表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/310

第六十一話 前哨戦で検証 その四

 

「勝者……ルノー!」


「「おぉぉおおおおおおお!!!!」」


 格闘家とルノーの試合は、最終的に一対二でフランツ殿が率いる冒険者パーティー〈爆炎の旋風〉の仲間であるルノー殿が勝利した。


 ウサギの人形に入っていた[上治癒薬スライム]もきちんと働いていたようだが、それでも負けたのは純粋に実力の違いだろう。


 フランツ殿のチームは冒険者ランク的にはまだ全員Cランクということだったが、この国に訪れた目的らしいBランクの依頼である、国を渡る貴族の護衛などもスムーズにこなせているとのことなので、広い範囲での地理やその土地で出会う魔物の知識、仕事中の礼儀作法や緊急時の対応力、そしてなにより、戦いの腕まで全員Bランク以上の実力を持ち合わせているようだ。


 予選の帰りに宿まで背負ってもらった時に、今回の依頼で上のランクに上がるためのギルド貢献度が満たされたから、拠点であるアルダートンに帰ったら昇格試験を受けると言っていたので、次に会うときはBランク冒険者になっているかもしれないな……。


 そういうわけで、そのチームの一員であるルノー殿は、かなり強い。


 一ラウンド目、格闘家の方も伊達に予選を勝ち抜いてこの場所に立ったわけではないようで、ウサギのぬいぐるみを背負って戦っているという可愛い見た目のわりに、激しい攻防を見せて粘っていたのだが、元から防御が甘い性格なのか、刃の無い剣で打たれた痣くらいすぐに回復するという油断のせいか、フェイントに気づけずコンボを喰らって負けた。


 ルノー殿の戦い方は〈無双の双剣使い〉という二つ名で呼ばれている通り、ショートソードを両手に一本ずつ持って計二本の剣を同時に扱う双剣スタイルで、かなり攻めに比重が置かれた戦い方である。


 ゴブリン掃討作戦で一緒に行動していた時は、今回使っている歩兵が持つような一般的なショートソードではなく、小回りの利く短剣を装備して戦っていたが、あの時は洞窟という狭い場所での戦いだったからだろう。


 流石に自分のように全ての武器を使いこなせるように訓練する者は少ないと思うが、フランツ殿の妹であるアンナ殿も、炎魔法の使い手だが狭い洞窟内では崩落などを警戒して魔法を使わずに杖術で戦っていたように、色々な環境で様々な依頼を受ける冒険者は、場所や目的に合わせて使い分けられる戦い方を二つ以上持っているのが普通なようだ。


 ルノー殿も、おそらくあの時に見せた戦いは洞窟という場所に合わせたサブの戦闘技術で、今回のショートソードを使うスタイルが彼本来の闘い方なのだろう……その乱舞はまさに〈無双の双剣使い〉という二つ名に相応しい、隙の無い攻めのラッシュだった。


 格闘家の方も重い武器を扱うわけではなく、鋼鉄で補強された皮手袋によるパンチや同じく前面が鋼鉄で補強されている脛当てによるキックで戦うので、スピード的にはルノー殿の猛攻に対応できないわけではないのだが、双剣を使う彼には手数だけでなくリーチもある。


 しばらくは、どちらも始めの一撃を相手に通す事ができないという状況が続いたが、先にしびれを切らしたらしい格闘家が、ルノー殿の繰り出す斬撃を全て捌いていては、自分が攻撃できる間合いに踏み込むタイミングがないと判断したようで、ダメージが大きくなりそうなものだけを受け流して、軽い攻撃は無視するという選択に至ったようだ。


 油断したのか調子に乗ったのか、結果的にそのラウンドで負けることになったのだが、その判断自体は正しかったようで、ルノー殿は攻め極振りの構えではいられずに、守りも強いられることとなり、守れば守るほど、その隙に格闘家は距離を詰めてくるので、一ラウンドが終わるまでに何発かは攻撃をもらっている。


