第二百六十話 恋愛要素で検証 その二
「……で、私に用って、なんですか?」
「単刀直入に言おう。スラミー殿、自分の恋人になって欲しい」
「だから私はシェラミー……って、ぴぃぃぃ!?!? 恋人ー!?!?」
ジェラード王国、王都、王立学校。
恋愛要素の検証を開始した数日後、自分は昼休憩のタイミングで学食に向かおうとしていたシェラミー殿を呼び止め、話があるので一緒に昼食を食べようと誘った。
彼女は王族・貴族学科の一年生で、他のクラスメイトと一緒に食事に向うところのようだったが、自分がそう声をかけるとクラスメイトが気を利かせてくれたようで、シェラミー殿と共に食事をする機会を彼女たちの方から自分に譲ってくれた。
シェラミー殿本人は大変嫌そうな顔をしていたが、自分が王族であり校内でも勇者と呼ばれている有名人だからか、彼女は共にいた友人たちから少々強引に背中を押されるような形になり、こうして昼食に連れ出すことが叶ったのだ。
今まで声をかけた生徒たちの反応からも、自分がこの学校内で有名人枠になっていることは理解していたが、関わったことのない生徒からもこうして自分の地位などを認識されていて、検証のアシストをしてもらえるというのであれば、有名になることもそう悪いことではなさそうだな。
「おっと、大丈夫か?」
そして学食で日替わりランチを注文して、テラスにある二人席に座り、注文の品が運ばれ、食事を開始してすぐ。
その告白はシェラミー殿にとってかなり衝撃的だったらしく、動揺して力が抜けたのか、彼女は手に持っていたロールパンを離してしまう。
自分はとっさにその落ちかけたパンをキャッチして彼女に差し出すが、処理落ちが発生しているのか受け取る様子はなく、目の前で手を振ってみても反応が無かったので、彼女の皿の上にそっと戻した。
「……はっ! 私はいったい何を」
「ふむ、気が付いたか」
フリーズしてしまったシェラミー殿を視界にとらえながらも、自分が先に食事を始めていると、数秒後、彼女はようやく処理落ちから復帰したようで、意識を取り戻し、手に持っていたパンが皿に移動していることに困惑の表情を浮かべる。
この処理落ちが、果たして彼女特有のものなのか、ここまでの検証で攻略対象と思われる人物全員と恋人になったことで何らかの処理が重くなっているのかは分からないが、それは次の対象に告白するときに分かるだろう。
「えっと、聞き間違いかもしれないので、今一度確認させていただきたいのですが……私と……その……こ、恋人になりたいと……そう、お、おっしゃいましたか?」
「あぁ、確かにそう言った」
自分は食事を続けながら、シェラミー殿の質問にハッキリとそう答える。
一方で彼女の方は、その長めのボブ程度に切られた金色の髪の先を指でクルクルといじっており、こちらの様子を澄んだ青い目でチラチラと窺ってはいるものの、まっすぐこちらに視線を合わせようとはしない。
貴族のお嬢様らしく、頭の上にレースリボンの装飾をあしらっており、髪の先を少しカールさせているような髪型なのだが、そのカールは魔道具などではなく自身の指で作ったものなのだろうか?
