第二百四十話 盗賊ギルドの大イベントで検証
「いいか野郎ども! 今回こそ奴らを根こそぎ狩りつくすぞ!!」
「「うぉぉおおおお!!!」」
盗賊ギルドのボスから呼び出しを受けてから二か月の時が経とうとしていたある日。
もう何枚目か分からない失敗印の押された依頼書を持って盗賊ギルドの本拠地へと帰ってきた自分とリヤ殿は、ギルドのホールにて、これまで見たことのないほどの熱気に包まれている集会の現場に遭遇した。
普段は割と閑散としているホールが人で埋め尽くされており、自分が盗賊ギルドに加入した時よりも盛り上がっているその場所は、それなりに静かだった地上から帰ってきた自分たちが少し気圧されてしまうほどの迫力である。
ちなみに、冒険者ギルドや各国で行われていた自分の捜索活動に関しては、方々に手紙を送ったことで今のところは落ち着いている。
「一体何が始まるのだ?」
「ん? あぁ、オラスさんの所の新人か。これは一年に一回くらいあるハグレ盗賊団との抗争だよ」
「ハグレ盗賊団との抗争?」
「あぁ、詳しくはリヤ嬢ちゃんも知ってるし、何か仕事があるならオラスさんから割り当てられるだろうから、そっちで聞きな」
「なるほど……承知した」
まだ何が何だか分からないが、雰囲気から察して、これは盗賊ギルドのストーリー進行中に発生する大きなイベントか何かなのだろう。
時間経過で発生するのか、仕事をこなした回数で発生するのかは分からないが、今回の仕事は失敗しているので、成功回数で発生するイベントでないことは確かだ。
とりあえず、詳しいイベントの内容を確認しないことには、どんな検証が必要かも洗い出せないなのだが……。
「……」
「リヤ殿? どうかしたのか?」
詳しい話を聞こうと振り返った先にいたリヤ殿は、ホールの中央に積み上げられた木箱の上からメンバーたちに声をかけているジャン殿の方をじっと見つめて、何やら複雑な表情で佇んでいた。
「別に、何でもない……。それより、さっさと仕事の報告に行こ」
「ふむ?」
突然発生したこのイベントの状況も、難しそうな表情を携えたリヤ殿の考えていることもよく分からなかったが、イベントの詳細はきっとストーリーの誘導に従っている中で説明してもらえるだろう。
自分は有無を言わさずこちらの手を引くリヤ殿に連れられるまま、オラス殿がいるであろう情報を盗む仕事の作戦会議部屋へと向かった……。
―― バタンッ ――
「オラス! 今回のぼくの担当は!?」
そして数秒後。
リヤ殿は、作戦会議部屋の扉を勢いよく開けるなり、いつも通りそこで煙草を咥えて書類をめくっていたオラス殿に声を張り上げた。
「今回も待機だ、リヤ。そしてお前もな、新人」
部屋に近づいてくる足音で、自分たちが来たのを察していたのだろうか。
オラス殿はリヤ殿の襲来に慌てた様子もなく、依頼書を捲りながら、こちらをチラリとも見ようとせずにそう答える。
「なんでだよ! 毎回毎回待機って、ぼくはもう成人だし、仕事もたくさんこなしてるだろ?」
「オレに言うなよ……これはボスの指示だ」
結局イベント内容はまだ分からないままなのだが、二人のやり取りを見る限り、一年に一回のペースで行われるこの大きなイベントに、リヤ殿はまだ一度も参加できていないということだろうか?
