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挿話 ソメール教国でのお話 その五

本編と関係なくはないですが、主人公ではない人から見たお話です。

 

 ―― コンコン ――


「父上、アクセルです」


「入れ」


「失礼します」


 ソメール教国、教都の王族が住まう場所、箱舟の船内にて。

 教皇の執務室として使われているのであろう、床や壁の色と同じ白く気品ある家具で統一された部屋に、濡烏色の髪を短すぎない程度に整え、この国の紋章が刺繍されたサーコートを着た青年がやってくる。


 部屋の主は彼が部屋に入ってきたのを確認すると、持っていた羽ペンをスタンドに立てて、執務机の手前で簡単な礼の姿勢をとる彼のほうを見やった。


「父上、また、おそらくオース君のことだと思われる人物の情報が入ってきました」


 部屋の主が話を聞く態勢をとるのを待ってから、そんな報告を伝えた青年は、この国の第三王子、アクセル・ソメール。


「……今度は何をやらかした」


 その報告を予想していたのだろうか。

 無造作に伸びた、髪とすっかり同化しているダークブロンドの長い髭を撫でているその相手は、怪訝そうな顔を浮かべながらも、特に驚いた様子はなさそうだ。


 見た目としては人生の折り返し地点をとっくに超えていそうに見える彼は、アクセルの父親であり、この国の教皇という立場にある、マルカント・ソメール。

 部屋に設えられた調度品と似た白を基調としたローブを身にまとい、落ち着いた様子で対応してはいるが、その顔には既にやや呆れの表情も出ている。


「実は……」


 そうしてアクセルが教皇に報告し始めた内容は、一人の青年が引き起こしたとは思えない大規模な事件。


 この国に存在する中規模以下のカジノ全てで、今後の経営が難しくなるほど荒稼ぎしたこと。

 そして、国で一番大きなカジノがある都市では、普通にカジノで遊ぶ訳ではなく、あろうことか、カジノからも、それを運営する侯爵の屋敷からも、ほぼ全ての金品を盗み出すという方法で財産を勝ち取り、そのまま国外へ逃亡したこと。


 たった一人の青年にそんな大きな犯罪を許してしまった侯爵側も間が抜けているかもしれないが、そんな大事件を一人で成功させてしまう青年もいろいろな意味で常軌を逸しているだろう。


「……で、あやつのやったことだ。侯爵の方も何かやらかしていたんだろう?」


「はい。侯爵が上げてきた被害額の大きさに違和感を感じて、過去に彼が国に報告していた利益を確認したところ、どう見積もっても計算が合わない出所不明の金銭を彼が保有していることが判明いたしました」


「……」


「その出所に関してさらに調査を進めると、彼は数年前から自身で運営するカジノでディーラーに不正行為を行わせて不当に利益を上げ、しかしその利益分は国に報告せず、脱税で得た金銭を自身や協力者の私財として得ていたようです」


「……はぁ」


 教皇は息子からの報告を聞いて、頭を押さえながら重いため息を吐く。


 この大陸に存在する三か国の王の中で、実際には一番若く、しかし一番年老いて見えるその彼の容姿が、青年の報告によってまた少し老けてしまったようにも見えた。


「ある時は住民が心根の優しい人物ばかりだったことで警備が緩かった街の警備を見直させ、またある時は末端の労働者まで教育が行き届いておらず情報共有も甘かった鉱山労働現場の態勢を見直させ……そして今度は、不当な手段で収益を得るカジノの経営を見直させようとしている……やはりオース君は真の勇者ですね」


 どう考えても犯罪者である人物の報告をしてきたアクセルは、まるでそんな犯罪者の肩を持つように、彼の行為をポジティブに捉えて報告を締めくくった。


 まっすぐで生き生きとした彼の眼を見る限り、その発言は決して彼を苦し紛れに擁護しているようなものではなく、本心からそう思って報告しているのであろう事が分かる。


「ある時はなんの罪もない優しい住民の不安を煽り、またある時は多少足りない部分はあろうともしっかり機能していた鉱山労働現場をひっかきまわし……そして今度は、不正はしていようとも運営事態はうまく回っていた領地の金を根こそぎ盗っていった……そういう見方もできるがな」