 ルノー殿は双剣の強みを活かし、片方の剣で目につきやすいフェイント攻撃を放ち、それに反応した隙をついて、もう片方の剣で死角から強い攻撃をくらわせ体勢を崩し、そこから守る隙を与えないようなラッシュを繰り出したことで勝利を収めたが、少々安定しない体勢からの攻撃もしていたため、それなりに体力を消耗したようだった。


「ふむ……一ラウンド目は自分の負けだな、双剣使いに賭けたチケットを持っている方々には賭けの勝ち分を支払おう」


「よし! よくやったルノー、これで飯をたかられた分が返ってきたぜ!」


「ほらー、だからもっと賭けておきなって言ったでしょ? あたしは兄貴の倍は儲かったよ~?」


「誰かさんのせいでそのもっと賭ける金が無かったんだよ! だけどこれでその金ができたな……おいチケット売りの兄ちゃん! 俺は次のラウンドで、勝った分も含めて全部ルノーに賭けるぞ!!」


「えー、兄貴せっかく勝ったのに本気? まぁ、あたしも同じことするんだけどねぇー、そういうわけでチケット売りさん、双剣の男に二十票ね!」


「おい、お前はやめとけって、後で金が無くなったって泣きついてきても、今度は飯を奢ってやらねぇぞ?」


「大丈夫だってー、さっきの試合見たでしょ? あんな見え見えのフェイントに引っかかるなんて、あのウサギちゃんかなり弱いよー、兄貴と違って予選で当たった対戦相手が弱かったりしたんだろうねぇ~」


「まぁ、そうかもしれないけどよ」


 ふむ、フランツ殿もアンナ殿も全賭けで続行か……賑やかな兄妹を見ながらため息をついているセィディ殿も、呆れてはいるものの、止める気はないようだ。


 自分はそんな仲の良いパーティーの様子を見ながら、一ラウンド目の賭けの勝者にチケット枚数に合った賭けの勝ち分を分配していく。


 即席で作った手書きのチケットということで、書かれている文字を無理やりそう読めなくもない形に変えて、賭け金をだまし取ろうとしてきた器用な男が一人いたのだが……実は書かれている大字はフェイクで、どちらに賭けたかは、切った紙に元々描かれてた装飾の向きなどで判別しているので、残念ながらバレバレである。


 まぁ、それでも騙されたふりをして、自分の所持金の方から賭けに勝った人と同じだけの報酬を渡したのだが、代わりに彼の小銭入れをまるまる懐から頂戴しておいた。


 自分が嘘でお金をだまし取られてしまうという検証と、逆にスリで有り金を全ていただかせてもらうという検証を、同時に実行させてくれるとは、なんて親切な方なのだろうか。


 性懲りもなくその報酬を全て使って、ルノー殿に賭けてきたところを見ると、もしかしたら負けて無一文になってしまう検証にも願い出てくれているのかもしれない……彼のためにも是非次のラウンドでは格闘家に勝ってほしいものだ。


「おい兄ちゃん、一ラウンド目の前に言ってた通り、このラウンドでもウサギ野郎に三十票賭けるんだろ?」


「ん? うむ、そのつもりだが、何か問題があっただろうか」


「いやーよかった、逆にそれなら問題ねぇんだ、反対側に賭けるやつがいねぇと勝負にならねぇからな……俺はさっきウサギ野郎に賭けてたんだが、今回は双剣の方に三票賭けさせてくれ」


「俺もだ! さっき勝った分も含めて双剣の男に四票賭けるぜ!」


「私も双剣の男に二票よ」


「承知した、順番に売っていくので慌てないでくれ」


 そうして自分はまた、周りの観客に賭けの投票チケットを売って回った。


 どうやら、見知らぬチケット屋の金払いを警戒して、一ラウンド目では参加しなかった観客も、この試合できちんと勝ち金を払っている所を見て乗り気になったようで、一ラウンド目よりも多くの枚数チケットが売れたのだが、先ほどの試合の様子で判断されたのか、流れに乗る人が多かったのか、ルノー殿に票が大きく傾いているという結果になっている。


