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第二十四話 Fランク依頼で検証 その四

 商業区の奥、ちょうど防壁と大通りの中間くらいの位置にファビオ殿の屋敷はあった。


 そこは一般区の路地裏と違ってそれほど道が狭くなく、夜になれば暗そうではあるが昼間の内はそこまで陰鬱な雰囲気は感じない……貴族区の方だと屋敷の庭に魔法のガーデンライトが設置されていたりするため夜でも明るいそうだが、この辺りの家は玄関口に小さな魔道照明があるくらいで、ファビオ殿の屋敷も含めて庭があるわけでもないようだ。


 自分はそんな平民にしては豪華だが貴族には及ばない建物で、店で最初に出会った、名前をユーリというらしい商人見習いの男性と、店の商品を壊してしまった失敗を取り戻そうとやる気満々のグリィ殿の二人と一緒に、人が立ち入らず埃まみれになっている屋敷の内部を綺麗にするためハタキやホウキ、モップなどを手にして大掃除をしている……。


「あの……オースさん? いったい何をやっているんでしょうか……」


「ユーリ殿か……見ての通りホウキで埃を落として、ハタキで床を掃いているのだ」


「……いや、それは見れば分かるのですが……使う道具が逆ではないでしょうか?」


「うむ、その通りだ、やりずらいことこの上ないので、ユーリ殿は真似はしない方がいいぞ?」


「えぇ……」


 単なる大掃除と言えど、もちろん自分は検証を兼ねているので、用意されていた全ての掃除道具を順番に手に取っては、本来の用途とは全く異なる使い方をしたり、逆にその効果を十分に発揮したりと忙しくしていた。

 実際にやってみると、その道具がどうしてその形でそういう用途で使われるのかが身に染みて分かる……ひとつひとつ掃除方法に最適化された形をしていて、他の使い方をしてもその効果を十分に発揮できないのだ……これはいい検証になる。


「うわぁぁん、オースさん取ってくださいっすぅぅ」


「ふむ」


 グリィ殿の方も自分と同じようにあちこちで検証をしているようで、あえてバケツをひっくり返して逆に屋敷を汚してみたり、文字通り四角い部屋を丸く掃いてみたりと、自分が手を出しにくい検証を率先してこなしてくれるので、かなり助かっていた。

 そして今度は自分が思いつかなかった、”自らを掃除道具として使う”という検証に手を出したようで、全身クモの巣まみれになっている……自分はそんなグリィ殿に感謝の念を抱きながら、手に持っていたホウキで躊躇いなく彼女の顔面を掃除した……うむ、人を掃除するのに適した道具など聞いたことが無いが、まぁクモの巣は取れたのでいいだろう。


「ぶぇっ……ちょ、ちょっと乱暴な気がするっすけど、いちおう助かったっす……ご迷惑をかけて申し訳ないっす……」


「いや、こちらこそいつも助かっている、グリィ殿はその調子で己の道を進んでくれて大丈夫だ」


「へ……? よく分かんないっすけど、慰められてるっすか? くぅぅ、失敗ばかりの私なんかをパーティーに迎えてくれたオースさんの為にも頑張るっす!」


「この二人に依頼を任せて良かったのでしょうか……」


 そうして自分たちはユーリ殿に呆れられながら、お互いの足りない部分をフォローしつつ掃除を進めた……まぁ同じフォローでも自分とグリィ殿がやっていたのは検証に関するそれだったので、確かにお互いにその力を遺憾なく発揮していたが、それで屋敷の掃除が捗っているなんてことはなく、その掃除に関するフォローに関してはユーリ殿が一人で疲れた顔をしながら頑張っていたが……。


 それでも自分の方は元々アドーレ殿の薬屋を掃除したとき既に【掃除】スキルを獲得していたこともあったので、掃除に関する一通りの検証はすぐに終わり、後半からは盛り返して自分の担当箇所の掃除をさっさと終わらせると、後の細かい部分をユーリ殿やグリィ殿に任せてベッドシーツを洗濯する作業に移る事にした。


 屋敷に元からあったそのベッドは、木枠の底に革紐が縦横に何本も張られてサスペンションのようになっている上に、羊毛が麻布の袋に詰め込まれたマットレスが置かれ、その上にベッドパッド代わりの大きな動物の毛皮、それらを覆う麻布のベッドシーツで構成されたもので、金属製のスプリングなどが存在しない時代にある物の中ではそれなりにいいベッドのようだ。

