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第二百五十二話 護衛の授業で検証 その二

 

 ジェラード王国、王立学校、春。


 進級して暫くの間、戦闘訓練の授業で仲間と連携して戦う方法を学び、個々の戦闘能力だけでなく、集団としての戦闘力を向上させた自分たち二年生は、その時の授業とはまた異なる組み合わせのグループに分かれて、採取の授業を行う一年生の護衛を行うという授業内容へと移った。


 可能な限り実戦に近い環境で学ばせるためか、先生方の付き添いが無い状態で、実際に一年生が冒険者ギルドで受注した採取クエストの護衛する形となっており、親切な道案内も無ければ護衛や採取のコツを教えてくれる人もいない。


「あの……あの時、私たちを追っていた人たちって、本当に追い返してしまってよかった人なのでしょうか?」


 ただ、流石に授業とするからには生徒たちを完全に放置するわけにはいかなかったようで、いざという時に生徒に手を貸す助っ人として学校側が用意したのであろう護衛が、各グループを尾行していたのだが……。


 自分はその追跡者に気づいてすぐ、爆発の魔法を連打して追い返した。


「うむ、あれがあの状況で一番、適切な対処だっただろう」


 ―― バシンッ ――


「適切なわけあるかいっ」


 だが、同じ二年生組の仲間であるウィル殿としては、彼らは追い返さなくていい人物だったらしく、自分に対してそんな声をかけながら手の甲で攻撃を繰り出してきた。


 うーむ、彼らが仮に自分たちの安全を確保する護衛役、もしくは自分たちを評価する審査員のような立ち位置の人物だったとしても、そんな人物が生徒から攻撃を受けたくらいで逃げ帰るのかどうかという検証になると思うのだが、何か間違っていただろうか?


「あ、あと……一年生たちの採取地、本当にここであっていますか?」


 先ほど自分に追従者に関する質問を投げかけてきた女子生徒も、今こうして自分たちがいる場所に関する質問を投げかけてきた女子生徒も、ウィル殿と同じく二年生組の仲間だ。


 自分と同じグループの二年生組は、自分とウィル殿が男子生徒、他四人が女子生徒という男女比率になっているのだが、質問を投げかけてきた二人も含め、女性陣は誰もがあたりをキョロキョロと見まわしており、少々挙動不審な様子である。


 ここは、何の変哲もない、少し小高い丘になった、どこまでも続く広い大草原。

 今目の前に見えているのは、その草原に隣接した、人の手が殆ど加わっていない大きな森。


 自分と、自分の冒険者パーティーメンバーが、戦闘訓練から素材の採取まで、幅広い用途で頻繁に訪れる場所……。


 ……ジェラード大草原。通称、竜の休息地である。


「うむ、森の採取物を求めるならば、この場所が最も適切だろう」


 ―― バシンッ ――


「せやから適切なわけあるかーいっ!」


 そして自分は、ウィル殿から二度目の攻撃を繰り出されることになった……。


 挙動不審な様子で質問されるまでもなく、素材採取が目的であるならば、競争率の高い他の場所よりも、危険地帯として有名なせいで人があまり訪れないこの場所の方が適切だと思うのだが、いったい何が間違っているというのだろうか。


「まったく、ウィル殿は文句を言ってばかりだな」


「いやいや、生徒だけでこないな危険な場所に来るのはおかしいし、そもそも授業が始まる前に二年生は一年生の採取に口を出すなって言われたやろ?」


「だからこそ口を出したのだろう?」


「あかん……この人とまともに会話できる気がせぇへんわ……」


 会話ならできていると思うのだが、ウィル殿は何故か頭を抱えている。


 提示されたルールに対して違反できないかどうか、違反するとどんなデメリットが発生するのかを確認するのはデバッガーとして当然のこと。


 先生方から一年生の採取に口を出すなと言われたならば、採取地から採取方法まで細かく口をはさんでみるのは、何もおかしいところはないだろう?


 頭を抱えるウィル殿や、周りをキョロキョロと見まわしながら身を寄せ合いガタガタと身体を震えさせているその他のメンバーを横目に、自分は一人、テントの設営を始める。


「ねぇウィル、ぼくはあまりこっちの方には来なかったから噂程度にしか知らないんだけど、竜の休息地ってそんなに危ない場所なの?」


 採取組である一年生も殆どが二年生と同じように震えている中、そうしてウィル殿に声をかけたのは、進級する直前まで盗賊ギルドで行動を共にしていたリヤ殿。


 彼女を含む一年生組の数名は、他の生徒のようにこの場所を過度に怖がっている様子はないが、このままこの場所に拠点を構えて大丈夫なのかの判断も出来ていないようで、どうしたらいいのかわからずオロオロしている様子。