 おかげでルノー殿が勝ってもそちらに賭けた人にあまりうまみがないオッズにはなってしまってはいるが、まぁ全く増えないわけではないし、賭けている人たちも数人を除いて本気で稼ぎに来ているというよりも、試合をより楽しむスパイスの一環として捉えているようで、次のラウンドの試合が始まると全員アリーナの方へと意識を向けた。


 第二ラウンド開始……それと同時に駆け出す両者……そして繰り返される剣と拳の攻防。


 最初はリーチの長いルノー殿の方が有利だが、格闘家が小さな攻撃は見逃しながらじりじりと距離を詰めていくと、インファイトが得意らしいウサギ格闘家の攻撃が当たる比率の方が高くなっていく……。


 一ラウンド目と同じ代わり映えのしない展開に、観客の多くは、また先ほどと同じように双剣の男がフェイント攻撃を繰り出して、ラッシュを叩き込んで勝利を手にするのだろうと想像したようで、フランツ殿やアンナ殿を含めて、そちらに賭けた人たちは、アリーナに向かって「そこだ!」「行け!」「決めろ!」と応援している。


 しかし……どうやら、決着まで同じ展開にはなりそうになかった。


 元から守りが甘かった格闘家だが、それでも一応は予選を勝ち上がってきたそれなりに戦える選手である……一ラウンド目でやられただけで、フェイントというのを学んだようで、ルノー殿が絶妙なタイミングで繰り出すフェイント攻撃にもうまく対応して、逆に無理な体勢からフェイント攻撃を繰り出した相手の隙を的確について、攻撃を当てる回数が増えているようだ。


 そしてなにより、一ラウンド目とは決定的に違う点がある。


「ルノー! 動きが鈍ってるわよー! しっかりしなさーい!」


「いや、アンナ……よく見てみろ、その逆だ」


「え?」


「あのウサギ野郎、全く疲れた様子がないどころか、一ラウンド目であれだけボコスカ剣で叩かれておきながら、身体に打ち身一つ残って無いぜ?」


「うそ……あ、え? ほんとだ……何あいつ……化物?」


 そう……最初に気づいたらしいフランツ殿とアンナ殿が言う通り、アリーナの中央で今も戦い続けている両者の体力には、目に見えてわかるほどの差が出来ている。


 一般的な兵が地上で戦う時に振り回すのは、通常ショートソード一本である……それを両方の手で一本ずつ、計二本を器用に振り回すというのは、いくらその訓練を積んでいる専門家とはいえ、体力の消耗は普通に一本の剣で戦う人物よりも大きなものになっているだろう。


 それに、ルノー殿はフェイント攻撃を行う際、そこそこ無理な体勢から攻撃をしかけることがあるので、その負担も大きいのだと思われる……。


 本来は刃の潰れていない、ちゃんと切れる剣で戦うため、相手のダメージが打ち身などでは済まず、早々に決着がついているような闘いなのだろうが、この武闘大会ではお互いに致命傷を与えるような攻撃が行えないため、実は、普段刃物の有利さを活かして戦っている選手のほうが戦いにくい仕組みとなっているのだ。


 立ち回りと素早く鋭い攻撃で首など相手の急所を的確に捉え、一撃で勝負を決めることが多い短剣使いはもちろんだが、こうして多少防がれても手数で相手に大量の切り傷を与えて、動きをどんどん鈍らせながら畳み掛ける双剣使いも、それなりに普段の戦い方が通じない状況を強いられているはず……。


