第四十三話 道草で検証
ジェラード王国の王都から南に進んだ先にある商業都市アルダートンから、東にのびる道をずっとまっすぐ進んでいくと、徒歩やノロノロと走る馬車でも一週間もあればグラヴィーナ帝国の国境にさしかかり、更にそこから四日ほど旅すれば帝国の首都に着く。
徒歩でも十日と少しで国の首都から首都へと移動できてしまうと言われると国が狭く感じるかもしれないし、実際に面積自体はそれほど広くないのだが、そうは言っても人間が一日の陽が登ってから沈むまでを全て使って歩ける距離は結構ある。
朝六時から夕方の六時まで十二時間、時速五キロ弱のペースで歩き続けたとしたら一日に五十キロほど進めて、それが十日となれば合計で五百キロ……日本国内で考えたら東京の都心から出発して北なら青森、西なら大阪を超えて岡山の近くまで……国で考えてもフランスやドイツの中心から周辺の国へ辿り着ける距離だろう。
自分はそんな交通機関が発達している現代日本の常識で考えてしまうと近いのか遠いのか分からない道のりを、二頭引きの豪奢な馬車にカタカタと揺られながら進んでいた。
王都に初めて入る際に門を突破する検証で他人の馬車に勝手に乗り込んだりしているので馬車に乗ること自体は初めてではないが、今自分が乗っているのはその時に乗ったカバードワゴンや幌馬車と呼ばれるリアカーの上にかまぼこ型の幌が張られているようなよく見かけるタイプのものではない。
サスペンションが無さそうなので厳密にはワゴン扱いかもしれないが、形的にはキャリッジやランドーと呼ばれるものに近く、頑張れば三人ずつ乗れそうなソファータイプの座席が前後に設置され金装飾まで施された二頭引きの高級車である。
その自分が乗っている少し派手な馬車の前後にも、普通の荷物を乗せる用の幌馬車が一台ずつ走っていて、前後の馬車には左右に一人ずつ、自分の乗っている馬車にも右側に一人だけ護衛役の騎士が馬に乗って並走していて、それ以外にも幌馬車に数人、自分の乗っている馬車にも付き人が一人同乗している結構な大所帯だ。
「そろそろウェッバー村に到着します」
そんな御者の声に窓から前方を眺めると、自分が最初に訪れた小さな村が見えてきた。
昨日、王都を出発し、ウィートカーペット村で昼休憩を挟んだ後、アルダートンで一泊する間に母国? への手土産などを購入したり、冒険者ギルドや宿屋を中心にお世話になっている人に暫く留守にすると挨拶を済ませてある。
このグラヴィーナ帝国イベントがどれくらいの期間で終わるものなのかは分からないが、イベントをこなす以外にも、その国特有の検証を行う予定なので、おそらくひと月以上は向こうに滞在することになるだろう。
知人に挨拶する際、自分の世話係だという付き人のおじいさんを説得し、大量につけられそうになった従者をなんとか護衛の騎士一人だけに絞りこみ、いつもの冒険者の服装に着替えてから回ったので、大半の人には今どんなイベントに巻き込まれているか気づかれていないと思われる。
冒険者ギルドのミュリエル殿や、状況把握能力が高そうな商人のファビオ殿やボリー殿にはもしかしたら何か気づかれたかもしれないが、とりあえず今はイベントが終わった後に冒険者として活動を再開できる状況だけ作れればいいので、大騒ぎになったりしなければきっと大丈夫だ。
用事の内容は詳しく伝えずに一ヶ月以上は戻ってこれないだろうと曖昧に伝えても、冒険者にはよくある事なのか、宿屋のカロリーナ殿も、たまたまそこに居合わせて挨拶が出来たフランツ殿もシンプルな反応で、冒険者の依頼受付として自分の担当であるはずのエネット殿に至っては長旅を心配するどころか安心していたように感じた。
というよりも、心配してくれたのはFランク昇格試験の勉強以降は教会に日課のお祈りをしに行った時しか会っていないアナスタシア殿くらいで、同じ冒険者パーティーの仲間であるグリィ殿も心配と言えば心配していたのだが、それは長旅の身の安全とか健康とかではなく、自分がいない間の彼女自身の食べ物の心配だったのが彼女らしい。
グリィ殿には保存食や自作の薬、冒険者道具などは渡してあるし、先日の魔物狩りの報酬の金貨一枚を持っていると思うので、派手な浪費をしなければ依頼を全く受けなくても自分が帰るまでは持つと思うが……彼女のことだからどんな詐欺に引っかかる検証をし出したり、高級レストランやぼったくりバーでのメニュー制覇検証をし始めるか分からない。
まぁ、検証をかってに進めてくれるのはありがたいし、元々貧乏な生活を送っていた彼女ならお金が無くなっても問題なく過ごせるとは思う。
とりあえずEランク昇格試験の検証だけ進めておいて欲しいと言って、一応保存はきくベーコンをちゃんと火を通してから食べるように言って渡した……これでイベントが終わってこの街に帰ってくるころにはEランク昇格試験の落第検証が一通り済んでいるだろう。
自分がそんな風に窓から空を見上げながらアルダートンでの出来事を思い出していると馬車の動きがゆっくりになり、やがて、馬のやっと休めるとでも言っているような鳴き声と共に停止する。
幌馬車から降りてきた侍女の一人によって開けられた馬車の扉から外に出ると、そこには最初に辿り着いて以来数ヵ月ぶりに訪れたウェッバー村の光景があり、一日しか滞在していなかった筈なのに、心なしかその香りまで故郷のように懐かしく感じるような気がした。
