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第五十一話 武闘大会の予選で検証 その三

 

 グラヴィーナ帝国の城を出て西門のある方面へと進んで行くと、貴族街のすぐ外側、貴族街と城下町との間にある城壁に隣接するように大きな闘技場が建てられている。


 城壁自体に闘技場へと続く門が設置されていて、貴族や王族はそちらから入り、一般参加者は城下町側にある入り口から入るという仕組みらしく、大会などが開かれていない時は外側の門が閉ざされて騎士団の訓練場として活用されていたりもするとのこと。


 歴史的には、開拓時代に拠点として築かれた小さな砦が、長期戦と兵の増員に伴い大きな砦となって周囲に武器の修繕や食料の生産のための町が広がり、開拓地が安定して、攻めよりも守りや育成が必要な時代に移ることで、砦が城に、町が街に変わり、先の開拓地へと送り出す大量の兵を育成する大きな訓練場が建てられたという流れだろう。


 そして周囲の開拓が終わって辺りが安全になるとその立派な建物に人が集まり出し、街を覆っていた城壁の周りにもう一つ街が出来て、開拓に尽力した人達が住む貴族街とそのおかげで住めるようになった移住民が住む城下町といった役割で使われるようになり、多くの兵を輩出していた訓練場は闘技場としても使われるようになったと。


 うむ……修繕や改築はされていてその当初の形とはいくらか変わっているとは思うが、こうして建物が出来た歴史を考えながら街を巡ると、何となくその時代の風景が想像できるような気がして楽しいものだな……昔の地図を見ながら日本の城跡を巡ったり、観光ガイド付きで海外の教会や宮殿を巡ったりするのもこんな感覚なのかもしれない。


 武器の訓練をしていた時、休憩中コンラート殿に聞いたところによると、今のこの闘技場は大きな商会が管理しているような状態らしい。


 最初の内こそ王位継承戦から一般向けの娯楽闘技まで王族主導で貴族の手を借りて開催していたのだが、いつの時代からかその闘技場の管理をその代々手伝ってきた貴族に任せることになった。


 そしてその手伝ってきた貴族もまた、管理するとは言ってもこういった運営スタッフに自分の家族や使用人を回すわけではなく、ひとつの大手商会に丸投げして、闘技場の使用料として売り上げの何割かを貰うような仕組みで動いているとのこと。


 このように王族から貴族に、貴族から商人へと仕事が下りてくるのはよくある当たり前のことで、そのおかげで雇用も生まれるので正常な仕組みなのだが……何だかIPモノ……アニメや漫画を元にしたゲーム開発で、出版社から作品の利用権が下りてきてゲームを販売している会社から、実際にゲームの開発している会社に仕事が下りてきている元の世界の風景が思い出されて何だか懐かしくなってしまう。


 まぁ、自分はさらにその末端……全く別のデバッガー派遣会社から開発会社へと派遣されて、作られたゲームの検証業務を行うといった最下層だったのであまり関係ないが。


「次の方どうぞ」


「ふむ?」


 そんなことを考えていると、いつの間にかその歴史的建造物である闘技場に続いている列の後ろに並んでいた自分の順番が来たようで、自分は世界観のデバッグ的な思考から、本当の目的であった大会の予選のデバッグ的な思考に切り替えて、案内してくれる係員の指示に従い予選受付のカウンターへと向かう。


 ちなみに今の自分は黒髪を、それよりも長めの茶髪ウィッグで隠して、毎日ジョギングなどをして日に当たっている割にあまり焼けていなかった肌を化粧で浅黒く染めており、付き人などは一切ついて来ていない。


 先日獲得した【諜報術】スキルをさっそく遺憾なく発揮して【変装】も【隠密】も完璧にこなした自分に死角はなく、ジェラード王国の王城で培った経験もあり、城から誰にも見つからずに抜け出すのは簡単だったのだ。