 予選突破者に、大剣使いの冒険者や、重くて軽いミスリル装備の貴族、戦鎚を使う道場の門下生が二人と、重い武器を扱う選手が多くいるのはそのためだろう。


 そんな中でも、普段の刃物を活かした戦い方が出来ないままここまで勝ち上がってきたルノー殿や、第二試合の暗殺者は、かなり頑張っているのである。


 しかし、その努力で埋めた穴を……またもや自分の検証が邪魔してしまっているらしい。


 ルノー殿が格闘家の攻撃で受けたダメージは……何とか顔面などのダメージが大きい部位への攻撃は避け、受け流せる攻撃は受け流しているとはいえ、隙を突かれた攻撃は何発も食らっているため、それなりに蓄積されているはず……。


 だが、それに対して、ウサギのぬいぐるみを背負った格闘家の方はというと……どうやら試合中に[上治癒薬スライム]に攻撃され続ける検証は、なかなかい良い結果が出ているようで……彼は一切の疲れを見せずに元気いっぱいな状態である。


 自分の作成した〈上治癒薬〉は、内出血なども治してくれる収斂作用のある薬草を中心に、怪我の治りが早くなる成分が大量に含まれているのはもちろん、怪我の治療などで使った体力を補うために、滋養強壮などの効果がある薬草も配合しているため、薬が効いている間はそれなりに無茶な行動が出来たりするのだ。


 まぁ、あまり大きな怪我を負ってしまうと流石にすぐには治らないので、安静にしている必要があるし、倦怠感などを抑える成分は、未来の自分から元気を前借するカフェインのようなものなので、薬の効果が切れたときに一気のそれまでの疲れが襲ってきたりするが、試合中はスライムがそれを供給し続けてくれるので問題はない。


 そういうわけで、よく見ると脱水症状が心配になりそうなくらい汗をかいている様に見える彼は、背中にあるウサギから染み出してきているその薬のおかげで、刃のつぶれた剣で叩かれたくらいの打撃傷はすぐに回復し、当たり所が悪くなければ、ほぼ無敵という状態になっているのである。


「うーむ……審判も止める様子がない所を見ると、薬を事前に直接ドーピングする方だけでなく、試合中に常時その効果を受け続けるのも、ルール違反にはならないのかもしれないな……」


 実際にはどちらも気づかれていないだけで、ルールに抵触するのかもしれないが、試合前にドーピングの検査がされなかったり、こうして試合中に明らかにおかしい体力維持が指摘されないまま、戦闘が続行できてしまっている時点で、正確な判定とは言えないだろう。


 ふむ……これが不具合かどうかの確認を、仕様設計者に投げたいところであるな……。


 まぁ、とはいったものの、未だにゲームプランナーへの連絡方法が分からないので、メモ画面に書き留めておくことしかできないのだが……。


 いや、この大会に限ったことであれば、後で大会の運営をしている貴族に報告すれば解決するかもしれない……そのキャラクターがオンラインゲームでいうGM権限を与えられている人物の可能性だってあるしな。


 自分は検証結果を後で大会の運営に届けることにして、それをメモ画面に書き留めると、ちょうど決着がついたらしい試合に視線を戻した。


「くっ」


「そこまで!」


 どうやら第二ラウンドは格闘家が優勢のまま無限の体力で押し切ったようで、インファイトでの猛攻に続く猛攻でルノー殿を圧倒し、強攻撃でダウンを取ったところにのしかかって、顔面への拳の寸止めで勝利したようだ。


「くっそぉぉおおお!」


「負けたぁぁぁあああ!」


 そしてその勝負の結果は、観客側にも響いている。


 自分のいた現代日本では、スマホなどでデジタルな馬券が購入できる環境になったりしているおかげで最近見なくなったようだが、そんな対応をしていないこの区画ではまだ存在してしまっているようで、実際には競馬場などに行ったことがないので見たことがないのだが、きっと元の世界でもこんな光景だったのだろう……ハズレ券の紙吹雪が舞っていた。