 対して、教皇のほうは実際に起きた出来事を客観的に見て、現場ではどう思われるかについてを口にした。


 実際、今回報告が上がったばかりの件を除いた、既に事後処理も進んでいる前者二つに関しては、教皇のもとに、現場からそんな声が上がっているという報告も届いている。


 確かにアクセルが言っているように、この事件をきっかけにして各現場の態勢を見直すことで、それぞれが今までよりも整った環境にはなっていくだろうが、それで直接的な被害を受けた国民の心まで癒えるわけではない。


 その全ての事件の犯人である彼が、その被害を受けた人物、及び態勢の見直しなどで急に仕事を増やされた人物たちから、悪魔や魔王などと呼ばれ続けていることからも、彼が全ての人から慕われているわけではないことが察せられるだろう。


「そんな! 父上、オース君は立派な勇者ですよ! それは能力解析器でもしっかりと確認していますし、何よりこの国の種族差別だって彼のおかげで改善してきているじゃないですか!」


「分かっている……だが、その方法が荒療治すぎるのだ」


「……それは、父上も同じでは?」


「ぐぬぬ」


 教皇が息子の言葉に言い返せないでいるように、彼も己の国を変えるためにと戦争を引き起こした張本人でもあるので、何かをなすために荒々しい手段をとるという点に関しては、他人のことをどうこう言う資格はない。


 もっとも、その真実を深くまで知っているのは各国の上層部、および事件の当事者たちだけで、そんな意思に振り回されていた各国の国民たちは、教皇が信託を受けて強い行動に出すぎたという表面上の理由しか知らされていないが……。


「まぁ、とりあえずオース君が何を思ってそんなことをしたのかは置いておくとして、まずはバジオーラ侯爵領の問題を対処しなければですね。侯爵の財産が領地の運営費まで含めてほとんど盗られているので、早急に何か手を打たなければ、あの領地が立ち行かなくなります」


「そうだな……ひとまず件の侯爵は、今まで脱税していた分を借金として背負わせた上で降格処分にし、教都の厳格な文官の下に付けて再教育させるとして……そやつの屋敷やカジノに残っている売れそうなものを全て売り払い、新たに任命する領主の資金にするとしよう。アクセル、表にいる誰かに人事部門のアルガン公爵を呼んでくるよう伝えてくれ」


「はい、伝えてきます」


 アクセルは父からの指示を受けると、部屋の外で待機している騎士にそのことを伝えるため、ドアのほうへと向かっていった。


 そして教皇は、同じ姿勢を続けて疲れたのか、椅子から立ち上がると、腰を押さえながら窓のほうへと歩いて行く。


「アクセルの言う通り、確かに、この国はいい方向には向かっている……」


 窓から見える海の景色を眺めながら、彼は小さな声でそんな呟きを漏らした。


 その言葉は閉じられた窓から外に出ることもなければ、ドアから部屋の外に指示を出すアクセルの耳にも届いていないだろう。


「だが、気づいておるのだろうか……。 あやつが魔王ではなく勇者だとすると、信託にあった魔王という脅威は、まだどこかに潜んでいることになると……」


 誰に向かって放つでもない、そんな静かな独り言は、ひっそりと、教皇の胸の内側だけで、波紋のように広がっていく。


「本当にこのまま何も起きず、ただ馬鹿げた問題に対応しながら、平和になっていく国を見守っていけるのであれば良いのだが……」


 教皇は顔を上げ、真っ青な空に浮かび流れていく、大きな白い雲……いや、その向こう側へ視線を向ける。


「リアティナ様……いや、アメナ様、ルコナ様……私にまだ何かやるべきことがあれば、再び信託をくだされ……」


 教皇の泡のような呟きは、果たして彼の信じる神の元まで届いただろうか……。


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