 一応、夕食までには戻ると書置きをしてきたが、今頃ダーフィン殿やコンラート殿、クラリッサ殿が城の中を探し回っているだろう。


 だが、誰に探されようと関係ない……今は予選受付の検証が先だ。


 自分は手の空いた予選受付スタッフがいるカウンターの前まで歩みを進めると、手元の書類に何かを記入していたその女性が顔を上げるのを待ってから、重なった視線の先へ淀みの無い真っすぐな目を向けて、ハッキリとした聞き取りやすい声で言い放つ。


「予選受付の破棄手続きをお願いしたい」


「……はい?」


 ふむ……よく聞き返されるのでしっかり口の動きも分かりやすいよう喋ったつもりだったのだが、それでも効果が無かったか……。


 これは不具合なのだろうか……それともNPC全員が難聴気味という意図した設定なのだろうか……よく分からないが、どちらにせよこう言った会話が二度手間になるような挙動をしてしまうのはユーザーに優しくない……不具合候補としてメモしておこう。


 そうして自分は最初の受付では必ず行わなければならないだろう、まだ受付が済んでいない状態から受付を破棄する検証から、他人の予選受付を勝手に取り消す検証など、一通りの基礎検証を行った。



 ♢ ♢ ♢



「こんにちは、こちらは王位継承武道大会の予選受付になります」


「うむ、予選の受付を頼む」


 自分は一通りの基礎検証を終えた後、改めて最初から予選受付の手続きを行っていた。


 本当は最初のカウンターできちんと受付完了まで済ませようと思っていたのだが、この大会の受付は冒険者ギルドでエネット殿やミュリエル殿が対応してくれる手続きとは違って、スタッフが対応しずらい会話を続けていると冷やかしとみなされて追い出されてしまう仕様らしく、何度も変装しなおして検証をすることになったのだ……。


 おかげで【諜報術】スキルの内部経験値が上がったようで、小物っぽいチンピラやしわがれた声のご老人など、前回の変装とは別人を演じている内に声色までそれなりに使い分けられるようになってきたのだが、流石に何度も追い出されてはトイレで着替えてを繰り返しすぎて少し疲れた……検証は終わったので、今回はちゃんと受付を完了させよう。


 ちなみにもう変装のパターンが思い浮かばなかったので、今は普通にオースの姿を長髪にしただけのような恰好をしているのだが、この国で特に騎士団などを持っているわけでも無い自分の姿が世間一般に知られていないせいか、特に誰にも気づかれていないようだ。


「それでは、参加者様のお名前とご出身……それから、それを証明できる書類などがあればご提出をお願いします」


「む? 身分証が必要なのか」


「はい、本大会ではそういう決まりになっております」


「なるほど……ちなみに身分が証明できない場合はどうなるのだ?」


「残念ですが王位継承戦へつながるこちらの大会では身分証が無いと参加できない仕様になっております……いつも開かれている一般向けの大会であれば身分証が無くても参加できますので、王位継承シーズンが終わってからもう一度訪れていただければと……」


 うーむ、全く自分に関係のない偽名でエントリーしようと考えていたのだが、どうやらそれは出来ないらしい……まぁ、一般人でも参加できるとは言っても、流石に得体のしれない人物を王族と戦わせるわけにはいかないということなのだろう……これは正しい仕様ということでよさそうだな。


 自分が今使える身分証として、失くしたようだからと母上が親切に教会で再発行の手続きを行ってくれた、この国の第三王子であるオルスヴィーン・ゲーバーとしての王族用の派手な身分証と、冒険者ギルドの商業都市アルダートン支部で発行した、冒険者であるオースとしてのFランク冒険者用の地味なギルドカードの二つを持っているのだが……とりあえずここで王族の証明書は使えない。


 ……いや、逆に全く変装せずに城で過ごすときに着ている立派な貴族服を纏って、王族の証明書を掲げて予選受付に馳せ参じるという検証がたった今チェックリストに加わったが、それは後に回すとして、今はもう一つの身分証で進めるべきだろう。


