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第五十六話 武闘大会の予選で検証 その八

 

 王位継承戦に繋がる武道大会の予選Bブロック六試合目……これが終われば予選の決勝に進むことが出来るというその闘いは、試合開始からずっと一方的な状況が続いていた。


「お、おい……あいつ、試合開始から相手に一度も攻撃させてないぜ……」


 既に試合で負けて出番を失い、完全に観客となったBブロックの選手達からアリーナへ向けてそんな呟きが投げ込まれる……。


 いや、見ればこの試合に参加していない顔も結構いるようだ……もしかすると自分の試合が終わったら他のブロックの試合を見に行くことが可能で、このBブロック以外から人が流れ込んでいるのかもしれない。


「人間を球に見立ててボール遊びでもしてるのかよ……とても正気じゃねぇ……」


 観客がそう表現している通り、その試合はもはや闘いと呼べるものでは無かった。


 一方の選手……つまり自分が、もう片方の選手……盾使いの騎士を、まるでバスケットボールやお手玉でもするかのように、地面に叩きつけ、宙に放り投げ、壁にぶつけては、返ってくるその身体にさらに追い打ちをかけて、また同じ事を繰り返すということを繰り返している。


 こちらは武器を一切使っておらず、相手も一つ前の試合で見せていたように完ぺきに近い守りを見せており、そんな状況でも防御姿勢をきちんと取れていることから、一撃一撃のダメージはその大げさな見た目ほど多くは無いものの、それでも反撃の機会を与えられずにジワジワと体力が削られるのは辛いだろう。


 盾の騎士はそこからの打開策として機転を利かせたようで、第一ラウンドではわざとダウンして勝利を譲ることで、初動でこの無限コンボに持って行かれないようにと試合を仕切りなおさせた。


 しかし、その考えは甘い……このコンボが通ってしまっているならば、残念ながら騎士殿は試合開始前に自分がこのキャラクターを選んだ時点で負けているのだ。


「有情魔道拳……」


「ぐはっ……」


 そして自分は、仕切り直しの第二ラウンドが始まっても特に形勢を変えることが出来ずにお手玉になっていた彼に対して、あぐらをかいて両手を顔の横に構えながら左右に放つ魔力波でとどめを刺し、勝利を収めた。


「痛みを知らずに安らかに負けるがいい……」


「いや、めちゃくちゃ痛いんだが……」


 ふむ……まぁ所詮自分の技はあの拳法を習ったわけでも無ければゲームも違う、見よう見まねの劣化コピーである……漫画やゲームのように、そううまくは行かないだろうな……。


「勝者! オース!!」


 相手から一撃も与えられることなくパーフェクトに二ラウンドを制した自分は、アリーナの中央で最後の魔力波によってそれなりのダメージを負ったらしい盾の騎士に頭を下げ、選手待機場所へと戻っていく。


 続く予選最後の試合も自分の出番だが、休みなく戦うのは後の選手に不利となるため、最後の試合の前には少しだけ休憩時間が設けられていた。


 多少休憩したところで次の対戦相手である老人は今までの二試合をどちらも一瞬で片付けているので、体力の差にあまり変わりないだろうが、まぁ無いよりはマシだろう。


「おい坊主、お前いったい何があってそんな強くなったんだよ」


「む? フランツ殿か……うーむ、まぁ毎日走ったり素振りをしたりと鍛錬を重ねているからな……それが実った結果なのだろう」


「いや、そんなの俺だってやってるさ……それだけでゴブリンにやられてたあの時から数ヵ月でここまで強くなるなんておかしいだろ? 闘いに粗こそ目立つが、魔力波を何度も放てるバカみたいな魔力量も考えると、今はもう俺より強いかも知れねぇぞ」


「うーむ……どうであろうな……自分が最近戦い方を教わっている人物にも言われたが、多彩な技を使えたところで、一つの技を極めた者には勝てない……最初こそ見たことのない動きで攪乱して有利に戦えても、何度も戦ううちにそれが通じなくなって、最終的にはコツコツと一つのことを続けた者が勝ちづつけることになってしまうだろうと」


