第二百十七話 砂漠の街で検証
「ふむ……ここにも無かったか」
ソメール教国、教都での魔王事件があってから九日後。
自分はあるものを求めて教都から東へ進み続けた結果、現在、ソメール教国の東端にある開拓地、ブルムク領の東開拓拠点まで辿り着いていた。
ブルムク領は教皇直轄領から一つまた別の領地を挟んだ東側にある領地なのだが、この領地はその全体が砂漠地帯になっていて、今いる地面も遠くに見える山も何だか赤っぽい。
この景色が赤っぽくなっている原因は、この辺りの土や砂が酸化鉄を多く含んでいるからなのだが、立てられている家々も赤粘土の日干しレンガで作られていて、日本人の自分から見ると中々に異国情緒の溢れる景色に感じる。
だが、そんな別世界に迷い込んだような景色が楽しめるのもここで終わり。
ここから先は未開拓地で、国に雇われた開拓者しか立ち入れないし、そもそも進んだところで人のいる町や村が無い。
「うーむ……この辺りの街や村に無いとなると、やはり砂漠の街にある牧場で見つけられるわけでは無いのかもしれないな……」
自分がそんなところまでやってきた理由は、教皇様が持っていた杖の素材になっているオリハルコンという物質を探すため。
それがもし鉱石や宝石の類なのであれば、産出している品が粘土くらいしかない海岸沿いの街などを巡らずに、金や鉄が取れる鉱山がある山沿いの街を巡った方がいいだろうと常識では分かっているのだが……世の中、何があるか分からないからな。
もしかしたら砂漠の街にある牧場で茂みを探すと見つかるかもしれないと、自分のデバッガーとしての探求心が抑えきれなかったのだ。
「だが、物としては何も得られずとも、砂漠の牧場にオリハルコンは無かったという検証結果は得られている。デバッガーの成果としてはこれで十分だろう」
自分は今回の成果に満足して頷くと、踵を返し、柵の中に入れてくれた牧場の主に礼を言ってから、その区画を後にした。
「よう坊主、探し物は見つかったか?」
「いや、残念ながらここには無いようだ、諦めて北の鉱山を巡ってみることにしよう」
「はっはっは、そりゃあそうだ、伝説の鉱石だか宝石だか知らねぇが、そんなものが牧場に落ちているわけが無いだろうさ」
開拓地を後にしようとした自分に話しかけてきたのは、この拠点の入り口で門番のような仕事をしている開拓者の中年男性。
ここを訪れた時に牧場の場所を訪ねて、その理由を言ったのだが、この男の言う通り、常識的に考えれば、牧場にオリハルコンが落ちているわけが無いな。
開拓地と言うのは、この場所に限らず、厄介な魔物の巣などを捜索する偵察部隊、発見した巣を破壊する殲滅部隊、安全が確認された範囲に柵を張ったり拠点を建てたりする工作部隊、その拠点を守ったり前線を維持したりする防衛部隊など、様々な部隊に分かれた開拓者が活躍している。
この拠点には、柵が張られた上で簡素な出入り口は用意されているものの、街を覆う高い外壁や大きく立派な門などは特に設置されてはいないが、この入り口を警護している彼は、門番のように街の出入りを監視する役目を負っているのだろう。
ジェラード王国ではその開拓者の役割の多くを冒険者に任せているが、グラヴィーナ帝国とソメール教国には冒険者という制度は無く、普通に国が雇った民間人が傭兵のような形で開拓業についている。
だから、ここの開拓者たちには、報酬が多くもらえる可能性がある代わりに食料などの物資も自分たちで調達しなくてはならない冒険者たちとは違い、国から定期的に一定額の報酬や支援物資が送られているのだ。
先ほど確認した区画には二種類の牧場があり、片方には、その支援物資を送る際の馬車を牽くロバがいて、もう片方には、開拓先を探索する際などに活躍する騎乗用の馬がいる。
ロバも馬も、開拓者たちの生活に欠かせない開拓仲間であるし、牧場はその大切な仲間が過ごす大切な場所なのだ。
なので、見知らぬ人物が急に訪れて、伝説の鉱石を探すために牧場を巡っているなどと言ったところで、案内してもらえないどころか追い返されるとさえ覚悟していたのだが……自分が丸腰だったからか、悪意が無いことを感じ取ってくれたのか、意外とすんなり通してくれた。
街の防衛としては少々心配だが、そのおかげで検証がすぐに終わったのだから感謝しておこう。
「ではな。これは牧場を案内してくれた礼だ、受け取っておいてくれ」
「お? 干し肉と、ワインか? わざわざこんなにありがとな。次ぎに来たらお返しをするから、是非また寄ってくれ」
「うむ」
自分は背負っている大きな麻袋から、プレゼント用の小さな麻袋ごと干し肉とワインを手渡すと、改めて門番に礼を言ってから、大きく手を振りながら開拓地を後にした。
見ず知らずの人を大切な牧場に案内して、安全かどうかも分からない食べ物や飲み物を貰って喜ぶなど、本当にこの街の防衛能力が心配になるところなのだが、これまでの検証の結果、このゆるさがブルムク領の仕様のようなので構わないだろう。
ここ、東の端にある開拓地に来るまでに通った街でも、今と同じように、牧場を巡りながら、時に物価の調査や当たり判定の検証なんかをしながら進んできたのだが、このブルムク領に住んでいる人々は、その殆どが気さくで親切で、距離が近かった。
