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挿話 ミュリエルの日常

本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。

 私は商業都市アルダートンの冒険者ギルドで総合受付を担当しているミュリエルです。


 少し恥ずかしいので周りの方には話していませんが、現在、恋人募集中です。


 経歴や勤務年数は年齢に関わるので秘密ですが、まだ二十代なので結婚をあきらめるような歳ではないことだけは言っておきましょう……私にそういった縁が無いのは、自分に積極性が無いせいではなく、そういった行動を起こそうと思いきれない周りの環境に問題があります……間違いありません。


 まず、私がこの総合受付という仕事をやっていて頻繁に関わるのは、同じギルドで働く職員と、このギルドに登録している冒険者と、ここに依頼を持ってくる方々の三パターンになりますが……依頼を持ってくる方の殆どは本当に事務的なやり取りしかしないお客様なので、関わりが多く親しい関係になりえるのはギルド職員と冒険者でしょう。


 ギルド職員には大きく分けて二つのタイプ……裕福な家庭に生まれて親や家庭教師に勉強を教えてもらい、成人すると同時に直接ここへ見習いとして就職した事務仕事などを担当している頭脳派と……過去に冒険者として活躍していた人が引退して、その経験を活かした昇格試験の試験官や他のギルドへの連絡係などを担当している肉体派が存在します。


 頭脳派の職員に関しては若い人が多く、見習いの内は仕事が多いわりに給料が少ないものの、経験を積んで人に指示をする立場になればそれなりに良い待遇を与えられ、一般的な理想の男性像と言われる人物になりえるのですが……私の場合はその見習いの時期に彼らを指導する立場にあるためか、先輩として親しまれるものの、それ以上の関係は望まれないようです。


 そして、肉体派のギルド職員に関しては年上の方が多く、冒険者を引退するきっかけが老いであったり、結婚して家庭を持つといった理由だったりするので、そもそも私がどうこうするような余地はありません。


 お客様もダメ、ギルド職員もダメとなれば、残るは冒険者の方々なのですが……こちらはこちらで問題がありまして……まず、その大半は乱暴で口が悪いです。


 職業柄、凶暴な獣や魔物、盗賊などと戦うことが多いので、腕っぷしが強く、たくましい方が多いのですが、男性と言うのは強くなると態度まで大きくなる傾向にあるようで、ここアルダートンの冒険者ギルドでは私が少し努力したこともあり、そこまで顕著ではないですが、他の街のギルドでは女性に優しく接することが出来ない人ばかりだと聞きます。


 しかし他の街よりは少し常識的だと言っても、やはり中位ランクの冒険者くらいになると態度が大きくなりがちで、上位ランクになると一回りして落ち着いた人が多くなりますが、そこまで来ると既にパーティーメンバーにお相手がいることが殆どです。


 かといって、下位ランクの冒険者は収入が殆どないのが常識で……いや、一人だけその常識に当てはまらないFランクの男性冒険者がいることにはいましたね……。


「ミュリエルさん、そういえば昨日オースさんが帰ってきましたよ」


「え? あぁ、エネット……伝えてくれてありがとう」


 私がちょうどその人物について考えていた時に名前を出されて少し反応が遅れました。


 オースと言う名で冒険者登録されている……Fランクと言う下位ランクの中でも一番下のランクでありながら、ギルドを通さない個人的な依頼で上位ランク冒険者並みの報酬を獲得したらしい人物……。


 こんな情報を調べる切っ掛けが無ければ、私もギルド内の共通認識である”ギルドで一番の問題児”としか見ていなかったでしょう……いえ、調べた後もその認識は変わりませんでしたが……。


「オースさんに何か御用だったんですよね、お呼びしましょうか?」


「そうね、かなり重要な用だから、優先度A……いえ、優先度Sで呼び出してもらえる?」


「優先度S……!? それって……王族がらみの依頼とかで使う呼び出し状ですよね……オースさん、また何かとんでもないことを……?」


「その王族から手紙を預かってるのよ……」


「えっ……えぇぇぇええっ……す、すぐに手配してきますぅぅう……っ」


 ―― タッタッタッタッタ…… ――


「はぁ……」


 そう……本当に今度は一体何をやらかしたんだか……。


 数日前、このジェラード王国の第三王子であるヴェルンヘル・ジェラード様の従者が手紙を持って訪ねてきた時、オースさんはちょうど西の森に一週間かかる依頼に出てしまっていたということで、すぐに他の冒険者に呼びに行かせたのですが……その呼びに行った冒険者は西の森にそのような人物はいなかったと帰ってきてしまいます。


