挿話 ダーフィンの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
ワシはダーフィン……どこにでもいるただの老いぼれですじゃ。
グラヴィーナ帝国の帝王という立場であらせられる、マクシミリアン・ゲーバー陛下が、まだ冒険者のようなことをしていた時に、同じパーティーで魔術師として共に戦っていたということもあって、陛下が帝王になると同時に、公爵という爵位と仕事を渡されてしまったのじゃが、事務的な仕事も権限の殆ども既に息子に引き継いで任せてしまっておる。
他にも、この国に魔法の知識が豊富な人物が全くいないということで、昔は王宮魔術師という役割も担っておったのじゃが、こちらも苦労して魔術師の素質があり重要な仕事が任せられるような人材を探し出して、数年前にようやく引き継ぐことができた……。
なので今のワシの仕事といえば、第三王子オルスヴィーン殿下の従者として、文官や教育係のような役割を担っておるくらいじゃな。
今も公爵という肩書は残ったままで、重要な権限が残っていたりすることもあってか、方々から色々な相談を持ち掛けられては、本来はしなくてもいい仕事をするはめになったり……王宮魔術師という立場を引き継いだものの、この国に魔術師という人材が不足しているのには変わりないということで、未だに魔術関係の仕事が回ってきたりもしてしまうがのぅ。
正直、その大人びた口調に似合わず、大人しいとは言えない行動を起こすオルスヴィーン殿下のお世話だけで、手一ぱ……非常にやりがいのあるものじゃから、他の仕事は本来の担当者だけで解決してもらいたいのじゃが……。
ジェラード王国へ逃げ出して、記憶を失われてしまう前の殿下も、少々判断力の欠ける、人の言うことを何でも信じてしまうような、純粋な方だとは思っておったのですが……あちらで何があったのか、記憶を失ってからの殿下は判断力が欠けているというよりも、暴走しているような……なんとも不可解な行動をとられて、驚かされるのなんの……。
まぁ、ただ……その時の殿下の境遇を考えれば、そうなってしまわれるのも仕方がないのかもしれないとは、思ってしまいますがな。
争いの嫌いだった殿下が、前王派だったドワーフの従者二名に騙されるような形で連れ出されたあの事件……。
彼らが後の尋問で吐き出した内容によると、連れ出された後は武器も金目の物も全て巻き上げられた上で、あの竜の休息地に放り出されたという状況……。
そして、生贄村という呼び名で知られるウェッバー村など、周辺の村や街での情報によれば、時期的に殿下が草原に放り出されていたであろう期間のうちに、あの場所にドラゴンが降り立ったとの噂……。
つまり……殿下はドラゴンと対峙したショックか、はたまたドラゴンに直接なにか人知の及ばない魔法をかけられたことで、記憶を失ってしまった可能性があるということじゃろう。
そんな境遇だったという事を知らされた陛下やご兄弟が、記憶をなくしつつも、それでも無事に五体満足で帰ってこられたオルスヴィーン殿下に対して、必要以上に甘く優しく接されて、大抵のことは許してしまわれるというのも、当然の反応といえましょうな……。
そして、当時そんな殿下の従者だったのは、その戦いたくないと願う殿下をたぶらかして外へと連れ出した二人だけでなく……ワシも含めて三人。
他の仕事が忙しいタイミングを狙われたとはいえ、目を離した隙に殿下をそんな危険な目に合わせてしまったことに変わりはない……。
この国の流儀に則って言えば、腹を切って詫びたいところだったのじゃが……ワシが陛下と昔からの付き合いだったことと、抜けた穴を埋められるほどの人材がいないということもあって、特に減給以外の罰を受けることもなく、こうして引き続き殿下の従者をさせていただいておるのじゃ。
仕えていた従者に裏切られ、身ぐるみはがされ何もない草原に放り出された上……世界中に散らばっているSランク冒険者を集めて、やっとまともに戦えるだろうと言われるようなドラゴンと出会い、記憶を失ってしまった殿下……。
そんな殿下をお守りすることが出来なかったワシが、未だに恵まれた環境に身を置かせていただいているというのは、もしかするとこの境遇で心を痛めること自体が、ワシに与えられた罰なのかもしれませぬ……。
だとすれば、その境遇を受け入れ、殿下が多少、常識に欠ける行動をされても、フォローに徹して、出来るだけ殿下の要望を叶えて差し上げるのが、ワシにできる唯一の罪滅ぼしなのかもしれないのぅ……。
そう……多少の常識外であればの……。
旅の途中で殿下が自ら料理……? なりませぬ! せめて従者の料理に指示を出す程度にとどめてくださいませ!
