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挿話 闘技場でのお話

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。


 まだ太陽が真上に来るには早い時間帯。


 城下町の広場で、職人の買い出し係や旅人を相手に商品を売る商人たちの賑やかな声や、他の家から少し離して建てられた工房で石工や鍛冶師などの職人が立てる大きな音、そして金属を打ち鳴らす音以上に大きな声を張り上げている職人たちの声がする……。


 そんな日常の喧騒からは少し離れた場所、王位継承戦に繋がる武道大会の予選が開かれている貸し切り状態の闘技場も賑やかではあったが……その中の一区画では、同じような試合が開かれているはずの他の三ブロックともまた異なる騒がしさがあった。


「ちょっ、やめ……お前それやめろぉおお!!」


「弱パンチ弱パンチ弱パンチ……」


「痛っ、あんまり痛くないけど地味に痛いっ! そしてそれ以上に鬱陶しい!!」


 その予選を同時進行で早く進めるために広いアリーナを中央から十字に割くように高い土壁で四つに仕切っているうちの一つで戦っているのは、どちらもお互いにどこから見ても武闘家といった感じの恰好をした男性……。


 しかし、片方は武闘家らしい立ち回りを見せながら相手の攻撃を避けたり、いくつもの拳の軌跡を作り出したり、的確に相手の体の芯を目掛けて渾身の蹴りを放ったりしているものの、それをいとも容易く受け止めたり回避してみせている相手は、何故か攻撃となると片手で牽制とも思えるような短いパンチを繰り出すだけである。


 ただ、その拳の打ち込まれる速度は……一秒間に十六回程度だろうか……とにかく素早く、数が多く、対戦相手の武闘家はうかつにその間合いに近寄れないようだ。


「弱パンチ弱パンチ弱パンチ……」


「やめろぉぉお! うるせぇええ! 鬱陶しいぃぃいいい!!」


 無駄にしゃがんだり立ったりを繰り返したり、その場でジャンプしながら放つその拳の連打は、体勢こそそうしてコロコロと変わるものの、まるで鎖か何かで動きが制限されているのでは無いかと思えるほど、いずれも全く同じ拳の軌道を放っており、機械のようなその動きは見るものに不気味ささえ与えていた。


 戦いを外から見守っている他の予選参加選手もその光景を見て何とも言えない表情を浮かべているのだから、実際にそんな奇妙な動きをしている青年と戦っている武闘家は本当に心の底から不快な思いをしているだろう。


 だが、そんな「弱パンチ」という呪詛を繰り返しながら、小さく短く拳を繰り出し続ける彼に隙が無いのは事実である……。


 その証拠に、単調なパンチを続けている青年には傷一つついておらず、その彼に果敢に挑んでいった武闘家は、唇の端が少し切れて血がにじんでいた。


 最初はパンチの素早さをアピールしているだけに見えた、その場で単調なシャドーボクシングをしている彼に対して、観客も含めた誰もが苦笑を浮かべていたのだ……。


 武闘家に関しては呆れを通り越して同情した様子だったが、勝負は勝負……どう見てもその拳を繰り出す速さで一般人を脅すことしか出来なさそうな彼に対して、一般人には一瞬にしか思えないだろう短い時間で彼の正面に接近すると、相手の視界から消えるよう瞬時に屈み、そのガラ空きとなっている足元に渾身の下蹴りを放った。


 しかし、武闘家がその蹴りを放ち終わった場所に、青年は姿は無い……素早いパンチを繰り出すだけだった彼は、その攻撃に合わせて上に飛んで蹴りを避けたのだ。


 相手を油断させて攻撃を促し、その攻撃を避けて反撃を行う作戦だったかと……武闘家は彼に対してではなく油断した自身に「ちっ」と舌打ちすると、観客も青年のその行動に同じ判断をして「ほう」と息を漏らした。


 このままでは真上から威力の高い蹴りが落とされるか、それをガードしようと腕を上げたところで横からの回し蹴りを放たれるだろう……。


 咄嗟にそう二手先まで読んだ武闘家は、しかし今から避けの体勢に入ることもかなわず、上からの強力な攻撃を受け止められるように腕をクロスさせてガードしながら、横からの攻撃にも対応できるよう意識を集中させる。


