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挿話 アルダートンでのお話

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。

 

「エネットさーん、依頼達成してきたっすよー」


「あ、グリィさん、お疲れ様です」


 ここはジェラード王国、商業都市アルダートンの冒険者ギルド。


 ストロベリーブロンドの髪をツーサイドアップに纏めた冒険者の少女が、何かの依頼から帰ってきたようで、その小柄な身体に似合わない、自身の三倍以上はあるであろう巨大猪を背負って、ズリズリと引きずりながら依頼受付カウンターまでやってきた。


 普通だったらそんな光景に誰もが驚きそうなものだが、周囲の他の冒険者も、ギルドの従業員も、入ってきた瞬間はそちらに目を向けるものの、それが彼女だと分かると、何事もなかったかのように元の会話や作業に戻る。


 おそらく、こんな光景が日常になってからそれなりに時間が経過しているのだろう……。


 彼女の方も、自分の身体以上の大きな荷物を背負っているにも関わらず、特に重そうに見えるような表情をしておらず、それどころか何故か楽しそうに口の端からよだれを垂らしているので、これが日常として繰り返されていてもおかしくはなさそうだ。


「これが依頼のダエオドンっす、このまま解体所に運んじゃっていいっすかね?」


「はい、いつもありがとうございます……オースさんと組み始めてからそうでしたが、ソロ活動に戻っても討伐系の依頼は失敗率ゼロをキープしていますね」


「そうっすねぇ……お手伝い系の依頼は相変わらず失敗率が高いっすけど……」


「あはは……まぁ、人には向き不向きがあるといいますし……中には……向き不向き以前に、あえて依頼が失敗するような行動を取るような方もいらっしゃいますからね……」


「ははは、そうそう……それを真面目で真剣そうな顔をして、悪びれる様子もなくやったりするっすよねー」


「ふふ、そうですね……受付をする身である私としてはかなり困っておりました……」


 グリィと呼ばれる小柄で力持ちな少女と、エネットと呼ばれる可愛らしく大人しい小動物のような印象を受けるギルドの受付嬢は、そんな会話をしながら受付や酒場があるその建物から出て裏手に回り、大きな倉庫か工場のように見える建物へと入っていった。


 そこでは、体格のいい男たちが、冒険者に渡された獣や魔物の亡骸を解体し、皮や肉、骨や獣脂などに分けて、依頼の納入品や街の商人に卸す品、冒険者本人が引き取る品などに分別している。


 そこは冒険者ギルドに付属する、獣や魔物の解体所……主に、収納魔法を扱う冒険者や、運び役がいる大規模な冒険者パーティーが、仕留めた大物をまるまる納品するときに訪れる上級冒険者向けの場所だ。


 大きなイノシシを背負っているこの少女は、そのどちらにも当てはまらない、収納魔法も運び役もいない低ランク冒険者なのだが、この解体所の従業員とも既に顔見知りになっているようで、従業員の方から親しげに挨拶されると、特に要件を言わずとも担当者を呼びにいってくれた。


 本来、低ランク冒険者が大物の討伐を依頼されたとしても、倒したその対象をまるまる持ち帰るのは重すぎるので、討伐証明部位である角や牙など、特定の部位だけを切り取って受付に提出すれば依頼達成となるので、こうして冒険者自身が解体所に持ち込むことはない。


 小型の獣を持ち帰り、取れる素材の中に自分の欲しいものがあれば、受付で依頼達成の処理をしてから解体所までついてくることもあるだろうが、大抵の冒険者はわざわざ素材を自分で手に入れて、自分の手で料理をしたり薬を調合したりするのではなく、全ての素材を納品して得たお金で、既に出来上がっている料理や薬を買うものだ。


 なので、彼女が従業員に顔を覚えられるほど常連となっているのは、それなりに珍しいことだといえるだろう。


「ダグマルさん、また大物を持ってきたんで、いつもの感じでお願いするっすー」


「おう……ってダエオドンじゃねぇか……嬢ちゃん、またDランクの獣を一人で狩ってきたんか?」


「はいっす!」


「いやまぁ、依頼としてはEランクで受けられるかもしれないけどよぅ……はぁ……あの坊主もアレだったが、嬢ちゃんも大概だぜ……おいポントス、いつもの、肉だけ引き取りの仕分けで解体に回してくれ」


「うっす」


 奥からやってきた、ダグマルと呼ばれるこの解体所の親方は、訪れた二人と親しげに話しながら従業員に解体の指示を出す……見たところ解体所は仕事がそれなりにあるものの忙しいというほどでもないようで、どうやら彼自身は作業に回らず指示に徹しているらしい。


 ドワーフらしい低身長でがっしりと横に広い筋肉質な身体で、赤みがかったブラウンの髪と髭を編み込んで整えているその容姿は威厳があり、今は温厚な態度たが、怒ったらかなり怖いだろうと思えるような顔だちをしている。


 そんな彼は、ポントスと呼ばれた従業員が車輪のついた荷台を持ってきて、冒険者の少女から巨大猪の亡骸を預かったことを確認すると、売り物となる獣皮に新たな傷がつかないよう慎重に作業場へと向かうその背中を見送ってから、二人との会話を再開した。


 他の従業員に対しても時々睨むような監視するような視線を送っているのだが、実際は仕事のミスがないように見張っているだけでなく、彼らが突発的なアクシデントで怪我をしないように見守っているのだが、果たしてこの中の何人の従業員がそれに気づいているだろうか……。