 試しに少し寝転がってみたところ、現代日本のベッドと比べたらそれはまぁ劣るに決まっているが、革ひものサスペンションが多少はスプリングの代わりを果たしていてそれなりの寝心地は確保されているようだ。


「ふむ……あまり気にしたことは無かったが、どうせなら自分もこれくらいのベッドを使って眠りたいものだな」


 貴族が使う高価なものになるとおそらくマットレスの中身がコットンになったり、ベッドパッドがちゃんとしたウールの織物になったり、使う布がシルクになったりするのだろうが、別にそこまでを求めようとは思わない。


 自分が泊っている宿屋にあるベッドは底が木のスノコで出来た木枠に藁が敷かれ、それがチクチクしないように毛皮を一枚挟んだ上から麻布のシーツが被されているだけのシンプルなものなので、一応でもサスペンションやマットレスがあるこのベッドと比べると寝心地は良くないのだ……まぁシンプルな分だけ手入れが楽なので、客の出入りが激しい宿と言う場所なら高級な所でない限り殆どがその形のベッドを使っているのだろう。


 快適な睡眠も含めて、生活環境というのは翌日のコンディションを左右するのだ……所持金も少ないので暫くは今のままでいいが、いずれはさらなる厳しい検証に挑むために生活環境も見直した方がよさそうだ……自分はそんなことを思いながら目の前のベッドの掃除に取り掛かった……。


「ふむ、とりあえず分解するか……」


 目の前にあるのは、マットレスの中に詰められている藁を定期的に交換したり、サスペンションに使っている革紐も劣化が激しければ交換しなければならないタイプのもの……依頼内容的には客室のものも含めて全てのベッドシーツだけ洗濯すればいいということだったのだが、折角ならばちゃんと解体してメンテナンスまで済ませておいた方がいいだろう。

 自分はベッドの木枠以外を全て解体して、マットレスの中身も取り出し汚れが溜まっていないか確認し、底に張られている革紐の劣化具合もチェックする……。


 幸いにも前の持ち主が物を大切に扱う人物だったのか、ベッド全体でみればそのままでも十分使えるものになっていたが、やはり革紐の何本かは劣化が激しく強く引っ張れば切れてしまう状態になっていて、マットレスの中に詰められた羊毛も汚れが目立った。

 革紐の代わりになりそうな獣の皮なら亜空間倉庫に入っているが、まだ鞣していないのでそのままでは使えない……サスペンションに関しては革紐が切れても身体が傾かないようにまだ丈夫な物とそうでない物をうまく入れ替えて調整するだけに留めて、汚れている羊毛はシーツなどと一緒に洗濯してしまうとしよう。


 自分は客室にあるベッドも同じようにメンテナンスして回ると、洗濯が必要な麻布や羊毛を亜空間倉庫に格納して、グリィ殿が何故か廊下で正座させられているのを横切って、お湯が沸かせるであろうキッチンへと移動した。

 グリィ殿はそんな無言で横を通り過ぎる自分に寂し気な瞳を向けていたが、いったい彼女は今どんな検証をしているのだろうか……掃除を始める前までは確かに無事だった屋敷の窓が一部壊れていることと何か関係がありそうだが、この屋敷の窓はガラスなどが使われていない格子状の木で出来ているものなので、まぁたとえ何かあったとしてもそれほど大事にはならないとは思うが……。


「さて、とりあえず思いつく洗濯方法を全て試さないとだな」


 他の部屋やファビオ殿が用意していた道具などから使えそうなものを一通りキッチンに集めると、自分はそれを眺めながら頭の中で検証する順番などを整理する……事前の検証なくいきなり本命に取り掛かるのはいただけないので、洗濯するものもベッドシーツ以外に用意しようと、ユーリ殿からファビオ商店のロゴが入った制服を何枚か拝借して来た。


「まぁまずは無難に水洗いからだろう」


 自分は桶に水を張って服を入れると、後はひたすら揉んだり擦ったりして汚れを落としていく……宿で自身の服を洗濯するときも基本的にはこの方法なのでもう手慣れたもので、洗濯板も用意されていたことからそれほど時間もかからずに一着目を洗い終える。