 しかし……。


―― スタッ ――


 青年は空中で攻撃を行わず、そのまま素早く地面に着地した……。


「くっ……!」


 そして武闘家は、下からの攻撃に備えていないところをつかれて、アッパーを狙われたのだと悟ったのだろう……やや反応が遅れつつも、顎を庇うようにクロスさせた腕をそのまま下へと持ってくる。


 見ている観客たちも、今取れる彼のその行動に対して、不足はあっても矛盾はないと思い行く末を見守った……しかし、その観客の中でも、もう一手先まで読んでいる者は、顎を守ったら腹に強烈な蹴りが繰り出されるだろうなと予想する。


 だが……武闘家の考えも、観客の予測も……そのどちらも次の青年が起こした行動に当てはまらなかった……。


「弱パンチ弱パンチ弱パンチ……」


「痛っ……え? 痛っ……ちょっ……痛っ……なんで?」


 青年はその腹部に強力な一撃を叩き込めそうなチャンスをスルーして、そのまましゃがんだ状態で相手の脛を執拗にパンチし始めたのだ……。


 それは確かに、すぐに勝負を決めるようなダメージにはならない、観客がポカンと口を開けたくなるほど謎に満ちた攻撃の選択だったが、結果的にそれが勝敗を分けることになったのは、武闘家が次の攻撃に移ろうとした時に誰もが気づいただろう。


 彼の攻撃は地味だが、決して軽いわけでは無い……。


 すぐに距離を取ってその連打から抜け出した武闘家が、下からがダメなら上から攻めようと跳躍したとき、その足のダメージが影響してあまり高く飛べず、それが隙となって、その跳躍に合わせて素早くジャンプしてきた青年に、カウンターのような形で先ほどと同じような地味に痛いパンチを貰ってしまった。


 何とか空中でバランスを崩してそのまま倒れるという事だけは避け、ちゃんと地面に両足で着地した武闘家だったが、そんな彼に向かって、青年は相変わらずシャドーボクシングをし続けている……いや、シャドーボクシングを続けつつ、ピョンピョンと一定の高さで飛び跳ねながら武闘家の方へゆっくりと近づいてきている……。


「弱パンチ弱パンチ弱パンチ……」


 呪文……いや、呪詛のように青年の口から零れ続けるその単語……今までの経験に無い青年の不可解な動き……倒れるほどではないが身体に少しづつ蓄積されていくダメージ……武闘家はそこで初めて青年に恐怖を感じた。


 決して勝てない戦いではない……油断しなければ……自身のダメージをしっかりと把握して身体を動かせば……こんな機械のように単調な動きを繰り返すだけのような相手に負けるはずがない……頭ではそう思って疑っていないはずなのに、心がついて来ていない……。


 しかし、それで怯んでしまっては、今まで修行を重ねてきた過去の自分に申し訳が立たないだろう……武闘家は短く息を吐くと、相手を弱者ではなく対等の技能を持つ者だと認識を改め、一ミリの油断も消し去って立ち向かおうと地を蹴った。


 ジャンプもパンチも素早いが、一定間隔で繰り返されるその動きは隙だらけで、着地する瞬間を狙われたら避けることが難しいことは誰の目から見ても明らかだ……間合いを測ってそのタイミングを狙っていた武闘家が、一瞬で青年に近づいて蹴りを放つと、予想通り彼は避けることが出来ずに腕でガードするだけに留まる。


 武闘家はそう相手が予想通りの対応をしたことで調子を取り戻し、そこから怒涛の勢いで連続攻撃を開始した……。


 正面からの殴りに肘鉄、回転を加えた裏拳に、足元を払うような蹴り……全く同じ軌道で短いパンチを繰り出すだけの青年とは違って、武闘家は実に多種多様な技を彼に浴びせ続ける。


 しかし……青年は中段、上段の攻撃には立ったまま片腕を構え、下段の攻撃にはしゃがんで片腕を構え、武闘家の全てを片腕だけで防ぎきっている……。


 ならばと横に飛んで回り込むように攻撃を仕掛けても、青年はそのポーズを崩さないまま向きを変えるだけでそれを防いでしまう。


 その動きは本当に機械的で気味が悪かったが、それでも攻撃を全て防がれていることから、やはりただの素人というわけでは無いということが観客にも分かり始めたようで、それまで苦笑いを浮かべていた他の選手たちもその戦いを見守る目が真剣なものになってきた。


