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挿話 王都でのお話 その六

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。

 

 ジェラード王国、王都、王城、執務室。


 優雅さを持ち合わせつつも上品で落ち着いたデザインの執務椅子に座り、執務机の上に置かれた書類を一枚ずつ手にとってはそこに書かれている内容を確認している人物は、このジェラード王国の国王、オーギュスタン・ジェラード。


 今は貴族や民に王として面会する場ではないため頭に王冠などは乗せていないが、それでも彼の容姿や服装からは、王としての威厳がにじみ出ている。


「この冒険者たちには悪いことをしたな……亡くなった者の遺族にはきちんと弔慰金を贈ったか?」


「はい、今回の依頼の成功報酬と共にお贈りしています」


「そうか……まぁどれだけ金銭を受け取ったところで心の傷は癒えぬだろうが……儂らにはその程度しか出来ぬからな」


 肩を落とし、苦々しい表情でそうため息を漏らす王と会話しているのは、執務机の前に立ち、王に向かって少し頭を下げた姿勢を維持しているこの国の宰相、セザール・バシュロ。


 その一寸の隙も無い美しく整った姿勢からは、宰相というよりも執事のような印象を受けるが、彼は一族で代々その役に就いている公爵家の当主で、彼自身も現国王の父が国を治めていた時代から働いていることもあり、治世の知識や経験に関しては国王よりも高い。


「それで、この報告が本当であれば、彼らが見た建造物というのは……」


「人型の魔物か……魔族の根城でしょうな」


 現在彼らが交わしている会話は、王が国家任務としてSランク冒険者パーティーへ依頼した、未開拓地の偵察任務について。


 一年と少し前、空に亀裂が走り、そこから光りの柱が降り注いだ事件に関して、発生が確認された二箇所のうち片方が、まだ開拓されていない遥か北の大地だったということで、腕の立つ冒険者パーティーにその調査を依頼していたのだが、先日、その冒険者がようやく帰ってきたのだ。


 たった数日過ごすだけでも危険な未開拓地を一年以上も探索する必要があったということで、流石にSランク冒険者パーティーでも全員が無事に帰ってくることは叶わなかったようだが、それは本人たちも承知した上でこの依頼を受けている。


 彼ら本人や遺族は今回の報酬として働かなくとも一生を過ごせる程度の金銭や相応の身分が与えられているが、友や家族を失った悲しみだけはどうにもならないだろう。


「……やはり魔族の可能性もあると思うか?」


「ええ、その可能性は捨てきれません。冒険者が目撃したという彼らの魔法……まるで魔力の底が無いように広範囲への攻撃魔法を連発し……しかも見たことの無い形の魔法陣を展開していたという点が怪しく思えます」


 彼らの報告内容の中で最も目立った情報は、魔族の発見。


 航海時代以前、人族が瘴気によって変貌したことで生まれたその種族は、それまで国家間で戦争をしていた人類が休戦して共通の敵として手を取り合うほど強大な力を持っており、その性格も魔物と同様に狂暴で、他者を傷つけることに対して何とも思わないと言われている。


 人族と魔族の争いを憂いた女神が、流す涙で大地全てを海に沈ませようとした際、人族はそれまで戦争のために用いていた道具と技術の全て使って、海上で数百年は生活し続けられる箱舟を作ったことで、今の大陸にこうして彼らの子孫が生きられたのだ。


 その先祖がやっとの思いで命を繋いでくれたこの大地に、神話時代の悪夢も生き残り潜んでいたという情報は、国王にとって、いや、人類にとって決して無視することは出来ないものだろう。


「だが、その者の身体には、聖獣に似た痣のようなものもあったと書かれている」


「その点も気になるところですが、そもそもその身に不可思議な模様があり不思議な魔法を使って自然を守る生き物を聖獣と呼び出したのも、我々人間ですから」


「まぁ、それもそうだな」


 そんな魔族発見の報告の中には、彼らの肌に聖獣と同じような魔法陣が浮き出ていたという情報が含まれていたようだ。


 聖獣……この世界に存在する、普通の動物や、魔物とは区別されている特殊な生き物。


 その生態は普通の動物と殆ど変わらず、自己防衛や必要な餌の確保、縄張りの主張以外で他者を攻撃しようとしないのだが、敵対されると、彼らは魔法行使の気配なく強大な魔法を放ってくるという。


 一つの大きな山、あるいは広い森の中に一体だけ生息するといった、大変珍しい生き物であり、攻撃性がそれほど高いわけではなく、あちらこちらを旅する冒険者でもめったに見られないということで、幸運の象徴や、自然の守護者と親しまれ、いつしか聖獣と呼ばれるようになっていった。


 聖獣を見分ける大きな特徴として、その肌や体毛の色が、魔法陣のような模様になっているという点があるのだが、今回の偵察任務に就いた冒険者の報告書には、聖獣と同じような模様のある人型の生き物を目撃したという報告が書かれているらしい。


「その模様が魔族の特徴だとすれば、聖獣は彼ら側の存在ということになるだろうか?」


「その可能性もありますな。何らかの方法で動物を自分たちの駒に変えて、スパイとして各地に放っているのやもしれません」


「うーむ……それがもし真実であるならば、民にも聖獣を警戒するように呼びかけたいところではあるが……」


「確証が持てるまでは止めておいた方がいいでしょう。現状、民から幸運の象徴や自然の守護者として慕われている存在ですから、間違っていた場合、国家のイメージ低下に繋がる可能性がございます。それに、いくら親しまれていても敵対すれば危険な存在であることは変わりないという点で、無暗に近づこうとする輩もおりませんし」