 しかしこれで落とせる汚れは水性のものが中心なので、汗やスープをこぼしたシミにはそれなりの効果があるが、焼いた肉の脂が跳ねたシミなどは落としきれないし、ゴシゴシと擦るため衣類へもダメージも回避できない。


 洗い終わった綿で出来た制服も予想していた通り、少し綺麗になった程度の結果だったが、予想通りの結果が出るというのは、並んでいた検証項目の隣にチェックマークを記入するようなものだ……洗濯としては満足できない結果だろうと、仕様通りであるという検証結果がでたのであればそれは素晴らしい事だろう……自分は満足いかない洗濯の出来に対して満足げにうなずくと、次の検証に移っていった。


 次の選択方法はお湯洗いだ……自分は昔の人もどこかの時代でやっていた方法だったと思うそのやり方に習って、水洗いをしている間に大鍋で沸かしていたお湯の中にそのまま洗濯ものを入れると、まるでグツグツと服を煮込むかのようにゆっくりとかき回す。

 こうすることで先ほど水では落ちにくかった油性の汚れもお湯に溶けやすいものは落ちるので、完全ではないが少しは目立たなくなるし、叩いたり揉んだりしないため服へのダメージも水洗いよりも少ない……まぁその代わりに刺激を与えないと取れない不溶性の汚れが落ちにくいので、綺麗にすると言う目的なら両方やってもいいだろう。


 自分は水洗いしたもの、お湯洗いしたもの、ただ埃を叩いて落としただけのもの、全く何もしていないものをロープで吊るして、メモ画面に書き出したそれぞれ四つの検証項目の隣に検証完了のマークをつけると、使っていなかった洗濯道具に目を向けた。


「いよいよ洗剤を使った検証だな」


 ファビオ殿が用意していた洗剤はひとつだけ、おそらく商人らしく外から安めに仕入れているのであろう固形石鹸だった……自分もアドーレ殿の薬屋でアーリー殿に化粧水を作ってもらうために渡したグリセリンを作った時の副産物として軟石鹸は持っており、今回の洗濯でもそれを使う検証をする予定ではあるが、本来、獣の脂と灰から作られた石鹸は匂いがひどく、とても自ら率先して使いたいとは思えないものである。

 まぁ、自分の持っている軟石鹸の場合は、ある意味いかさまとも言える亜空間倉庫の便利な格納分けで、悪臭の元を除いた純粋な石鹸部分だけを収納したため、おそらくこの世界に存在しないであろう匂いの無い軟石鹸となっているから大丈夫だ。


 それでもきっと、ファビオ殿が仕入れてきたこの固形石鹸の方が高価であることは間違いないだろう……おそらく海の近くの街で海藻を灰と植物性油脂を使って作られたもので、しかも香料としてアーリー殿に作り方を教えたラベンダーのエッセンシャルオイルなどが使われているのか、とても良い香りがする。


 しかし自分が最初に使う洗剤は、持参した軟石鹸でも、ファビオ殿が用意してくれた固形石鹸でもない……このキッチンの竈に溜まっていた灰だ。


 自分は洗濯を始める前から水の張られた桶に入れて準備していた灰が沈んでいるのを確認すると、その上澄みをすくって洗濯用の桶に移し、それを洗剤として水洗いの要領で、亜空間倉庫にしまってあった自分の洋服を洗い始めた……依頼と関係ないがファビオ商店の制服はもう在庫切れなので仕方ないだろう。

 この灰の上澄みを使った洗濯は、昔からやられていた手法のひとつらしく、植物の灰からアルカリ成分が溶けだした弱アルカリ性の上澄みが、油汚れなど酸性の汚れを中和するのは理論的には分かるのだが、そもそも薪を燃やしたりしない現代日本ではそんな洗濯方法に触れる機会などなかった……なのでこれが一番楽しみな検証だったりする。


「うむ……」


 けれど結果は予想通り……確かにただ水で擦るより汚れが目立たなくなった気もするが、それは上澄みと言っても若干濁っているそれで色がついた影響であるようにも思えるし、獣の脂ほど不快ではないが灰の香りもついてしまっている。

 まぁ石鹸などが一般的になる前の昔の人にとっては、それなりに油汚れも落ちて、汗のにおいが灰の匂いに変わるということで、良い洗濯方法だったのだろう……自分はそこまで大きな感動を得られないながらも、祖先の気持ちを少し知れたということで満足して、その後は普通に軟石鹸と固形石鹸を使った検証を終わらせた。