 冒険者としての活動は家族に知られているので、もしかすると予選を無事に通過しても兄上たちにバレて二重の参加が出来ないという流れになるかもしれないが、そうなったらまた今回検証できなかった他の項目もまとめて、来年にまた行われるであろう次の王位継承戦という機会にやり直せばいい事だ。


「身分証はこれで頼む……名前はオース、ジェラード王国アルダートンの冒険者ギルドに所属するFランク冒険者だ」


「ジェラード王国のFランク冒険者……ですか……」


「む? そのギルドカードでは証明にならないか?」


「いえ、一応、ランク無しでなければ隣国の冒険者でも参加が認められてはいますが……まぁ……前例が全く無いと言っていいほどFランクで参加者する方はいらっしゃいませんね」


「なるほど……」


 まぁ確かにそうか……本来Fランクというのは身分が証明できる人が一番最初になる冒険者のランク……そして身分を証明できない無印冒険者からFランクに上がれた人であれば、失敗しない範囲の依頼をこなしていけばすぐにEランクに上がれるはず……。


 冒険者の一般常識的には、無駄に依頼の失敗回数を増やしてつい先日までEランクへの昇格ポイントが不足していた自分や、そもそも無印冒険者からFランクへ上がる昇格試験を何度も落ちていたグリィ殿の方が珍しいのだ。


 エネット殿曰く日々を生活するので精一杯というほど稼ぎが少ないのが普通らしいFランク冒険者が、わざわざ旅費を携えて隣の国へと足を運び、さらに何を思ったか、Eランクに上がる実力も無いくせに王位継承戦に繋がる武闘大会に参加する……ふむ、そう聞くとなんとも愉快で珍しい人物だな。


「まぁ、規則的には問題ありませんし、男性には無謀な挑戦をしたくなる時があるのだと伺ったこともあります……では、こちら大会受付の証明書になりますので、あちらの係員にその紙を見せて、予選のテストが行われる会場へ進んでください」


「うむ、承知した」


 自分は受付スタッフから備考欄に『Fランク冒険者』と書かれた予選テスト受験票を受け取ると、案内に従って予選への参加資格を得る試験を行うための会場へと向かっていった。


 会場といっても専用の部屋などが用意されているわけではなく、広い闘技場の一部を使って青空の下でテストを行うらしく、そこにはスタッフや順番待ちの予選参加希望者たちが待機する日差し除けに設置されたテントがあったり、おそらく予選の試験で使うのであろう様々な形をした物々しい魔道具の数々が置かれている。


 それらの魔道具はパッと見ただけでは何に使うのか判別できないが、順番待ちをしている自分たち他の参加者の見ている先で、今現在テストを受けている者たちの動きを見ていると、それは明らかに……。


「パンチングマシン……だろうか……」


 一番近くにあるその魔道具は、一見、日本でいう桶胴太鼓……胴が長く、打面の広い和太鼓のような形をしていて、テスト受験者がそれを棒や拳で叩いている姿からしても、何かのテストをしてるというよりも太鼓を演奏しているように見える。


 しかし、受験者がバチで太鼓を叩く音と同時に、その隣に何らかのパラメータと思われる数値が表示されるところまで見ると……今も存在するのか分からないが、ゲームセンターなどにグローブを付けて機械に取り付けられたダミー人形やキックミットのようなものを殴ると、その力が測定できるというゲームがあったのが思い出された。


「うるぁああっ!!」


 ―― ガスッ……ピピピピ ――


 受験者は用意された何種類かの金属棒か己の拳かを選んで、その装置の打面に攻撃を加えるというテストらしく、どういう測定基準なのか、片手で持てる棒を剣のように振っている人も、長めの棒を槍のように突いている人も、道具など使わず自慢の拳でパンチを繰り出している人も同じように二百点くらいの数値が多いようだ。


 測定結果の更新は一人三回まで挑戦可能らしく、殆どの受験者が三回挑戦していっているが、そういった人達は何度やっても同じような点数しか表示されず、一度か二度しか測定を行わない人はその逆にそれだけで高得点を出して満足して次に進んでいるようだった。


