挿話 グラヴィーナ帝国でのお話
本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。
「まだ見つからないのか?」
グラヴィーナ帝国、帝都、王城。
執務机に肘を置いた手のこぶしにアゴを乗せ、不機嫌そうな顔でそう言葉を発するのは、この国の王、マクシミリアン・ゲーバー。
帝国は内密にエルフの国を属国として内包していることもあり、実際には王ではなく皇帝という役職が正しいのかもしれないが、エルフをかくまっていることを外の国から隠すためと、この国の王が武闘大会という戦いにより決められるということもあり、帝国内で最も武の才を持つ者という言う意味でも帝王と称されている。
「これだけ国内を探し回っても見つからないなら、少なくとも帝国にはおらんのじゃろうな」
そんな帝王に対して特に気後れするような様子もなく、淡々と現在の状況と彼なりの見解を報告するのは、この国の元王宮魔術師であり、現在はこの国の第三王子の面倒見役を務めている、ダーフィン・シェーナー。
帝王マクシミリアンが世界各地で冒険者のようなことをしていた時に、パーティーの魔法使いとして同行していたこともある彼は、魔法の能力においてはソメール教国の教皇と肩を並べるほどだと民衆から噂されていたりもするが、その二人が並んで競い合ったこともなければ、今後もその予定は無いので、事の真相は誰にも分からないだろう。
だが少なくとも、ダーフィンは帝国内では最も魔法の扱いに長けている魔法使い。
そして、マクシミリアンの方は前王を倒してから未だに帝王の座を維持し続けている無敗の戦士である。
護衛などつけるだけ無駄だと言い切った二人の指示通り、この部屋には護衛も使用人もいない状況だった。
この国の武と魔法、それぞれの最強が揃った、二人しかいない執務室。
そこで交わされている会話は、マクシミリアンの実の息子であり、ダーフィンが面倒見役として接してきた、この国の第三王子。
オルスヴィーン・ゲーバー、通称オースについてのことだった。
「……前にもこんなことなかったか?」
「あの時は記憶を失ってジェラード王国で冒険者をやっておったな」
「はぁ……今回はどこで何をやっているんだか」
オースは現在、帝国内では行方不明という扱いになっている。
帝国が正確に辿れているオースの足取りとしては、ジェラード王国の王立学校へと入学した後、他の生徒たちと共に地下遺跡に匿われたが、数人の生徒と遺跡を抜け出したこと……。
そして、その頃には既に始まっていたグラヴィーナ帝国とソメール教国との戦いを珍妙な手段で止めると、そのままソメール教国で教皇に直談判し、またよく分からない方法で国家間の戦争全体を止めたこと……。
その後、疲労で眠っていた彼が目覚めたという知らせを聞いてオースの部屋を訪れた仲間たちによると、その時には既にベッドは空になっており、後日、ジェラード王国へと向かう国境の関所を通ったことが確認されたとのこと。
グラヴィーナ帝国の王、マクシミリアンとしては、耳に入ってくる情報があまりにも破天荒なので、それがもし他国の使者からもたらされた情報というだけであったならば、決して信じようとはせず、まだ何か隠し事をしているとしか感じられないソメール教国に自ら乗り出していたかもしれない。
だが、既に始まっていたグラヴィーナ帝国とソメール教国との戦いを止めて見せたという報告……そして、ソメール教国で大がかりな方法で戦争自体を止めて見せたという報告は、その前後で実際に顔を合わせていた帝国の第二王子、ヴォルフ・ゲーバーから直接もたらされたものだ。
「魔王は世界に混沌をもたらす……か」
「それは確か、エルフの長が言っていた伝承でしたかな?」
「あぁ。暴走した教皇が言っていた魔王が復活したのどうのっていう話まで信じたくはないが……こうも見える範囲が混沌に満ちてると、つい気になってな」
