第二百七十話 魔法金属で検証 その一
「ゴーレムに使われていた金属、一通りの製造方法と特性が検証できたわよ」
ジェラード王国、王都、郊外。
その南東を流れる川沿いに建った一件の工房。
Dランク昇格試験を無事に突破した自分は、ようやく全ての魔法金属の検証が終わったというアーリー殿に呼ばれて、その自分が建てた秘密の工房を訪れていた。
竜の休息地を横切る街道にて、この世界で初めて出会った懐かしい盗賊たちを含むハグレの盗賊を拘束し、近くのウェッバー村に託した後、護衛の目的地であるペルリンドの領都に到着する手前の街でも、ギルドが雇った偽の盗賊に襲われたが、難なく撃退。
自分とリヤ殿、それに同じチームで実技試験を受けていたクラスメイトのエディ殿も滞りなくDランク試験に一発合格を果たした。
グリィ殿は、最初の盗賊騒ぎで彼らの誘導に引っかかって前方に向かってしまった他、領都手前の街では夜に宿屋が偽盗賊に襲撃されたとき、既に眠りについていたグリィ殿が近くで剣戟の音が聞こえていたにも関わらず翌朝まで目を覚ますことはなかったこともあり、自分たちの組で唯一の実技試験不合格者となっている。
まぁ、実技試験が合格だったとしても、筆記試験の方も不合格だったらしいので、どちらにせよDランク昇格試験には落ちていたのだろうが……。
実技試験の合否がチーム全体で行われるのか個人で行われるのか気になっていたところ、一回目の検証からそこを確かめてくれるとは、流石はグリィ殿である。
後ほど合格はして欲しいが、まだヴィーコ殿やシェラミー殿も試験を受けておらず、アーリー殿やカヤ殿、ロシー殿やカイ殿は試験を受ける貢献ポイントも稼ぎ終わってないので、また今度彼らと一緒に受けてもらえばいいだろう。
「……それでは、その魔法金属の検証結果を教えてもらうとしよう」
「ええ、私たちの努力の成果をしっかりと目に焼き付けることね」
そうして案内された工房中央の大きなテーブルで、自分はそこに並べられた様々な鉱石の説明をアーリー殿たちから聞くこととなった。
「まず初めに、魔法金属を再現するきっかけをくれたあんたに感謝をしないといけないわね」
「自分に?」
「ええ、あんたの、この工房のおかげで、まだ世界的にも自然発生したものを採掘するしかなかった魔法金属が、意図的に作り出すことが出来るようになったんだから」
「ふむ? よく分からないが、この工房はそのために作ったものだしな、自由に研究できる工房を作ったという点に感謝しているなら、別にそれが自分の目的なので気にしなくていい」
「いいえ、そうじゃないわ。まぁもちろん、工房を作ってくれたことにも、大量の研究費をつぎ込んでくれたことにも感謝してるけどね。一番感謝しているのは、素材を一つの倉庫で雑に管理していたことよ」
「??」
自分がよく分からないことに感謝されて首を傾げていると、アーリー殿は一つの鉱石を差し出してきた。
黒っぽい石をベースに錆色が混ざっているそれは、一見すると鉄の鉱石に見えたが、受け取って鑑定を発動させてみると、どうやらダマスカス鋼の鉱石らしい。
テーブルの上を見ると、同様の鉱石がいくつか置かれている隣りに、それを精錬したインゴットも置かれていた。
「これがアーリー殿が再現した魔法鉱石のひとつか?」
「テーブルに置いてある他のダマスカス鋼の鉱石はそうだけどね、それ一つだけは違うわ。どちらかというと、それを作ったのはあんたよ」
「?」
自分は魔法鉱石を再現する検証は全てアーリー殿たちに任せて、何も手伝っていないはずだが……。
そうしてまた首を傾げていると、今度は横からロシー殿とカイ殿が話しかけてくる。
「アンタ、ダマスカス鋼の鉱石は仕入れてないわよね?」
「うむ、研究が行き詰まったらサンプルとして入手しようとは思っていたが、今の所はその伝票に書かれている通り、普通の金属鉱石しか仕入れていないな」
「だよな。でもそれ、オース兄ちゃんが仕入れて地下倉庫に入れてた木箱の中から出て来たんだぜ?」
「自分が仕入れた鉱石の中から? ふむ……仕入れ先の商人が間違って混入させたのか?」
近くに普通の鉄鉱石があったので、そちらも手に取って見比べてみると、やはりダマスカス鋼の鉱石は、その見た目も、手触りも、重さも、鉄鉱石と殆ど変わらなかった。
ここまで似ているとなると、大量の鉄鉱石を発注したことで、その中にひとつくらい手違いでダマスカス鋼の鉱石が紛れ込んでいても不思議ではない。
「最初はあたしもそう思ったわ。でも、もう一つの違和感を発見して、そうじゃないと確信した」
そうしてアーリー殿が差し出してきたのは、ひとつの魔石だった。
おそらく自分がグリィ殿たちと一緒に貢献ポイント稼ぎついでに様々な魔物を倒して集めてきた魔石の一つだと思うが……。
「魔力が枯れているな」
