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挿話 王都でのお話 その三

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。

 ―― カラカラカラ ――


 ジェラード王国の王都で、第三王子ヴェルンヘル殿下を始め数人の王族関係者と、その他多数の野次馬的な見物人に見送られながら、一台の馬車が南に向かって旅立っていく。


 その馬車はリアカーを馬が引いているような見た目の農村などでも使われる簡素なものでも、それに骨組みを足して幌を張っただけの冒険者や商人が使うようなものでもなく、二頭引きでしっかりとした作りの貴族や王族が使うもので、しかも刻まれた紋章はジェラード王国のものではなく、東の隣国グラヴィーナ帝国のものだった。


 しかし別れの挨拶をして見送っていた王子だけでなく、どこかの商店や宿屋の店主を筆頭にそこに居合わせた殆どの人がその馬車に乗り込み旅立った一人に見覚えがあるようで、それでも実際に彼がどういった立場の人間かまでは知らなかったのか、王子や周りの人達の会話を聞いてかなり驚いた様子の人や、中には何故か顔を青ざめさせている人もいる。


「……行ったか」


 そんな様子を、遠く高い位置……王都の真ん中にそびえ立つ王城の一室から、窓を挟んで複雑な表情を浮かべながら静かに見送っている人物は、ダークブロンドの髪と同じ色の立派な髭を撫でながらそう呟く……。


「嵐のような人と言うのは彼のような人物を指すのでございましょうな……」


 傍に控える老人は少しずれたアンティーク調の眼鏡を正すと、手にしている書類の束に視線を落としながら豪奢な服に身を包んだ彼の短い呟きにそう続けた……前者はこの国の国王、オーギュスタン・ジェラード陛下、後者は宰相のセザールである。


「セザール……第三王子という肩書を持つ者はどの国でも例外なく問題児に育つ運命でも背負っているのであろうか……?」


「そのような不可解な関連性は無いと思いたいところでございますが……ソメール教国の第三王子も他の国にとってはそう言えなくもない事を考えると、完全に否定しきれないところが何とも……」


 この国の重鎮である二人が一緒になって頭を抱えているのは、先ほど王都を発ったグラヴィーナ帝国の第三王子オルスヴィーン・ゲーバー……オースが王都に滞在している間に起こした問題について……。


 彼が王都に滞在していたのは三週間ほどで、城に客人として泊まった日数も三日しか無いにも関わらず、セザールが持つ彼に関する報告書が一ヵ月の遠征に行った騎士団と同じかそれ以上の厚みを持っているといえば、彼らが頭を抱えるのも分かるだろう……一個人の三週間が数百人いる騎士団の一ヵ月である。


「……で、一昨日の分も届いたのか?」


「はい、そして昨日の分も一緒に届きましたので、これでおそらく彼の方に関する出来事は全て揃ったかと……」


「ほう? 最終日は調査が翌日に回らなかったのか」


「ええ、密偵部隊の報告によると昨日は比較的大人しい行動だったようで、騎士やメイドも振り切られることが無かったようでございます」


「そうか……比較的、というところが少々気になるが、目を離すこと無く一日を終えられたのであればまぁ良いであろう……いや、本来は毎日そうなる予定だったはずであるが……」


「全くその通りでございます……特に訓練を受けていないメイドや、監視が目的ではない騎士から逃げ出して単独行動しようとするのはヴェルンヘル王子もよくありますが……通常ならば監視されていることにも気づかないはずの密偵部隊も撒かれるとは……」


「はぁ……その実力を持ってしても王位継承争いから逃げ出したくなるグラヴィーナ帝国王族の戦力なども気になるところではあるが……今はひとまず昨日までに彼の者が起こしたであろう問題の報告を聞かせてくれ」


「承知いたしました」


 そんなやり取りを経て始まったセザールの報告……。


 最初の報告が、王都を巡回する衛兵や騎士を殆ど全て巻き込んでの大逃走劇からの投獄という、本当に王都に訪れて初めに起こした問題だろうかと耳を疑いたくなるような内容から始まり……ヴェルンヘル殿下から騎士団へ勧誘されて仮釈放されたかと思えば、何故か教会でパイプオルガンを演奏して司祭と二度目の追いかけっこ。


 その後ヴェルンヘル殿下から彼がグラヴィーナ帝国の第三王子であるかもしれないという知らせが届いて正式な釈放の手続きが行われるのだが、その時はまだ確証もなく騒動を起こした目的も不明な要注意人物ということで、翌日から訓練中の密偵候補に監視させ……しかし簡単に撒かれてしまう。


