第三十三話 魔物狩りで検証 その三
昼食としてバーベキューを楽しみ、軽い食休みをしている時間帯……自分は使い勝手の良かった魔道コンロをさらに追加でいくつか出して、その上に置いた同じ数の大鍋を火にかけながら中に入っている液体をかき混ぜていた。
「今度はなにを作ってるっすか?」
「ソミュール液だ」
「そみゅーるえき?」
「ああ、干し肉などの保存食を自作しようと思ってな」
鍋でグツグツと煮込んでいるのは、ジャーキーや燻製を作る時に肉を塩漬けにする液体で、水と塩の配分を調整して塩分濃度を十五パーセントくらいにした塩水に、砂糖やワイン、ブラックペッパーや生姜、ニンニクやナツメグにクローブを混ぜたものだ。
正確には塩水オンリーだとソミュール液で、そこに香辛料などを加えたものはピックル液というらしいのだが、そういったものもまとめて全部ソミュール液と呼ばれることが多いのでどちらでもいいだろう。
「ほへー、干し肉って肉を干すだけじゃないんすねー」
「うむ、グリィ殿が思っている以上に手間がかかる上に、自分はさらに燻製も作ろうとしているからな、この依頼を達成する一週間をフルに使うことになるだろう」
「なるほど、料理って大変なんすね……私は低ランク冒険者の内は硬くなって破棄されかけた安いパンと売れ残りの小さな干し肉をそのままかじるのが普通だと思ってたんで、まともに料理なんてしたことないっす」
「まぁ、自分も最初は食用の草や熟していないリンゴをそのまま生で食べたり、食用のキノコをその辺の木の枝に刺して直火で焼いただけのものを食べたりしたからな、きっとどの冒険者もそんなものなのだろう」
自分はそう言ってグリィ殿に合う前までの生活を少し思い出しながら、十分に火が通った鍋を火からおろして、保存食に加工する分の獣肉を使いやすい大きさに切り始める。
今回使うのは熊や兎などのジビエとして食べられることがある中でもかなり野性味あふれる……というか、匂いや味のクセが強いと言われることが多い、個人的に獣肉として中位に分別したもの……正直、下位に分類した狼や狐、元の世界で食べることが禁止されていたりしていた猿や虎などは自分で積極的に食べようとは思っていない。
狐や狼、虎などは熊と同じ食肉目のネコ目だったりイヌ目だったりする生き物なので、もしかしたら熊と同じような味なのかもしれないが、そうだとしても喜んで食べたいほど美味しい肉では無いことに変わりないので、自分はともかく人に提供することはないだろう。
検証のために後で一人で少しつまみ食いしてみるが、残ったものはもし魔物をおびき寄せる餌などに使えそうだったら、そういったトラップ用に加工して使おうと思っている。
今回の調理で兎や熊を選んだのも、ソミュール液に付け込んだり燻製にしたりすることで少しでも独特の香りを軽減させようとしているためだ、この世界ではもしかしたら普通に食べられているかもしれないが、元の世界の感覚からして自分は下位に分類させてもらった獣肉で人に提供する料理を作ろうとは今のところ考えられない。
自分はそんなことを考えながらも、しかしいつかは検証のために誰かを犠牲にする必要があるかもしれないとも思いつつ、中位の獣肉を使いやすい大きさに切り終えたので、ソミュール液の入った大鍋は冷ますために魔法鞄へ、切った肉は腐らないように亜空間倉庫へと仕舞う。
鍋のソミュール液が冷めたら切った肉をそこに入れて三日ほど塩漬けする予定だ……魔法鞄でこの温度変化や時間経過も検証してみたかったので、せっかく外で作業できるこのタイミングで保存食作成をしようという一石二鳥の計画だな。
「あれ? 料理は終わりっすか?」
「作ったソミュール液が冷めないと続きが出来ないから一旦これで終わりだな」
「うーん、保存食を作るのって時間がかかるっすねー」
「そうだな、自分で一から作ると意外と時間がかかるらしい……まぁ、とりあえず食休みも十分とれたし、そろそろ依頼に取り掛かろう……グリィ殿の準備は大丈夫か?」