人との距離感を大事にする日本で育った自分としては、とにかく笑顔で話しかけてくる陽気な人たちが多いというだけでも少し気後れするところなのに、食事処のテラス席の前を通ったりすると、食事中の人が食べているものを分けてくれたりもするのだ。
当然、見知らぬ人からいきなり食べ物を差し出されるなどという文化には慣れていない自分は、最初はそんな距離の近さに戸惑ったりしたが、そこで引いてしまったら一流のデバッガーを名乗れないだろう。
自分は貰えるものは何でも貰い、逆にあげられるものを何でもあげてみる検証を開始した。
その結果、食べ物や雑貨、消耗品などは喜んで受け取ってもらえる上に、店でそう言ったものをプレゼントすると値切りの成功率が上がるということが分かったのだが、中には誰も受け取ってくれない種類のアイテムも存在した。
「……」
自分はそんなことを思い出しながら、ちょうど前方からこちらへ向かってくる集団を見つけると、身に纏っていたローブのフードを深くかぶりなおす……。
「そこの者、止まれ!」
だが、その集団は、自分が静かに通り過ぎることを許してはくれないようだった……。
自分の前に立ちはだかったのは、ソメール教国の国章が入ったお揃いのサーコートを着て、腰にメイスを差し、毛並みの良い馬に騎乗している集団。
自分が今着ているのは、魔法使いの服といった印象を受ける三角フードのローブで、それはこの領地の服飾店で買った、この辺りの住人が好んで着ている一般着なのだが……それでもよそ者だとバレてしまったのか、国民でも声をかける予定だったのか、この会話イベントは強制的に発生するようだ。
彼らは、今まで出会って来たこの地域の人々とは異なり、こちらに対する態度になかなかの威圧感を感じるが……まぁ、それも仕方ないのかもしれない。
「我々はソメール教国の騎士である。先日、こちらの方角に、この国の国章が刻まれた装備品や人身を売り歩こうとしていた不審者が向かっていったという報告を受けているのだが……そこの者、心当たりはないか?」
うむ……心当たりしかないな。
大抵どんなものでもプレゼントとして貰えて、逆に殆どの贈り物を喜んで受け取ってもらえる環境に遭遇したなら、どこまで図々しいプレゼントをせがむことができて、どこまでの贈り物が許されるのか、検証しないわけにはいかないだろう?
その結果、現金や高級品、家や家畜、人など、相手からプレゼントとして貰うことのできないものの種類は思った以上に多く、魔物から取れる素材アイテムやゴミなどの不用品、この国の国章が刻まれた装備品や迷子の子供など、プレゼントとして送れない物も数多く存在した。
そして、ひとつ前の街でそんな検証をしていた翌日、止まっていた宿屋に騎士が訪ねてきたのを察知して、急いで最後の街であるこの開拓地までやってきたのだ。
「ふむ……なるほど……よし」
「……とりあえず逃げよう」
自分は、風魔法で辺りに砂埃をまき散らすと、全速力でその場から逃亡した……。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【魔王】:人知を超える魔法を操り、魔物を従える。
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる。
【言語理解】:様々な言語を読み、書き、話すことが出来る。
▼称号一覧
【魔王】:勇者の枠を超え、魔王としての役割を果たした。
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,680〉〈木×20〉〈薪×815〉〈布×83〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×20,000〉〈飼料×4,340〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×470〉
〈獣の骨×700〉〈獣の爪×250〉〈獣の牙×240〉〈羽毛×30〉〈魔石(極小)×68〉
〈革×270〉〈毛皮×90〉〈スライム草×90〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×990〉〈本×90〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×160〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈教国軍の消耗品×199,990〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×99,990〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×0〉〈銀貨×0〉〈大銅貨×21〉〈銅貨×84〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