第二十七話 手分けをして検証 その三
「オースさん!! 一体どういうことですかっ!!!!」
「う、うむ……反省はしている……用が済んだ後に冒険者ギルドに立ち寄らなかったという部分に関しては悪気は無かったのだ……」
「用が済んだ後……? ということは、用事のために依頼を放置した部分に関しては悪気があったわけですね??」
「あ、いや……悪気というか……話すと長くなる重大な理由があってだな……」
ファビオ殿やアーリー殿との取引を終えた翌日。
自分は現在、商業都市アルダートンの冒険者ギルドの片隅で、鬼の形相で怒鳴っているミュリエル殿や、腕を組んで呆れた表情をしているフランツ殿、そしてその二人の影に隠れるようにして涙を浮かべているエネット殿に囲まれながら正座をしている。
ファビオ殿たちとの話で商売の検証に興味が移ってしまったのですっかり忘れていたが、自分は昨日、依頼を受注したまま何もせずに達成期限を迎えるという検証をしている途中だったのだ。
……そしてその検証結果が、朝食を食べている途中でフランツ殿に捕まり冒険者ギルドへと連行されて、待ち構えていた鬼のミュリエル殿にこってり絞られているという今の状況である。
「きっと『依頼を受けたまま何もせずに達成期限を迎えるという検証』とかいう理由でしょう?」
「む……ミュリエル殿はやはり人の心が読める能力を持っているのか……?」
「そんな能力があるわけないでしょう! というか本当にそんな理由だったんですか!! たまたま用事が舞い込んだのを切っ掛けにそんなことを始めたのか、元からやろうと思っていたのかは分かりませんが、そんな訳の分からない理由で冒険者ギルドや依頼人に迷惑をかけないでください!!! だいたいオースさんはいつもいつも……」
検証結果は予想通り違約金を払わされて冒険者ギルド職員に怒られるといった内容で、おかしな点はどこにも見当たらない素晴らしい結果だったのだが、ミュリエル殿の相手の逃げ場を奪うようなきつめの説教は、コミュニケーションスキルを未だに獲得できていない自分には少々ダメージが大きかったようで、実際にステータス的な体力が減っているわけではないが、猛毒状態の持続ダメージを受けているような感覚を与えられている……。
うーむ……この検証に手を出すのは早まったかもしれないな……ウィートカーペット村でおばちゃん軍団に囲まれた時もそうだったが、こういった【異常耐性】で軽減できない人から言葉で与えられるダメージを軽減するスキルを見つけてから挑んでもよかったかもしれない。
そんなスキルが存在するのかは分からないが、少なくとも今後は様子を見てから着手するという方針でも……いや、耐性スキルを取るためにあえてこのまま検証を続行すると言うのも……。
「オースさん……また何か余計な事を考えていますね?」
「……いや、そんなことはない」
「はぁ……今回は依頼者から『冒険者がまだ来ていない』という問い合わせが来た時にたまたまフランツさんが他の依頼を終わらせて帰ってきたところだったので、代わりに行ってもらい依頼人への迷惑は最小限で抑えられましたが、そういった問い合わせが来るであろう昼頃の時間帯は冒険者さんたちが出払っていることが殆どなのでカバーできないことも多いんですよ?」
「うむ……」
思った以上に多くの人に迷惑をかけてしまったようだな……元の世界では仕事を放りだすどころか休みなく休日すら返上して出勤していたので、その辺りの影響範囲は認識が甘かったかもしれない。
ここは初心にかえって、ゲームのようでも現実の世界だという想定を念頭に、あまり人に迷惑をかけない範囲で検証するという心を忘れないようにしよう……覚えているうちは。
その後、自分は最近ミュリエル殿がギルド長に提案して作ったらしい〈冒険者の心得〉という小さな本を渡され、それを全て暗記するまで正座のまま読ませられた……内容は冒険者ギルドのルールや注意事項が書かれた、自分から見るとゲームの説明書のようなものだった。
その内容は過去に自分がここで検証したものが大半を占めていたように見えたのだが、どうやらそれは勘違いではなく、ミュリエル殿は自分が起こした問題を参考にこれを作成したからということだ。
その中には自分がこれから検証しなければと思っていたことも含まれていたので、自分がそれを読んだ感想を言うのであれば『検証項目をちゃんとこういった仕様書から起こせるのはありがたい』だったが、そういったことを考えていたらミュリエル殿が何かを察したのかすごい形相で睨みつけてきたので、そのお礼は口には出さずに心のうちに留めておく事にした。