 いや……その目つきの鋭い眼光を感じた従業員の、誰もがビクッと身体を震わせて緊張しているのを見る限り、彼の優しさの部分には誰も気づいていないのかもしれない……。


「私も何だかオースさんの担当になってから驚きっぱなしなので慣れてきちゃいましたが、グリィさんも一般的なEランク冒険者のレベルを遥かに越えていますよね」


「だよなぁ、この間Eランクに上がったばっかりだとは思うけどよ、これならすぐにDランクにも上がっちまうんじゃねぇか?」


「はい、討伐依頼に関してはその実力があると思います……必要な貢献度の方も、難易度の高い依頼を次々に達成しているので、このままいけば近いうちに推薦できますね」


 再開した親方と受付嬢の会話は、グリィと呼ばれる冒険者の活躍についてだ。


 彼女は最近Eランクに昇格した期待の人物らしく、ギルド受付嬢のエネットも、解体所の親方であるダグマルも、揃って彼女を褒めちぎっている。


 受付嬢がどれほどの立場なのかは分からないが、解体所を仕切る親方という立場の彼がこれだけ期待を寄せているということは、やはりこの場へ需要の高い素材をそれなりの数納品している、期待の冒険者であるということなのだろう。


「いやぁ、お二人とも、そんなに煽てないでくださいっす……そうやって煽てられて挑戦したEランク昇格試験で何度も落ちて、この間やっと合格したところなんすから……」


「あはは……まぁ、そうですね……グリィさんは戦闘と貴族に対するマナーに関しては全く問題は無いんですけど、この国の国民とか冒険者としての一般常識をもう少し真剣に覚えないとですね……」


「うぐぐ……勉強は苦手なんすよぉ……」


「いや、それもあるかもしれねぇが、嬢ちゃんの常識がずれてんのは、絶対にあの坊主の影響もあるだろ……試験に落ちた時にここで計算問題の答えがおかしいって愚痴ってたが、頭の悪い俺でも流石にそれは嬢ちゃんの方がおかしいって思ったぜ?」


「えー、私はあれに関しては未だに納得がいってないっすよー、依頼に使える時間が六日でも、二人で手分けすれば十二日に増えるっす……だったら二日かかる依頼も、三日かかる依頼も、四日かかる依頼も、全部達成するのが一番報酬が高いじゃないっすかー」


「……ほらな?」


「あはは……依頼書をよく見ると四日かかる依頼よりも三日かかる依頼の方が報酬が高いという引っ掛けはありましたが、それを除けば簡単な足し算の問題だったはずなんですけどね……」


「むむむ……私は足し算どころか、六かける二の掛け算もしたっすよ? 手の指だけじゃ足りなかったから足の指も使ったっすけど」


「あー……そうだとは思っていたのですが……試験中に靴を脱ぎ出したとかで、テストと関係ないところで減点された受験者がいるって聞いていたのは……やっぱりグリィさんだったんですね……」


「おいおい……」


 解体の待ち時間中に行われるここでの会話で、親方と受付嬢の二人の心境が期待から不安に変わるのもいつものことなのか、そんな調子で雑談の最後には揃って大きな笑い声を上げると、解体の終わった素材を受け取って、少女たちはギルドの建物へと戻っていった。


 彼女が引きずりながら背負っていたとおり、解体された猪肉もそうとうな量があったのだが、持参してきた鞄はどうやら魔法の品のようで、鞄の口に入るサイズにカットしてあれば結構な量が詰め込めるようだ。


 そして、獣の肉を引き取っても、皮やその他の素材は納品することもあり、本来は数人で達成するはずの討伐だということも含めて、依頼達成で得られる報酬はそれなりの額があったようで、戻ってきた受付で改めて依頼達成処理を行い、銀貨の詰まった袋を渡された少女は、喜びながら、また口の端から涎をたらしている。


 お礼を言って立ち去る冒険者の少女に、依頼受付カウンター越しに笑顔で手を振る受付嬢……。


 そんな二人を、少し離れた総合受付カウンターから眺めて、苦笑いをするような、見守るような表情を浮かべている、キリっとした顔立ちのメガネが似合う受付嬢……。


 これが、冒険者ギルド、アルダートン支部で流れる、ここ最近の日常風景。


 彼女たちの会話に度たび出てきていた、オースと呼ばれる冒険者が街から離れてそろそろ一か月……。


 別れ際に、彼があまり内容を告げなかった用事が、もし最短で終わるのであれば一か月と言っていた……もうしばらくしたら戻ってくるかもしれない、そんな空気が流れ始めたころの日常風景。


 そして……。


「あの……少々よろしいかしら?」


「はい、いらっしゃいませ、冒険者へ仕事の依頼でしょうか? でしたらあちらの窓口になり……」


「いいえ、依頼ではないの」


 彼女たちを見守るように眺めていた総合受付の受付嬢に、一人の客が訪れた。


「依頼ではない……と、申しますと……冒険者への登録……でしょうか?」


「いいえ、わたくしが冒険者志願に見えまして?」


「あ、いえ……失礼しました……それでは、どのようなご用件でしょう?」


 それは、どちらかといえば依頼をする側だろうという思考が働く、肉体労働をするには向かない華奢な身体で、大手商人でも普段着では絶対に着ないような、かなり高価な服を身に纏った、いかにも貴族という見た目の女性……。


「ここに……」


「はい」


「ここに、グラツィエラ……もしくは、グリィ、と呼ばれている冒険者はいるかしら?」



 そんな女性が、冒険者ギルドを訪れるまでの、いつもと変わらない……変わってほしくない……日常風景だった……。


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