第二十九話 冒険の準備で検証 その一
「……ついに結果発表っすね?」
「うむ……」
街の中で完結するお手伝い系のFランク依頼を手分けして検証し始めて一ヵ月……自分は昨日で一通りのジャンルの依頼が検証できたと判断して、今日の朝に宿で朝食を取りながらグリィ殿に作業終了を伝え、二人それぞれの検証結果……依頼達成率や合計の報酬額を照らし合わせるため、冒険者ギルドのエネット殿のところへ来ていた。
手分けして依頼をこなし、後で報酬を山分けすると事前に伝えてあった彼女には、この期間に受けた依頼結果の書類を別で確保してもらい、報酬もこの時にまとめて払ってくれるようにとお願いしてある。
「では……発表させていただきます……」
「……ごくり」
エネット殿が他の冒険者たちへの対応を終わらせて手が空いたタイミングを見計らって声をかけると、書類を手にして発表開始を宣言する依頼受付のカウンターテーブルの前で、自分はグリィ殿と一緒にそれを固唾をのんで見守っていた……。
……そして何故かその自分たちの後ろには、噂を聞きつけたのか、たまたま暇だったらしいフランツ殿や、エネット殿の手が空いたのと同じタイミングで朝のラッシュを乗り越えたらしいミュリエル殿も観戦していて、どちらもワクワクやらドキドキやらしているようだ。
「まずはグリィさん……受けた依頼……三十件……達成した依頼……十五件……合計報酬金額……金貨四枚と、銀貨五枚ですっ」
「おぉおおっ! すごいっす! 私が半分も達成してるっすよ! これは新記録っす! オースさんと仕事をしたりアドバイスをもらったりしながら学べたおかげっすね!」
「はい、グリィさん凄いですっ! オースさんとパーティーを結成する前にグリィさんの依頼受付を担当されていた方から、依頼の達成率は良くて四分の一程度だと伺っていたので少し心配でしたが、この一ヵ月でもずいぶんと慣れたようで、後半は殆ど達成されてました」
「えへへー、それほどでも……あるかもしれないっすねっ」
「「……」」
まずはグリィ殿の発表……彼女にはとにかく一日で終わる簡単な依頼を大量にこなしてもらって、慣れと経験で後半に記録が伸びるようにと依頼を割り振っていたのだが、その効果は予想通りに現れてくれたようだった。
しかも四分の一の達成率から半分の達成率まで成長するなんて、やはり彼女は今まで頭が悪いと思われて、まともにアドバイスを貰えたことなどなかったのだろう……体力測定やスライムとの戦闘訓練で身体能力が向上し、自分がこの一ヵ月も宿で一緒に夕食を取りながらその日の依頼を聞いて軽い助言をしていたこともあってか、かなり成長できたらしい。
……後ろで同じように発表を聞いている二人の内、フランツ殿は苦笑いしていて、ミュリエル殿は何やら喜びきれない複雑な表情を浮かべているが、自分はこのグリィ殿の失敗した依頼の検証結果にも、この達成率の成長という検証結果にも大変満足している。
「次はオースさんです……」
「「……ごくり」」
そして次に自分の発表だ……実は自分で全ての達成状況を覚えているので本当は聞く必要などないのだが……まぁ何やら冒険者ギルド内に残っていた周りの冒険者も耳をそばだてていて小さなイベントのような状況になってしまったようだし、せっかくなのでこの突発イベントの行く末も検証していこうと思う……。
「受けた依頼……十六件……」
「うん? 坊主の受けた依頼の数は嬢ちゃんと比べて随分少ないんだな」
「はいっす、オースさんは私と違って一日で終わらない依頼を中心に受けてたっすから、依頼に費やした時間は同じでもその数自体は少ないっす」
「なるほどねぇ、それなら納得だ」
グリィ殿がフランツ殿に説明した通り、自分が受けたのは一週間かかったボリー殿の服飾雑貨店〈鋼の乙女心〉でのセール期間臨時スタッフを始め、ひとつひとつが拘束時間の長い依頼をメインで受けている。
拘束時間の多い依頼はそれだけ報酬も多いので、合計の報酬額は達成の件数ではなくその割合……つまり単純に考えれば十六件の半分である八件以上を普通に達成していれば、おそらくグリィ殿より多い報酬が貰えているという計算だ。
「達成した依頼……五件……」
「少なっ!!!」
「うむ、記憶通りの件数だな」
何やら割とノリがいいらしいエネット殿がやけに溜めて発表したり、フランツ殿やミュリエル度が観戦していたりするので、達成率の勝負のような流れになってしまっているが、これはただ日々の検証の結果を聞いているだけである。
自分は当然この一週間で出来る限りの検証をこなしていたし、そうなれば必然的に失敗の件数の方が増えるだろう……いうなれば当然の検証結果、仕様通りというものだ。