「確かに、出身地がこのあたりやないワイらにとっては、竜の休息地はあまり馴染みが無いかもしれんなぁ」


「うん、竜が来る場所って聞いてるけど、パッと見たかんじ、別に荒れてる様子もないしね」


「わいもこの場所にはそこまで詳しゅう無いけど、目の前の森が竜の餌場って言われとるさかい、竜はんも自然を荒らして餌がなくなったりしたら困るんやろ」


「へぇー」


「実際、戦争がどうのってゴタゴタしてた時もここに竜が降りてきて、一週間くらい居座っとったらしいで。ジェラード王国がグラヴィーナ帝国と違てソメール教国にすぐ戦争を仕掛けなかったんは、竜の被害に警戒して騎士を自国に待機させておく必要があったっちゅう話や」


「相変わらず妙なことまで詳しいねー」


 ふむ、自分がソメール教国に行っている間にも竜が来ていたのか。


 有名な存在ということもあり、検証のためにも是非一度遭遇してみたいのだが、運がいいのか悪いのか、ここで竜に遭遇する機会を常々逃しているようだな……。


「それに、危険なのは竜だけや無い。この森に住んどる魔物はヤバいやつだらけで、数も相当多いっちゅう話や。そんで、竜はんが食事に来ると、その一部が森から逃げ出して周りの街に被害が出る。まぁ、一般人にとっちゃそっちの方が身近な脅威やろな」


「あ、聞いたことある。スタンピードって言うんだっけ? なるほど、だから近くに住んでいる人たちは、こうやって怯えてるんだ」


 スタンピード。

 獣や魔物の集団が、何らかの影響で突然どこかへ向かって一斉に走り出す現象だ。


 何の備えもなくそんな集団が押し寄せてくれば、街や村が受ける被害は計り知れないだろうが……確か、自分がこの世界で最初に訪れたウェッバー村の住人が竜の姿を確認したらすぐに周囲の街へ知らせる役目を負っていて、その知らせを受けた騎士や冒険者がすぐに周囲の街や村の防衛にあたるという仕組みがあったはずである。


 なので、実際のところは、この周囲に住んでいる人たちも取り返しのつかないほど大きな被害が出ることは防げていると聞く。


 しかし、大きな獣や魔物が集団で向かってくる様子は、それだけで視覚的にかなり恐ろしい光景であるはずだ。


 小さいころにそんな光景を目の当たりにして、それが竜の休息地に訪れる竜のせいだと教われば、このあたりに住む者たち共通のトラウマとして、深く根付いてしまうのも分からなくはない。


 だが……。


「それは過去に見た光景や伝聞からここが怖いものだと認識しているだけで、実際にこの場所に訪れてその怖さを確かめたというわけではないのだろう?」


「え? いやまぁ、そらそうやろうけど……」


 ここが戦闘力が低い人物にとって危険な場所であることに間違いはない。


 変な好奇心を持たせて余計な被害を出すよりも、あえて事実よりも大げさに怖がらせて人を寄り付かせないようにした方が良いという場合も多いだろう。


 しかし、遠目で見た情報や、人から聞いた情報を元にした危機感と、実際にその目で、その身で確かめた危機感とでは、得られる知識量や経験が大きく異なる。


 ここは不具合が発生しやすいから気を付けて検証するようにと言われただけのデバッガーが、実際にそこで不具合を確認したことがあるデバッガーほどの注意力が無いように、伝聞と経験では実力に大きな違いが出るのだ。


 今ここで震えている者たちも同じである。


 竜が出る、手ごわい魔物が出ると教えられ、その光景の一部を見たことがあるだけで、この場所に近づかなければならない状況に陥った際の細かい注意点や対処法を教えられたわけではない。


 農民や商人など、戦う道を選ばない者たちであればそれでも問題ないかもしれないが、ここにいるのは、戦闘訓練の授業を選択し、そういったいざという時のために戦える力を身につけようとしている者たちである。


 だったら、今ここで、この場所の正しい脅威と、正しい対処法を学んでおいた方がいいと思うのだが……。


「……皆はどう思う?」


「……」


 自分はそうして、目の前で震えて縮こまっている者たちに自分の考えを伝えてみたのだが、そんな声をかけられた彼らが頷くことは無く、しかしきっぱりと否定することも出来ないようで、優れない顔色のままこちらから視線を逸らすだけだった……。


 その道理や理屈に頷ける部分があったとしても、幼いころから培われたトラウマの影響もあって、心境的には簡単に頷くことが出来ないのだろう。


「ふむ、仕方ないな……」


 自分はなかなかここでの活動に同意してくれない彼らの様子を確認すると、ひとつため息をついてから、右手を持ち上げ、その手のひらを森の方へと向けた。


「……?」


 そして、そんな様子に首を傾げる彼らの向こう側にある森を見定めたまま、魔法陣を展開させる……。


「【空気の大槌(エア・ハンマー)】」


 ―― ズドォーン ――


 そう唱えると同時に、森の奥から聞こえてきた爆音……。


 それは、高層マンション二十階分ほどの質量が十階分程度まで圧縮された空気が、地上に落されると同時に開放され、解き放たれた空気圧が爆風となって着弾地点の地面や森の木々を揺らす音……。


