第二百二十三話 新たなギルドとの出会いで検証
「うーむ、困った……」
ジェラード王国、ダルラン領、領都。
自分は現在、街の中心を流れる水路にかかった石橋の中央で、その石橋の手すりに寄りかかり、水路の水面に映る月の揺らめきを眺めていた。
まさか不正入国した犯罪者が警備の厚い方面へ向かうはずがないだろうという思い込みを逆手に取り、小さな町のある方面ではなく領都方面へと逃げ、そのまま領都までやってきたのはいいが……大変困った。
美術品や宝飾品の類を買い取ってくれる質屋は、犯罪抑止のためだろうか、誰がどんな品を売ったかが分かるように記録をつけているようで、取引の際に身分証の提示を求めてくるのだ。
まぁ別に、それですぐに犯罪が発覚するわけではないので、自分としてはむしろ冒険者としての名で質屋に盗品を流したらどうなるのかを検証したいところだったのだが……。
「……身分証を砦の門番に渡したままだった」
ダルラン領、スルーバレー砦から入国する際、身分確認のためにと身分証を求めてきた門番に冒険者のギルドカードを渡したあと、そのまま別の門番が積み荷の確認を始めて盗品を発見してしまったので、ギルドカードを返してもらうことなく全力で逃げてきてしまったのだ。
バジオーラ侯爵の屋敷から金品を強奪する検証は済んだのだから、盗んだものを亜空間倉庫に仕舞っておけばこんなことにはならなかったのだが、むしろ強盗というイベントが成功したという区切りで盗品に関する処理は全て終了しているという強盗ゲーム的な思考があり、その後、盗品に関する別のイベントが発生するという考えに至れなかった。
「これは強盗メインのゲームではなくオープンワールドRPGなのだから、盗みが成功した後も捕まる可能性があるはずだと、少し考えれば分かったはずなのだが……抜かったな」
道行くすべての衛兵から「待てよ? お前を知っているぞ?」のようなセリフを吐かれるようなことがあれば気づけたかもしれないが、そもそも金品を盗んだことは誰にもバレてないゆえに、バジオーラ侯爵領都から出る時などは特に誰からもそういったリアクションがなかったこともあって、気づくことができなかった。
それでもやはり、今回の件は一流デバッガーとしてあるまじき失態であるし、今度からは一つの検証が完了しても油断しないように気を付けよう。
「……それにしても、盗品の換金……どうしたものか」
既にマップ上で確認できる限りの質屋は全て巡り終え、特に不具合なく全ての質屋で身分証の提示を求められることを検証済み……。
試しに普通の雑貨屋の類に売ろうと、そちらも何軒か回ってみたが、どこも高価な品に関しては買取拒否という仕様で統一されていた。
一日中巡っていたのですっかり日は落ちて、今はもう飲食店や宿屋などを除くほとんどの店が戸締りしており、まだ巡っていない店を回るにしても明日にするしかない時間帯……。
自分は橋の上で、まるでそれらがただの旅の荷物であるかのように、高価な美術品や宝飾品がパンパンに詰まった麻袋を六つほど足元に置いて、水面を眺めながらため息をつく……。
まぁ、バジオーラ侯爵の屋敷からは、美術品や宝飾品だけでなく、直接的な金銭も盗んでいるので、わざわざこれらを売らなくても検証資金に関してはしばらく困ることもないのだが……。
教国の国章が入った装備品も含め、処理できないアイテムを所持品に抱え続けるというのは、売ることも捨てることもできないバグアイテムを入手してしまった感覚がして、なんとなく気持ちが悪いのだ。
一応、グラヴィーナ帝国の王族としての身分証は持っているので、そちらを使って盗品を売ってみるという検証でもいいか……?