「なるほどな……お前の師匠、なかなか良い事言うじゃねぇか……そんな人に戦いを教わってるからここまで強くなったのか」


「そうであるな……彼の助力は大きいだろう」


 成長速度が速い根本的な要因は、自分が魔力量が多い王族の血を引く身体で、その限界を酷使する鍛錬を続けている事にあるのだと思うが、何となくフランツ殿にはまだそれを明かしたくない……訓練を手伝ってくれているコンラート殿が優秀であることに間違いは無いので、今のところは師匠が優秀だからということにしておこう。


「だが、それで行くと、次の対戦相手はひたすら剣を極めた〈流浪の剣聖〉で、今まで数々の高難易度依頼を片付けてきた、俺なんかが比べ物にならないほどの経験を積んでるSランク冒険者だからな……お前の突拍子もない行動も通じないかもしれないぞ?」


「うーむ、自分もそう思っていて……どうしようかと困っているところなのだ」


「まぁ、そうだな……上を目指すやつにあまり言っちゃ悪いかもしれねぇが、勝ち負け関係なく、胸を借りるつもりで挑むっていうのも一つの選択肢ではあると思うぜ? 戦う前から逃げ腰で格好悪いって思うかもしれないが、実際に俺はそんな気持ちで挑んだしな」


「いや、格好悪いことは無いだろう……勝てない戦いを空元気で蛮勇に挑むのも時には必要かもしれないが、これは生きるか死ぬかの戦いではなく、腕試しの意味合いが大きい試合であるからな……冷静に自分の実力を判断して負ける闘いから己の不足を学ぶことを優先するのは正しいと思う」


「ふーん……随分冷静に分析できてるじゃねぇか……それで? それが分かってるお前さんは、この試合に一体どんな気持ちで挑むつもりなんだ?」


「そんなの決まっているだろう……? 勝つも負けるも、戦うも戦わないも何もない……ただ全力で検証するだけだ」


「はぁ……ここでも検証かよ……本当にブレないやつだなぁ」


 そう言ってフランツ殿はこちらの背中をバシンと叩いてきた……そして、そのままいつも通り行って来いというように親指を立てて自分を送り出す。


 自分はそんな彼に頷くと、休憩を終わらせてアリーナへと向かった……ゴツゴツした鋼鉄のフルフェイスヘルムを被りながら……。


 一試合目も二試合目も、どちらも防御力の殆どない道着という格好に加えて素手のみで戦ってしまったので、折角持ち込んだ色々な武器や防具の検証が出来ていないのだ……。


 予選最後の試合という、選手であれば勝つことを優先したい試合だとは思うが、自分にはそれよりも優先したいことがある。


「まずは達人相手に格ゲー戦法が通じるか、前回とは別のキャラで試してみよう……それでダメならアクションゲームに切り替えて色々な武器を試す検証だな」


 そう言いながら、左右の腕に鋼鉄の腕当て、足に鋼鉄の脛当てを付け、道着の上を袖が無く前が閉じないジャケットのような服に変えてから、両肩へ肩当てを括り付ける。


 脛当てや肩当てに関してはトゲ付きの物にしたかったところだが、事前に武器や防具を提出する際にダメだと言われてしまったので一般的な形状のものになってしまっている……それでも鎧を身に纏わないどころか上半身がはだけた服を着て、兜や腕当て、脛当てなどを身に着けているその格好は十分人目を引くものになっていることだろう。


「ジョインジョインジョイン……」


 当初の予定と順番が前後してしまったが、どちらにせよ前回の強キャラと今回の弱キャラはどちらも検証しようと思っていたのだ……達人相手に弱いキャラで挑むのは元の世界であれば舐めプと言われ叩かれるかもしれないが、これも検証のため、仕方ないのだ。


 自分は奇怪な出で立ちでアリーナの中央に仁王立ちすると、これで勝ったら自分の名前を言い当ててもらった方がいいだろうかと考えながら、審判の試合開始の合図を聞いた。



 ♢ ♢ ♢



 そして予選最後の闘いが始まり……第一ラウンドを終え……今は第二ラウンド。


 その試合さえも終了間近……既に制限時間いっぱいが経過しようとしているのだが、自分がその終わりの時間が訪れるのを最後まで待つことはなかった……。


「はぁ……はぁ……くっ……降参だ……」


 自分は汗をダラダラと流して息を切らせながら仰向けに寝転がり、太陽が傾き始めた空に向かってそう呟いた……。


 予選大会の決勝……自分とその剣聖とも称される老人との闘いは、それまで老人が戦ったどの試合よりも長引いたが、しかしついに自分が相手にまともに攻撃を当てられることは無く、一ラウンドも勝ち星を獲得することが出来ないまま二ラウンド目で勝利を譲ることとなったのだ。