トラウマがあってもおかしくないであろう竜の休息地に一人で出向かれる? なりませぬ! せめて護衛をお連れくださいませ!
倒れた料理人の助っ人に殿下も加わる……? なりませ……え? 殿下だけでなく姫もご一緒に……ですか……? あぁ……どうしてこんなことに……。
使用人であるクラリッサに殿下が自ら高価な化粧を施していた……? 一国の王子がいったい何をやっておられるのですか……。
殿下がまた置手紙を置いていなくなった……!? 殿下! いったいどこへ行かれたのですか! 殿下ー!!
ワシは『多少常識が欠ける』という範囲が分からなくなって参りましたぞ……。
まぁ、殿下の行動はともかく、どうやら新しく就けた二人の従者は優秀で、経歴を隅々まで調べましたがどちらも前王派とは敵対関係にあったようなので、ワシが傍にいられない間の殿下のことはそれなりに任せても大丈夫そうですな……。
騎士団長という立場でありながら、前王の強引な領地拡大に反対し、国境を守る辺境伯という役職を与えるという名目で、僻地に飛ばされていたドワーフ……コンラートは、陛下に帝都へと呼び戻されて殿下の従者に任命された後、ジェラード王国から帰ってきて、この国の王子らしく戦いに興味を持ったらしい、殿下の良い訓練相手になってくれておる……。
前王とは異なる考え方で行政を進める公爵派閥に属し、民衆からの支持を得ながらも前王派の妨害によってなかなか成果を上げられなかった、子爵家の次女であり、教養がありながらも一介の使用人という立場から脱せなかったクラリッサは、殿下の従者に任命されても仕事に忠実で物覚えがよく、殿下の無茶な要望にも笑顔で応えてくれているようじゃ……。
ワシがこの王位継承戦という大きく忙しい行事が開催されている間、経験も豊富ということで駆り出されてしまうことがあったとしても、この二人なら何とか殿下のお世話をまっとうしてくれるじゃろう。
……と思っていたのじゃが。
大会の予選参加者を選定する会場で、魔力などを計測する魔動機の調整を行う仕事をしていたところ、めったなことでは壊れないはずの魔動機が壊れるという呼び出しが二回もあったのはともかくとして、その壊れた魔動機に残っていた魔力残痕に覚えがあるのは気のせいだったのじゃろうか……。
大会の運営を任せている伯爵家の家に何やら侵入者の形跡があり、大会参加者の個人情報が見られたかもしれないという情報が入って、魔法による捜査の出番が回ってきたかと思えば……その犯人が残したと思われる魔力残痕もまた、よく傍におられる方に近いような気がしたのじゃが、まぁきっと気のせいじゃろう……。
とにかく、いつも通りならばそれほど出番がないじゃろうと思っていた大会の手伝いに、何故か今回は呼び出されることが多かった……。
そして、そんな何故か忙しくなった大会の本戦で……殿下が用を足しに行ったまま帰ってこないという報告が……コンラートとクラリッサは何をやっておったのじゃ……。
大会の運営を任せている伯爵から報告? ええい、今は殿下のことで忙しい! そんなのは後に……何? その殿下が関わることじゃと……?
なになに……一介の冒険者の行う串焼きの屋台にアルコールまで提供できる販売許可証を発行された?
殿下……いったいどこで何をやっておられるのじゃ……。
これも『多少常識が欠ける』という範囲なのじゃろうか……ワシにはもう何が何だか分かりませぬ……。
あぁ……ついさっき武闘大会の運営をしている伯爵家に、侵入感知は防犯魔動機の誤作動ということで修理するフリをしたばかりだというのに、今度は手続きの報告漏れがあったのだと誤魔化して、殿下が許可を出したいらしい串焼き屋の商売許可登録を済ませなくてはなりませぬ……。
とにかく、ワシは予想の付かない行動を起こす殿下に対して、殿下の見えないところでも振り回されながら、従者という仕事を全うしておりますじゃ……。
うぐぐ……大会運営の伯爵にも申し訳ないことをしておるのぅ……。
今度、ワシ自身への労いもかねて、一流のシェフを呼んだ食事会を開いて、伯爵家を招待してやるとしよう……。