「あ、あの……私たちは、先日会ったばかりですし、聞くところによると、先輩は隣りの国の王族とのことですが……」
「共に過ごした時間の長さや、所属している国など関係ない」
「そ、それって……その……一目ぼれ、的な……?」
「うん? あぁ、そんなところだ」
一目ぼれ、にあたるかはちょっとよく分からないが、シェラミー殿は魔物を仲間にする検証で真っ先に協力してくれた人物だからな。
あの時から彼女にはデバッガーとしても少々期待しているところがある。
今、過ごした時間の長さや所属している国の違いに目をつけたところも評価が高い。
彼女が指摘した点ももちろん考慮済みで、今回の検証では一緒に過ごした時間がゼロの人物から、一年以上一緒に過ごしている人物まで様々なパターンで検証をするし、この学園での検証が終わったら、またの機会に別の国でも同様の検証をする予定だ。
自分から物理的な距離や精神的な距離が遠いからと言って、同じ条件でばかり検証してもデバッグにはならないだろう。
検証するのであればそういった環境や思想など関係なく、様々なパターンで色々なキャラクターに声をかけるべきだ。
「いや、でも……やっぱり、私も先輩のことがまだあまり分かっていないし……」
「? そんなことは当たり前だろう? だからこれから一緒に色々なことを確かめていくんだ」
「え、あ……た、確かに……。恋人って、そういうものですよね」
「うむ? うむ」
恋人がどういうものなのかは知らないが、検証とはそういうものだろう。
ゲームの正常な設定や挙動が仕様書として用意されていたとしても、実際にプレイして確かめてみないと本当に想定通りに実装されているか分からないし、それを確かめていくのがデバッガーの仕事だ。
「でも、先輩は王族だし、こんな男爵家の末娘じゃなくて、もっと相応しい人が……」
「相応しい相手かどうかなんて関係ない。自分にとって必要だから声をかけたのだ」
「ひ、必要!? って、あの……先輩にとって、私がそんなに必要な存在……っていうことですか……?」
「え? あぁ、その通りだ」
必要な存在というと少々大げさに聞こえるが、実際、あの採取・護衛の授業で同じグループになった他の一年生には、既に全員に断られているからな……。
あのグループの中に攻略可能なキャラクターがいるかどうかの検証結果をきちんと把握するためにも、シェラミー殿が最後の砦で、頼みの綱なのである。
一緒にいた他の一年生の中には何故か、自分の告白を断るどころか、声をかけられた時点で悲鳴を上げながら逃げ去ってしまう人物もいたので、こうして話を聞いてくれた上に、告白してもすぐには断らないシェラミー殿が、希望の星であることには違いない。
「……」
「……」
そして暫しの沈黙が流れる……。
次の検証の予定もあるので、自分はその間も食事を続けているが、彼女の方はこの食事が始まってからまだ何も口にしていない。
フォークを手に持って、離して……パンを手に取って、離して……という行動はしているので、ゲームやキャラクターが完全にフリーズしているような状況ではなさそうだが、思考AIの処理はそれなりに重くなっているのかもしれないな。
「……わ、分かりました」
「ふむ」
ようやく。
自分が食事を終え、追加で注文した食後のコーヒーを飲み始めたタイミングで、彼女に動きがあった。
「わ、私! 先輩とお付き合いします!」
「うむ。そうか。よい返事がもらえて本当に良かった」
この返事をもらえただけでも「合同授業で同じグループになった人物が攻略対象から外れる」という線が消えたのだ。検証に進展があるのは本当に喜ばしいことである。
「あの、では、これから、よろしくお願いします……オース先輩」
「あぁ、よろしく頼む。スラミー殿」
「だからスラミーじゃ……いえ、もうスラミーでもいいです。ぴぃー……」
こうして、スライムの鳴き真似が得意な少女、シェラミー殿は、自分の五十六人目の恋人となった。
ふむ、この調子で一年生の王族・貴族学科の残り全員に声を掛けたら、次は二年生だな。
シェラミー殿と、先ほど一緒にいた友人たちは、他の学科との付き合いがあまり無いのか自分の情報が耳に入っている様子は無さそうだったが、既に一年生の間では自分が色々な人に手当たり次第に告白しているという噂が広まっており、その影響で告白を断られるということもあった。
中には、そのうわさを聞きつけて、一度告白に対してOKの返事をした生徒の中からも、どういうことなのか問い詰めて来たり、そのまま恋人関係を解消しようとする者も出てきているので、二年生の検証をする頃にはさらに検証内容がハードになっていることだろう。
だが……。
「ふむ……なるほど……よし」
自分は必ず、最後までやり遂げてみせる。
「検証再開だ……」
そうして自分は、何やら食欲が無くなってしまったというシェラミー殿の分の昼食もいただくと、少し顔が赤くみえる彼女と別れて、次のターゲットの元へと向かって行った……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,440〉〈木×300〉〈薪×1,240〉〈布×175〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,778日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×1,700〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×311〉〈獣生肉(上)×311〉
〈獣の骨×1400〉〈獣の爪×500〉〈獣の牙×500〉〈羽毛×50〉〈魔石(極小)×100〉
〈生皮×250〉〈革×270〉〈毛皮×90〉〈抑制の首輪×5〉〈スライム草×2,000〉
〈着替え×980〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×1,098〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×8〉〈盗賊道具×1〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈交易品×300〉〈錬金炉×1〉
〈教国軍の消耗品×199,113〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,180〉
〈盗賊団の消耗品×1,000〉〈盗賊団の装備品×100〉〈盗賊団の雑貨×997〉
〈金貨×577〉〈大銀貨×1,948〉〈銀貨×1,831〉〈大銅貨×116〉〈銅貨×60〉