採取したばかりの魔石は、内包している魔力が少しずつ漏れ出す影響で、柔らかな光を放っているのだが、アーリー殿が差し出してきたその魔石は光を完全に失っていて、魔力が全て抜けきった後のようだった。
別にこの状態の魔石は珍しいものではない。
魔道コンロなど、魔石をエネルギー源として使用する魔道具を使っていれば、使い続けている内にその電池代わりの魔石から魔力が無くなって、別の魔石に交換する必要が出てくる。で、その魔力を全て使い切った状態の魔石がこれだ。
元々の魔石の耐久によっては、魔力が無くなった時点で石の形を保てずに砕け散ってしまうこともあるが、こうして石の形が残った空の魔石は、魔法使いや錬金術師が再び魔力を込めることで再利用することも出来る。
「それ、あんたが適当に詰め込んで、地下倉庫に転がしていた麻袋に入っていたものよ」
「? まぁ、そうであろうな。研究過程で中の魔力を使い切ったから補充してほしいということか?」
「いいえ、それは研究で使う前、麻袋から出したときにはもう、その状態だったわ。その麻袋の中身、丸ごと全部ね」
「??」
「その麻袋を転がしていた場所、どこだったか覚えてる?」
「! ……まさか」
「そう……あんたが鉄鉱石の木箱の隣に転がしていた魔石の魔力を、木箱の中の鉄鉱石が吸い込んだ結果、ダマスカス鋼の鉱石になったのよ」
魔法鉱石を作り出すためには、錬金炉なんか必要なく、ただ麻袋いっぱいに詰め込んだ魔石の魔力を全て鉱石に注ぎ込めばいい……。
何て単純で、何て力業なのだ。
確かにそれなら、素材を厳重にしっかりと管理しているであろう国の研究機関では自然発生しないはずだな……だからアーリー殿は、自分が素材を雑に管理していたことに対して感謝していたのか。
「それで、魔法金属の鉱石を生成するためにどの程度の魔石が必要なのかは確認済みか?」
「ええ、もちろん。ただ、生成したい魔法金属によって違うし……」
「魔法鉱石って、とんでもない食いしん坊よ。それこそ、うちのパーティーのあの子くらいね」
「一番簡単に生成できるのがそのダマスカス鋼で、それでも鉱石一つ変化させるのに大き目の麻袋一つ分使うんだぜ? 他の鉱石はその二倍以上だ」
「うーむ……確かに、それはグリィ殿並みの大飯喰らいだな……」
アーリー殿に続くように、ロシー殿とカイ殿があまりの生成効率の悪さに対する不満を吐き出す。
大き目の麻袋ひとつ分となると、あまり熱心に鍛錬していない下級貴族や、魔法使いとして冒険者活動ができている平民が持つ魔力一人分と同程度だろう。
国の研究職員も、下級貴族でインドア派の者であれば大抵その程度かそれより少し多いくらいだと思われるので、気を失うことになっても自身の魔力を全て注ぎ込んでみようという研究熱心な者でも現れない限り再現しないかもしれない……。
……だが、魔力を込めてみるというのは基礎検証の範囲内だろう? 国を挙げて研究を重ねていて本当に再現しなかったのか?
「あんたが考えてることは分かるわ。こんなに簡単なことなら、もうとっくに国の研究所が再現しているはずだって思ってるんでしょ?」
「ああ、違うのか?」
「ええ」
「オースさん、試しに、その鉄鉱石に魔力を込めてみてください」
「? うむ、承知した」
自分がこの再現方法に国が気づいていないことに対して疑問を抱いていると、アーリー殿にその思考を読まれ、いつの間にか自分の側に立っていたカヤ殿に試してみるよう言われた。
よく分からないが、麻袋一杯分の魔力をこの鉄鉱石に込めればいいのだろう? 下級貴族の研究員ならば難しいかもしれないが、賢者と称される教皇様と同等の魔力量を持つ自分にはそれほどハードルは高くないことだ。
そう思い、それほど苦労なく、鉄鉱石に対して麻袋一杯分の魔力を送り込んでみたのだが……。
「……変化しない?」
言われていた通りの魔力量よりも少し余分に魔力を注ぎ込んだはずなのに、その鉄鉱石は鑑定上も鉄鉱石のまま。ダマスカス鋼には変化しなかった。
「そう。それが、国の研究所が再現できてない理由よ」
「ふむ?」
「例え無機物であっても、この世のありとあらゆる物質には魔法抵抗があるんです」
「鉄は元からまぁまぁ魔法抵抗が高いんだよ。冒険者の初期装備として重宝されてるのはそういう理由もあってのことさ。もちろん採取量が多いっていうのもあるけどな」
「無理やり魔力を送り込もうとしても、その何割かは抵抗の影響で消費されちゃうってわけ。今アンタが持ってる鉄鉱石、魔力を送り込む前より熱くなってるでしょ? 魔力が抵抗で熱に変換されちゃってるのよ」
ほう。魔法抵抗がある物質に魔力を送り込むと、抵抗された分だけ熱に変換されるのか……。
前々からうっすら思っていたが、魔力の流れというのは、本当に電気の流れに近い性質を持っているのだな。
うーむ、だとすると……?