 初めのうちは単なる偶然か候補生のやる気のなさなどが原因かと思われたが、より信頼のある者を配置してもことごとく追跡は失敗し、尾行を振り切って何をやっているのかと後で調べさせれば、調べるまでもなく町中で『露店の食べ物を食べながら街の壁に頭を擦りつけてまわる変人がいる』という訳の分からない噂をされている中心人物になっていた。


 そんな人物がまさかと思いながらも確認を取っていたグラヴィーナ帝国からは第三王子で間違いないという手紙が届き、それならば目を離すのは猶更不味いということで城の客室に住まわせて密偵部隊も候補生ではなく本業の者を付けるが、彼らもあっけなく振り切られるという結果に終わる。


「そして、何をしていたかと思えば、昨日報告があった大量の窃盗か……」


「はい……まぁ、それに見合う品や金銭を置いて行っているので、窃盗と一言で片づけてしまうのは難しいですが……」


「……無断購入とでも呼べばいいのか?」


「いえ、申し訳ございません……私もこのような出来事は初めての経験ですので……」


「むしろそれが初めての経験で無い者がいるのであれば会ってみたいものだな……」


「本当でございますね……そして、ここからは新しい報告ですが、昨日もその……無断購入が数件発生しております」


「何!? 昨日もか!? で、盗られた……いや……買われたものは?」


 そして報告に上がったものは、保管庫に仕舞われていた今は使われていない武器や防具の数々……前日無くなっていた使用人や料理人の服と同様に、ジェラード王国の国章が入っていることはあっても特別な性能の品というわけではない……。


 金銭的な価値を考えると一緒に無くなっていた銀食器や宝石、王のお気に入りだったブランデー用のグラスなどの方が上であるし、それらも見合うだけの金貨や銀貨が代わりに置かれていたので、被害としては、改めて購入しなければならないという手間が発生したくらいなものだ。


 それ以外に昨日やっていたこととしては騎士からメイドまで色々な人物と他愛もない世間話をしていた程度で、結局、金銭的被害も人的被害も全く出なかったとのこと。


「敵国からの攻撃などを想定して真っ正直に考えると、これらの行動はその殆どが攪乱で、本当の目的は我が国の何らかの情報を得ることだということも考えられなくもないが……」


「はい、私も同意見でございます……密偵部隊の調査や被害者の報告によりますと、持ち去られてはおりませんが書物も漁られた形跡があるとのことで……」


「なるほど……そう聞くとますます怪しいな……セザール、本当に彼の者は記憶を失っておるのか?」


「そうですね……私も本当は記憶を持っていて、グラヴィーナ帝国からスパイとして送り込まれたのではないかと思ったのですが……」


「お前の真偽を見破る目でもシロと出たか……」


「左様でございます……その城で色々な者と世間話をするという行動をしていたときに彼の方は私にも声をおかけになられましたので、いい機会だと思いもう一度探りを入れてみたのですが、グラヴィーナ帝国で過ごした記憶が無いのは本当のようです」


「はぁ……全く謎だ……それで、昨日は何をやっておったのだ?」


「それが……」


 そして報告されたのは、店の商品をまとめ買いしては他の店に入って全て売り払い、服を着替えてはまた同じ事を繰り返すという謎の行動……。


 一般的な服を着てその行動をした時は、同じように大量購入することは出来ても、売却の際に間に合っていると言われて買い取って貰えないこともあったが、本人は全く気にした様子が無いどころか、うんうんと頷いて、その買い取って貰えなかった商品を王都の冒険者ギルドに寄付したりしていたらしい。


「ますます訳が分からん……」


「全く同感でございます……」


 他にやっていた行動というのも、その量こそ一般の冒険者とは大きくかけ離れていたが食料などを買い込んでいただけのようで、そうしているうちに迎えが到着し、翌日の朝、つまり先ほど、グラヴィーナ帝国へと発つことになった。


 王は報告を聞き終わると眉間を押さえながら首を振ると、長いため息と一緒に彼の行動を理解しようとする考えも吐き出したようで、雑務としてそれらの報告をまとめるように頼んでいた宰相には、続報に関しては何か物理的な被害が発見されたらで良いと伝え、以降は本来するべき政務などの話に切り替える。


 セザールもそちらが本来の仕事なので、自身でもいくらかモヤモヤは抱えながらも噂の人物に関する考え事は振り払い、通常の業務に戻って行く……できれば暫くはこのような問題ごとが舞い込んできませんようにと願いながら……。


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