「えーと、受験番号三五四番さん、一九六点……と……」


「くっ……」


「次、受験番号三五五番さん、前にどうぞー」


 そうやって前に並んでいた参加者を観察しているうちにいつの間にか自分が列の先頭になっていて、スタッフの声で受験番号があることに気づいた自分は、受付でもらった紙に書かれている番号とその声がかけられた番号が一致しているのを確認してから、悔しそうな顔で去っていった前の受験者が先ほどまでいた場所まで進む。


 ふむ……今度二周目のテストを受けるときは受験番号を無視した行動をする検証も行わないとだな……。


 自分はそんな検証予定を考えながら、測定器の近くにいた係員に促されて受験票を手渡した。


「受験番号三五五番の、オースさん……Fランク冒険者!? ……え、えーと……とりあえず王位継承武道大会への挑戦は今回が初めてですよね」


「うむ、初挑戦である」


「まぁそうですよね……遠いところからわざわざご苦労様です……予選の参加資格を得るために行われるテストについて、軽く説明させていただきますね」


 なんだか備考にFランク冒険者と書かれているのを見てスタッフの態度が急に軽くなった気がするが……まぁ、大方、他の受験者の備考には、大学受験時に有名な進学校から来た証明に近いニュアンスで、高ランクの冒険者だとか、どこの道場で免許皆伝だとかが書かれていたりして、今回の落差に気が抜けたとかだろう。


 受験者としては出身よりもテストの結果で判断して欲しいところだが、あまり深く考えずに統計だけ見ると思わずそう判断してしまうような数値が出ているのは事実……ポーカーで同じ数字が三つある状態から始まったら嬉しくて、何も揃う見込みがない手札だったらがっかりしてしまう心境と同じ条件反射的な感覚なのだろう。


 一流のデバッガーであればその状態から逆転が出来るか検証をしなければと使命感に燃えるところだが、プレイヤーやNPCにそれを求めるのは酷というものだ……自分は頭の片隅で勝手にそう考えて納得すると、少しやる気の抜けたスタッフの説明に耳を傾けた。


 おそらくマニュアル通りなのだろうその説明によると、試験は全部で三つあり、それぞれ『攻撃』『防御』『知能』を計測するテスト内容になっているらしい。


 判定基準や測定器の仕組みなどの詳しい内容は一切の質問を受け付けないとのことだったが、とりあえず「三つ全て最高得点を出したら合格にはなるのだろう?」とだけ聞いたら、それは間違いなく合格になるが、まぁまず無理だろうと笑われた。


「では、最初は『攻撃』を測るテストです……素手か、こちらの道具を使って、測定器の丸い面を攻撃してください……測定には三回まで挑戦することが出来て、挑戦した中で一番大きい数値が計測結果として記録されます」


「承知した……三回の挑戦で使う道具をそれぞれ別のモノに変更するのは構わないか?」


「それはもちろん構いませんが……得意な武器に近い形状のものを選んだ方がいいですよ?」


 まぁ、普通はそうだろう……計測用の道具として用意されていたのは、よく見れば剣や槍のように使う棒だけでなく、おそらく自前の弓で放っていいのだろう先端に球状の重りがついた矢のようなものや、鞭や鎖鎌に近い使い方が出来るであろう棒と球体が鎖でつながれたフレイルと呼ばれる武器に近い形状のものまである。


 攻撃力を測るようなテストで高い記録を目指すのであれば、スタッフの言う通り自身の得意な武器に近い形状の道具を選ぶべきだし、手になじんでいない道具ということで最初の一回で感覚を掴んで、その後に同じ道具をもう一度使って納得のいく攻撃を繰り出すのが正規の手順なのだろう。


 しかし、自分は【武器マスター】スキルを獲得した、一流のデバッガーである。


「ふむ……」


 自分はいつでも始めていいというスタッフの声を聞くと、並んでいる道具の中で一番威力が出そうな物、おそらく戦鎚や両手斧の代わりとして置いてあるのだろう棒の先端が大き目の球状になっているかなり重い道具を手にして前に歩み出る。