「殿下……滞在時間は短めでよろしいですかな?」
そして、そんな何の変哲もない小さな村の光景をぐるりと見渡して愉しんでいると、同じ馬車に乗っていた高齢の付き人がそう尋ねてくる。
彼は自分が子供のころから世話係をしてくれていたダーフィンという名の文官ということで、この道中にも自分が忘れている……という設定の、グラヴィーナ帝国第三王子が持っていたと思われる知識や、今の自分の状況などを細かく教えてくれていた。
何やら訳ありで、元から自分に仕えていた従者の中でダーフィン殿が唯一の生き残りらしく、子供のころの自分を知る人物は彼と家族くらいしかいないらしい。
「む? 滞在時間を短め? ウィートカーペット村と同じくらいでいいのではないか?」
自分がダーフィン殿の問いにそう答えると、彼は困ったように円形に髪が無くなった頭部をかいてから、その逆にモサモサと生えている立派な白髭を撫で、シワだらけの顔をさらにしわくちゃにして何やら言葉を選びながら自分にそう問うた意図を教えてくれる。
「殿下は記憶を失っていて覚えておられないのかもしれんが……この村の近くには竜の休息地という場所がありましての……旅人は皆、いつ竜の影が降りてくるかも分からん所に長居はしたくないと言って、習わしのようにここを素早く通り過ぎますのじゃ」
「ああ、そういえばそんな話を聞いたことがあるな」
「馬に水や食事を与える時間は必要だとしても、馬の体力を回復するための休憩時間なら魔法や薬を使えば短縮できると……多少ストレスになってしまうとしても竜に食われるよりはましだと馬に言い聞かせて、さっさと次の街に進んでしまうのが一般的ですな」
なるほど……遠目からしか見たことが無いので竜の大きさが実際にどれほどの物かは想像しかできないが、話を聞く限り城をその身体で踏みつぶせるほど巨体らしいのでその食欲を満たすのも一苦労だろう。
そんな中にたくさんの馬が、その馬や連れている人間の食糧が大量に積まれている荷車を引いているとなれば、鴨が葱を背負って来るではないが、竜からしてみれば確かに食料が食料を献上しにやってきてくれているのだと思ってしまうかもしれない。
というよりも、隣の国にまでもそんな注意が伝わっているということは、実際にそんな事件が何度も発生しているのだろう……そういうことであれば王都や立派な商業都市が近いのにウェッバー村があまり発展しておらず、簡単な食事や宿泊が出来るような宿屋すら無いのも頷ける。
「ふむ……そういう事であれば、そう言われるのも納得だな」
「そうでございましょう……では早速、馬用の回復薬を……」
「いや、だが休憩時間を短くはしない……むしろ逆に長めの休憩時間を取ろう」
「……はい?」
そんな人々に知れ渡るほど発生頻度の高い、竜に襲われるなんていう一大イベントがあるのであれば、わざわざ自分の手でその機会を減らすことは無いだろう……発生するパターンにしてもしないパターンにしても、むしろ滞在時間を伸ばして検証するべきである。
こうして自分は世話係のおじいさんや護衛する騎士たちの説得を振り切って、ウェッバー村で長めの休憩をとることにした。
いや、正確には……自分の中で元々ウェッバー村には少し長く滞在する予定だったので、検証の話……もとい、竜の危険の話が無くても休憩時間は長くして取っていただろう。
「……ということでダーフィン殿、自分は竜の休息地に行ってくるので、代わりにここの村長にアルダートンで買ったお礼の品を渡しておいてもらえるだろうか?」
「殿下! ご指摘したい点が山ほどございますが、まずは前からお伝えしている通り、ワシらに敬称を使ってはなりませぬ……あなたは王子なのです……記憶を失っていて難しいとは存じますが、この旅の間に少しずつ慣れていただけますようお願いしますじゃ」
「う、うむ……そうであったな……ではダーフィン、行ってくる……」
「はい、お気をつけて……って、違いますじゃ! お待ち下され!」
「なんだ?」
「いやはや……先ほど申し上げた山ほどのご指摘したい点の中に、ウェッバー村の村長に何故お礼の品を渡すのかと、何かお礼をするのであればその品を買うお金は殿下が個人的に出してしまうのはよろしくないということもございますが……それよりも竜の休息地に行かれるという点が……」
「ふむ……そういえば話していなかったな」
自分はそういえばダーフィンから自分の過去の話や現状の立場に関する話を聞くことがあっても、こちらに来てからの自分のことについてはまだあまり話していなかったと思い出し、記憶を失って立っていたのが竜の休息地で、最初に辿り着いたのがウェッバー村であること……その時、村長に食べ物や服を恵んでもらったのだと説明する。
竜の休息地で数日過ごしたことや、村にたどり着く道中で盗賊から語学の勉強をさせてもらったことは省いたが、別に今は村長にお礼がしたいということが伝えたいだけなので問題はないだろう。
「なるほど、そんなことが……それは是非、陛下からこの旅で国としての裁量権を預かっているワシとしてもお礼をせねばなりませぬな」
「うむ、後ろの馬車にアルダートンで土産と一緒に買った村で使えそうな布や農具などを積んであるので、それを村長に渡して欲しい」
「承知いたしました……王子の安全のために尽力したとあれば国の予算から出すべきものなので、品々の代金は後で精算させていただきとうございますが、とりあえず今は殿下のお気持ちも籠められているその品をお送りいたしますじゃ」