「おー! とうとう森に突撃っすね! 短剣も装備したし、道具とか全部魔法鞄に入ってるし、私はいつでも行けるっす! 美味しい料理を食べた分しっかり働くっすよ!」
「うむ、期待している……まずは暫く戦闘が無くて感覚を忘れていることだろうし、二人で一緒に魔物っぽい生き物に戦闘を挑んで準備運動といこう」
「了解っす!」
自分たちは休憩を切り上げると、火の後始末がちゃんとできているかや、テントが風で飛ばないようになっているかなどを軽く点検してから、魔物と戦闘をするために獣道へと歩みを進め、アルダートン西の森へと入って行った。
まだ日が高いため森の中はそれほど暗くなく、冒険者や動物が何度も通ることで地面が踏み固められて草の背も周りと比べて若干低くなっている獣道……今のところは木漏れ日が自分たちのゆく道をキラキラと照らしてくれているが、おそらく夕方以降になると草の高さなどが分からなくなって道が分からなくなってしまうだろう。
暗くなってしまったら暗視効果のあるスキルを身に着けたりしていないと一気に活動しにくくなってしまうことも、冒険者が一日に一つの依頼をこなすのが精いっぱいになってしまう理由の一つかもしれない。
しかし自分たち二人は【五感強化】スキルを身に着けているし、グリィ殿の暗視の成長具合は分からないが、少なくとも自分は深夜でも問題なく活動できるくらい見えるので心配ないと思われる。
「よし、この辺りからグリィ殿に案内を任せよう」
「え? 私が案内役っすか?」
「うむ、将来優秀な斥候になってもらうために頑張ってもらいたいからな……積極的な前方の敵や危険の発見はグリィ殿に任せる」
「うぐっ……前もそんなことを言われたっすけど、私は優秀な斥候になる自信なんてないっすよ……?」
「心配ない、大丈夫だ……最初から自信のある冒険者なんていないし、ステータス的にはグリィ殿は斥候に向いているからな……慣れるまでは自分もサポートする」
「うーん……よく分からないけど承知っす……とりあえずやってみるっす……」
自分たちはそんな会話をすると先頭を交代して、グリィ殿が前方の索敵、自分が周囲の警戒をするという役割分担で進んでいくことになった……いつかの戦闘訓練で大量のスライムに四方八方から攻撃される経験をして【気配感知】スキルは身に着けたようだし、近くに敵が接近すればその気配は感じ取れるだろう。
あとは遠くにいる敵をこちらから探しに行くスキルが何か必要になってくると思われるが、自分もそういった役割を持ちそうな直接的な名称のスキルは持っていないからな……。
「ふむ……」
自分はグリィ殿の後ろを歩きながら少し考えるとマップ画面を開いてみる……。
そこにはアルダートン西の森の地形が表示されていて、自分がどの方角を向いているかも三角形のアイコンで分かるので、もし道に迷ってもこれをみれば無事に帰れそうだが、親切なFPSゲームなどで見かけるマップのように敵の位置が表示されていない。
敵が近くにいないということも考えられたが、味方であるグリィ殿の位置すらも表示されていないので、おそらく元からそういう機能はついていないのだろう……自分は流石にそんな楽に探せたりはしないかと諦めて、そのステータスや鑑定情報を表示させる時と同じような青い半透明のマップ画面を閉じる……。
いや……閉じようとしたが、やっぱりやめた……。
自分は【鑑定・計測】スキルで表示される青い半透明な画面に記載される情報を、念じればある程度は調整できる……それがそのスキルの効果だと、今まで特に疑問を持たずに使っていたが、それは元々【鑑定】スキルだった表示に追加で【計測】の表示を加えたものでもある。
それに、自分はアドーレ殿のピンチを救った時に【鑑定】スキルと【気配感知】スキルを組み合わせて【物体感知】スキルを手に入れたこともあるし、それ以外にもスキルを組み合わせて戦闘したりすることは度々あった。
このマップがスキルとして表示されないのであまり考えていなかったが、【鑑定】スキルだって元々は亜空間倉庫に収納されたアイテムの情報を視界でも表示できるようになったというものだったはずだ。
