第二百二十七話 盗賊ギルドの仕事の受注で検証
「おはようドーガ殿、依頼を受けに来たぞ」
「……」
昼食後、自分は「物を盗む仕事」のチームに割り当てられている事務室へ赴き、そのチームのリーダーであるドーガ殿に声をかけた。
情報を盗む仕事のチームリーダーであるオラス殿は割と細身な体形だったが、今目の前にいるドーガ殿はガッシリとした腕っぷしの強そうな体形をしており、バンダナが巻かれた頭の髪は全て剃られている。
シンプルな革鎧を身につけているだけでマントなどは羽織っておらず、眉毛まで剃られているからか、そうでなくとも鋭い目を持つ彼からなおさら威圧感を感じてしまう。
まぁ、威圧感を感じているのは、彼が無言でこちらを睨みつけているというのもあるだろうが……。
「なになに? おっちゃん、今日はいつにも増してイカツイじゃん」
「……なんだ、リヤもいたのか」
自分が声をかけても何も返事をしないドーガ殿を不思議に思ったのか、後ろをついてきていたリヤ殿が自分の背後からひょっこりと顔を出し、彼に声をかける。
リヤ殿の姿を確認したドーガ殿は、安堵とも落胆とも捉えられるような短いため息を吐くと、少し首を傾けながら肩を落とした。
こちらの声にすぐ反応しなかったので少し心配したが、その返答や反応からして、どうやらフリーズが起きていたわけではなさそうだな。
「おはようドーガ殿、依頼を受けに来たぞ」
「……いや、別に聞こえていなかったわけじゃないから、わざわざ同じことを二回言わんでもいい」
ふむ、自分の声が聞こえていなかった訳でも無いらしい。
「それよりも、今日こそまともに仕事を受ける気があるんだろうな……?」
「うむ、もちろん。そのために来たのだ」
「……だといいがな」
ドーガ殿は両手のひらを上に向けて肩をすくませながらそう言うと、自分に割り当てられそうな依頼を探し始めてくれたのであろう……彼の目の前、木製の事務机の上に置いてあった紙の束を手に取り、ペラペラと捲り始めた。
「リヤも一緒にってことでいいのか?」
「ああ、オラス殿から暫くはリヤ殿と一緒に仕事をするようにと言われている」
「そうそう、ぼくは先輩だからね。後輩の面倒を見るようにって言われたんだ」
「……まぁ、こいつ一人よりは幾分かマシか」
「幾分かってなんだよ、そこは百人力っていってもらいたいんだけど?」
彼は自分たちからの返答を受け取ると、再び軽いため息を吐きながらそのまま依頼書を捲り続ける。
自分はまだドーガ殿に盗みの実力を示していないというのに、その評価は始める前から何故かマイナス値になっているようだ。
それなりに経験を積んでいるのであろうリヤ殿の評価もそれほど高くないようだし、これが情報を盗む仕事の評価仕様なのだろうか。
「って言うか、『今日こそまともに仕事を受ける気があるんだろうな』ってどういうこと? 確か昨日オースはまだ仕事の話を聞きに行けって言われただけで、依頼を受けるような事は言われてなかったはずだけど?」
「うむ、だから、最終的には受けていないぞ?」
「……最終的には、な」
「??」
ドーガ殿が詳細を説明しないのでリヤ殿は首を傾げたままだが、概要としては何も間違っていないので問題ないだろう。
様々な検証の過程で依頼を受注することもあったが、依頼を破棄する処理の検証もしたことで最終的には仕事を受けていない状態で部屋を出たからな。
そんな会話をしながらも紙束を捲っていたドーガ殿は、ようやく目当てのものがあったようで、紙束の中から一枚の依頼書を抜き取って机の上に広げた。
自分がリヤ殿と共に顔を近づけて紙に書かれた内容を見てみると、それは昨日ここで検証をしていた時にも見せられた依頼書のようだ。
とある貴族の家から、とある懐中時計を盗む……。
それが、自分が盗賊ギルドに加入して初めて受ける依頼になるらしい。
ドーガ殿からの補足によると、その懐中時計は元々遺跡から発掘されたもので、現在普及している全ての懐中時計の元となっているが、それを構成するほぼ全てのパーツが未知の素材で作られているとのこと。
特にユニークな名称がつけられているわけでもなく、そのまま〈古代の懐中時計〉と呼ばれているそれは、現在の技術でその構造は真似することができても、素材までは真似できない、唯一無二の懐中時計となっているようだ。