ふむ、しかしこれでこれからの検証が少し楽になるのは間違いない……まだここに書かれていない検証項目も思い浮かぶが、そういったイレギュラー検証は後まわしで良いだろう……しばらくはエネット殿の精神力やミュリエル殿の目が厳しいので様子を見るが、そのうちこの素晴らしいアイテムを参考に検証を進めてもいいかもしれない。
「「……これは全く反省していない顔ですね(だな)」」
そうして自分はミュリエル殿とフランツ殿にため息をつかれながらも、その日の依頼を受けるためにエネット殿と一緒に依頼受付へと向かった。
依頼を受けるときにエネット殿にも「お願いですからもう依頼を受けたまま放置したりしないでくださいぃぃ」と泣き顔でせまられたので、依頼受付までついてきたフランツ殿たち含めて今一度迷惑をかけたことを詫び、少なくとも同じ検証はしないから大丈夫だと言って安心させてから冒険者ギルドを後にする。
ちなみにグリィ殿の方も昨日の依頼は達成できずに帰って来たのだが、彼女の方はいつものことだと少し注意を受けただけで、正座させられている自分を通り過ぎて次の依頼へと向かって行った……どちらも失敗なのに対応にこれほど違いがある原因が一体何なのか検証する必要があるかもしれない。
とりあえず今日のところは先ほど受けた『服飾雑貨店で夏の終わりの売り尽くしセールを手伝う』という依頼を遂行するために、依頼人の待っている〈鋼の乙女心〉という店に向かった。
♢ ♢ ♢
商業都市アルダートンの商業区、南北の門にまっすぐ繋がる道と教会から東に伸びる道、二つのメインストリートが交わる街の中央には商業ギルドがあり、その東側に隣接する建物が今回の目的地である服飾雑貨店〈鋼の乙女心〉だった。
街の中央に近く、商業ギルドのすぐ隣にあるという立地からも想像できたが、その店はそれなりに大きな建物で、まだ開店前だというのにセールの噂を聞いたのであろうお客によって行列が出来ているところをみる限り、多くの人に親しまれているようだ。
―― ゴリゴリゴリ ――
自分はそんな風に店について分析しながら建物の周りを歩いていた。
「ねぇちょっと」
―― ゴリゴリゴリ ――
服飾雑貨という身なりを整える商品を扱う店だというのもあるだろうか、建物の裏にまできちんと掃除が行き届いているのは流石行列のできる有名店と言えるだろう。
「ちょっと坊や……」
「ふむ?」
自分は後ろからこちらに声をかけられている気がして、立ち止まって一度振り返る……。
……そこには、ブラウンのぱっつんボブに茶色い瞳を持つ、店の制服らしい女性に似合うカジュアルなブラウスを着て、夏らしい薄手のストールや派手な金のチェーンブレスレットなどをこれでもかと装飾した……青髭が目立ちたくましい筋肉を持つおじさんが立っていた……。
―― ゴリゴリゴリ ――
うむ……それにしてもルノー殿にもらったボロボロの皮鎧が壁の衝突判定を検証するときにも役立つとは……これはまたあった時には改めてお礼を言わなければならないな。
「いいかげんに話を聞かんかい我ぇ!」
どうやら先ほど見た光景は夏の終わりが見せる幻ではなかったようで、自分はその思わず現実逃避したくなる恰好をしたおじさんに襟首を掴まれると、検証が済んだら入ろうと思っていたその依頼元である服飾雑貨店へと連行された……。
建物の中はその綺麗な外観と同じく綺麗に整えられた清潔感の感じられる内装で、店内には自分を片手で引きずる程の筋肉を持つそのおじさんと同じカジュアルなブラウスの制服を身に着けた店員がいたが、そちらは派手なアクセサリーなどは特に身に着けておらず、ちゃんと女性のようだ。
その店員たちが引きずられる自分の方に頭を下げながら「店長おはようございます」と挨拶をしていて、自分の頭上から「ええ、皆おはよう」と明るいおじさんの声が聞こえてくるということを考えると、もしかしなくてもこのゴツゴツとした筋肉を持ちながらも引き締まった身体で女性物の服装を身に纏った彼がこの店の店長なのだろうか……。
そんな思考を巡らせながらスタッフの控室らしい部屋に連れ込まれた自分は、冒険者だと自己紹介しても信じてくれないその彼に、店の壁に身体を擦りつけて何をやっていたのかなどを聞かれるままに答えて、ストーキング犯罪や精神異常などの疑いを晴らすため、この店に依頼に来た冒険者であるという証明書代わりの依頼受領書を手渡した。