 《スキル【洗濯】を獲得しました》

 《【掃除】【料理】【洗濯】が【家事】に統合されました》


「ドライクリーニングなどをしなくても洗濯スキルが獲得できたか」


 まぁそれが条件だと言われても、この世界でドライクリーニングに必要な有機溶剤を獲得するのは難しそうだし、手に入れられたとしても人体や環境に悪影響を与えずに使用できる設備などをすぐには用意できないだろう……統合された【家事】に関してはそこまで求められる方がおかしいだろうしな。


 とにかく洗濯に関する一通りの検証は終わった……あとはこのスキルを使って本命のマットレスの中に入っていた羊毛やベッドシーツの洗濯をすればこの作業は完了だろう……自分は検証で手に入れた経験から、まずは全体的に叩いて埃などを落とし、次に目立つ部分にピンポイントで石鹸を染み込ませつつブラシなどで擦ったりすることで汚れを浮かして、最後にお湯で全体を洗うと言う方法で布を綺麗にしていった。

 マットレスの中に入っていた羊毛に関しては石鹸水につけて揉み洗いだ……多少縮んでしまうとは思うが、きちんと乾かした後にほぐせば問題ないだろう。


 そうして自分は全ての洗濯ものを洗い終わり、二階の窓からロープや籠を使って干すところまで終わらせると、同じく掃除を終わらせたであろうグリィ殿たちの元へと向かった。


「……グリィ殿、今度はどんな検証をしているのだ?」


 しかしそこで待っていた彼女の姿は、ロープでグルグル巻きにされて天井から吊るされているという哀れな姿だった……。


「うぅ……窓を掃除しようとして勢い余って壊してしまったり、屋根の修繕をしようとして小さな穴を踏み抜いて大きくしてしまったり、石鹸を使った方が綺麗になると思って部屋を泡だらけにしてしまったりしたっすけど、悪気があったわけじゃないんすよ? ただ、ユーリさんが邪魔だから何もするなと私をこんな風に……」


「うむ、それはご苦労であったな」


「ねぎらいの言葉より先に下ろしてくださいっすぅぅ……」


 依頼人に正座させられているのを廊下で見かけたときにも驚いたが、まさかそれでもめげずに最終的に天井から吊るされるという検証にまで至るとは……やはりグリィ殿は生まれながら検証の才能を持った天才である可能性が高いな……。


「それで、そのユーリ殿はどこに?」


「……このパーティーには任せておけないと言って、ファビオさんのところに冒険者の変更を要請しに行ってしまったっす……」


「うーむ……それは困ったな……」


「申し訳ないっす……」


 検証だからと言って少し自由にやりすぎたかもしれない……依頼が失敗しても自分としてはそれはそれで一つの検証結果になるので構わないが、出来る事ならいつでも簡単に確認できる失敗の検証よりも成功の検証を先にやりたいし、人に掛ける迷惑も程々に済ませたい。

 自分としてはまだこの世界のことをゲームだと思っている節も抜けないが、まだ現実世界である可能性も残っているし、フランツ殿など含めたこの世界の住人はゲームのキャラクターとは思えないほど生き生きしているのだ……できれば笑顔でいて欲しいだろう。


「ふむ……なるほど……よし」


「?」


「今から全力で盛り返すぞ、グリィ殿」


「……はいっす!!」


 そうして自分とグリィ殿は本気を出して……いや、グリィ殿は最初から本気だったようだが、少なくとも自分は検証を一休みして、依頼成功に向けて全力を振るい、屋敷を出来るだけ住み心地の良い場所へと変えていくことにした。



 ♢ ♢ ♢



「ファビオさん、急いでください!」


「おいおいユーリ君、そんなに急がなくても屋敷は逃げないだろう?」


「屋敷が逃げなくてもメチャクチャになってるかもしれないんですよ! 本当はすぐにでも依頼を中止させたかったのに、もう夕方じゃないですか……仕事が忙しかったので仕方ないですけど」


「メチャクチャにって、魔物が暴れているわけでもあるまいし……」


 グリィ殿のハチャメチャな検証っぷりを見てもう任せておけないと思ったらしいユーリ殿は、依頼先を変えてもらおうとファビオ殿に抗議に行ったところを、その時にちょうど仕事が忙しくなった彼に捕まって、屋敷の掃除を中断してこの時間までそちらを手伝うことになったようで、自分たちの元に再び現れたのは辺りがすっかり夕焼け色に染まる頃だった。