 そして計測用の魔道具の手前で立ち止まると、その場で軽く素振りして道具の長さや重さを確かめた。


 重さは持っている戦鎚と殆ど変わらないが、長さはこちらの方がいくらか長いといったところだな……重心が外側にある分、振り始めの速度がどうしても落ちてしまうのと、自分の体重では気を引き締めて踏ん張らないと逆にこちらが振り回されてしまうようなことになりそうだ。


 その後も数回だけ素振りさせてもらい、頭で理解したその感覚を身体に馴染ませ……納得のいく振りが出来そうなイメージが頭に浮かんだところでそれを止める。


 素振りで少し余計な時間を取ってしまったのでスタッフの人に急かされるかなと思ったのだが、周りを見てみるとスタッフの人だけでなく自分の後にテストを受けるための順番待ちをしている人たちまでこちらを見て口を開けていた。


 順番待ちの列から聞こえてくるヒソヒソ話に耳を傾けると、どうやら自分のこの体型で結構な重量があるこの道具をちゃんと振り回せているところに注目されているらしい……なるほど、まだ成長期の途中という容姿の少年が自分の身長ほどある鉄の塊をブンブンと振り回している光景……確かにそんなものを元の世界で目撃したら驚くかもしれない。


 だが、ここはスキルのある世界なのだ、これくらい常識の範囲内なのではないだろうか。


 自分としては元の世界でも鍛えればギリギリなんとかなりそうなこんな事よりも、冒険者の依頼でキャンプ中、グリィ殿がどう考えてもその身体に入りきらないであろう量のご飯を平らげていた事の方が信じられない……彼女の胃袋にはおそらく亜空間倉庫のような機能があるのだと思う……今度帰った時にでも検証させてもらいたいものだ。


 そんなことを考えながらも、自分は正面にある計測器を見据えると、腰を落として姿勢を低くし、道具を左斜め後ろの下方向へと構える。


 戦闘中を想定した本来の攻撃であれば、この状態から右上に向けて振り上げるか、身体を反時計回りに一回転させて右から左への遠心力を乗せた重い打撃を加えるかのどちらかがベストと思われる……しかし、相手は動かない的……ここは一回と言わず何回も回転して遠心力を最大限に発揮させた一撃を加えるべきだろう。


 自分は今の状況からそう判断すると、身体をゆっくりと反時計回りに回転させていき、その道具を振り回す重さも利用してだんだんと回転スピードを上げながら計測器へと近づいていく……うまく踏ん張りながら足さばきを行わなければ、回転軸が自分中心でなく道具中心になって威力の出ない攻撃になってしまうので、そこは注意しなければならない。


 体重の軽さゆえに振り回されかけて地に着いた足がずれることが度々あるが、その時にまう砂埃が速さの乗ってきた回転によって出来た空気の流れを教えてくれているようで、それがいつの間にかすっかり観客となったスタッフや順番待ちの受験者たちの興奮を掻き立てる演出になっているのか、周囲からざわめきが聞こえてくる。


 そして、その回転がついに今持てる力で出せる最高速度に達し、だんだんと近づいていた計測器がついに目の前に迫った時……。


 ……自分は全力で【実力制御】を発動させた。


 ステータスを極限まで下げ、発動させていた【身体強化】などのスキルも全てカットした自分には、もうこの攻撃に己の力を乗せることは出来ない……後は遠心力に振り回されながらどうにか道具の軌道を制御してうまく計測器に当てるだけ……。


 回転の軌道を少し上にずらされた反動で上から振り下ろすような形になった道具が、その大きな遠心力を伴った打撃を測定機にお見舞いした。


 ―― ゴスンッ ――


 そのまま正面に直撃させると返って来た反動に今の自分が耐えられないので、測定器の表面を抉るように道具を打面に滑らせる攻撃……。


 中心に打ち付けておらず、派手な音や振動も発生しないので、自分の周りでその様子を食い入るように見守っている観客たちの中には当てるのを失敗したと思った人もいるようで、何人かはまるで自身が敵を打ち損じたかのように悔しがっているが、硬いものを殴った時の反動を理解している人はそれが最適な判断だと頷いている……。