前に彼女が、盗賊ギルドの仕事も冒険者と同じように上級や下級にランク分けされていて、一定の成果を上げないと上級の仕事をさせてもらえないと言っていたが、このイベントがその上級にあたる仕事なのかもしれないな。
せっかくならば自分も等級の違う仕事を検証してみたいのだが、各仕事の作戦会議部屋ではなくボスの執務室で渡されるという、分野を跨いだ大きな仕事とやらも回ってきていないので、上級の仕事を受注する条件はまだ満たしていないのだろう。
もしかすると、過去にリヤ殿が言っていたように、自分が収納魔法が使えると明かせば、その条件が解除されるのかもしれないが……。
「……」
それを察したのか、リヤ殿がこちらを無言の圧力で睨んできていた。
あの時、彼女が上級の仕事を振られるようになるまでは、自分だけ抜け駆けしないで欲しいと言われ、約束したからな。ここは黙っておくことにしよう。
「まぁ、自分は仕事を割り振られないのであれば、それはそれでいいのだが……将来的に検証するかもしれないそのイベントの詳細について、事前に説明してもらうくらいは、頼めないだろうか?」
「あー……まぁ、そうだな。一応、状況だけ説明しておくか」
「よろしく頼む」
そうして説明してもらったオラス殿の話をまとめると、このイベントは、とある凶悪ハグレ盗賊団を壊滅させる。という内容になっているらしい。
ハグレ盗賊というのは、基本的に小さな集まりしか形成せず、それほど危険では無い森や洞窟を拠点に活動していて、街道を通る行商人や付近の村から金品を奪って生活しているそうなのだが、ひとチームだけ、ハグレ盗賊の中でもかなり大きな集団を形成しているグループがあるとのこと。
「レイザー盗賊団……」
オラス殿の説明の途中でリヤ殿が呟いたその盗賊団は、名前の通りレイザーという盗賊が頭を張る悪名高い盗賊団で、盗賊ギルドの信念を無視した、人の命を奪うことも厭わない非常に危険な集団となっているらしい。
レイザーというその盗賊団の頭領は、元々は盗賊ギルドに加入していたのだが、ギルド内で問題を起こしたことで盗賊ギルドを追い出され、ハグレ盗賊となったようだ。
「そいつらが普通のハグレ盗賊なら、別にオレたちがどうこうする相手じゃないんだが、奴らは盗賊ギルドが引き受けた仕事を邪魔してきたり、あいつらが起こした犯罪を盗賊ギルドになすりつけたりするからな……今回みたいに居場所を突き止めては、徒党を組んで壊滅に乗り出すのさ」
盗賊ギルドを追い出されたレイザーという男は、追い出されたことがよほど気に入らなかったのか、同じようにギルドを追い出された血の気の多いハグレ盗賊を集めて、ギルドに嫌がらせをする集団を形成した。
他の小さなハグレ盗賊集団は、傭兵出身だったり、農民出身だったりと、盗賊ギルド出身ではない者が多く、盗賊の知識や技術を持っていない人物ばかりなのだが、レイザー盗賊団はその殆どが元盗賊ギルドメンバーなので、盗賊ギルド内で教え受けた知識や技術を持っている者が大半を占める。
なのでレイザー盗賊団は、他の小さな盗賊団とは違い、行商人や村人を襲うだけじゃなく、大商人や貴族の家に忍び込んで金品を奪うような仕事もやっているそうだ。
盗賊ギルドとの違いは、被害にあった場所で、血が流れるか、流れないか……。
人数規模としては盗賊ギルドの方が大きいが、盗賊ギルドがどれだけ金を積まれても引き受けない類の仕事を引き受けて、被害者の命ごと全財産を奪うような真似を平気でするので、組織が保有している資金力でいうと同等レベル。
その上、その被害を盗賊ギルドになすりつけてきて、実際にそれを信じた騎士が盗賊ギルドメンバーを拘束した過去もあるので、盗賊ギルドとしては黙って放置してはいられない。ということらしい。
「ふむ……そんな危険な集団が相手だから、安全のために新人を行かせない。というわけか」
「そういうことだ」
なるほど、話を聞く限り、これは確かに危険なイベントだろう。
同じように人を襲う危険な存在として、獣や魔物がいるが、それらは基本的に組織だった行動はせず、集団で動くとしても小さなチームであることが多い。
チーム内での連携……つまり、戦術があったとしても、組織内での連携……戦略は無いのだ。
その点、統率された盗賊団というのは、それが攻めであっても守りであっても、そこにはおそらく組織的な戦略が加わってくると思われる。
盗賊ギルドの仕事を奪って資金を削ってくるのも、犯罪を盗賊ギルドメンバーになすりつけて人材を削ってくるのもその一環……。
彼らを壊滅させようと盗賊ギルドが乗り込んだ先にも、物理的な罠から情報的な罠まで、様々なトラップが張り巡らせており、一筋縄ではいかないはず。
経験が浅く咄嗟の対応が出来ない新人が向かってしまったら、それと気づかないうちに相手の罠に絡めとられてしまうかもしれない。
新人をこの作戦に参加させないというのは、全うで正しい判断だろう。
「でも、ぼくはもう、新人じゃない! 今日参加するメンバーの中に、ぼくよりも後に盗賊団になったやつだっているじゃないか!」
「だから、オレに言うなって……」
それでもリヤ殿は納得がいかずに声を上げるが、オラス殿は困ったように頭をかく。
オラス殿の言う通り、これがボスの決定ということならば、いくら彼に言ったところでどうしようもないのかもしれない。
だが、それを分っているはずのリヤ殿が執拗にオラス殿を責めるのは、きっと彼女は過去にボスに対しても同じように意見したことがあり、しかしその結果を変えることが出来なかったということなのだろう。