「勝者、ライヒアルト!」


 あれだけ魔力波を放ち続けられる無限に思えた魔力も底をついており、指の先を動かすだけですら億劫だったが、この世界で過ごし始めてから久しく感じていなかったその人間らしい疲労感を思い出させてくれた老人に感謝するためにも、スキルやステータスではない、人間本来の気力を奮い立たせて立ち上がり、アリーナの中央で彼に向かって一礼する。


 そこで足元がフラついて倒れそうになるが、自分の身体が地面に接することは無く、がっしりした太い腕に支えられた。


「おい坊主! 大丈夫か?」


「うむ……問題ない……この負けイベントは一周目では突破できないという検証結果に反論する者はいないだろう」


「いや、俺が大丈夫か聞いてんのは検証結果とかじゃなくてだな……はぁ……まぁ、そんな軽口が叩けるなら身体の方も大丈夫なんだろ……ほら、宿まで運んでやるから背中におぶされ」


「すまない……お言葉に甘えよう……」


 自分はそう言って後ろを向いて屈んでくれたフランツ殿の背中に、倒れるようにおぶさると、彼はまるで空のリュックでも背負うようにヒョイと自分を持ち上げ、自分が伝えた偽装用の宿の場所まで歩き始めた。


「しっかしオース……お前軽いなぁ……そんなひょろい身体のどこにライヒアルトさんとあんな闘いが出来る力が宿ってんだ?」


「うーむ……まぁ、それは自分を丈夫に生んでくれた両親のおかげだろう……それでもあの老人には勝てなかったがな……」


「いや、あんな闘いを見せられた上に伝説のSランク冒険者にまで勝ってたら、流石に俺は冒険者の先輩としてお前にどう接していいか分からなくなるぜ……今でも先輩面していいのか自信を失くしてるっていうのによう」


「ふむ……そんなことは気にしないで欲しい……こうやって動けなくなるほど無理すれば自分も多少は戦えるのだとしても、戦闘だけが冒険者の力では無いだろう?」


「まぁそうだな……街の中の安全な依頼だけを受けた依頼達成率が五割切ってるような奴に励まされたんじゃ、それこそ先輩失格だよな、はっはっは」


 そう……自分は冒険者としての知識や実力で見ればフランツ殿に勝てないだろうし、この予選大会で分かったように、一つ一つの技術が自分より上の人はたくさんいる。


 そして、冒険者としての実力も、試合の相手としての実力も、そのどちらに対しても力が及ばないような、全く歯が立たない人物だって存在するのだ。


 人間として、いちゲームプレイヤーとして、そこに悔しい気持ちが全くないわけではない……しかし、それでも構わないと思う気持ちの方が大きい。


 おそらくこれが、負けず嫌いのオンラインゲームプレイヤーなどであれば、上の称号を持つ者やランキングで上位の者、こういった対戦で勝利を譲ってしまった相手を羨み、嫉んだりするのだろう……。


 しかし、自分の本質はプレイヤーではない……デバッガーである。


 今回の試合に関しても、全力を出して負けるという結果ではあったが、その試合の中で検証できた項目の数で言えばこれほど満足できる結果は他になかった……。



 戦闘開始と同時に木刀で真っすぐ斬りかかってきた老人に対して、亜空間倉庫から瞬時に取り出した石像を構えて全力で魔力を込めてガードし、そのミスリルの鎧さえ切り裂く魔力が込められた斬撃が、石像を砕くだけで終わったのは魔力対抗の良い検証結果である。


 不完全ながらも最初の一手を防いで見せた自分に驚いた様子だった老人に対して、すかさず魔力を込めた蹴りの連打を放って避ける暇を与えずガードさせ、攻撃に転じられない彼に対して亜空間倉庫から石柱を取り出して彼を打ち上げるような横振りの攻撃を仕掛けた。