 仕方が無いので何か謝罪が必要ならばその準備はしておこうと、まずは何をやらかしたのか調べて正確な情報を得ようと思い、ラッシュ時間が過ぎたタイミングで二つ窓口がある総合受付を暫く一つに絞ることで、私が自身の足で今まで彼が受けた依頼に関わる方たちに聞き込みをしました。


 普通の調査であれば他の方に全て頼んでも良かったのですが、王族に関わる仕事を頼める方は限られていて、上位ランクの冒険者を含め、見計らったかのようなタイミングで担当できそうな人が私含めて二人しかいなかったので仕方ありません。


 近い出来事の中で一番関係ありそうなゴブリン掃討作戦や、農作業の依頼で訪れたことのあるウィートカーペット村に、手の空いていた体力のある職員を向かわせて、街の中の関りがありそうな人物には私が聞き込みをしました。


 まだ冒険者になって間もないというのにオースさんはこの街で依頼を持ってくることがある殆どの人物と関わっていたので、数日かけて昨日やっと全ての関係者を回りきりました……そして私が昨日ちょうど外に出ている時に彼が帰って来たのでしょう。


 しかし、ウィートカーペット村に行っていた職員からの情報を統合しても、知っていた通り殆どの依頼で何かしら失敗はしているものの、王族に迷惑をかけていたというような情報は出てきませんでした。


 気になったのは、輸入雑貨店〈ファビオ商店〉で聞いた、薬屋〈魔女の釜〉と共同で進められている美容品の開発に携わっていて、個人的にFランク冒険者が手に入れることのない大金を得ているということと、服飾雑貨店〈鋼の乙女心〉に大量の獣皮を納品したらしいということ……。


 たしかにそれは、私たち冒険者ギルド職員が全く知らなかった、Fランク冒険者らしからぬ行動ではありますが……王族から手紙を預かるような大事には繋がらないように思えます……。


 よく彼の面倒を見て下さっているフランツさんがいればもしかすると何かもう少し詳しい話が聞けるのかもしれませんが、有名なCランク冒険者は忙しく、遠くまで旅をする長期依頼を受けることが多いので、今もすぐに話を聞けそうな場所にはいらっしゃいません。


「はぁ……」


 総合受付という仕事は、一日にこなす作業の数こそ依頼受付などと比べてかなり少なく、その割に結構な収入を頂けるのですが、仕事の幅はギルドにいる誰よりも広く、数は少なくても時々こういった拘束時間の長い面倒ごとをこなさなければならないのです。


 もう一人の総合受付がそうであるように、厄介ごとに首を突っ込まず、多くの人を手足のように使って仕事をこなせば少しは楽なのだと思いますが、性格上、態度の悪い冒険者がいたら身体が勝手に動いて注意してしまうし、将来的に困った事態になりそうな事を発見すると本来の仕事を少しはみ出しても先に色々と手を打っておきたくなります。


 そのせいで周りから怖がれることがあったり、逆に望んでいない方向に行き過ぎた信頼を得ていたりするのですが……まぁ、そういうことで、私にはもう暫く色恋沙汰と言った話は訪れなさそうで……そういったストレスを抱えているのも、態度の悪い冒険者を怒りたくなる原因の一つかもしれません……。


 その悪循環をどうにかしないとというのは分かっているのですが、そうは言っても私自身がこの性格を今すぐどうにかできるとは思えないですし……とりあえず今はそんなことよりも、このオースさん宛に届いた手紙の問題に立ち向かいましょう。


 自分が所属するギルドの冒険者が個人的に貴族や王族から理不尽なことを言われるのも心配ですが、その火の粉がこのギルド自体に降りかからないとも限らないので、出来るだけ穏便に済ませないといけません。


 Fランク昇格試験の面接で見せたあの丁寧な対応を発揮してくれればいいのですが……普段が普段ですからね……。


「はぁ……」


 私は総合受付のカウンター内で何度目かのため息をつき、儚い望みを胸に抱きながら、もう暫くしたらそこに訪れるであろう冒険者ギルドの入り口に目をやります。


 願わくば、今回は何も問題が起きず、私が角を生やさなくても済みますように……。


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