まぁ、ジャン殿やオラス殿が、リヤ殿をこの作戦に参加させない理由もわかる。
彼女が言う通り、きっと今回の作戦メンバーの中には、盗賊ギルドへの所属年数としては彼女よりも経験の浅い者がいるのだろう。
だがおそらく、年齢……人生経験という尺度で測ったら、その人物よりもリヤ殿の方が経験が浅いはずだ。
危機的状況に陥った際に、命の重さを客観的にはかり、集団としての最善の手を打つ。
それは、いくら盗賊としての高い技術を身につけようとも、長い人生経験なしに身につけられるものではない。
今までリヤ殿と一緒に様々な仕事に取り組んできたが、自分から見ても、彼女はまだ子供だ。
この世界においての年齢であれば、自分も同じくらいではあるが、自分はこのゲームの外側……現実世界で三十年近い人生を歩んでいるので、少なくとも精神年齢はリヤ殿より上であると思っている。
客観的に見て、彼女は優しい少女である。
本人はギルドの方針だから人の命を奪わないと言っているが、きっとギルドの方針が無くとも彼女は人の命をむやみやたらと奪ったりしないだろう。
だが、この世界で、そんな方針の無い場所で成人までの歳を重ねた者たちは、きっと違う。
このギルドに所属し続けていられることから、気持ちとしては人の命を奪ったりしたくない優しい人が多いのだろうが、必要とあればその手も選択できる大人たちだ。
大人と子供……その小さいとも大きいとも言い難い差が、リヤ殿と彼らの決定的な違いである。
そして、自分も、どちらかと言えば、リヤ殿と同じ側の人間だろう。
同じ年を重ねたとしても、育った環境が違えば、価値観や考え方は違う。
比較的平和な国である日本という場所で育ってきた自分は、きっと危機的状況に陥った際に、正常な判断は下せないだろう。
「リヤ殿、いったんどこかで食事を採ろう」
「でもっ!」
「少し話したいことがあるのだ。きっとリヤ殿も興味を持つ話だ」
「ぼくが興味を持つ話……?」
「ということで、オラス殿、自分たちは食事に出る。あ、これが今回の依頼書だ。ではな」
「あ、ああ……」
「ぼくはまだっ! ちょ、ちょっと! 襟を引っ張らないで!」
自分は暴れるリヤ殿が着ている上着の襟を引っ張って部屋を出る。
作りがしっかりしているわけではない毛皮のコートなので、今にもちぎれそうな縫い目がミシミシと音を立てているが、これから話す内容はリヤ殿にも利があることなので許してもらえるだろう。
なにせ、この参加資格の無いイベントに、隠れて参加しようという話なのだから……。
自分はリヤ殿と同じく、命のやり取りに耐性が無い?
それはそうだろう。
……それが現実世界の話であれば。
いや、正確に言えば、これがたとえゲームの中の話だとしても、自分は将来的に検証が必要になるであろうイベントを消さないようにするために、NPCの命を奪うような真似は進んで出来ない。
だが、自分とリヤ殿にはひとつ、大きな違いがある。
それは、人の命を奪わずともクエストを達成できる自信があるか、無いかだ。
自分には、たとえどんなクエストでも、それが仕様上可能であれば、必ず達成できる自信があるし、逆に、失敗できる自信もある。
だって、仕様上可能なのだから、不可能なわけがないだろう?
「ふむ……なるほど……よし」
だから自分は、このイベントを、リヤ殿を連れたまま、完全クリアしてみせよう。
「さぁ、検証開始だ」
「……って、おい! お前また失敗したのかよっ!! 戻ってきやがれぇー!!」
自分は、先ほど渡した依頼書を見て何か叫んでいるオラス殿の声を背中に受けながら、盗賊ギルドを後にした……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,510〉〈木×18〉〈薪×1,400〉〈布×200〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,850日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×1,800〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×400〉〈獣生肉(上)×400〉
〈獣の骨×700〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×240〉〈羽毛×30〉〈魔石(極小)×66〉
〈革×270〉〈毛皮×90〉〈スライム草×90〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×980〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×1,098〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×8〉〈盗賊道具×1〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈交易品×200〉
〈教国軍の消耗品×199,200〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,180〉
〈金貨×513〉〈大銀貨×1,940〉〈銀貨×1,800〉〈大銅貨×4〉〈銅貨×2〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