 ―― ピピピピピ ――


 そして計測を始める魔道具……観客としては、例えそれが失敗であったとしても、成人男性としては小柄な体系ゆえの苦渋の判断だったとしても、その遠心力の乗った重い道具による攻撃がなかなかのものだったと評価できるものだったのだろう。


 近くの人と予想し合っている人が発しているのだろうヒソヒソ声では、二百点に届くか届かないかという議論になっているらしく、当たりが甘かったや、あれが正解だったということも話されているらしい……。


 ―― ピピ……ピ ――


 しかし計測器の結果が出る予兆が現れるとその会話の声は鳴りを潜め、観客全員がその計測結果の数値が出るボードを手に汗握りながら凝視する……。


 静まり返る予選テストの第一会場……誰が発したのか、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてから……ついに、その数値の変動がストップする……。


 ボードに現れた数字は……ゼロが一つ……。


 ……つまり、零点だった。


「「なんでだよっ!!!」」


 ふむ……なんでだろうな……。


 今までの勢いとその結果のギャップに無駄に張っていた力が抜けてその場で転んでいる人や、どうやらこの短時間の間でどれくらいの数値が出るかの賭け事をしていたらしくスタッフに計測器の故障じゃないかと詰め寄っている人……様々な反応をしている観客がいたが、自分自身もそこまで大げさな反応はしないものの頭にハテナを浮かべている。


 確かに、受付で学んだ通りこの大会での検証は厳しいため、あまりマニュアルに無い動きをするとスタッフに追い出されるということで、表面上は真面目にやっていることを装いつつも最低得点を目指すという方向でいこうと考えていた。


 だが、それでもあの勢いで重い道具を振り下ろしてしまったら、いくら【実力制御】スキルで力を抑えてもそれなりの点数を取ってしまうだろうと思っていたのだ。


 それが、まさかゼロ点という結果になるとは……うーむ、これは一体どういうことだろうか……自分はスキルの制限を解いて【知力強化】で一連の挙動を思い出しながら、見落としが無いように【万能感知】スキルも組み合わせて振り返る……。


「む? もしかすると……」


 原因を考えていた自分は一つの可能性に行き着き、賭け事をしていた観客に絡まれているスタッフに二回目を試してもいいか確認を取ってから道具置き場に戻る。


 そして、それなりに使い慣れている片手剣や棍棒のように扱えそうな道具を手に取り、計測器の前に戻ってきた……。


「この仮定が正しいとすれば……」


 自分は素振りもそこそこに、発動スキルの構成や制御強度だけ少し整えてから、構えや踏み込みも大げさにすることなく、リラックスした状態でコンラート殿と訓練するときのようにその道具を測定機に向けて振りぬく。


 ―― ガスッ ――


 冒険者ギルドにいる平均的なランクの人たちや、この会場でテストの順番待ちをしている他の受験者と同じくらいの実力が出せそうなスキル制御で、普通に構えて普通に攻撃する。


 当たりとしては先ほどの方が重いので、単純に攻撃の威力だけを見る測定なら、この攻撃もゼロ点になる可能性は高い……だが……。


 ―― ピピピ……ピピ ――


 表示された数値は……二百……それは今までの受験者が全力を出して挑んだ平均値と同じだった。


「なるほど……」


 その数値を見て、測定機の故障だと騒いでいた人は掴んでいたスタッフの襟から手を放し、他の観客もあきらかに先ほどよりも軽い攻撃でその数値が出たことに、思考が停止して放心しているようだ。


 だが、自分はデバッガーだ……ダメージの計算式が仕様とあっているか、実機でいくつものパターンで攻撃を試して叩き出される数値を確認するというようなことに慣れている。


 そして、その逆に仕様を知らないゲームで複数の攻撃パターンを試し、その結果から実際の計算式がどういったものになっているのか導き出すというようなこともプライベートでよくやっていた……つまり、こういった状況でその原因を探るのは得意分野なのだ。 