「だから、いくら無理やり魔力を込めようとしたところで……」
「ふんっ! ……うむ、変化したな」
「……」
無理やり魔力を送り込むことでどうにか変化させることは出来たが、抵抗されたせいで実際に送り込んだ魔力量は大き目の麻袋三つから四つ分程度となった。
それは、両親からしっかり魔法の才能を受け継いだ中級貴族や、開拓地など最前線で活躍する魔法使いの冒険者が持つような魔力量だろう。
そんな魔力を持つ人物であれば、国の研究所に所属していたとしても研究員ではなく管理職だろうし、既に他の研究員が試していることを、わざわざ自分でも試してみようと思う物好きはいないのかもしれない。
「? だが、最初に発見したダマスカス鋼の鉱石は、麻袋一つで変化したと言っていなかったか?」
「そうよ。これも今回の研究で初めて知ったんだけど、魔法抵抗って、魔力を無理やり送り込もうとしなければ、あまり効果を発揮しないみたいなのよ。少しは影響を受けるけどね」
「アンタみたいにバカみたいな魔力で無理やり変化させるしか魔法鉱石を生み出す方法が無いなら、魔法鉱石はもっと魔力の濃い場所でしか自然発生しないわ」
「だが、実際はダマスカス鋼もミスリルも、一般人でも見たことがあるくらい出回ってる、ということは……」
「それなりに魔力濃度が高い場所に放置されていると、鉱石は勝手に周囲の魔力を吸い込んで魔法鉱石に変化するんです」
「……なるほど」
無理やり魔力を送り込もうとするのではなく、魔力濃度の高い場所に放置して、自然に変化するのを待つ。
何かの本に、ミスリルは魔力濃度の濃い場所で発見される、というような記述もあった気がするし、その特性であれば国の研究所も気づいているだろう。
今の魔法金属の普及量を考えると、きっと今この世に出回っている魔法金属の何割かは、採掘した鉱石をあえて魔力濃度の高い洞窟などに放置して、自然に変化するのを待つような方法で生み出されているに違いない。
「……ということは、よく見かけるダマスカス鋼やミスリルは、変化するために必要な魔力量が少なく、他の見かけたことのない魔法金属は、変化するために必要な魔力量が多いということか?」
「そういうこと」
「だとすると、よく他の魔法金属も再現できたな……少し魔力濃度が高い場所に放置されていたくらいでは自然発生しないほどの膨大な魔力が必要なのだろう?」
「それはまぁそうなんだけど、ちょっと考えてみなさいよ。変化に必要な魔力が多い鉱石が魔法金属になりにくい理由は、単純に単体の必要量が大きいからだけだと思う?」
「む? どういうことだ?」
「はぁ、アンタ何もわかってないのね。その鉱石が取れる場所はどこよ」
「鉱石が取れる場所? まぁ川や火山地帯の岩を漁っても見つけられるだろうが、人間が意図的に収集するのは鉱山だろう」
「そうそう、で、鉱山にある鉱石は、その必要魔力が多い鉱石だけじゃない」
「なるほど……必要魔力が多い鉱石が変化する前に、必要魔力が少ない鉱石が周囲の魔力を吸い込んでしまうというのが、自然発生しにくい原因になっているのか」
「はい。なので、他に邪魔する鉱石が無い状態で周囲に大量の魔石を置いておくこともできる工房であれば、そこまでハードルは高くないんです」
これは実によくできた仕様だな。
ゲーム的にただの数値として考えれば、低級の金属は発掘量が多く、高級な金属ほど発掘量が少ないというだけだが、その理由を単純な採掘量の話だけでなく、生成理由に至るまできちんと世界観に組み込んでいるとは、このゲーム開発陣のセンスは素晴らしい。
そしてその理由付けのおかげで、こうして生産職が活躍できる場が増えるのだ。
無駄無くゲームの質を上げる。それは世界観を構築するシナリオライターとそれをゲーム内の設定として落とし込むプランナーの息が合っていないと実現できないことだろう。
このゲームの開発陣はかなり良い環境で皆仲良く開発できているに違いない。
自分もそんなゲームに携わるデバッガーとして、手を抜くわけにはいかないな……。
「では、他の魔法金属の元が何の金属なのかと、それぞれの金属がどのような特性を持つのかも詳しく聞かせてもらうとしよう」
そうして自分は、アーリー殿からの報告の続きに耳を傾けた……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,000〉〈木×300〉〈薪×900〉〈布×300〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,650日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×1,690〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×275〉〈獣生肉(上)×275〉
〈抑制の首輪×6〉〈スライム草×2,000〉〈着替え×980〉〈本×90〉〈遺物×10〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈変装道具×8〉〈盗賊道具×1〉
〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈交易品×700〉〈消耗品×200,000〉
〈金貨×328〉〈大銀貨×286〉〈銀貨×65〉〈大銅貨×39〉〈銅貨×2〉




