第二十八話 手分けをして検証 その四
店の店員になりきる検証など簡単にこなせるだろう……自分はそう思いながらボリス殿に言われるままに店を手伝う準備を進め、その間に用意されたスタッフ用の制服に袖を通したのだが……。
「あらぁ、オースちゃん、やっぱり似合うじゃないっ」
「……」
ボリス殿に用意されたのは女性スタッフ用の制服で、自分は姿見の前で己の全身を見つめて固まっていた……なんだかんだ、自分の姿をちゃんと鏡で確認したのはこれが初めてだったと思うのだが、まさか最初に確認する自身の見た目がこんな格好だとは想像もしてなかった……。
水面に映った姿で何となくは分かっていたが、特に整えていない無造作な黒髪のミディアムヘアに黒い瞳なのは、元居た世界で日本人だった自分と殆ど同じだったが、身長がまだ中学生くらいだということと、その顔立ちがえらく整った見た目だという部分が記憶に残る社会人の自分の姿とは異なっている。
「うふふ、オースちゃんの見た目なら、こういう服も着こなせると思っていたのよねぇ~」
たしかにボリス殿の言う通りこの女性スタッフの制服を着ていても、そのまま漫画やゲームに出てきそうな見た目ではあるが、それは創作物の中だから許されるのであって、現実世界では特殊な趣味を持つ人でないとやらないだろう……。
ふむ? そうなるとゲームの中にいるかもしれない今はこういった恰好をしても変では無いのか……?
……いや、そうじゃないだろう……そうだったとしても自分はそういうプレイヤーキャラクターとして行動する気はない。
「ボリス殿、悪いのだが普通に男性スタッフ用の制服を貸していただけないだろうか?」
「その恰好でいいじゃないの~、ちゃんと似合ってるわよ?」
「いや、似合っていたとしても、この服装は自分には荷が重い……」
「せっかく可愛い見た目なのに、もったいないわねぇ~……わかったわ……『ボリーちゃん』って呼んでくれるなら男物の制服を持ってきてあ・げ・る」
ボリス殿はどうしてもその呼び方を定着させたいのだろうか……さきほど少し店の開店準備を手伝っていた際にも、彼を店長以外の呼び方で呼んでいるスタッフは見かけなかったのだが……全く、着替えるだけで変な交換条件を出さないでもらいたいものだ。
「うーむ、とりあえず年上の方をちゃん付けで呼ぶのは抵抗がある……せめて『ボリー殿』で許して欲しい」
「んもうっ、年上とか気にしなくていいのに~……まぁ仕方ないわね、今はそれで許してあげるわっ」
自分が許容できる範囲で呼び方を変えると、ボリス殿、改めボリー殿は少し機嫌が良くなったようで、柔軟体操でもするかのように身体をクネクネさせながら倉庫に向かい、男性スタッフ用の制服を持ってきてくれた。
もしかしたら本人はバレエやヨガのような女性らしい動きを意識してそういった動きをしているのかもしれないが、自分から見るともうしわけないがどう目を凝らしてもボディビルダーが筋肉を見せつけるポージングをしながら歩いているようにしか見えない……。
まぁ、そんなことを思っても、命を落としかねない検証はまだ早いと思うので、実際にそれを口に出したりはせず、静かに用意してくれた男性用の制服に着替えると、ボリー殿からスタッフの仕事に関するレクチャーを受ける。
洋服や装飾品を売る店で働いたことは無いが、内容を聞いた限り自分の検証したことがある店舗シミュレーションゲームとやることは変わらなそうなので大丈夫だろう。
♢ ♢ ♢
「いらっしゃいませー」
店が開き、外に並んでいた客が店内へ一気に流れ込んでくる。
服飾雑貨店という通り、ここに置かれている商品は主にバッグやアクセサリーの類なのだが、ここは未だに未開の地が残り魔物の脅威が近い世界である……それらの雑貨はどれも魔法の効果が付与された実用性重視の物だった。
しかしそれでも店長のボリー殿の意向か、世界のおしゃれ好きな人たちの意志なのか、この店で扱われているそれらの魔法具はどれも実用性重視と言いながらもデザイン性も優れているため、女性冒険者はもちろん、ドレスコード的にガチガチな防具が着られない貴族の間でも需要があるようで、王都からここまで使用人を送ってくる貴族様もおられるそうだ。
……と、そんな命に係わる冒険で戦いながらもおしゃれに気を使いたい女性たちと、貴族様からの命令で何としても目的のものを手に入れられなければいけない使用人が多く訪れたら一体どうなるのか……自分は今それを身をもって体験している……。
「押さないでいただきたい! ネックレスのコーナー? それは左側の奥に……ってそこのお客殿! お会計はあっちだ! む? バッグが棚にない? 在庫を探してくるから少し待ってくれ……」
押し寄せ、流れる、人、人、人……本当は過去に行った店舗シミュレーションゲームと同じ検証項目を一つ一つ試していこうと思っていたのだが、これは無理である……仕事をこなすので精一杯で、検証のことを考える隙など全く存在しなかった。