 うむ……負けたくやしさ的に仕方ないのかもしれないし、この光景が賭け事の醍醐味なのかもしれないが、ゴミをその辺りに捨ててしまったら、この闘技場を管理する人に迷惑がかかるだろう……自分が蒔いた種であるし、後でちゃんと片付けておこう。


 ……いや、あえて怒られるという検証も必要か? うーむ、迷うところである。


「おいチケット売りの兄ちゃん! 第三試合もやるんだろ? 今度はウサギ野郎に賭けさせてくれ! ここは奮発して十票だ!」


「俺もウサギの男に五票だ! あいつの化物じみた無限の体力は半端ないぜ」


「私も同じく無敵のウサギ男に五票よ!」


「承知した、順番に処理するので待ってくれ」


 まぁ、片付けの検証は後でいいだろう……今はとにかく賭けの検証の続きだ。


 自分は先ほど勝った客と賭け金を分配した後、新たに投票券を購入する客の対応をして回った。


 ちなみに、一ラウンド目でチケットを偽装して賭け金をだまし取ろうとした客は、このラウンドでも同じことをしようとしてきたが、残念ながら騙されてあげるという検証はもうその時に終わったのだ……それは偽装だと見破り、その判断方法の種明かしをして、騙されないという方の検証をさせていただく。


 わーわーぎゃーぎゃーと喚くどころか、「なんだよ! さっきは騙されたじゃねぇか!」と自ら一ラウンド目でも不正を行ったことを白状したので、彼のその素晴らしい検証に協力的な態度に感動しながら、前に渡した分も返してもらう検証に移行させてもらった。


 そこで財布がスられていることに気づいた彼は、またそれで大騒ぎするが、せっかく協力を願い出てくれたのだ……無一文の彼には後で借用書を書いてもらうと言って、ロープでしばりつけて猿轡をして寝かせておいた。


 目の前でそんな厳しい対応をされたのを見た、この場にいる他の人たちは、そのおかげで不正を働こうと思わないでいてくれるだろう……最初から最後までこんなに役立ってくれるなんて、なんていい人なのだろうか……。


「フラ……そこの冒険者殿とその妹さんはどうする? また仲間に賭けるのだろうか?」


「う、うーん……アンナはどうするんだ?」


「え? あ、あー……えーと……てへっ、実はさっきので使い切っちゃった」


「おい! お前、所持金全部賭けてたのかよ! だからやめとけって言ったろ?」


「なによ、そんなこと言うなら兄貴はまだ余ってるんでしょ? 私の負けた分取り返してよ」


「うぐっ……俺もスッカラカンだ」


「ほらー、人のこと言えないじゃない」


「何言ってんだよ、元はといえばお前が俺に飯をたかったからだろ? それに俺は余計な金は持ち歩かないでギルドに預けておく主義なんだよ」


「あたしだってギルドに行けば……あれ? まだ残ってたっけ……」


「はぁ……アンナ、あなた、私と街で買い物をする前に、ギルドで全額おろしてなかったかしら?」


「あ……う……セイディぃぃ……お金貸してぇ……」


「貸しません……しばらく金欠を味わって反省しなさい」


「うわーん……そんなぁ……」


 どうやらフランツ殿もアンナ殿も、先ほどの勝負で所持金を使い果たして、賭けに参加しないようだ……Cランク冒険者ならそれなりの額を稼いでいそうなものだが、フランツ殿の言っていたようにギルドに預けておくのが普通なのだろうか。


 うーむ……まぁたしかに、自分のように亜空間倉庫などが無ければ、何十万という現金を鞄に入れて常時持ち歩くようなものだろうからな……元の世界で考えても銀行に預けておくのが当たり前だと考えれば、現代日本よりスリなどが多いイメージのこの世界なら、あまり多くを持ち歩かないのが普通だろう。