 だが、守りの姿勢は打撃系の攻撃には強くても、投げ技には弱い……武闘家は守りを解く隙を与えないラッシュを放ち、闘技場の壁に追い詰め、後ろに下がって避けるということが出来ないようにした後、観客から見ても今だと思えるタイミングで青年に掴みかかる。


 だが……。


「「避けたっ!?」」


 彼は武闘家が掴みかかるその初めの動作を見てからでは絶対に間に合わないだろうというコンマ数秒の一瞬で飛び上がると、そのまま武闘家の頭上を飛び越えて背後に回り込んだ。


 武闘家は絶対にここで掴めると思って意気込んでいたため、それを空ぶった隙はそれなりに大きい……そして振り向く頃には既に青年が背後で拳を構えていて……。


「ふむ……見てから余裕で回避が出来るというのは、こういうことを言うのか……」


 試合が始まってから初めて聞く「弱パンチ」以外の呟きを零しながら、しかし、やる事は変わらず……振り返ったその武闘家の顔面に素早い拳の連打を浴びせた。


 何故かパンチを繰り出すたびに少しずつ後ろに下がるという、青年の奇妙で不可解な行動が無ければ、きっとそのまま意識を失いKOとなっていただろう……。


 身体全体をバネのように使った大ぶりの拳と比べると、その立った状態から放たれる拳は幾分にも軽いは言え、それは一秒間に十六回ほど拳を繰り出せるほど素早いのだ……そして、素早い拳というのはそれだけの威力があるということでもある……。


「くっ……」


 拳の届かない距離まで後ろに少しずつスライドしていったのは彼の恩情だろうか……その後も無駄にジャンプして距離を取りながらまだシャドーボクシングを続けている青年の気持ちなど、おそらくこの世界の神にも分からないだろうが、武闘家は見逃してくれた彼を睨みつけながら切れた唇からツーと流れた血をぬぐうと拳を構えなおす……。


 武闘家はその後も様々な角度からあの手この手で彼に挑んでいくが、その攻撃はガードされるか避けられるかの二択で全く通らず、逆に青年はそんな彼をおちょくるように大きな攻撃を放とうとせず、どちらも決め手となる攻撃が無いまま今に至るというわけだ。


 そして……。


「そこまで!」


 短いようで長かった一ラウンド目はそのまま制限時間の三分を迎え、審判の……いや、誰が見ても不服に思いながらもそう決断するしかない判定により、そのラウンドの勝者は「弱パンチ」と呟きながら小さく拳を突き出し続けていた青年となった。


 そして審判は形式通りに武闘家に近づいて試合の続行を尋ねると、彼は若干の不安とそれ以上の苛立ちを顔に浮かべながら肯定し、そのまま第二ラウンドが始まる事となる……。


「オースとか言ったか……? 見たことのねぇ武術を使うようだが、ヘンテコな動きをする割になかなか強いじゃねぇか……」


「うむ、そうであるな……格ゲーに慣れていない初心者が相手ならば、この弱パンチ連打戦法でも十分に勝てるとは思っていたが、どうやら自分の予想は当たったようだ」


「かくげー……? という流派なのか?」


「流派? うーむ……そういった括りを仮につけるとしたら、まぁ確かに【格ゲー流】とも言えなくはないだろうか……」


「つけるとしたらって、もしかして新興のオリジナル流派って事か……? ふんっ……どうりで見たことがねぇ戦い方なわけだ……だが、悪いが次は勝たせてもらうぞ?」


「??」


「予選の、しかも一試合目から実力を全て見せるわけにはいかないと思っていたが、そうも言ってられねぇ……次からは奥義も解禁して本気で行かせてもらう」


「ふむ……? なるほど……それならちょうど良かった」


「ちょうど良かった……?」


「うむ……次のラウンドでは自分も最近習得した技の検証をしようと思っていたところだ」


「最近習得した? おいおい……わざわざ敵に言う事じゃねぇと思うが、覚えたばかりの技をいきなり実戦で使おうとするのはちょっと考え方が若すぎるぞ? って、見た目からして若い奴に言っても仕方ねぇか……」