自分は【五感強化】で聖徳太子の如く四方八方から飛んでくる客からの質問を聞きながら【万能感知】で商品の補充状況を確認し、【知力強化】でそれらすべてを効率よく回る道筋を考えて【身体強化】と【体術】を駆使して人の波をかき分けて進む……。
これはゴブリン掃討作戦と同じくらい……いや、それ以上に難易度が高いイベントではないだろうか……。
【鑑定・計測】スキルで見る限り、客のステータスは高くても常識の範囲内なのだが、女性冒険者も貴族の使用人も誰もがまるでドラゴンと戦っているかのように鬼気迫る表情でこの夏のセールに挑んでいて、今の自分が【実力制御】を使っていない全力モードにも関わらず、先ほどから【万能感知】が危険信号を受信し続けている……。
「バッグを補充に……ってお客殿、自分の手から直接商品を取って行かないでいただきたい! 今棚に置くので待っ……ちょっとそこの方! 店内では魔法が禁止されてる! 魔法で商品を確保しようとしてはダメだ!」
……そこからの店内は嵐のような状態だった。
魔法だけでなく鞭術や糸術を使って商品を自身の手元に引き寄せようとする冒険者や、瞬間移動のような芸当をやってのけたり、他の客が持っている商品を気づかれないようにすり替えたりする使用人まで現れて、店のスタッフはそれらの不正行為を同じように戦闘技能を使って巧みに正していく……。
あの見た目のボリー殿が自分よりも基礎ステータスが上なのは自然に受け入れつつも、開店準備をしていた時に他のスタッフも男女問わずDランク冒険者に届きそうなほど実力者揃いだったのがずっと気になっていたのだが、やっと謎が解けた……ここは戦場なのだ。
今思うと、接客商売のはずなのに、商業ギルドではなく冒険者ギルドに助っ人を求めていた時点で気づくべきだったのだ……これは一介の商人に務まる依頼ではない……。
「ふむ……なるほど……よし」
「これは戦闘ありの超高難易度な新感覚店舗シミュレーションゲームとして挑もう……」
そうして自分は考えを改めると、過去に行った検証の知識をそのまま使うことを諦めて、全く新しいゲームの検証に挑む気持ちに切り替えて業務に当たることにした……。
夏の売り尽くしセールがある一週間……最初の三日はとにかくこの戦場での戦い方を学び慣れることに全力を尽くし、最初は威圧感しか感じなかったボリー殿の背中の筋肉が、いくつもの戦場を乗り越えてきた練れ者の後ろ姿のように頼もしく思えてくる。
四日目は余裕が出てきたので、所々で商品を置く棚の場所を間違えたり、お客の案内先を間違えたりといった検証を挟んでみたのだが、他のスタッフのフォローレベルが高く、それら全ての間違いをさりげなく正されて失敗には繋がらず、しかしミスはミスとしてボリー殿からは愛のこもったお説教という名の地獄を味わわさせられるという検証結果になった。
失敗方面の検証はその一日で終わった自分は、それ以上ボリー殿から厚く硬い胸板で抱擁され圧死しそうになるのを回避するべく、後半の三日間は店舗シミュレーションゲームや日本の整えられた服飾雑貨店を思い出し、それらの知識から使えそうなものをピックアップして商品の配置や動線、スタッフの動きを改善するなどの意見を言ってみるなど、売り上げの記録を伸ばす検証に取り組んだ。
最初の三日は人の勢いが良すぎたため、そういった細かい店舗のレイアウトなど殆ど意味をなさなかったかもしれないが、後半は売り切れの商品も徐々に増えてきたので商品の陳列を工夫するのにはいい機会であり、客層も女性冒険者や貴族の使用人だけでなく一般的な職業についている女性や男性冒険者たちも訪れ始めたので、その効果はハッキリ目に見えるほど現れてくれたようだった。
自分が覚えている研究し洗練された先人たちの知識とボリー殿の確かな経験と勘が組み合わさることによって、客の回転をスムーズにしつつ、ついで買いの衝動に駆られやすくするような巧みな商品配置を実現することができ、毎年売り上げが落ち着いてしまうらしかったセールの後半も高い売り上げが維持されたのだ……やはりここよりも発展している元の世界の知識というのはこういった面でも力を発揮するらしい。
《スキル【コンサルティング】を獲得しました》
そして何やらこのファンタジー世界に少し合っていない気がするスキルを獲得したようだ……自分としてはコンサルティングという程の事はしていないのだが、まぁ元の世界と比べると文明レベルの低いこの世界では、それらの知識を使った問題解決はそういった効果が高くなるためだろう。
「はぁ~い、みんなお疲れさま~」
セールの最終日、営業時間が終わったスタッフ控室。
まだ商品の入っていた空の木箱が積みあがっていたり、店の方は逆に商品が殆どならんでいなかったりと、片付けや翌日以降の準備などが残っている状態ではあったが、毎回セールの翌日は店を休みにしてそういった作業に当てるらしく、今は近くの酒場から出前を取ってスタッフを集めた簡単な打ち上げパーティーのようなものが開かれている。