 しかし、上下左右しか動けない2Dの格ゲーとは違い、現実は石柱が迫ってくる方とは反対の奥側にも避けられるのだ……振り回しの重いその攻撃は空振りして、それが老人を背後に回らせる隙となってしまう。


 だがその時すでに自分は石柱を手放しており、自分は次に取り出した槍で足を払うように後ろを薙ぎ払っている……そして、それを避けるために空中へ飛んだ老人に合わせるようにジャンプして裏拳を連打した。


 まぁ、その裏拳も、続く張り手も、斜め下への飛び蹴りも、魔力のこもった木刀で的確にガードし、受け流され、着地と同時に今度は老人が自分にラッシュ攻撃を仕掛けてきて、攻守交代となってしまったのだが……。


 そこで自分はこの格ゲー戦法を使うことを諦める……最初の目くらましとしては優秀だったが、このはだけた上半身にフルフェイスヘルムを被るという奇抜な弱キャラを、どこかの隠しキャラ使いのように、目の前の強キャラ相手に勝てるほど使いこなすのは難しい。


 自分は反撃する機会も与えられないまま、右手、左手、右足、左足と、老人の攻撃を魔力を込めてガードする度に砕かれる腕当てや脛当てが全てなくなると、視界が狭くなるだけで役に立たなかった兜も砕かれて、ついでに変装に使っていた長髪のウィッグもハラリと落ちてしまい、本当の素顔が現れた自分に対してその木刀が突き付けられることとなった。


 石像に重い衝撃が加わって砕けるのはともかく、鋼鉄の防具まで変形するのではなく砕けるという結果になるのは、魔力が込められた物体同士が反発作用しあった結果なのだろうか……その現象も検証項目に加えたいところだが、今はとりあえずこのラウンドの負けを認めるのが先だろう……自分は老人に木刀を突き付けられながら両手を上げる。


「そこまで!」


 一ラウンド目の敗北はともかく、今の自分はせっかく拵えた変装が解け、素顔が割れてしまったわけだが……ミスリルの鎧さえ両断するその木刀で、ただ髪の毛が切られただけだと思われているのか、元から変装していようといまいと関係なかったのか、両手を上げたこちらを見た審判は特に変装をしていた自分を注意することはなかった。


 そのまま、素顔の自分に近づいてくると、他の一ラウンド目で負けた選手と同じように、戦闘続行の意志がある事を確認してきたので、それに対して自分は頷き、二ラウンド目に進む意思を審判に伝える。


 審判はそれを確認すると、自分のその変装の解けた姿には特に何も触れないまま、アリーナの中央で向かい合った状態からの仕切りなおしを促した。


 戦闘が続けられるのは願ってもいない事だが、この顔をした男が予選会場にいたことを知られたことで、本番の武闘大会で面倒にならないかが少し心配である……。


 いや……もし本戦当日に、予選に自分が参加していたことがバレて面倒ごとが発生してしまったのであれば、それはそのイベントの検証が出来る機会が訪れたということでプラスに考えてもいいのではないだろうか……?


 本大会で戦う前にルール違反で失格になるリスクを考えると、きっと検証の手間が増えることが懸念されて、多くのデバッガーにはあまり検証されない項目だろう……それこそ一流のデバッガーである自分が検証するべき項目な気もしてきた。


 自分は少しばかりそんな試合とは関係のないことを考え始めてしまい、一瞬だけぼぅっとしてしまったが、ハッと我に返り、自身で思考が横道にそれてしまったことに気が付くと、今はこの試合に集中するべきだと頭を振って気持ちを切り替える。


 そして、アリーナの中央で審判に少し装備を整えるので待ってほしいと言って、亜空間倉庫から動きやすくも申し訳程度の防御効果が望めるかもしれない、冒険者の依頼中によく着ていた普通の皮鎧に着替え、左手に盾、右手に剣を構えてから準備完了を伝えた。