「うむ、頼んだ……では行ってくる」
「はい、いってらっしゃいま……いやいや、お待ちくださいませ!」
自分は何だか疲れているようにみえるダーフィン殿とそんなやり取りをしつつ、少し忘れ物を取りに行くだけだと説得して、連れて来た護衛の殆どを付けるという条件で送り出してもらえた。
たくさんの口伝を聞かされ続けた人々の認識が先行しすぎているのか、元々この世界の住人ではない自分の考えが甘いのかはいまいち分からないが、この世界に最初に降り立った時だけでなく何度も足を運んで宿泊している自分の感覚としては、竜の休息地はそれほど危険な場所ではない。
もちろん、実際に竜が現れれば危険なのだろうが、飛んでいた様子を遠目に見た限りではワープで瞬間移動などをしてくるようでもなさそうだし、今の自分であれば【万能感知】スキルで察知してから【身体強化】スキルを全力で使って走れば、その場から離れる余裕くらい十分にあると思う。
それに、悲惨な事件を見たという口伝がいくつも残っているということは逆に、それを間近で見てなお生き残った人が大量にいるという事なので、おそらく竜は人間を好んで食べるということは無く、むしろ出来るだけ無視しているのではないかと思われる。
ということで、会っても生き残る可能性が高いのであれば、むしろ出会う検証くらいは率先してやった方がいいほどだろう……自分を守ってくれるのが役目であるとは言っても、ついて来てくれる騎士をあまり危険にさらすのも可哀そうなので、流石に無理に時間をかけて出会おうとはしないが、用があるついでに偶然出会ってしまったらそれは喜ぶべきことだ。
「ふむ……なるほど……よし」
「では予定通り、スライム草を出来るだけ大量に収穫していこう」
そうして自分はドラゴン遭遇イベントの検証が出来ることを密かに期待しながら、グラヴィーナ帝国で大量の敵が必要な検証が発生したときのためにと思って予定していたスライム草の収穫を始めた……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【大剣術(基礎)】:大剣系統の武器を上手く扱える
【戦斧術(基礎)】:戦斧系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【杖術(基礎)】:杖系統の武器を上手く扱える
【戦鎚術(基礎)】:戦鎚系統の武器を上手く扱える
【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【弓術(基礎)】:弓系統の武器を上手く扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【隠密】:気配を薄くして周囲に気づかれにくい行動ができる
【鍵開け】:物理的な鍵を素早くピッキングすることが出来る
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【伐採】:木を的確に素早く伐採することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【マップ探知】:マップ上に自身に感知可能な情報を出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
▼アイテム一覧
〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉
〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈その他雑貨×9〉
〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉
〈水×60,000〉〈枯れ枝×1,000〉〈小石×1,800〉〈倒木×20〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×998日分〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×870〉〈獣生肉(上)×970〉〈鶏生肉×246〉
〈獣の骨×747〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×90〉
〈スライムの粘液×600〉〈スライム草×100〉
〈棍棒×300〉〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉
〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×10,000〉
〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉
〈水のブレスレット×4〉〈装飾品×10〉〈宝石×6〉〈高級雑貨×10〉
〈一般服×10〉〈貴族服×5〉〈使用人服×2〉〈アルダートンで買ったお土産×10〉
〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×2〉〈鋼の鎧×2〉
〈バックラー×1〉〈鋼の盾×2〉
〈金貨×49〉〈大銀貨×8〉〈銀貨×3〉〈大銅貨×1〉〈銅貨×7〉