第七十五話 ジェラード王国への帰還で検証 その二
翌朝。
いつもならまだランニングをしている、ようやく朝日が帝都を明るく照らし始めた時間帯に、自分は既に日課を切り上げて身支度を整え、数台の馬車が停まっている城門にいた。
「では父上、母上、テオ兄、リリ姉、ヴォル兄……行ってくる」
「おう、しっかりやれよ」
「身体に気を付けるのですよ?」
「ふんっ、また誰かに騙されてついて行ったりするなよ」
「あぁ……心配じゃ……やっぱりわらわも一緒に……」
「姉貴は仕事があるでしょ、じゃ、オース、お土産よろしくー」
「うむ、みんな達者でな」
今日はジェラード王国の王立学校を受験するため、王都へ発つ当日。
試験は受験期間が開始してから一か月の間に何度も開催され、最終的な結果が出るのにもそれだけの時間がかかるし、実際に入学が決まっても学校が始まるのは春からなのだが、国をまたぐ経路の往復には時間も経費も掛かるため、今日出発したら学校を卒業するまでは一年に一回程度しか戻ってくる予定はない。
そのため、この世界では既に成人という扱いのはずではあるのだが、元の世界で考えると数え年であることも考慮して十三歳の中学生くらいであり、見た目もそれ相応のまだ少し幼さが残っている容姿だからか、母上やテオ兄、リリ姉はかなり心配しているようである。
だが、きっとこの心配も今日のうちに薄まるだろう……なにせ、自分がこれからの生活で必要になるであろう数々の雑貨を、朝のうちにそれぞれの部屋からそれなりの数を無断で拝借して来ているのだ……部屋に戻ったらこちら生活よりも自身の生活の方が心配になるに違いない。
「もう馬車を出してもよろしいですかな?」
「ああ、頼む」
自分はまだ心配そうにこちらを眺めるリリ姉や、背を向け城に歩きながらもこちらをチラチラと見ているテオ兄にもう一度手を振ると、馬車の外のダーフィン殿に馬車を出発させていいと答えた。
それぞれの部屋から大量の雑貨をいただく代わりにお金こそおいていかなかったが、城での生活で色々と助けてもらったことに対する感謝や、これからの学校生活を頑張るという意思表示、それぞれの健康を祈るような内容が書かれた一般的な別れの手紙を置いてきているので、この場で自分が彼らに向けて何かを伝えることはない。
優しく賑やかに接してくれていた、この世界での家族との別れは確かに少し寂しくはあるが、二度と会えなくなるわけでもないし、帰ろうと思えばいつでも帰れるのだ……未だに帰り方が分からない、元の世界の家族とは違って……。
もちろん、この世界の家族である彼らをないがしろにするわけではないが、自分にとっての本当の家族は元の世界にいる……直近の生活的に一人暮らしでデバッガー派遣会社に通う日々を送っていたとはいえ、連絡が一切取れなくなるようなことはなかったのだ。
この世界で過ごす時間が元の世界と同じかどうかは分からないが、もし同じように時が流れて過ぎて行っているとなると、流石に何か月も連絡がつかない状態が続いている今、それなりに心配されているかもしれない。
久しぶりに家族特有の暖かさを感じ、そして分かれることになったからだろうか……ついそんな感傷を感じてしまう。
「まぁいい、どちらにせよ自分のやることは変わらない」
自分の派遣デバッガーという職業を全うするためにも、このゲームの中だと思われる世界から元の世界にログアウトする方法を探すためにも、世界を隅から隅まで検証する必要があるのだ……だったら自分は今まで通り全力で世界を検証するだけだろう。
家族との別れというイベントだからだろうか、少しセンチメンタルな気分になってしまったが、少し前にも思った通り、この別れは今後一生あえなくなるものではないし、自分の学校生活についてくる従者もいる……大げさに悲しむ必要はない。
今回、学校へ行くために連れていく……というより、勝手についてきてしまう従者は、コンラート殿とクラリッサ殿の二名。
それに加えて、城で自分の部屋の掃除やお茶くみなどの雑用をこなしてくれていた使用人が数名と、向こうに着くまでの間だけ馬車を走らせてくれる御者やそれを護衛する騎士が数名だ。
ダーフィン殿は城での仕事を何年も空けるわけにはいかない立場にいるそうで、今回の移動にもその後の学校生活にも同行しないらしい。
どちらにせよこちら側で自分宛てに手紙や荷物、言伝などが届いたときに対応する人間が必要ということなので、自分自身はそれで納得しているし、むしろ一人でも不自由なく生活できるので、コンラート殿やクラリッサ殿たちも城に残ってもらって構わないのだが、ダーフィン殿は身軽すぎるとぼやいて仕事が引き継ぎ切れていないことを後悔していた。
―― カラカラカラ ――
馬車は数か月間過ごした帝都の街をゆっくりと進み続け、色々な検証をしてきた様々な場所をその窓の外に映しながら、車輪の音とともに椅子が揺れる。
―― ヒュッ ――
「む?」
そして、検証の思い出とともにそんな景色を眺めていた時、何か棒状のものが槍のように勢いよく飛来してきた……。
―― パシッ ――