 ユーリ殿は仕事を手伝う方が大事なことは分かりつつも屋敷のことが心配で仕方なかったようだが、ファビオ殿の方は彼の話を聞いても、自分たちを信頼してくれていたのか、それ以外の理由なのかは分からないが、特に焦るようなことは無かったようで、仕事が一通り片付いて屋敷に向かっている時も落ち着いていた。


「ほら見てください! 窓が壊れて屋根に大きな穴が……あれ?」


 そしてそれはファビオ殿が想定していた通りだったのか、到着した屋敷はユーリ殿が言うような損傷は見当たらず、それどころか購入した時よりも全体的に綺麗になっているように思えるほど整っている。


 それもその筈、元々ファビオ殿が屋敷の掃除のために用意した物の中に、小さな雨漏りを修理をするどころか、屋敷の殆どを修繕できるほどの石材、木材、布材などが揃っていたので、自分とグリィ殿で手分けして隅から隅まで手を加えていたのだから。


「おやユーリ君、どこかにそんな損傷がありますか?」


「いえ……でも、確かに掃除中にグリィさんが天井に大穴を……!」


「ええ、それはきっと見間違いでは無いのでしょう……細かいところは後で専門家に依頼しようと用意しておいた修繕の材料がその分だけ減っていますから……まぁ、今はそんなことよりも屋敷の中に入りましょう……何やら美味しそうな香りが漂ってきていますよ?」


「え? あ……はい……」


 自分は屋敷の外でそんな会話がされていることは知らなかったが、万能感知で二人が屋敷に近づいて来ていたのは把握していたので、ちょうど扉の前に着くと同時にグリィ殿と一緒に扉を開いて出迎えた。


「お帰りなさいませ、ファビオ様」


 使用人の経験などないので動作など見様見真似だし、本当に仕えているわけでも無いので挨拶もかなり手抜きだが、モノマネでも敬意を払って接客していると言うのが伝わって、これで少しは失敗してしまった事に関するお詫びになればそれでいい。


「ほう……」


 そしてファビオ殿はそんな小手先の出迎えにも驚いたようだが、屋敷の内装が綺麗になっているのにも感心していた……ユーリ殿は耐えられずに途中で逃げ出してしまったようだが、グリィ殿は慣れない最初こそ自分でも思いつかないとんでもない検証を行う猛者ではあるものの、伊達に【成長強化】スキルを持っているわけではない……。

 自分の【指導術】の甲斐もあってかその能力の伸びは著しく、懇切丁寧に掃除や修繕のやり方を教えてあげたところ、元々の器用さもあって、それぞれの技能に関して今ではおそらく本職の見習いにも勝るとも劣らないレベルにまで腕を上げている。


 こちらも屋根の石瓦を用意するために【解体】や【身体強化】を駆使して【剣術(基礎)】を石材に振るい続けることで【石工】スキルを獲得するのと引き換えに、鋼鉄のショートソードを一本失ったり……同じ要領で木材を加工するために【短剣術(基礎)】を振るい続けて【木工】スキルを獲得するのと引き換えに盗賊からいただいたナイフを二本もダメにしたが、アイテム破損の検証にもなったのでおそらく得たものの方が大きいだろう。

 おかげで屋敷は隅から隅まで修繕されて、布で適当なカーテンまで作ったので、置物などの装飾品が少ないものの、明日からでも客を招待できる見た目に仕上がっていると思う。


「信じられない……あの状態から数時間でここまで……」


「ほっほっほ、だから言ったじゃないか、オースさんなら心配いらないと」


「うーん……」


「さぁさぁ、お二人ともお疲れでしょう? こっちに夕食の用意が出来てるっす! 私が頑張って味見をしたんで美味しいのは保証するっすよ!」


「うむ、グリィ殿にしっかりと二人前は味見されたので、食が進むことには違いないのだ」


「二人前って……それはもう味見では無いのでは……」


「ほっほ、いいじゃないか、それだけ美味しい夕食が待っているということだよ」


 自分とグリィ殿は、複雑な表情のユーリ殿と楽しそうなファビオ殿を連れてダイニングに案内する……食器も食材も用意されていたのでそれを使っただけではあるが、屋敷を買える資金がある、しかも香辛料や料理のレシピなども取り扱う商人と言う事だけあって、そのラインナップはかなり充実したものだった。

