挿話 ウィルの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
わいは盗賊ギルドの情報部所属、ウィルや。
ジェラード王国の王立学校で表向きは冒険者学科の一生徒として生活しとるんやけど、実際はこん国で情報を盗んでは欲しい奴に売りさばくっちゅう仕事をしとる。
わいが成人になる少し前、低ランク冒険者やっとった両親が難病で倒れて、薬も買えんとそのまま息を引き取ったのを見たもんで、冒険者より楽で金の稼げる仕事に就きたい思て盗賊ギルドに入ったんやけど、人生っちゅうんはそない甘ないなぁ。
冒険者ほど戦闘には駆り出されんと思てたその仕事は、状況次第では低ランクの冒険者よりキッツイ戦いになることもある。
警備を迂回するために魔物のいる森を駆け抜けたり、警備に見つかって衛兵から逃げ回ったりはもちろん、手に入れるよう依頼された物がもうハグレの盗賊に盗られとって、そいつらと戦いになったりしてな。
特に、獣や魔物よりも人間を相手にすることが多いっちゅう点が、冒険者よりも厄介や……。
攻撃が直感的で単調なことが多い獣や魔物と違て、人間の場合は知性がある。
色んな武器や道具をうまく使てきたり、仲間とうまい連携を見せて来たり、罠を張ってそこに誘いこんできたりと、とにかく一筋縄ではいけへんのや。
まぁ、わいらが相手にすることになるんは、基本的に戦いの経験をちゃんと積んどるやつらが多いっちゅうのも、その辺の低ランクの獣や魔物を倒すより大変になる理由のひとつかも知れんけどな。
まぁ、そないなわけで、手ごわい相手と戦う機会が多い仕事でヘマやらかさんよう、仮の身分を作るために潜入したこん学校でも、せっかくやから戦闘能力を少しでも伸ばそう思て、この授業に参加したわけやけど……。
「はぁ……あんさんがソメール教国で魔王呼ばれとる理由が分かった気いするわ……」
その授業で同じグループになった誰かさんのせいで、実戦以上の危機にさらされることになるなんて聞いてへんて……。
ジェラード王国、竜の休息地。
そもそも、ただの学生であるわいらが、生徒たちだけでこないな場所におること自体がおかしいんやけど、そこで見せられたオースはんの行動は場所とか関係なくほんまに無茶苦茶やった。
危険な場所って聞いとる場所の、何がどれほど危険なのかを身をもって知るために、魔法でそこに生息しとる危険な獣や魔物を誘き出す……?
その誘き出した大量の獣や魔物の集団を、ただの木の剣から放った魔力波の一撃で全部まとめて倒して見せて、それが危険に対する簡単で単純な対処法やて……?
……何言うとんねん。
「うーむ、最後に箱舟で聞いた状況的には、自分が魔王だという教皇殿の誤解は解けていたと思うのだが……ソメール教国内ではまだその誤解が解けていないのだろうか?」
「いんや、それどころか、むしろ教皇様が終戦を発表した後の方が、あんさんを魔王呼ぶ声が増えた上に広まっとったみたいやで。何か心当たりはないんかいな?」
「ふむ……? いや、全くないな」
「ホンマかいな……」
まぁ、今さっきもそうやったように、自覚無しでエライことをしでかすんがオースはんやからな……ソメール教国でも行く先々で何かやらかしてたんやろ。
「うっ……」
―― バタッ ――
「なんや!?」
学校一、いや、世界一の問題児はんとそないなことを話しとると、急に後ろからうめき声が聞こえて、振り返ると一緒に来とったグループの何人かがその場に倒れとった。
倒れはったんは基本的に採取の授業として同行した一年生やけど、そん中でも装備的に魔法使いっぽい子らは無事みたいや。
「どないしたんや!? 敵襲か!?」
「うぅ……いえ……なんだか……急に体調が悪くなって……」
わいがそのうちの一人に駆け寄って声かけると、確かにその子の顔色は、血の気が引いたように青白うて、目も少し虚ろやった。
貧血やろか……? とりあえず命に別状は無さそうやけど、こないな時はあまり動かさん方がええんやったっけ……?
「いったい何や……うっ……」
状況が掴めんと困惑しとると、わい自身も急に頭がクラっとしよった。
―― ドサッ ――
倒れんと踏ん張ろうとしても、その場に膝をつくだけに留めるのが精一杯やってん。
周りを見ると、わいと同じように、さっきは平気やった二年生とか魔法使いの子らも倒れとって、平然と立っとるんは顎に手え当てて首を傾げとるオースはんただ一人だけ。
「これは……魔力回復を待たずに魔法を連発しすぎて、体中の魔力を使い切った時のような気持ち悪さでしょうか……」
「わいの場合は魔法なんて使わんからその例えは分からんけど……なんとなく己の実力に見合わんポーションを飲んだ時の気持ち悪さに似とるかもしれんな……」
人によって思いつく例えは違てるみたいやけど、きっと感覚的には似たようなもんなんやろ……。
暑い日に水分補給をせんと運動を続けて倒れた時にも似た、少し寒いような熱いようなよくわからん感覚と一緒に、頭がチカチカクラクラして、ギリギリ我慢できひんほどでもない程度の吐き気もある体調不良……。
「オースはん、わいらに何かしよったんか?」
「うーむ、いや、直接何かをしたわけではないが、間接的には自分のせいかもしれないな……」
「どういうことや……?」
「そうだな……それが原因なのかどうかは確証がないのだが、先ほど大量の魔物を倒した影響か、皆のレベルがかなり上がっている」
「レベル……?」
「まぁ、そこは気にしないでいい。状態としては、ウィル殿たちが体内に貯えられる魔力量の限界がかなり上がっているのだ」
「魔力量の限界……」
なるほどな、そう言われてみれば、己の実力に見合わん強すぎるポーションを服用した時も、魔法使いが魔力を使い切った時も、自分の体内に貯めとける魔力の量に対して、実際に貯まっとる魔力の量が極端に少ない状況やな……。
せやけど、一体何でそんな急に体内に貯えられる魔力量の限界が上がったんや……?
「ふむ……これは詳しい検証が必要そうだな。どちらにしても皆すぐに動けそうにないようであるし、今日はここをキャンプ地として休むとしよう」
「そんな……ここで……竜の休息地でか……?」
「大丈夫だ。テントの設営なら自分が受け持つので安心して欲しい」
「いや……問題はそこや……ない……」
―― バタンッ ――
そこで、わいの意識は途切れよった。
一緒に来とった他の一年生や二年生もきっと同じやろ。
もう何が何だかわからん……。
わいはただ、冒険者より楽で稼げる人生を送りたかっただけやのになぁ……。