「それで、今回もやっぱりエルフの冒険者さんも賭けないのか?」


「ええ、私はこの子たちと違ってそういうことに興味はないもの」


 ふむ……やはりセイディ殿は賭けてくれないのか……。


 フランツ殿もアンナ殿も悔しそうな顔でセイディ殿を見てはいるが、お金のかかることなので無理強いするつもりもないようで、これ以上特に声をかけることはないようだ。


 自分も倫理的に言えばそれで構わないのだが……。


「おい兄ちゃん、双剣男に賭けるやつがいないんじゃ、勝負にならないんじゃねぇか?」


「そうだそうだ! これじゃあせっかく投票券を買っても意味がないだろ、誰かルノーとかいう双剣野郎に賭けるやつはいないのか?」


 観客の言う通り、現在の賭け状況は自分の票を合わせて、格闘家が七十票で、ルノー殿がゼロ票……このまま進めてしまったら勝負にならないどころか、自分がまとめ役として五パーセントをいただけばマイナスになるという可笑しな状況が発生してしまう。


 もちろんそんなことをやるつもりはなく、このまま誰も手を上げなければチケットの払い戻しする形で終わりにしようと思っているのだが、それでは最後に行おうとしていたとある検証に差し支えてしまうのだ……。


「そうか……自分はそれでもいいが、エルフ殿はそれでもいいのか?」


「どういうことかしら?」


「いや、見ず知らずの観客からはともかく、仲間からも勝利を全く信じられていないルノーという男が哀れに思えてしまってな……」


「……それは、挑発か何かかしら?」


「ふむ……まぁそう受け取ってもらっても構わないが、別にエルフ殿には関係ない……ただ、双剣の男が誰にも信用されない男に成り下がるだけだろう?」


「……」


「おいてめぇ! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! 俺たちの仲間のルノーはそんな奴じゃ……」


「フランツちゃん、この子に何を言っても無駄よ……何かやりたいことがあると人の話を全く聞かないんだから……」


「あん? それはどういう……」


「チケット売りさん、分かったわ……仕方ないから私がルノーちゃんに賭けてあげる」


「うむ、それは賭けの主催としてありがたい……出来れば五票くらい買ってもらえると助かるのだが」


「ええ……もちろん…………千枚買うわ」


「……」


「……」


「「はぁぁぁあああああ!?!?」」


 セイディ殿のその返答を受けて、しばらくの放心の後、フランツ殿やアンナ殿も含めて周りの観客が一斉に理解不能な行動に対する疑問の叫び声をあげる。


 焚きつけておいてなんだが、自分もその挑発の仕返しはどうかと思う……。


 賭けないという選択肢を外したとしても、片方の賭け数が七十なら、対する賭けが十票もあれば、仕切り役として自分が五パーセントをいただいたとしても、格闘家が勝った時にそちらに賭けた方に少ないが利益がいく。


 逆にルノー殿に賭けている人物は一人なのだから、それ以上いくら賭けたとしても、返ってくる金額が変わらないのだ……確かに、多ければ多いほどそれが仲間への信頼度というアピールにはなるだろうが、一枚あたり銀貨一枚という少額の投票券でも、千枚も買ったら金貨十枚という大金になる。


 それを持ち歩いているということにも驚きだが、一般区に小さな家を一軒建てられるような額だ……維持費は抜きにして、負けたら家一軒を手放すと考えると、とても賭け事や遊びで使っていい金額ではないだろう。


「自分としては盛り上がるので嬉しいし、ウサギの格闘家に賭けたお客も、勝った時の手取りが増えるので喜ぶとは思うが……本当にそんな無茶をしていいのだろうか?」


「ふふふ、私はルノーちゃんを信じてるもの……それに、そろそろあの子も、あのウサギさんの中に入ってるものの正体に気が付くと思うわ」


「む? エルフ殿には何が入っているか分かるのか?」


「ええ、私は目がいい方ですもの……ふふふ」


 はて、ゴブリン掃討作戦でセイディ殿のステータスを確認したとき、透視などの力がありそうなスキルは無かったはずだが……しばらく会わないうちに、そういったスキルが増えたのだろうか?