構造的には、古代の特別な魔法か何かで動いているというわけでもなく、簡単に聞く限り、現代日本でも購入できる普通のゼンマイ式の巻き時計のようだが、その素材が摩訶不思議なファンタジー物質……。
特にそのゼンマイバネの素材と加工技術が謎で、この世界で製造されてから何百年、何千年と経っているであろう今でも変わらず、正確な時間を示し続けているらしい。
科学が発展している現実世界でも手巻き式時計はきちんとメンテナンスした上で百年持つと長い方だと思うが、〈古代の懐中時計〉はメンテナンスされていない期間があるにも関わらずどこも故障などしていないようで、その並外れた耐久性は今もなお再現できてはいないそうだ。
「ふーん。依頼人さんはこんなの欲しがってるんだ。 なんか、素材とか含めて珍しさはあるのかもしれないけど、別に今は魔石で動く魔法時計とかもあるらしいし、一日に一回だか二回だか手で巻かなきゃ動かない時計とか、面倒なだけじゃない?」
「バカお前、分かってねぇなー。その面倒で古臭いものを、面倒だと言いながらも涼しげに使ってんのが、イカした紳士ってもんじゃねぇか」
「じゃあ、ドーガはイカした紳士じゃないね。だって、懐中時計自体持ってないし」
「ふんっ、俺は時間に縛られねぇ男なんだよ。……いや、大体の奴がそうか。まぁ、時計を持つのはきっちり時間単位で行動しなきゃならねぇ貴族や商人だけだろ。俺たちみたいな下級庶民には一生用はねぇよ」
「あはは、違いないね」
ふむ、そういえば自分は観測系スキルのおかげで、念じるだけで視界上にデジタル調の時間が表示されるので気にならなかったが、一般的な貴族や商人は懐中時計を所持しているのか。
現在の技術で作り出せない特殊な素材が使われているというのも気になるし、この依頼で手に入れた懐中時計を納品しないで自分で身につけておくのもありかもしれないな……。
「先に言っておくが、依頼の品をくすねようなんて考えるなよ?」
……顔に出ていただろうか。
自分はそんなことは考えていないという風を装いながら頷くと、リヤ殿と共にその依頼を受注する手続きを完了させた。
向かう先は、今いるダルラン領都から馬車で北東に三日ほど進んだ距離にある、ラボーという街。
扇状地に築かれたそこそこ広い街で、【ワインの流れる街】なんて呼ばれていたりもするようだが、別に実際にワインが泉から湧き出したり川を流れていたりするわけではなく、葡萄を中心とした果物の栽培とワインの製造が盛んな街だそうだ。
お目当ての〈古代の懐中時計〉は、その街を管理しているラボー子爵が、寝るとき以外肌身離さず持っているらしく、彼が寝ているタイミングなどを見計らって盗む必要があるとのこと。
盗めるタイミングが限られている点で少し難易度は高いが、盗む品自体が軽く小さく壊れにくいことと、侵入が必要な家もそこまで厳重でもなければ大きくもない点を踏まえると、総合的にはそれほど盗む難易度は高くないらしい。
この世界の貴族制度は、自分の知っている現実世界の歴史で習うそれとは様々な点で異なっていて、そのひとつに伯爵以下の貴族は基本的に領地を持っていないというものがある。
領地を持ち、国からその運営を任せられるのは侯爵だけで、その上の公爵は大臣、下の位である伯爵は官職、子爵は市区町村長のような役割となっているそうだ。
なので、一応、基本的な上下関係としては現実とあまり変わらないが、時と場合によっては行動を決定し、指示をする立場が逆転することもあるらしい。
今回のラボー子爵もその役割通り、市長のような仕事をしている家系なので、もちろんその街に住む商人や職人よりは権限のある立場だが、大臣や都道府県知事ほどの権限もなければ収入もない。
現代でいう消防や救急、警察などの仕事も騎士の仕事で、主に貴族家の次男以下の子供たちが担っているようだが、以前、大雨の時にヴィーコ殿がせっせと働いていたように、有事の際はたとえ立場が上の人物であろうとも人手が無ければ手伝わなければいけないようなので、各役職できっちり仕事が分かれている現代の公務員よりハードかもしれないな。
「っと、そうだ。お前、冒険者ギルドの身分証を失くしたって言ってたな」
「うむ、正確には、衛兵に渡したまま返してもらってない。だが」
「……そいつはきっと、再発行するとまずいんだよな?」
