小さな問題を大げさに対処するのは、今までにも王に疲れが見えてきた時に二人が休憩がてら行ってきたひと時の遊びであり……そして……次に対処が困難な大きな話題が出るという合図でもあった……。


「で、例の件についてだが……教国に潜ませている他の者たちと連絡は取れたのか?」


「はい……いえ、厳密にはこちらから連絡を取ることは叶わなかったのですが、彼らのうち一人が独断で何とか情報を伝えるために教国から抜け出してくれたようで……今朝、王都の門付近で手紙をもって倒れていたところを衛兵が発見いたしました」


「何……? その者は無事なのか……?」


「かろうじて息がある、といった状態で……今、治癒師に手当てさせていますが、助かる見込みは限りなく低いと伺っております」


「……助かるとよいな」


「はい……」


 そういうと、しばらく暗い雰囲気で押し黙る、国王と宰相……。


 二人が話しているのは、最近様子がおかしいソメール教国の動向調査に関してだった。


 ソメール教国は、その人間至上主義の国教ゆえに元から排他的で、エルフやドワーフを国に入れないだけでなく、冒険者を含む旅人を嫌って入国審査に無意味に多大な時間をかける他、外から物を仕入れるために必要であろう商人も国境に一番近い街にしか入れさせない国である。


 しかし、そんな来るものを拒み続けていた教国が、つい最近何の前触れもなくその制限を緩和すると同時に、逆に出ていく者を強く制限する方針に変えてきたのだ。


 そのせいで、依頼で教国に行ったはいいが戻ってこれなくなった冒険者や、あちらの商品を仕入れに行ったまま帰ってこれなくなった商人が出ており、国として異議を申し立てているが、国家機密情報を流出しようとしているスパイの可能性があるの一点張りで、なかなか実のある話が出来ていない。


 国境付近のみを往復している冒険者や商人ですらそうなのだから、当然、教国の首都まで潜り込んでいる本物の密偵は監視が厳しいのか手紙すら出させてもらえないようで、定期的な連絡が途絶えている状態だった。


 なので、今回、命を懸けて運んでくれたその者の手紙が数か月ぶりの報告だ。


「それで……その勇敢な密偵が持ってきた手紙には何が……?」


「はい、その手紙によりますと……」


 宰相のセザールから語られた手紙の内容は……確かに国家機密ではあるのだろうが、それを理由に国境を閉鎖するほどのことには思えなかった。


 簡単に言うと、宗教の行き過ぎた暴走、だろうか……。


 ジェラード王国の国王、オーギュスタン・ジェラードの脳裏にも今も焼き付いている、数か月前に発生した、奇怪な空と、謎の二本の光の柱……。


 それをソメール教国の教皇は大袈裟に捉えたらしく、世界崩壊の前兆だとか、魔王と勇者がこの世界に生まれ落ちたのだとか、今は亡き創造の女神からそう信託があったのだとか騒いでおり、今までも熱心だった魔法研究にさらに力を入れ、国境が閉鎖される少し前に勇者を見つけ出す魔道具なるものが開発されたらしい。


 国境を閉鎖したのは、教国に勇者がいるのであれば外に出る前に見つけ出し、その力を教国だけのものにしようと企んでいるからだそうだ。


「勇者……とは、あの伝承にある【輪廻の勇者】というやつか……?」


「おそらくそうかと思われます……ずいぶん形を変えておりますが、あの国の国教もリアルス教が元になっているはずですから」


「ふーむ……勇者に、予言……か……」


「伝承と重なる部分もあり、あの時の不可解な景色は確かに見ただけで人の心を不安にさせるようなものではありましたが……」


「まぁ、だからと言って他国に迷惑をかけていい理由にはならんな……」


「そうでございますね……」


「今までどんな宗教を掲げようとこちらに被害をもたらさないなら構わんと思っていたが……今回の件は流石に放置しては置けないだろう」


「はい……ですが、今もこちらの抗議は無視され続けております……」


「そうなると……準備だけはしておいたほうがいいか……」


「……どれほどの規模で用意いたしましょう」


「いや、レヴィとマティアスに声をかけるだけに留めておこう……まだ国全体を動かして国民に余計な不安を与えるようなことはしたくない……平和な交渉ができるのであればそれが一番だ」


「かしこまりました……」


 そうして重い空気の中で二人の会話が終わると、宰相のセザールは執務室を出て行った……。


 そして部屋に一人残った王は、その部屋の空気と同じように暗く重い雲のかかった空を窓から眺め、ため息をつく……。


「……」


「大陸時代が始まって以来、最初の戦争などにならねば良いがな……」


 不穏な声をそのため息に乗せて……。


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