ある時、家臣が暴走して息子を誘拐した。
夜空に亀裂が入り、青空の見える隙間から光の柱が降り注いだ。
他国で発見されて帰ってきた息子は記憶喪失だった。
人類が箱舟でこの大陸に流れ着いてから一度も起きていなかった戦争が始まった。
その戦争を止めたのはその息子だった。
確かに、マクシミリアンから見た景色は、それがここ一年で起きている出来事とは思えないほど大小さまざまな混沌に満ちているだろう。
そしてその混沌の中心にいるのは彼の息子であり、暴走したソメール教国の教皇が一時的に魔王だと言っていた人物だ。
ひとつひとつ別々で見れば、息子に起きた出来事に関しては、大したものではないのかもしれない。
だが、謎の光。人類が箱舟でこの大陸に流れ着いて初めて起きた国家間の戦争。
それら大きな点をつなぐ線のように、息子、オースという人物が存在している。
偶然と呼ぶにはタイミングが良すぎるそれぞれの関係を、全く繋がりのない別の出来事だと言い放つには、教皇やエルフの長が言い放った言葉が大きすぎた。
この世界に勇者と魔王が降臨し、魔族を率いて人類を危機に陥れる魔王を、勇敢なる正義の心を持った勇者が止める……。
魔王は世界に混沌をもたらす存在であり、勇者はそれを止める事が出来るただ一人の存在……。
エルフの長が言っていたというその言葉は、グラヴィーナ帝国で国一番の戦士となり、エルフの里と関りを持った帝王しか本来は知りえないこと。
そして、それに該当する人物は、ここ百年で、前王とマクシミリアンの二人、及びその内容を口頭で伝えられた側近しか該当しなかった。
マクシミリアンがエルフの長から聞いた伝承と、教皇が神託で聞いた内容。
偶然の一致にしては出来すぎているその内容が、ここ最近の出来事が偶然ではないと囁いている。
「いやまぁ、ただの考えすぎだろ」
「……考えるのを放棄しましたな」
だが、そのエルフの伝承と神託、二つの言葉を重ねて考える権利を持った数少ない人物、マクシミリアンは、それ以上考えるのをやめたようだ。
「んなの、戦うしか脳が無いオレ様には似合わねぇ悩みだ。気まぐれでなっちまった帝国の王って役割だけでも面倒なのに」
「後先考えないで行動するのは、貴方のお父上、ライヒアルト様によく似ておられるのぅ……そしてその血は、子供たちにもきちんと伝わっているようじゃ」
「うるせぇ! とりあえず、またテオやヴォルを各国に派遣して、王国や教国にも捜索の手を広げさせてくれるよう頼んどいてくれ」
「また『捜索に協力はするが、そちらの軍を送り込んでくるのはご遠慮願おう』と断られるじゃろうがな」
「何もしないよりはマシだ」
ダーフィンはマクシミリアンの言葉に対して頷くと、その後少し別の話題で会話を続けた後、執務室を出て行った……。
彼の言う通り、現帝王の家系は、無茶なことをしたがる家系と言えるだろう。
子供を置いて旅に出て、いつの間にかSランク冒険者となっていたライヒアルト。
そんな父親を見返したくて、でも真似をするようなことは嫌で、冒険者ギルドには所属せずに傭兵業に身を投じ、最終的に戦闘力特化の帝国で王の座に輝いたマクシミリアン。
その子供、第一王子は七種類の剣を使いこなし、第二王子はこの世界に無かった武器と戦い方を生み出し、第一王女は魔法が重要視されていない帝国で魔法使いのみで構成された騎士団、魔術師団を作ろうとしている。
そして第三王子であるオルスヴィーン・ゲーバー、通称オース。
彼の破天荒ぶりに関しては、今や三か国、全ての王が知るところである。
「まぁ、オレ様も人のことは言えねぇからな……どこかで元気に無茶してるなら、それでいいさ」
窓の外を眺めながら、帝王マクシミリアンはそう呟く……。
その言葉通り、彼がどこかで元気に無茶をしているとは知らぬまま……。