それにグリィ殿も言っていた通り、自分は一件当たりにかかる期間の長い依頼ばかりを受けていて、依頼によって拘束時間はバラバラだ……この少ない五件が長期間の依頼ばかりで構成されていれば、まだ合計金額でグリィ殿を上回る可能性だってゼロじゃない。
「「……」」
観客たちもそれを分かっているのだろう……。
対戦者枠になったグリィ殿も一緒になって、フランツ殿やミュリエル殿、それに近くにいた名前も知らない冒険者たちもエネット殿の声に静かに耳を傾けて、その発表を心待ちにしていた……。
「そして合計の報酬金額は……」
「「……ごくり」」
「……銅貨三枚」
「「なんでだよ!!!!!」」
「……のマイナスです」
「「しかもマイナスかよ!!!!!!!」」
「まぁ計算通りの結果だな」
自分はその事前に計算した通りの結果に満足すると、エネット殿に銅貨三枚を支払う。
合計の報酬金額がマイナスなのは、言うまでもない……依頼をすっぽかしたり達成できなかった時の違約金や、依頼遂行中に器物を破損した賠償金、逆に仕事の邪魔をした迷惑料などが、きちんと達成した依頼の報酬金額を上回ったからである。
拘束時間が長いということは、依頼の重要度も高いということで、それは違約金などの増加にもつながってくる……それほど驚かなくても、失敗した件数が多いならそれだけ損害も大きいに決まっているであろう。
「いやいや坊主、なんか『当たり前の結果だろう?』みたいな顔をしてるが、いくら三分の二の依頼を失敗したからって、合計がマイナスになるのは損害が出すぎだろう……どうしたらそんな結果になるんだよ」
「……それよりも私は二人合わせても達成率が一人分の百パーセントに届いていないという部分に驚きを禁じ得ません」
「うぅ……聞いてくださいフランツさんミュリエルさぁぁん……この一ヵ月、私クレーム対応に追われてお昼休憩も無くて残業だらけだったんですぅぅ……」
「あぁ……」
「よしよし、よく頑張ったわね……暫くは総合受付に来るお客さんもいないから、ここは私に任せてちょっと休んできても大丈夫よ?」
「ひっく……ありがとうございますぅぅ……」
「うむ、エネット殿は素晴らしい先輩に恵まれているな……では、用も済んだので自分はこれで……」
「オースさんは残ってくださいっ」
そして自分は様子を見ていたらしい隣の依頼受付の女性に背中を擦られながら休憩室に向かうエネット殿を見送ると、角の幻影を生やしたミュリエル殿に正座でまた長い説教を聞かされて、フランツ殿からも上位ランク冒険者からのアドバイスという名の注意を受けてからようやく解放された……。
冒険者の資格はく奪こそ無かったものの、貢献度はゼロになってしまったようで、昇格試験を受けるために必要な条件を満たすためにはかなり頑張らなくてはいけないようだ。
ふむ……いや、いっそこのまま冒険者の資格をはく奪される検証をしても……。
「資格をはく奪されたいなら今すぐにでも対応しますけど?」
……ミュリエル殿は相変わらず心を読む能力全開のようだ。
自分はまた無印冒険者からやり直すのは検証効率が悪いと思い直し、その申し出を丁寧に断ると、次からは気をつけると何度目かの同じ約束をして、ため息をつくミュリエル殿の元から逃げるように立ち去る。
ちなみに報酬を山分けするという当初の予定は無しにして、グリィ殿にはその依頼で稼いだ合計金額をそのまま納めてもらって、それ以上に分割払いという予定だったゴブリンの魔石分の報酬を残額全て一気に払った後に、更新時期が来てその日払いに切り替わっていた宿代もまた一か月分ほど自分の財布から支払うことにした。
依頼で銅貨一枚も稼いでないどころかマイナスだったにもかかわらず、ファビオ殿とアーリー殿から貰った臨時報酬のおかげで懐にはかなり余裕があるのだ。
そして冒険者ギルドでの一ヵ月にわたる街での依頼を完遂した自分たちは、次の検証である、討伐依頼ラッシュに移るための作戦会議をするべく、軽食を取りながら話そうと宿の食堂へ向かい、一か月分の宿泊費をまとめて支払った後、自分はグリィ殿と一緒にその食堂でサンドイッチを食べながら今日やることを話し始める……。
「討伐依頼を進める準備っふか? もぐもぐ」
「……いや、食事中に話し始めてすまなかった、食べ終わってから話そう」
軽食であれば食べながら話せると思ったのだが、彼女は片方ずつ食べればいいサンドイッチを両手にひとつずつ持って口いっぱいに頬張ってハムスターのようになっており、とてもそんな状況では無かった。
サンドイッチといっても日本人が真っ先に思い浮かべそうな、食パンで具材を挟んで三角や長方形に切ったようなコンパクトで食べやすい見た目の物ではなく、ドイツのレバーケースゼンメルによく似た、丸パンに厚切りのハムを挟んだだけのもので、どちらかというとハンバーガーと聞いた方が近いイメージが持てるかもしれない。