 おそらく昔からこの街に住んでいる人が料理するのでは使用用途の分からない調理器具や香辛料も多く調理に困ったであろうが、自分はこの世界の何倍も食文化が進んだ日本で生まれ育った人間である……逆に久々にまともな料理が出来ると喜びつつ、全ての食材を検証したいという心も作用してか、つい力を入れすぎてしまった気がする。


 おそらく本当に貴族を出迎えるほどの結構な食材を使ってしまったと思うのだが……まぁどうせ怒られるなら全力で取り組んで怒られた方がいいだろう……自分は二人を席に着かせるとテーブルに料理を並べていった……グリィ殿も手伝ってくれるのはいいのだが、もうたくさん味見しただろうにまた涎を垂らしているのはどうにかならないものか……。


「……ごくり」


「おぉ、これはなかなか……」


 二人の前に出した料理は、赤ワインで柔らかく煮込んだ鹿肉をシチューにしたものと、ナスやトマトなどの野菜を特製ミートソースとチーズで閉じ込めて竈で焼いたグラタン、そしてジャガイモとベーコンなどをシンプルな味付けで炒めたジャーマンポテトの三種……。

 何を感じているのか目を見開いたまま無言で喉を鳴らしたユーリ殿と、並べられた料理を見て感嘆の声を上げているファビオ殿を見る限り、とりあえず見た目で不快感は与えていないようである……野菜を生で食べる習慣が無いだろうと思い、全て火を通した料理にしたのは正解だったということだろう。


 冷めないうちに食べるように促すと、ファビオ殿は頷くと静かに礼儀正しく食事に手をつけ始め、ユーリ殿も恐る恐ると言った様子で食器を手に取った……流石に時間が無くフルコースなど用意できなかったので、順番など関係なく全て並べてしまう庶民的レストランな感じのように思えたが、ファビオ殿のような渋くて紳士的な男性がこうしてナイフやフォークを手に取っていると、なんだか貴族の食卓のような雰囲気に近いように思える。


 料理を口にしても二人とも感想を言おうとはしなかったが、手を止めていないと言うことは不味いわけではないのだと思いたい……そのまま静かに食事の時間は流れ、何も会話が無いまま料理が無くなったので、自分はこれでどうだと冷蔵庫で冷やしていた秘密兵器のタルトタタンをテーブルに運ぶと、味見をしようとするグリィ殿をロープで縛り上げて転がしてから、品種は分からないがアッサムに近い渋みとコクのある紅茶を出した。


「ふぅ……」


 そしてタルトタタンも食べ終えて、おかわりの紅茶を飲み始めたところで、ファビオ殿はようやく緊張をほぐしたような表情になる……元の世界でも友人の中にたまにいたが、食事中は喋らないと言う礼儀作法のある家なのだろうか……とりあえずもう話しかけても大丈夫そうなので、自分は食事の感想を聞いてみた。


「ファビオ殿、食事はお気に召しただろうか?」


「ああ、まさか自分の屋敷で貴族様の家に招待された気持ちになるとは思わなかったよ」


「ふむ? それはいくら何でも褒めすぎだろう……シチューはともかく他はあまり時間をかけずに作ったものだし、貴族様の招待ならあと五~六品は出るだろう?」


「ほっほっほ、それは王族の食事でしょう……今日話したときの商売の知識にも驚かされましたが、まさかこんな料理を作れて、さらに上の文化まで知っているとは……オースさんは過去に王宮の料理人でもやっていたのでしょうか」


「うーむ……そういうわけでは……」


 なるほど……ドレスコードのある日本の高級レストランの知識や、用意された食材が商人の手に入れられる範囲と言うところから貴族の食事レベルを予想してみたが、どうやら食事がそれなりに発展しているらしいこの国でも、それがそのまま贅沢レベルに直結しているわけではないらしい。

 城塞都市の食事が意外と質素だということも聞いたことがあるし、やはり今回の食事は大商人の門出を祝すとしても少々やりすぎただろうか……怒られるくらいならともかく、使ってしまった食材の代金が報酬から差し引かれなければよいのだが……。