自分はマップ画面を他のスキルと同じように考えて、そこに【万能感知】スキルを組み合わせるイメージで、マップ情報のアップデートが出来ないか試みてみた……。
《スキル【マップ探知】を獲得しました》
ふむ……やはり出来るのか。
自分は久々のスキル獲得メッセージを受け取ると、更新されたマップ情報を確認して……すぐに表示情報を切り替える検証を始めた……おそらく、これも亜空間倉庫と同じように現代の魔法文明としては発展しすぎている機能という分類になるのだろう……。
なんとなく敵の位置が把握出来たら便利だなと思って気軽にやってみたのだが、敵の位置どころかアイテムの位置やその空間の魔力の濃度まで分かり、スキル獲得処理をしているプログラムの好意か【鑑定・計測】スキルで確認できる情報まで統合されていて、マップに表示されている薬草などのアイテムをタップすれば詳細が確認できるし、マップ上に緯度や軽度、標高などの、この時代の人類では計測できていないであろう情報まで表示されていた。
これは【五感強化】系の【遠視】とかも組み合わせて、その場所の映像がリアルタイムで見れたりするかもしれないな……と思ったら本当に出来てしまうし……正確な地図や定点ライブカメラの映像が確認できる現代日本人としては嬉しい限りだが、時代に合っていなさすぎるその異常な情報量にちょっと引いてしまう……。
「? オースさん、どうかしたっすか?」
「いや、なんでもない……それよりもそろそろ魔物が近いようだぞ?」
「へ? ……全く見当たらないっすけど」
「ふむ……たしかに、一見何もいないように見えるな……」
自分は敵も近いということで、いったんその検証に物凄く時間がかかりそうなマップ画面を閉じると、前方にいるらしいその魔物に目を向けてみる。
しかし、そこに広がるのは今まで歩いてきた道と変わらない森の景色で、普通に目を凝らしただけでは生き物などは全くいないように見えた……討伐のレベルが低いわりに下位ランクの冒険者では見破れない擬態能力を持っているように思えるが、冒険者ギルドとしてはその水準の魔物という扱いで大丈夫なのだろうか……。
「えーと……どこにいるっすかね?」
「うーむ、ちょっと試してみたいのでグリィ殿はここで待っていて欲しい」
「え? 了解っす」
自分はグリィ殿にその場で待機してもらうと、特に身構えることなくそのまま前方に向かって歩き出した。
視界的には【万能感知】で魔力の流れが見えていたりするのでそこに魔物がいることが分かるのだが、温度は感じられないし、動く気配もない……自分でも【鑑定】で魔物の名前が表示されていなければそこに何か特別なものがあるとは思えない。
なので他の冒険者が普通に歩いていたら見舞われるであろう状況を検証するため、あえて特に警戒しないまま歩いていると……。
―― シュルシュルッ ――
木に絡まり地面を這っていた蔦が突然足元から伸びてきて、少し太めとはいっても植物から逸脱しないその細さからは想像できないそれなりの強さで自分の身体にグルグルと巻き付くと、そのまま横に倒してズルズルとその蔦が生えている根元の方へと引きずって行った。
そのあっという間の出来事に、下位ランクの冒険者じゃ対処するのは難しいだろうと思いながらそのまま引きずられてみたが、しかしその[クリーパー]というらしい植物の魔物はそれ以上は特に何かをしてくる様子もなく、自分を抱えたまま動かなくなってしまう。
「なるほど……すぐに命を取るすべはなく、獣や冒険者の餓死を待ってそのまま森の養分になってもらおうという魔物か……それならナイフ一本でも構えていれば対処できるし、もし持っていなくても他の冒険者が通りかかるまで耐える道もありそうだ……」
「いや……なにグルグル巻きにされながら冷静に分析してるんすか……こっちは突然の出来事に焦ったっすよ……」
「ふむ……確かにナイフを構えるのが少しでも遅れると手を塞がれて面倒だな……すまないがグリィ殿、助けてもらってもいいだろうか」