「第二ラウンド……始めっ!!」


 その審判の掛け声と同時に始まった第二ラウンド……。


 そして老人はこれまでと同様に一瞬で姿を消し……そして自分も、盾だけその場に残して全力で後ろに向かって走っていた……。


 ―― キンッ ――


 もちろん、審判の声と同時に斬りかかってきた老人の持つ木刀は、自分が先ほどまで立っていた場所に残された鋼の盾を真っ二つにして、目くらましにも思えるその行動で怯むようなこともなく、全力で逃げている自分を追いかけてくる。


 残してきた盾にも一応魔力は込めていたのだが、一瞬込めるだけでは魔力量が足りなかったのか、供給源である人物の手から離れるとその効果が薄れてしまうのか、はたまた老人がそれを見越して木刀に込める力を高めるなどの対策をしてきたのか……。


 粉々に砕かれた石像や、身に着けていた鋼鉄の防具のような結果になると思っていた予想が外れ、二試合目で目にしたミスリルの盾のように真っ二つになるという検証結果になってしまったようだ。


「ふむ……もう少し詳しい検証が必要だな……」


 自分は迫りくる老人から逃げながらそう呟くと、剣に先ほどよりも多めに魔力を込めて、それを老人目掛けて投げつけた……。


 ―― ガキンッ ――


 そして、それは老人が振り払った木刀によって容易く弾かれてしまうが、先ほどの盾と違って切り裂かれてしまう訳ではなく、そして砕かれる訳でもなく、折れ曲がった状態でアリーナの隅へと転がった。


 なるほど、また異なる結果か……通常であればミスリル製でさえ切り裂かれ、少し魔力を込めたところで鋼の盾は同じ結果になってしまう……しかし、全力で魔力を込め続けたものであれば、石でも鋼製でも切られずに砕かれるという結果になり、そこまでに足りない魔力量だと変形するだけに留まる。


 これはもしかすると、込める魔力量によってその素材の強度を本来のそれから数段上げることができて、魔力の反発によっては素材本来の性質では起こりえない結果となるような仕様になっているのだろうか……。


 そう考えると木製の剣を魔力を込めるだけでミスリル製の鎧を切り裂くオリハルコン級の威力にまで上げてしまえる老人や、石製の胸像をその剣に追いつきそうなほどの強度に上げてしまえる自分が、とんでもない魔力量を込められるということになってしまうかもしれないが、そういう仕様なのだと納得が出来る部分があるような気がする……。


 ……と、そんな調子で、自分はアリーナを端から端まで駆け抜け、時には三人以上で戦えるあの有名な対戦アクションゲームのように、二段ジャンプや緊急回避、上方向や横方向に向かってB技を空振りするなどを駆使して縦横無尽に避けながら、追いかけてくる老人から逃げつつ地道な検証を繰り返していった。


 もちろん、小ジャンプやガードキャンセル、ステップや絶空といったテクニックも多用して、相手に次の行動を予想させないような動きをし続けるのを忘れない。


 老人の足の速さはおそらく一般人が目視できないほどのものだが、走ることに関しては毎日かかさずジョギングをして【身体強化】スキルの経験値を上げている自分も負ける自信は無い……それに、あの子供から大人、エンジョイ勢からガチ勢まで幅広い人に人気のあるゲームで、自分はそれなりに戦える方である。


 判定の強さや相性などに左右されることなく、どのキャラクターを使ってもその単体のキャラクターが持つ技を駆使してそれなりの闘いが見せられる自分が、その単体が持つ技という制限を取り払い、一試合の中で全てのキャラクターの技が使えるのだ……そうそう攻撃を当てられることは無い。


 ……あのゲームの中での話であれば。


 ―― ガキンッ ――


「くっ……」


 あのゲームの中であれば、相手の攻撃をそのタイミングにピッタリ合わせてジャストガードをすればシールド耐久値が減少せず、ガード後に無敵時間があったりするのだが、この試合でそれを試しても、無敵時間が貰えないどころか、防御に使った武器や防具を使い物にならなくされてしまう。


 それに、体力消費も……いや、これは魔力消費だろうか……。


 老人の攻撃をたった一撃でもまともに喰らったらダメージは計り知れないので一瞬でも気を抜くことが出来ず、逃げるためにも、攻撃を仕掛けるためにも、常に全力で魔力を消費し続けているため、アルダートン冒険者ギルドでの討伐依頼や、コンラート殿との訓練では感じる事の無かった疲労がだんだんと蓄積されてきている。