「いや、その意見はごもっともだ……自分も言葉通りの意味だったら同じようなアドバイスをしただろう」


「はぁ? どういうことだ?」


「確かにこの自分が技を習得したのは最近だが……その技自体は十年以上前からお世話になっているものだ……弱点も運用方法も身に染みて分かっている……」


「? いや、言ってる意味が分からねぇぞ?」


「うむ、まぁ説明すると長いのだ……とりあえず実際に戦ってみればハッキリするだろう」


「はんっ、違いねぇ……じゃあ……やるか」


 二人の選手はアリーナの中央で対峙したままそんな会話をすると、お互いに頷き合い、続いて審判の方を向いて頷いた……。


 男は拳で語り合って仲良くなるのだという人もいるが、もしかすると彼らもそうなのだろうか……視線で意思疎通が出来ているのかは分からないが、その一連の動作は息を合わせたようにピッタリだった。


 そして……。


「第二ラウンド……始めっ!!」


「魔尽拳!!」


「魔道拳!!」


 その試合が始まった瞬間に繰り出した技も殆ど同じもの……。


 違うのは、武闘家が右の拳をアッパーのように振り上げた状態で「魔尽拳」と言いながら放ったその【魔力波】は地面を這うような衝撃波として相手に向かっているのに対して、青年が両手のひらを腰の横から正面へと突き出した状態で「魔道拳」と言って繰り出したそれは、上下に広げられた手のひらの間から球体のような形で放たれているということだ。


「なんだとっ!? お前も【魔力波】を使えるのか? くっ……だが、それだけでは条件は互角……そんな目くらましの技を相殺した程度で、俺の限界を超えて魔力で強化された身体能力は……」


 しかし、息が合っていたのはそこまでだった……。


「魔道拳!!」


「……え?」


「魔道拳!! 魔道拳!!」


「え、ちょっ……お前、嘘だろっ!?」


「魔道拳!! 魔道拳!! 魔道拳!!」


「【魔力波】は魔力を殆ど消費するから一発撃ったら終わりじゃないのかよ!?」


 一発目のお互いの【魔力波】がぶつかって相殺された後もなお、無尽蔵と思わせる魔力で次々に魔力の塊を放ち続ける青年と、それに当たらないように逃げ続ける武闘家……。


 観客から見てもその光景はよほどありえないものだったのだろう……同じ攻撃を繰り返しているという部分は先ほどと変わらないのにもかかわらず、審判も含めてまるでこの世に無いものを見ているように口をあんぐりと開けてその追いかけっこを眺めていた……。


 だが、その青年の行動に一番動揺していたのは、もちろん言うまでもなく対戦している武闘家である……。


―― ズルッ ――


 武闘家は焦りのあまり「あっ」と足を滑らせると、受け身を取る反応も少し遅れて、その場に倒れてしまう。


 そして、そんな隙を対戦相手が見逃すはずがない……。


「魔道拳!! 魔道拳!! 魔道拳!!」


 上体だけ起こして目の前に迫るそれに対して恐怖の表情を浮かべる武闘家は、理不尽に襲い掛かる大量の魔力の弾丸の嵐に飲み込まれ、その弾幕が消え去った時には、ボロボロになった一人の男が残るだけだった。


「勝者! オース!!」


 審判はそんな彼に駆け寄ると、気絶していたのか彼自身が負けを認めたのか、試合の続行は不可能だと判断され、二ラウンド目の勝者も、この試合自体の勝者も青年の方ということが決まったようである。


「うーむ……やはり空中復帰やダウン中の無敵時間が無いと格ゲーとして成立しないな……次の試合からは考えを改めた方が良さそうだ……」


 しかし、そんな無傷の勝利という結果を残したのにもかかわらず、青年自身は試合のどこかに納得がいっていないようで、担架で運び出されていく武闘家と共にアリーナから退場しながら不満げな表情を浮かべていた……。


 次は第四試合……これでこのブロックの選手が一通り顔を見せることになり、その次からはお互いの戦い方が少しでも分かった状態での試合となる。


 ミスリルの鎧を木刀で切り裂く老人に、小さなパンチしか繰り出さないと思ったら、常人であれば一発しか放てないと言われている【魔力波】を何発も放ち続けた青年……おそらくどのブロックよりも見ごたえがあると思われるこの会場で、一体どんな結果が待っているのかは、それこそこの世界の神にも分からないのだろう……。


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