 そんな音が聞こえてから一拍遅れ、爆心地から少し距離が離れているこのあたりまで強い風が届けられたことからも、その魔法の威力がどれほどだったか推測できるだろう。


「ちょっ、オースはん!? あんさん何して……」


「さて、狼狽えている時間はないぞ。皆、ここを生き残りたければ、立ち上がり、武器を構えるのだ」


「生き残りたければって……」


 ―― ドドドドドドド ――


 自分が周囲にそんな声をかけながら、祖父上譲りの木刀を亜空間倉庫から取り出すと、森の奥から何やら騒がしい地響きの音が聞こえ始め、それは秒針が進むたびに徐々に大きくなっていき……。


「GGYAAAAAA!!!」


「ひぃっ!?」


 震える生徒たちが、その視界に、いつか見たトラウマと同じ光景を映したあたりで、その地鳴りが大量の獣や魔物の足音であったと認識されることとなった……。


 ガタガタと震えていた者の中には、自分の助言を聞いても立ち上がれずにいる者もいたが、残念ながら魔物たちはそんな彼らが立ち上がるのを待ってはくれない。


 自分が先ほど森に放った魔法は、竜が餌を求めて森に立ち入った時ほどの脅威ではないだろうが、だからと言って森の住人が脅威を感じると森を出ようとするという習性は変わらないのだ。


 森の中でも比較的浅い場所に落としたので、そこまで手ごわい魔物は釣れていないが、数が数だけに、その脅威は、小さな村が一つ廃村になる程度の規模にはなっている。


 武器も構えずに縮こまっていたら、その身の安全は保障できないだろう……。


「うーむ……仕方ないな」


 だが、皆のこの反応は予想の範疇だ。


 この検証を始めた自分は当然、皆が動けなかった場合の対処法も考えてある。


「皆、聞いて欲しい。どんな小さなことも、適切な対処法を知らなければ大きな脅威になりえるのだ。そして逆に、どんなに危険に見えることも、適切な対処法さえ知っていれば、その被害を回避、あるいは必要最小限に抑えることが可能である」


「オースはん! ごたくはええ! そんでわいらは、どんな適切な対処をすれば、このイカれた状況を乗り切れんねん!」


「うむ、そうだな……では一つ、もっとも単純で、簡単な方法を伝授しよう……」


 自分は魔物たちの足音に呼応するかのようにガタガタと震える皆の横を通り過ぎて、森に一番近い位置に陣取った……。


 そして、居合の型で木刀を構えると、腰を落とし……。


「それは……どんな状況にも対応できる、強い力を身に着けることだ」


 少し視線を後ろに向け、皆にそう伝えた後……正面を向き、木刀を大きく抜き放った。


「【魔力波】」


 瞬間……。


 目に映らないほど薄い魔力の波が、目の前の魔物の群れを超え、森の奥まで駆け抜け……。


 ……森に静寂が訪れた。


 まるで時が止まったかのように、今にも森から出てこようとして来ていた魔物たちは動きを止め、木々の揺れる音すらも止まったかのように感じた……。


 そして……。


 ―― ドサドサドサッ ――


 数舜後。その魔物たちと、森の木々が一斉に倒れる。


 鋭利な刃物で切断されたような木々が倒れた範囲は、ちょうど圧縮された空気が落とされた地点まで続き、この森のかなりの範囲の見通しが良くなっている。


「どうであろうか? これが様々脅威に対して、最も単純で、最も適切な対処法だと思うのだが?」


「……」


「……」


 そんな自分の声にすぐに答えてくれる者は居ないようだが、魔物の足音が止むと同時に、今までこの場所を過度に怖がっていた者たちの身体の震えも止まっている。


 ……うむ、どうやら皆が恐れるような脅威でも、適切に対処すれば怖くないということが分かってもらえたようだな。


「せ……」


「せ……?」


「せやから! これが適切な対処なわけあるかーいっ!!」


 ―― バシーンッ ――


 そして草原に再び、ウィル殿の大声と手の甲による攻撃音が響き渡った……。


▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。

【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。

【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。


▼称号一覧

【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。


▼アイテム一覧

〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,450〉〈木×18〉〈薪×1,340〉〈布×190〉

〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,840日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×1,700〉

〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×388〉〈獣生肉(上)×388〉

〈獣の骨×700〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×240〉〈羽毛×30〉〈魔石(極小)×66〉

〈革×270〉〈毛皮×90〉〈スライム草×90〉〈抑制の首輪×5〉

〈着替え×980〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×1,098〉

〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×8〉〈盗賊道具×1〉

〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉

〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉

〈音信のイヤリング×1〉〈交易品×300〉〈錬金炉×1〉

〈教国軍の消耗品×199,200〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,180〉

〈盗賊団の消耗品×1,000〉〈盗賊団の装備品×100〉〈盗賊団の雑貨×997〉

〈金貨×517〉〈大銀貨×1,948〉〈銀貨×1,831〉〈大銅貨×116〉〈銅貨×60〉


▼ 商業ギルドからの借金

オース名義:金貨2枚

グリィ名義:金貨2枚


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― 新着の感想 ―
竜の休息地に来ると、帰ってきたなぁという気持ちになります。一番オースのホームっぽいです(笑)
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