 それは老人の方も同じ条件のはずで、なんなら試合開始前に【鑑定】や【万能感知】で彼が蓄えている魔力量を見たところ、最大魔力量にあたる数値的には自分よりも少ないはずだったのだが、老人の魔力使用には無駄がなく、攻撃する、あるいは防御するその一瞬だけ、しかもおそらくピッタリ必要な分だけを消費しているようで、既に枯渇寸前である自分に対して、彼は試合開始前と殆ど魔力量が変わっていない。


 剣を扱った戦闘技術も、魔力の操作技術も、何もかもが自分より上の老人に、おそらく他の人間が使わないだろう奇抜で多彩な技を使うことでなんとか逃げ切っている自分だが、それすらももう慣れ始められているようで、攻撃を上手く捌けず掠ったその斬撃によって自分の身に纏う皮鎧はもう防具の体を成していなかった。


「はぁ……はぁ……」


 逃げることを止めてアリーナの中央で振り返り、申請したものの全てを使うことは無いだろうと思っていた大量の武器の最後のひとつである太刀を構えて老人と対峙する……。


 アリーナを見渡せば切られたり折れ曲がったり、砕けたりしている数々の武器や防具。


 篦やシャフトと呼ばれる棒の部分が折れているならともかく、矢尻から羽根を超えて矢筈まで縦一直線に切り裂かれている、偶然作り出すことすら難しいと思われる矢の残骸まで大量に散乱していた。


 どれも自分がこの試合中に使用した武器であり、いずれも【武器マスター】スキルを駆使して、おそらく達人とは言わないまでもそれなりに使える人間の技術レベルで、色々な方面から老人に果敢で挑んでいった結果の成れの果てである。


 一ラウンドの制限時間である三分まで残り時間あと僅か……傷こそ無いものの、肩で息をしている自分に対し、老人はまだ闘いが始まっていないかのようにラウンド開始時と同じ位置に立っている……ここで決めなければ制限時間経過で行われる審判の審査で誰が反論することもなく自分の負けが決まるだろう。


 老人もどういった考えなのか、逃げていた体勢から振り返って太刀を構えた自分に対して追撃することなく、自分が息を整えるのを静かに待ってくれている。


 ならば、こちらもその与えられたチャンスに全力で挑むしかない……。


「ふぅ……」


 だからと言って油断することなく、老人を真っすぐ見据えたまま深呼吸すると、ゆっくりと腰を落として居合の構えを取る。


 すると彼も同じように腰を落とし、今まで速すぎてじっくりと見ることの出来なかったその芸術的なまでに綺麗な居合の構えを見せてくれた。


 ―― フッ ――


 そしてまるで、天から開始の合図を受けたかのように二人同時に飛び出し、空間が切り裂かれたかのように錯覚する剣の軌跡がアリーナの中央で交差する……。


 刀を振りぬいた状態で静止した自分と老人……風さえ止んだような時間の中でその光景を見守っている待機場所にいる選手たち……。


 その永遠のような一瞬の静寂の後、誰かがゴクリと喉を鳴らした音によって、止まっていたその時間は、自分の役目を思い出したように動き始めた……。


 ―― ピシッ……パキン ――


 自分の持っていた太刀にヒビが入り……その折れた刃が、踏み固められた土の地面に、金属の軽い音を立てながら落ちる……老人の持つ木刀の上半分と一緒に……。


「「なっ……」」


 観客はそのミスリルを切り裂いても折れる事の無かった木刀が折れたことに驚きの声を上げていたが、【万能感知】でその木刀の耐久値を見ながら、相手の攻撃を受け流すのではなく出来るだけお互いに衝撃が加わるようにガードし、老人にもなるべく完ぺきに衝撃を受け流させることのないようガードさせていた自分が驚くことは無い。


 むしろ武器を失わせることで、得意な攻撃、防御手段を奪うと同時に、この一瞬だけでも老人に隙を作ろうと企んでいた自分は、その木刀が折れる音が聞こえた頃には既に掌底の構えで老人の背後に迫っていた。