その料理や食事の数々は、さすが貴族様にも固定客を持つ有名な服飾雑貨店と言ったところか、Fランク冒険者が普段食べる食事と比べるのも申し訳ないほど豪華で、お酒も安いエールではなくワインなどの高価でおしゃれなものだった。
「自分も打ち上げに参加してよかったのだろうか?」
「何言ってるのよ~、臨時とはいえ、オースちゃんだってこの〈鋼の乙女心〉の大事なスタッフの一員よ? それにセール後半の売上が例年より高かったのはオースちゃんの提案のおかげじゃない」
「ふむ、そういうものか……まぁお役に立てたようで何よりである」
自分としてはこの一週間しか働く予定もなく、その分の報酬がもらえる予定の冒険者に対してこういった報酬外での豪華な食事が振舞われるのはどうかと思ったのだが……まぁ思い出してみると元の世界でも派遣先の会社でこういった打ち上げに参加させられたりしていたか……。
ファビオ殿の屋敷で豪華な料理を作った時も誰かと違って自分は本当に味見だけしかしていなかったし、この世界が文明レベルと比べて料理の発展具合が高いといってもFランク冒険者がそういったまともな食事を普段食にするまでに整っているわけではない……ここはお言葉に甘えて久々のまともな料理を楽しむとしよう。
「オースちゃん、いっそ臨時とは言わずうちの店で働かない? 気の緩みか間の一日はミスが目立ったようだけど、基本的にテキパキ働いてくれるし体力もあるし、お店を良くするアイデアもたくさん出してくれるじゃない……ちょっとお客様に対して不愛想だけど、それを踏まえても十分このお店にスカウトしたいレベルだわ~」
「うーむ、申し訳ないがこれを本業にする気は無い……別に仕事内容や環境に不満があったわけではないのだが、接客業は自分には合わないし、今のところ色々な仕事や人に関われる冒険者という職業を続けたいのだ」
「んもうっ、いいのよっ……才能がありそうだし勿体ないとは思うけど、人はやりたいことをやるのが一番よね、まぁ気が変わったら言ってちょうだい? あたしはいつでもウェルカムだから」
自分はこのセール期間ですっかりその驚異的な見た目に慣れてしまったボリー殿とそんな会話をしながら美味しい料理やワインに舌鼓を打ち、なにやら勉強熱心らしいスタッフから他にも店を良くするアイデアは無いかと聞かれるままに答えたりしながら打ち上げを満喫した。
仕事の大変さと店長のキャラクター性により随分と濃い一週間だったが、まだやっていなかった検証も出来たし、久々に栄養のある食事も摂れた……そして何よりこの店とのコネが出来た……明日からもうしばらくは街の中での仕事だが、それが終われば戦闘メインの依頼に取り掛かるので、身を護る魔法装身具も必要になってくるだろう。
「ふむ……なるほど……よし」
「今度はお客として商品を買い漁り(検証し)に来よう」
打ち上げの帰り道に仰ぎ見た夏の終わりの星空にそう呟くと、自分は高評価の依頼達成証明書を持って宿屋に帰って行った。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる <NEW!>
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
▼アイテム一覧
〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉
〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉
〈水×87,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉〈軟石鹸×9〉〈パン×10〉
〈治癒薬×4〉〈上治癒薬×15〉〈特上治癒薬×5〉〈解毒薬×15〉〈上解毒薬×5〉
〈鎮痛薬×15〉〈風邪薬×25〉〈緩下薬×15〉〈止瀉薬×15〉〈鎮静薬×10〉
〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈麻酔薬×5〉
〈毒薬×50〉〈猛毒薬×15〉〈劇毒薬×5〉〈麻痺毒薬×15〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉
〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉
〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉
〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉
〈ナイフ×1〉〈シミター×2〉〈槍×1〉〈メイス×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉
〈金貨×110〉〈大銀貨×5〉〈銀貨×24〉〈大銅貨×6〉〈銅貨×2〉
▼残り支払予定額:グリィ
〈大銀貨×20〉
※2020/06/24 過去含めてアイテム内容を一部変更(ストーリーに影響はありません)
※2020/08/28 誤字修正