「あ、いや、気にしないでください……ちょっとした冗談ですよ、世の中には誰も使いこなせないスパイスを簡単に使いこなせてしまう一般冒険者もいるでしょう」


「うむ? まぁ、そうだな」


「ところで……〈旅鳥の止まり木〉で出されているゼリーというのを考えたのもオースさんで間違いないですかな?」


「旅鳥の止まり木? ……ああ、カロリーナ殿の宿屋か、そんなこともあったな」


「やはりカロリーナさんの話は本当だったんですね……」


 そして自分はファビオ殿にお礼を言われた……どうやら料理のレシピまで商品にすると言うのを思いついたのは、商品を届けたついでにゼリーのレシピを教えたカロリーナ殿がその届け物を依頼していたファビオ殿に他にも面白いレシピは無いかと訪ねてきたかららしい。

 当然ファビオ殿は何のことだかさっぱりわからなかったが、それからもトルド殿に上質な毛皮をありがとうと礼を言われたりして、自分の届け物以上の活躍を知ることになったらしく、レシピが商売になると閃いた切っ掛けも含めていつかお礼を言おうと思っていたとのこと。


「ふむ、世間は狭いのだな」


「ほっほっほ、いや本当ですな」


 それから自分は今回の料理のレシピ、主にタルトタタンの作り方を大銀貨五枚で買い取ってもらえることになり、臨時収入を得て少し温まった懐を擦ると、ファビオ殿やユーリ殿に別れを告げて冒険者ギルドに帰って行った……ロープで縛って転がしたままだったグリィ殿のことを忘れかけていたが、ちゃんと玄関を出たあたりで思い出して拾ってきたので大丈夫だ。


 グリィ殿は縛られたまま放置されていたことよりもデザートが味見できなかったことにしょげていたが、出会い頭に商品を破損した件をファビオ殿が見逃してくれると言っていたことを伝えると機嫌が少し良くなり、想定以上に頑張ったと言うことで報酬の上乗せまであると言うとデザートの件はすっかり忘れたようだった。


 壊したり、直したり、作ったり……今日も、屋敷で掃除をするくらいの依頼だったとは思えない、とても充実した一日を過ごすことができたように思える。


 冒険者ギルドでファビオ殿から受け取った高評価の依頼完了証明書を渡してビックリしたようなホッとしたような表情をするエネット殿や、予定されていたより多い銀貨七枚の報酬が貰えてかなりテンションが上がっているグリィ殿を見て、自分は明日も充実した検証が出来ればいいなと思いながら、宿屋に帰って行った。


▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる

【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる

【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる

【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる

【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる

【知力強化】:様々な知的能力が上昇する

【身体強化】:様々な身体能力が上昇する

【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる

【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える

【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える

【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える

【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える

【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える

【鎌術(基礎)】:鎌系統の武器を上手く扱える

【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える

【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える

【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる

【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる

【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる

【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる <UP!>

 └【掃除】【料理】【洗濯】

【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる

【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる

【収穫】:作物を的確に素早く収穫することができる

【石工】:石の加工を高い技術で行うことができる <NEW!>

【木工】:木の加工を高い技術で行うことができる <NEW!>

【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる

【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る

【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す

【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる

【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる

【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる


▼称号一覧

【連打を極めし者】

【全てを試みる者】

【世界の理を探究する者】

【動かざる者】

【躊躇いの無い者】

【非道なる者】

【常軌を逸した者】

【仲間を陥れる者】

【仲間を欺く者】


▼アイテム一覧

〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉

〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉

〈水×87,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉〈軟石鹸×9〉〈パン×10〉

〈治癒薬×4〉〈上治癒薬×15〉〈特上治癒薬×5〉〈解毒薬×15〉〈上解毒薬×5〉

〈鎮痛薬×15〉〈風邪薬×25〉〈緩下薬×15〉〈止瀉薬×15〉〈鎮静薬×10〉

〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈麻酔薬×5〉

〈毒薬×50〉〈猛毒薬×15〉〈劇毒薬×5〉〈麻痺毒薬×15〉

〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉

〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉

〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉

〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉

〈ナイフ×1〉〈シミター×2〉〈槍×1〉〈メイス×1〉

〈ボロ皮鎧×1〉

〈大銀貨×5〉〈銀貨×27〉〈大銅貨×9〉〈銅貨×2〉


▼残り支払予定額:グリィ

〈大銀貨×20〉


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