 しかし……。


「フンっ……」


 老人はその攻撃を最低限の動作で避けると、伸ばされたその手を掴み、反対の手でこちらの身体に軽く触れると、そのまま腕を下側にヒョイと引っ張る……。


 自分は空中で前転するような形で放り出されて、背中を地面に打ちつけるような形で倒れた……。


 老人は倒れた自分に対してそれ以上追撃を仕掛けようとはせず、拳を振り下ろして寸止めすることも、折れた木刀をのど元に突きつけるようなこともしない……。


 ミスリル鎧の成金を簡単に地面へ転がしていたところから、老人が武器を持たない徒手戦闘の心得もあることは分かっており、油断はしていなかったつもりなのだが……油断をしていなかったのは相手も同じだったようだ。


 自分がそれなりに自信のあった【体術】の勝負でも負けた自分は、潔く制限時間が来るのを待たずに降参を宣言し……こうして自分の完全敗北が決まった。



「ふぅ……」


 フランツ殿にオースとして偽装利用している宿屋まで送ってもらってから少し休憩して、自分の足で城の自室まで帰って来た自分は、ベッドに寝転がりながら予選大会での闘いを振り返り、検証結果の復習と、本大会に向けての対策をぼんやりと考える。


 あのSランク冒険者、ライヒアルトという〈流浪の剣聖〉の異名を持つ老人が、大会の本戦に出場することが決まったのであれば、今の自分の実力では兄上たちに勝って優勝を手にし、父上に挑むという目標の前に、彼に敗れてしまうだろう……。


 それに父上や兄上の闘いを見せてもらったことが無いので、父上たちの実力が分からないが、兄上はともかく、この国【戦いと開拓の国】グラヴィーナ帝国の帝王である父上は、あの老人の力と同等かそれ以上である可能性が高い……。


 数多のゲームの負けイベントを攻略してきた自分だが、ここまで絶望的なシチュエーションはそれほど多くなかった。


 明日からも訓練を続けて戦闘能力は上げようと思ってはいるが、もしかするとそれだけでは厳しいかもしれないな……。


「ふむ……なるほど……よし」


「大会のルールにドーピングの禁止が無かったこともあるし、ルールの穴を突くような検証も試してみよう」


 しかし自分はそんな境遇にネガティブな考えを思い描くこともなく、むしろ生き生きとした感情で、メモ画面に新しい検証項目を書き出していった。


▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる

【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる

【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる

【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる

【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる

【知力強化】:様々な知的能力が上昇する

【身体強化】:様々な身体能力が上昇する

【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる

【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える

【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える

【魔力操作】:自分の魔力を思い通りに操ることが出来る

【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる

【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる

【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる

【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる

【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる

【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る

【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる

【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる

【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる

【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる

【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる

【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる

【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る

【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる

【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す

【マップ探知】:マップ上に自身に感知可能な情報を出す

【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる

【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる

【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる



▼称号一覧

【連打を極めし者】

【全てを試みる者】

【世界の理を探究する者】

【動かざる者】

【躊躇いの無い者】

【非道なる者】

【常軌を逸した者】

【仲間を陥れる者】

【仲間を欺く者】

【森林を破壊する者】

【生物を恐怖させる者】


▼アイテム一覧

〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉

〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈変装セット×1〉〈その他雑貨×9〉

〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉

〈水×60,000〉〈枯れ枝×1,000〉〈小石×1,800〉〈倒木×20〉

〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1095日分〉

〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×870〉〈獣生肉(上)×965〉〈鶏生肉×245〉

〈獣の骨×747〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×90〉

〈革×275〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×550〉〈スライム草×100〉

〈棍棒×300〉〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉

〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×10,000〉

〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉

〈水のブレスレット×4〉〈装飾品×5〉〈宝石×6〉〈高級雑貨×10〉

〈一般服×10〉〈貴族服×4〉〈使用人服×2〉〈和服×1〉

〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×2〉〈鋼の鎧×2〉

〈バックラー×1〉〈鋼の盾×2〉

〈金貨×42〉〈大銀貨×3〉〈銀貨×9〉〈大銅貨×5〉〈銅貨×1〉

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