自分が今回のターゲットについて考えていると、ドーガ殿からそんな質問が飛んでくる。
衛兵に取られたままであることを簡潔に伝えると、少し苦い顔をした後、気だるそうに頬杖を突き、再発行が可能か尋ねてきたので、盗賊ギルドの仕事で身分証が必要になることがあるのだろう。
ソメール教国からジェラード王国へ帰ってきた際、関所を守る衛兵に冒険者のギルドカードを渡し、荷台に積んであった盗品が発見され、そのまま逃げてきたという状況を考えると、ドーガ殿の懸念通り、再発行をしてもらいに冒険者ギルドへ赴くのは危険だろう。
「そうであろうな。衛兵に盗品を所持しているのを見られているので、被害者から盗難届けなどが出されているとしたら、タイミング的に自分が冒険者ギルドに重要参考人として登録されている可能性は高い」
「はぁ……まぁ、ここに来る奴はだいたいそんな奴だから驚かねぇが、そうなると念のために新しい身分証を作るのが先だな」
「新しい身分証?」
言われてみれば、国を移動したり、大きな街に入る際には、関所や城砦の門に立つ門番に身分証を見せる必要が出てくるか……。
この世界に降り立って最初にアルダートンを訪れた時のように、一応、身分証が無い場合も手荷物が少なければ多少の税を払うだけで街に入れてくれるが、荷物が多い場合は身分証を提示して荷物検査をされた上で、その荷物に応じた大きな税を払うこととなる。
まぁ、あの時も、そしてこの街に入る時もそうだったように、見られるとまずい品は亜空間倉庫へと仕舞っておくことで解決できてしまうのだが……。
「懐中時計くらいの小さい品なら問題ないが、大きな品も盗むことになった時とか、何かと必要になるだろう。商業ギルドに行って、どっかテキトーな村の出身だって伝えて、鉄カードを作ってから出発しろ。……念のため聞いておくが、商業ギルドでは身分証を発行してたり指名手配されたりしてないよな?」
「ああ、商業ギルドの身分証は発行したことはないので問題ない。カード発行の手順や、その鉄カードという種類に関しては、現地で聞けばいいのか?」
「それでも問題ないし、リヤも知ってる」
「ぼくと同じやつを作るってことだよね。それなら分かるから教えるよ。先輩だからねっ」
「うむ、では何か困ったら教えてもらうとしよう」
新しい身分証に、まだやったことのないクエスト……デバッガーとしての腕が鳴るな。
「ふむ……なるほど……よし」
「とりあえず商業ギルドで作っていない身分証を破棄する検証からだな」
自分は新たな検証項目に胸を躍らせながら、盗賊ギルドの拠点を後にした……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,630〉〈木×20〉〈薪×765〉〈布×14〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×4,240〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×200〉
〈獣の骨×700〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×240〉〈羽毛×30〉〈魔石(極小)×68〉
〈革×270〉〈毛皮×90〉〈スライム草×90〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×989〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×1,100〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×8〉〈盗賊道具×1〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈教国軍の消耗品×199,200〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,200〉
〈金貨×512〉〈大銀貨×1,948〉〈銀貨×2,002〉〈大銅貨×3〉〈銅貨×2〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