「……了解っす」
自分はグリィ殿に短剣で蔦を切って救助してもらうと、どうやらそれだけで魔力を失ってただの蔦になってしまったらしい[クリーパー]の残骸を亜空間倉庫に仕舞った。
二人以上で仲間と一緒に行動すればまず全滅することは無いということを考えると、確かに下位ランクの冒険者でも十分対処できるレベルかもしれない……まぁ、その考え方に甘えて二人同時に捕まってしまったら元も子もないし、自給自足のために鹿や猪などを狩りに来た猟師が弓しか構えていない時に狙われればそれなりに危険だ。
ナイフ未所持で捕まってしまったところに他の魔物が来たらまず助からないだろうし、増えすぎて大量発生してしまったら、一度にパーティー人数以上のクリーパーが出現するというようなことが頻発して、下位ランク冒険者だけでは対処が難しくなるほど危険度が増すと考えると、こうして定期的に対処しやすいうちに討伐依頼が発生してもおかしくない。
討伐証明部位でもあるクリーパーの根には若干の魔力回復効果があるらしいが、一緒に取れる丈夫なツタも含めてそこまで高くは売れないらしいので積極的に探して狩ろうとは思えないが、森の安全のために見つけたらついでに狩ってもいいかもしれないな。
「というわけで、ひとまず依頼としてはこの魔物を残り九体は狩らないといけないわけだが、グリィ殿は見分けはつきそうか?」
「うへぇ……全くもって見分けられる自信が無いっす……」
「うむ、まぁそうなるだろうな」
堅実的にこの魔物を狩るなら、遠くからの発見は魔力が感じられるメンバーに任せて、近くで急に動き出したときは【気配感知】が得意なメンバーが対応する、という布陣で進めるのがいいのだろう……しかし斥候役が遠くからも近くでも発見できた方がお得だと思うし、鍛えれば気配感知でも見つけられるかもしれない。
「ふむ……なるほど……よし」
「どうするっすか?」
「グリィ殿に何度も捕まりながら気配感知に慣れてもらおう」
「えぇぇ……またそんなスパルタ指導っすかぁぁ……」
こうして依頼の初日からグリィ殿の悲鳴を聞きながら森を進むことが確定した……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【マップ探知】:マップ上に自身に感知可能な情報を出す <NEW!>
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
▼アイテム一覧
〈1~4人用テント×9ずつ〉〈冒険道具セット×9〉〈キャンプ道具セット×9〉
〈調理道具セット×9〉〈登山道具セット×9〉〈その他雑貨×9〉
〈着火魔道具×9〉〈方位魔針×9〉〈魔法のランタン×9〉
〈水×36,000〉〈枯れ枝×630〉〈小石×1,800〉
〈パン・穀類・芋・豆・種実・果実・野菜など大量の食材×999日分〉
〈砂糖、塩、魚醤、ワイン、ビネガー、胡椒、唐辛子、山椒、生姜、胡麻、ニンニク、ナツメグ、クローブ、シナモン、クミン、コリアンダー、ウコンなど大量の調味料×949日分〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×870〉〈獣生肉(上)×999〉〈鶏生肉×250〉
〈獣の骨×747〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×90〉
〈棍棒×300〉〈ナイフ×1〉〈シミター×2〉〈短剣×3〉〈剣×3〉〈大剣×3〉
〈戦斧×3〉〈槍×3〉〈メイス×3〉〈杖×3〉〈戦鎚×3〉〈弓×3〉〈矢筒×3〉〈矢×100〉
〈魔法鞄×4〉〈風のブーツ×4〉〈治癒のアミュレット×4〉〈集音のイヤーカフ×4〉
〈水のブレスレット×4〉〈着替え×10〉〈ボロ皮鎧×1〉〈革鎧×1〉〈チェインメイル×1〉〈鋼の鎧×1〉〈バックラー×1〉〈鋼の盾×1〉
〈金貨×75〉〈大銀貨×8〉〈銀貨×4〉〈大銅貨×7〉〈銅貨×9〉