「確かにな……。では聖獣の件は様子を見るとして、今はそれよりも優先しなくてはならない問題について考えるとしよう」


「国家レベルの人型魔物、あるいは魔族の集落が発見された、という件ですね」


 人類が箱舟での航海時代を終え、この大陸での新時代が始まって以降、今の今まで、魔族の存在は確認されていなかった。


 この大陸を生きている人類の共通認識として、魔族は全ての大地が海に沈んだと同時に、海の底に滅んだと思われていたのだ。


 それが、実は今の時代にも生き残っていて、それどころか、国家レベルの集落を築いているというのは、いったいどんな悪夢だろうか……。


 人型の魔物が人間のようにある程度の文明を築き、集落を形成することがあるのは確認されているが、その規模も少し大きめな村程度が精々だった。


 それが、今回の偵察任務の報告によれば、人間側と同じような開拓拠点が発見され、付近の高い山へ登って望遠鏡で確認したところ、奥の方には城塞都市のような立派な建造物まで見えたと報告されたのだ。国王や宰相が頭を悩ませるのも無理はないだろう。


「今のところ彼らの生活圏とはかなりの距離が離れているものの、このまま開拓を進めていけば必ず遭遇することになる……」


「それに、あちら側も今回の我々のように偵察を送り込んでくる可能性もありますな」


「……今はまだ送られていないと見てよいと思うか?」


「わかりません。ただ、報告にあるような全身に痣がある人間が目撃されれば、その噂くらいは流れてくるはずです」


 今のところ、開拓地の冒険者や騎士からそういった人物を目撃したという報告も特に上がっていなければ、民の間でそういった噂もたっていない。


 もちろん、今回の冒険者がそうしたように、高い山などからこちらに気づかれずに偵察されている可能性はあるが、少なくとも直接目撃される範囲にまで近づかれてはいないのは間違いないだろう。


「それと、儂としては、もう一方の光りの柱も気になるところだな……北の大地に降り注いだ光の柱が魔族に関わるものなら、ジェラード大草原に降り注いだ光りの柱も魔族に関わるものなのではないか?」


「私も気になるところではございますが、やはり痣のある人間が目撃されたという噂はありませんし、仮定魔族と直接は関係のないものなのでしょう。ジェラード大森林が近いので、聖獣が生まれた、もしくは送り込まれたという可能性は高いですが」


「なるほど……であれば、地下遺跡の出口もジェラード大森林に繋がっているようであるし、一度調査団を送ってその付近を調べさせるか? ついでにその崩れた出口を掘り起こして周辺を整備する必要もあるだろう」


「いえ。止めておきましょう。彼の地は凶悪な魔物の巣窟です。そこを整備するためには、整備が行われている間も終わった後もSランク冒険者級の守衛が必要になりますから……そこまでしてあの出口を維持する必要があるとは言えませんし、むしろ……」


「あぁ、そうであったな。だから、あの出口は崩れたままの方が都合が良いのであった」


「はい」


 ジェラード王国の地下遺跡。

 ゴブリンが住処にしていた洞窟の奥で発見され、王立学校の生徒も課外授業として調査に参加していたその遺跡は、とある生徒が二つある出口の内の片方を崩して以降、そのままの状態にされていた。


 正確にはその生徒が崩したわけではなく、彼を含む何人かの生徒たちが遺跡を出る際、出口を守っていたゴーレムとの戦闘になり、そのゴーレムによる攻撃ダメージが蓄積することによって崩れたのだが、原因を作ったのが彼であることに代わりないので、彼が崩したことになっている。


「そういえば、あの者がこの国で最初に発見されたのは、ジェラード大草原に隣接するウェッバー村ではなかったか……?」


「……そうですね」


「時期的にも、光りの柱が降り注いだすぐ後では無かっただろうか……」


「……ヴェルンヘル様の報告によれば、そうだったかと思います」


「あの者が、何と呼ばれてソメール教国に旅立ったか覚えているか……?」


「勇者、ですね」


「そして、あの者が今、ソメール教国で今度は何と呼ばれているか知っているか……?」


「魔王……ですね……」


「確か伝承によると、魔王というのは……」


「魔族や魔物を率いて、人類に脅威を及ぼす存在……と」


「……」


「……」


「……まさかな」


「……ええ、考えすぎでしょう。」


「そうだな。ハハハ、衝撃的な報告を受けて、少々精神が疲れているのかもしれん」


「そうですね。少し休憩しましょう……。使用人にお茶を運ばせます」


「いや、ここでは気が休まらん。食堂に行くとしよう。何か軽く甘いものも作るよう頼んでくれ」


「かしこまりました」


 そうしてジェラード王国の国王は、冒険者からの報告書類を執務机の隅に置くと、席を立ち、凝り固まった肩をほぐす。


 この話の続きは、食堂で小休憩をはさんでから行うようだ。


 ある程度体をほぐした国王はドアに近づくと、使用人が広げて立っていてくれている上着に袖を通してから、目前の問題から目を背けるように、執務室を出て行った……。


「そういえば、最近、巷では炭酸飲料というものが流行り出したそうで、ヴェルンヘル様も気に入っておられるとか。お茶ではなくそちらを試してみますか?」


「ほう、それは気になるな。民の流行を把握するのも王の務め。試してみるとしよう」


 二人が頭の隅に追いやろうとしている噂をしている人物が、意外と身近にいることも知らないまま……。


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