「それか、いっそのこと、もうこのあたりに盗品を捨ててみるという検証でも……」
「……それは少しもったいないんじゃない?」
自分が、これがバグアイテムではないという検証をするために、足元に置いてある麻袋の一つを水路に放り投げられるか確かめようとしたところ、そんな様子を見ていたらしい何者かが背後から話しかけてきた。
歩くたびにガチャガチャと音が鳴る大きな麻袋を六つも担いで街の中を歩くのが普通に煩わしかったという理由や、それが通り過ぎる人々の目を引くことにもなっていたのをどうにかしたかったという理由もあって、こうした形で荷物を減らすのも一つの手かと思ったのだが……。
「む?」
そんな行動を阻止してきた人物を確かめるために振り返るとそこにいたのは、大荷物を持って街を徘徊していた自分と比べたとしても、あまりにも怪しい人物……。
薄汚れた大きな麻布をフード付きローブのように全身に纏い、素顔や体形を全く見せないようにする恰好をしているのもそうだが、この距離に近づいてくるまで一切の足音を立てていなかったのが一番の怪しい点だろう。
まぁ、今日回った店にチェックをつけて明日回る店を確認するためにマップ画面を開いていたので、何者かがそっと後ろに移動していたのは気づいていたのだが……感覚を研ぎ澄ませても魔力以外の気配はほとんど消せていたので、ただ物でないことは確かだ。
「やあ、初めまして、新入りさん」
その声は、少年とも少女ともとれる中世的な声で、服装も体のラインが分からないような恰好をしているので、声や見た目からは年齢どころか男か女かも分からない。
まぁ、【鑑定】画面には年齢や性別どころか名前や所属までしっかり表示されているので、自分には目の前にいるのが何者なのかは丸わかりであるが……。
「ぼくはリヤ、盗賊ギルド一番の盗人さ」
彼女が、その自己紹介通り、盗賊ギルドに所属しており……一番の盗人どころか、かなりの下っ端であることも含めて……。
♢ ♢ ♢
自分がそんなリヤ殿に案内されて、先ほどまで眺めていた水路の一番下流にある横穴に入っていくと、その奥は領都の地下に設けられた貯水施設のような場所に繋がっていた。
確か、他の街でもだいたい同じような作りだったが、この世界の大きな都市では、川から引いた水が給水塔という施設で浄化された後、地上水路に流れる職業用水と、地下の上水道を通って数か所ある貯水施設に流れていく生活用水に分かれるのだったか。
街に住む人たちは、自宅の水道や共用の井戸などを通して地下の貯水施設から生活水を汲んで利用したり、地上水路から引いた水を職業用水として利用したりした後、排水溝へと流す。
各家庭や街のいたるところに設置された排水溝へ流されたその水は、地下の下水道を通り、最終的に排水塔という施設で浄化された後、再び川へと戻っていくとか。
そして地下の貯水施設で使われなかった分の水も、地上にむき出しの状態になっている職業用水路の本流に流れていて、その地上水路も最終的には排水塔の方へと繋がっている作りになっていたはずだ。
つまり、先ほど自分が入ってきた横穴は、貯水施設から地上にある職業用水路の本流へと余分な水を流す横穴で、目の前に広がっているのがこの街の生活用水が貯められた貯水施設ということで間違いだろう。
貯水施設には、そこから地上に水を汲み上げているのであろう水道管の他にも、水位などを調整するためにあるのだろう水門のような設備も見受けられるので、雨などで増水して給水塔から過剰に供給された水を、なるべく一定の水量で職業用水路に戻すというような、治水の機能も備わっているのかもしれない。
「なにボーっと突っ立ってんだよ、こっちだよ」
「うむ、今行く」
そうしてこの世界の各所で見受けられる時代錯誤な施設のひとつに感心していると、いつまでもその場から離れようとしない自分にしびれを切らしたようで、リヤ殿が呼びかけてきた。
設備の充実さだけでなく、この街にとってかなり重要であろう設備を警備している兵士たちが、その横を素通りする自分たちを何事もないように見逃している点も気になるのだが、それは後で説明してくれるのだろうか。
自分はそんな疑問を頭に浮かべながらも、リヤ殿の後に続いて施設の奥へと進んでいった。
ふむ。
しかし、向こうから声をかけてくれて助かったな……。
ダルラン領都のマップ画面で確認していて、この先に盗賊ギルドの本拠地があることは分かっていたのだが、その入口らしき場所が複数あったので、どこから入るのが正規ルートなのか分からなかったのだ。
一般家屋や、なんの変哲もない飲食店の地下、墓地にある特定の墓の下から、衛兵詰め所の地下区画に設けられた牢屋の一室まで……盗賊ギルドの本拠地に繋がるルートは本当に無数に存在した。
いずれは全てのルートを検証をしようと思ってはいるが、間違った手順で潜入することで立ち入り禁止にでもされてしまったら、その後の検証に響くからな。
明日他の店も回って盗品を売ることが出来なかったら、雑貨屋の主人のふりをしている盗賊ギルドのメンバーにでも話しかけて、盗賊ギルドと交渉する方法などを教えてもらおうと思っていたのだ。
「ついたぞ」
だが、そんな手間をかけることなく、自分は盗賊ギルドとやらに関りを持てるらしい。
おそらく自分が、どこからどう見ても盗品であろう品を身分証無しで売ろうとしているところを盗賊ギルドの誰かに見られて、親切な盗賊によってそういったことが可能なこの場所に招待されることになったのだろう。
例え、リヤ殿が開いたその扉の先に……。
「「ようこそ、盗賊ギルドへ」」
武器を構えた大勢の屈強な男たちが待ち構えていたとしても……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,630〉〈木×20〉〈薪×765〉〈布×14〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×19,995〉〈飼料×4,240〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×240〉
〈獣の骨×700〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×240〉〈羽毛×30〉〈魔石(極小)×68〉
〈革×270〉〈毛皮×90〉〈スライム草×90〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×989〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×1,100〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×8〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉〈採掘道具×1〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉〈美術品×20〉〈宝飾品×100〉
〈教国軍の消耗品×199,200〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,200〉
〈金貨×400〉〈大銀貨×1,802〉〈銀貨×2,002〉〈大銅貨×3〉〈銅貨×2〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