「あらやだっ、もぅー依頼に来た冒険者なら最初からそう言ってよぉ~」
「うーむ……そう自己紹介したはずなのだが……」
その冒険者ギルドから預かった書類で納得したらしい彼は、鋭い目つきからにこやかで明るい表情に変わり、口調も年上の女性のようなそれになった……自分としてはコミュニケーションスキル不足で扱いきれなさそうなその絡み方ではなく、先ほどの真面目なトーンのままで良かったのだが……。
会話中の仕草もやたらクネクネとした動きで、視線を合わせようとしてくれているのか前かがみで接してくるので、自分の方には立派な大胸筋が強調されていて、おそらく後ろから見たら大臀筋がこれでもかと振られているに違いない……今ぶつかったら軽く数メートル吹き飛んでしまいそうだ……。
「そうそう、あたしも自己紹介しなきゃね……あたしはボリス、この店〈鋼の乙女心〉の店長で、デザイナーで、ブランドオーナーよ、皆には気軽に『ボリーちゃん』って呼んでくれるように言ってるんだけど、かしこまっちゃって誰もそう呼んでくれないのよねぇ~」
「ふむ……まぁ上司をちゃん付けで呼ぶのは流石に勇気がいるのだろう……他の理由もあるかもしれないが……」
目の前にいるその人物は、どう見ても『ボリーちゃん』ではなく『ゴリーちゃん』である……店員の中にはうっかりゴリーちゃんと呼ばないように店長呼びで統一している者もいるのではないだろうか……。
「……いま何か失礼なこと考えてないかしら?」
「いや、そんなことはないぞ……」
……この街は心が読める人物で溢れているのだろうか。
そんなこんなで、自分は色々な意味で身の危険を感じながらボリーちゃんことボリス店長と自己紹介を終えると、この服飾雑貨店〈鋼の乙女心〉で、夏の終わりの売り尽くしセールが行われる一週間の間だけ臨時のスタッフとして働くことになった。
元の世界で実際に接客業を経験したのは学生時代に少しアルバイトでやった程度だが、店の掃除をしたり商品を補充したりしてお金を稼ぐゲームであれば製品版のリリースまで検証したことがあるので、きっと一通りの検証は問題なくこなせるだろう。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる
【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる
【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
▼アイテム一覧
〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉
〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉
〈水×87,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉〈軟石鹸×9〉〈パン×10〉
〈治癒薬×4〉〈上治癒薬×15〉〈特上治癒薬×5〉〈解毒薬×15〉〈上解毒薬×5〉
〈鎮痛薬×15〉〈風邪薬×25〉〈緩下薬×15〉〈止瀉薬×15〉〈鎮静薬×10〉
〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈麻酔薬×5〉
〈毒薬×50〉〈猛毒薬×15〉〈劇毒薬×5〉〈麻痺毒薬×15〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉
〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉
〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉
〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉
〈ナイフ×1〉〈シミター×2〉〈槍×1〉〈メイス×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉
〈金貨×110〉〈大銀貨×5〉〈銀貨×26〉〈大銅貨×7〉〈銅貨×2〉
▼残り支払予定額:グリィ
〈大銀貨×20〉