レバーケースゼンメルでもハンバーガーでもサンドイッチの一種には変わりないが、女性の小さな口で食べやすいものではなく、ましてやそれを二つ持ちでモリモリ食べるように想定されて作られている食べ物でもないのだ。
自分は彼女と違って一人前のそれを味わって食べていて、せっかくなら飲み物もドイツの軽食風ということで合わせてアップルジュースを炭酸水で割ったアプフェルショーレを飲みたいなと思っていたりするのだが、どうやらこの街ではまだ炭酸が普及していないようなので、しかたなく普通のアップルジュースを飲んでいる。
まぁ秋に入ってちょうど赤いリンゴがけっこう出回り始めた時期ということで、味も価格も文句はないのでいいだろう……この宿の定番デザートとなった酸味のある青いリンゴで作り始めた夏らしいリンゴゼリーも、赤く色づき甘くなったリンゴに変わったことで秋になった今でも人気が継続しているようなので、そちらも考案者としては嬉しい限りだ。
「……それで討伐依頼の準備って、何をやるんすかね?」
「うむ、武器や防具で足りないものを買わなくてはならない……あとはドライフルーツなどの食料も切らしているから補充しなくてはな」
「食料! それは大事っすね!」
そんなドイツの定番軽食のようなものを食べ終わって一息ついた自分たちは、街の外で討伐依頼をこなしていくうえで必要になりそうな武具や道具を洗い出し始めたのだが、グリィ殿があげるものは食料ばかり……自分よりも冒険者歴が長いということで冒険に役立つ道具などを少しは知っているのではないかと期待していたのだが……そういった情報は全く得られなかった……。
そのままでは話が進まないと思い、野菜や果物は買い込みたいが、肉は乾燥させていない生のものが新鮮な状態で大量に貯蔵されていると伝えたのだが、グリィ殿は涎を垂らしながら美味しいキャンプ飯を想像するだけの置物に変わってしまって、余計に話が進まなくなってしまう。
話し始める前に軽食は自分の奢りだと伝えたとたん、サンドイッチを一人で二人分も注文して両手でモリモリ平らげたというのにまだ食欲が治まらないとは……一体何が彼女をそうさせるのだろうか……。
「ふむ、まぁこれ以上ここで話していても仕方が無いし、どちらにしてもやる事は決まっている……さっそく買い出しに行こう」
「そうっすね! 行きましょう! ……それで、結局何を買いに行くんすか?」
「……全てだ!」
「……へ?」
自分は何も考えていなさそうなグリィ殿にそう宣言すると、その返答に頭上にはてなを浮かべる彼女を連れて、冒険者に必要な道具を取り扱っている雑貨屋へと歩き出した……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
▼アイテム一覧
〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉
〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉
〈水×87,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉〈軟石鹸×9〉〈パン×10〉
〈治癒薬×4〉〈上治癒薬×15〉〈特上治癒薬×5〉〈解毒薬×15〉〈上解毒薬×5〉
〈鎮痛薬×15〉〈風邪薬×25〉〈緩下薬×15〉〈止瀉薬×15〉〈鎮静薬×10〉
〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈麻酔薬×5〉
〈毒薬×50〉〈猛毒薬×15〉〈劇毒薬×5〉〈麻痺毒薬×15〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉
〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉
〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉
〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉
〈ナイフ×1〉〈シミター×2〉〈槍×1〉〈メイス×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉
〈金貨×106〉〈大銀貨×9〉〈銀貨×6〉〈大銅貨×0〉〈銅貨×9〉
※2020/07/05 過去含めてアイテム内容を一部変更(ストーリーに影響はありません)