 まぁなんにせよ、とりあえずこれで賭けが面白くなるだろうし、その後の検証も出来ることになった……チケットの枚数が物理的に千枚も無いので用意できないという問題があるが、そこは特別に小さく切り取っていない紙をまるまる使った、大判のチケットを新たに用意することで、その千枚分の役割を果たしてもらうことにする。


「うむ、金貨十枚、確かに受け取った、投票券は千枚も無いので代替品で悪いが、これを千枚分の価値とすることを約束しよう」


「わかったわ」


 そうして、三ラウンド目の賭けが終わり、ルノー殿とウサギを背負った格闘家の最後の戦いが始まった。


 賭けに参加した観客も、そうでない観客も、その場の熱気に当てられたようで、第三試合の最後の闘いが始まったアリーナに向けて、応援や野次を飛ばしながら、賑やかに戦闘の行く末を見守り始める……。


 そして自分は……しばらくの間その騒いでいる背中を眺めると……。


 静かにその場から立ち去った……。


「ふむ……なるほど……よし」


「どうにか『賭けの主催がお金を持ち逃げする』という検証も進められそうだな」


 セイディ殿には悪いが、これは元々予定していた検証項目なのだ……フランツ殿もアンナ殿もお財布が空になってしまったようなので大変かもしれないが、冒険者ギルドに預けている分があるらしいので、きっと何とかなるだろう……。


 自分はそんな謝罪にもならない言葉を心の中で呟きながら、第四試合くらいは王族用の観客席で眺めようと、お土産の串焼きを作ってから自分の席へと戻っていった……。


▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる

【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる

【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる

【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる

【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる

【知力強化】:様々な知的能力が上昇する

【身体強化】:様々な身体能力が上昇する

【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる

【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える

【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える

【魔力応用】:自分の魔力を思い通り広い範囲で精密に操ることが出来る

【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる

【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる

【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる

【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる

【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる

【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る

【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる

【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる

【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる

【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる

【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる

【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる

【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る

【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる

【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す

【マップ探知】:マップ上に自身に感知可能な情報を出す

【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる

【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる

【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる



▼称号一覧

【連打を極めし者】

【全てを試みる者】

【世界の理を探究する者】

【動かざる者】

【躊躇いの無い者】

【非道なる者】

【常軌を逸した者】

【仲間を陥れる者】

【仲間を欺く者】

【森林を破壊する者】

【生物を恐怖させる者】

【種の根絶を目論む者】

【悪に味方する者】 <NEW!>


▼アイテム一覧

〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉

〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈変装セット×1〉〈調合セット×1〉

〈その他雑貨×8〉〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉

〈水×54,000〉〈枯れ枝×500〉〈小石×1,750〉〈倒木×20〉

〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1089日分〉

〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×661〉〈獣生肉(上)×965〉〈鶏生肉×245〉

〈獣の骨×720〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×60〉

〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×850〉〈スライム草×100〉

〈棍棒×300〉〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉

〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×10,000〉

〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉

〈水のブレスレット×4〉〈装飾品×5〉〈宝石×6〉〈高級雑貨×8〉

〈一般服×10〉〈貴族服×4〉〈使用人服×2〉〈和服×1〉

〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×2〉〈鋼の鎧×2〉

〈バックラー×1〉〈鋼の盾×2〉

〈上治癒薬×19〉〈特上治癒薬×5〉〈魔力回復薬×10〉〈上解毒薬×7〉〈猛毒薬×10〉

〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈自然治癒上昇薬×10〉〈魔力生成上昇薬×10〉

〈金貨×49〉〈大銀貨×5〉〈銀貨×96〉〈大銅貨×1604〉〈銅貨×3〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 検証のためなら悪いと思いつつも悪事を働く! これは多少の常識はずれとは言えない…さすがですぜ!
[良い点] 持ち逃げの検証とか人の心がなさすぎる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