 おそらくこれは……純粋な打撃力を測定する魔道具ではない。


 ……攻撃に乗せられた魔力を測る道具だ。


 自分は二回目のその攻撃で、この仮定の正しさを少し実感できたので、その確証をさらに深めるため、スタッフに確認を取ってから三回目の計測に移っていった。


 道具は……使わない……構えも……しない。


 手ぶらで計測器のすぐ近くまで歩み寄ると、全てのスキルをフル稼働させ、【万能感知】で自身の魔力の流れをしっかりと捉えながら軽く身体を動かしてから、計測器に拳を近づけ……。


 ―― コツン ――


 まるでドアをノックするようにその打面を軽く叩いた。


 ……全身の魔力を拳の一点に集中させるようにだけ意識して。


 《スキル【魔力操作】を獲得しました》


 ―― ピピピピピピピ ――


 スキルの獲得メッセージと同時に測定を始める魔道具……。


 それは今までと明らかに異なる激しさで数値を変化させていき、自分の奇行を眺めていた観客はそのまま呆然としている。


 ―― ピピピ……ピピ ――


 そして、計測器が音を出すのを止め、静寂が訪れたそのボードには……九が三つ並んでいた。


 うむ、新しいスキルが獲得できた上に、測定の仕様確認だけでなく、カンスト値の検証まで出来てしまったようだな……自分はその検証結果に満足した顔でうなずき、後ろを振り返る。


 しかし、周りの誰もが自分のほうを眺めた状態のまま、その場で石にでもなってしまったかのように固まって動かないという光景が広がっていた……。


 まさかこの審査でカンストを叩き出すことが想定されておらず、想定外の数値でゲームがフリーズしてしまったのだろうか……。


 自分はそんなことを思って一瞬焦ったが、こちらから近くにいたスタッフに声をかけてみると、気の抜けた様子ではあったがちゃんと対応してくれたので、挙動は怪しいもののフリーズはしていないようだなと安心して、次のテストが行われる会場へと向かっていった。


 まるで自分が立ち去ることで時が動き出したように、また「なんでだよ」とか「故障だろ」と騒がれ始めた声をその背中に聞きながら……。


▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる

【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる

【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる

【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる

【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる

【知力強化】:様々な知的能力が上昇する

【身体強化】:様々な身体能力が上昇する

【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる

【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える

【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える

【魔力操作】:自分の魔力を思い通りに操ることが出来る <NEW!>

【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる

【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる

【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる

【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる

【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる

【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る

【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる

【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる

【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる

【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる

【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる

【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる

【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る

【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる

【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す

【マップ探知】:マップ上に自身に感知可能な情報を出す

【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる

【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる

【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる



▼称号一覧

【連打を極めし者】

【全てを試みる者】

【世界の理を探究する者】

【動かざる者】

【躊躇いの無い者】

【非道なる者】

【常軌を逸した者】

【仲間を陥れる者】

【仲間を欺く者】

【森林を破壊する者】

【生物を恐怖させる者】


▼アイテム一覧

〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉

〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈変装セット×1〉〈その他雑貨×9〉

〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉

〈水×60,000〉〈枯れ枝×1,000〉〈小石×1,800〉〈倒木×20〉

〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1095日分〉

〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×870〉〈獣生肉(上)×965〉〈鶏生肉×245〉

〈獣の骨×747〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×90〉

〈革×275〉〈毛皮×99〉〈スライムの粘液×550〉〈スライム草×100〉

〈棍棒×300〉〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉

〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×10,000〉

〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉

〈水のブレスレット×4〉〈装飾品×5〉〈宝石×6〉〈高級雑貨×10〉

〈一般服×10〉〈貴族服×4〉〈使用人服×2〉〈和服×1〉

〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×2〉〈鋼の鎧×2〉

〈バックラー×1〉〈鋼の盾×2〉

〈金貨×43〉〈大銀貨×4〉〈銀貨×1〉〈大銅貨×5〉〈銅貨×1〉

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