自分はそんな急な攻撃に対しても、常に作動させている【超観測】スキルで難なく感知できてしまうので、殆ど反射的にそれを手でキャッチしてしまう。
それはなんてことのないただの木刀だったが、勢いが勢いだったため、自分がそのまま見逃していたら、街の中心で王家の馬車が破壊されるという大事件が起こっていたことだろう……犯人は大体見当がつくが、全く最後までスパルタ指導な師匠だ。
そして、手に取ったその木刀をよく見てみると、なにやら矢文のように紙が巻き付けられていた。
残る魔力の残滓や、そこに書いてあった名前を確認するまでもなく、差出人は、大会が終わってから今まで自分を訓練してくれていた師匠であり、この世界での血のつながった祖父上であるSランク冒険者ライヒアルトその人なのだが、もっと穏便に手紙を届ける方法はなかったのだろうか……。
「送迎の場に現れないと思ったら、こんなイベントが用意されていたとは……まったく、最後の最後にこの仕打ちであるか……」
そして自分は、祖父上から送られてきた手紙を手に……自分は涙を流した……。
だが、それは家族との別れが今になって心を揺らしたわけでも無ければ、その祖父上からの手紙に感動的な文面が書かれていたわけでもない……。
「先ほどのおそらく一度しかないであろう木刀の飛来イベント……受け止めないでそのまま馬車にぶつける検証をするべきだった……」
自分はその祖父上からのまだ読んでいない手紙をクシャリと握ると、その悔し涙が零れないように上を見上げる……。
直前までセンチメンタルに家族のことを考えていたこともあり、はたから見たらそれは家族とのしばしの別れを悲しんでいる子供のように映るかもしれない。
「涙に始まり、涙に終わるか……」
そういえば帝都に到着した時もテオ兄の攻撃を反射的に受け止めてしまって、ダメージを追う検証が出来なかったことを後悔したなと思い出しながら、自分はカラカラと音を立てて走る馬車に揺られながら、ジェラード王国への旅を進んでいく……。
「ふむ……なるほど……よし」
「二度と後悔しないために、必要な場面以外は常に実力を抑えておこう」
この他人からしたらどうでもいいであろう悔し涙に、もう二度と貴重なイベントの例外検証を逃してなるものかと誓いながら、自分の乗る馬車はカラカラと音を立てながらその旅路を進んでいった……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔力応用】:自分の魔力を思い通り広い範囲で精密に操ることが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
▼アイテム一覧
〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉
〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈変装セット×1〉〈調合セット×1〉
〈その他雑貨×8〉〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉
〈水×54,000〉〈枯れ枝×500〉〈小石×1,750〉〈倒木×20〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1089日分〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×709〉〈獣生肉(上)×1005〉〈鶏生肉×245〉
〈獣の骨×720〉〈獣の爪×270〉〈獣の牙×258〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×64〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×850〉〈スライム草×100〉
〈木刀×1〉〈棍棒×300〉〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉
〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×10,000〉
〈訓練用武器一式×1〉〈雑貨×50〉〈お土産×20〉
〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉
〈水のブレスレット×4〉〈装飾品×5〉〈宝石×6〉
〈一般服×10〉〈貴族服×4〉〈使用人服×2〉〈和服×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×2〉〈鋼の鎧×2〉
〈バックラー×1〉〈鋼の盾×2〉
〈上治癒薬×19〉〈特上治癒薬×5〉〈魔力回復薬×10〉〈上解毒薬×7〉〈猛毒薬×10〉
〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈自然治癒上昇薬×10〉〈魔力生成上昇薬×10〉
〈金貨×26〉〈大銀貨×7〉〈銀貨×5〉〈大銅貨×2〉〈銅貨×6〉