第二十一話 Fランク依頼で検証 その一
アドーレ殿の薬屋で夜を明かした自分は、朝の鍛錬をする時間も無かったので、宿娘のソニア殿にいつも通りお湯をもらって身体を拭く事だけ済ませると、着替えてそのまま食堂に下りて朝食をとっていた。
「オースさんオースさん! 大変っす!」
「む? どうしたグリィ……殿……?」
そこに、いつもだったら眠たそうな顔で現れるグリィ殿が慌てた様子で駆けつけてきたのだが、いつもと違うのはシャキっと目を覚ましているというところだけでは無かった……。
彼女はその頭や首、手首に、鳥の羽や狼の牙、木の実などを麻の紐に通しただけの安っぽい装飾品を身に着けており、右手にはよく分からない文字が書かれた木の板を持ち、左手にはゴミ箱に捨ててありそうな紙切れを持っていたのだ……。
「とにかく大変なんすよ! 今すぐ私に金貨十枚を貸して下さいっす!」
「う、うーむ……とりあえず理由を聞いてみても良いだろうか?」
「これっす! この手紙を読んでくださいっす!」
「ふむふむ……母ちゃんオレだよオレ、乗ってた馬が貴族様を怪我させちまって、治療費に金貨十枚必要なんだ、今日中に用意して商業ギルドの預り所に渡してくれ……と」
「そうなんすよ! 早く用意しないと私の息子が貴族様に首をはねられてしまうっす!」
「グリィ殿……貴女には息子がいるのだろうか?」
「いや、全く覚えが無いっす! でも、ずっと前に手の甲にキスされたことがあるっすから、もしかしたらその時に……」
「……うーむ、いや、色々と言いたいことはあるのだが……例えそれで子供が出来たとしても、それを生むのはグリィ殿だろう?」
「え? あ……確かに……じゃあこの手紙は一体……」
そして自分はグリィ殿にそれは詐欺の類だと説明して、代わりにその身に着けている装飾品や持っているお札のようなものはなんだと尋ねた……予想通り、金運がアップするだとか、恋愛運がアップするだとか、悪い事が起きにくくなるといった効果を持つアクセサリーやお守りのようで、ファンタジーの世界ならそんなものがあってもおかしくないと思い【鑑定】してみたのだが、そんなことは無く銅貨数枚程度の価値しかないアイテムだった。
女性ならアクセサリーくらい買うかもしれないとは思っていたが……まさかこんな物を買ってくるとは予想外だな……。
「グリィ殿……もしかすると部屋によく分からない壺を飾っていたりするのだろうか?」
「へ? オースさんよく分かったっすね……なんか魔族から身を護ってくれるとかで、あれが一番高かったんすよー、おかげで持ってたお金を全部使い果たしちゃったっす!」
うむ……やはり彼女は自分がつい避けてしまいそうな検証を自然とやってくれる才能があるようだ……自分は彼女に薬だけは売られても買わないようにと注意して、他は影ながら見守ることにした。
「とりあえずその装飾品やお札は仕事をするには邪魔だろう、部屋に飾ってくるといい」
「了解っす!」
自分は金貨十枚を払わなくても良いと分かり嬉しそうな様子で自分の部屋へと戻る彼女を見送ると、少し冷めてしまったオートミールを口に運びながら、今日からどんな依頼を進めようかという考えに思いを巡らせる……楽しそうな様子だし、グリィ殿の趣味は別に止めなくてもいいだろう。
しばらくして普段通りの格好で戻って来た彼女が朝食を食べるお金も残っていないというのでオートミールを奢ると、喜ぶ彼女がどんな休日の過ごし方をしたのか話しながら朝食を食べるのを待つ……どうやら街の中の食べ物を扱う露店を隅から隅まで巡って買い食いしていたところ、怪しい風貌の人に声をかけられ、自身がいかに危ない運命を背負っているか聞かされて、それを回避するための商品を次から次に買うことになったそうだ。
自分はそのいかにもな詐欺に引っかかっているグリィ殿の話を聞いて、ついでと思いゴブリンの魔石に関する支払いは分割払いにした方がお得だと言葉巧みに納得させてから、今月の分だと大銀貨二枚だけ支払って、ご機嫌な様子の彼女と一緒に今日の依頼を探すため冒険者ギルドへと向かった。
《称号【仲間を欺く者】を獲得しました》
うーむ、称号は何故こういう時ばかり反応するのだろうか……。
♢ ♢ ♢
「おはようエネット殿、お久しぶりである」
「ひぃっ、オースさん! お、おはようございます……そういえば最近平和……いや、お見かけしませんでしたね」
「うむ、グリィ殿と戦闘訓練をして、ゴブリン掃討作戦に加わって、その後しばらく休んでいたからな……普通の依頼を受ける機会が無かったのだ」
「あはは……Fランク冒険者で毎日依頼を受けずに生活できているのはオースさんくらいですよ……あ、そちらが噂のグリィさんですね? 初めまして……ではないですけど、よろしくお願いしますっ」
「これはどうもご丁寧に、オースさんとパーティーを結成させていただいたグリィっす、私は今まで違う依頼受付の方にお世話になってたんで、エネットさんに依頼の対応をしていただいたことは無かったっすね、これからはオースさんと一緒にお世話になると思うんでよろしくお願いするっす」
自分たちはそんな風に近状を報告したり、自己紹介をしたりして少しの間だけエネット殿と雑談をした……彼女としてはFランク冒険者が頻繁に顔を出さないのは珍しいので、ゴブリン掃討作戦で達成報酬をもらっているとはいえ、食べるのに困ってたりしないか少し心配をしていたらしい。
「そうなのだエネット殿、実は今日から食べるのに困るところだった」
「あはは……納品依頼で荒稼ぎするオースさんでも、流石に何日も持ちませんよね」
「私の小銭入れが空っぽなのはいつもの事ですが、まだあまりオースさんのお役に立ててないっすからね、今日からはガンガン依頼を達成して見せるっす!」
「うむ、そういうわけでエネット殿、納品以外のFランクの依頼を見せて欲しい」
「はい、また街の中などで行う依頼ですねっ、少々お待ちください」
そして金欠の二人組パーティーはエネット殿に用意してもらった依頼書の中から出来るだけ条件の良い依頼を探し始めた……しかしどうあがいてもFランク依頼だ、達成しても拘束時間プラス一日分くらいの生活費しか得られないものが殆どだった。
納品依頼なら一度に大量の報酬を稼ぐことも可能かもしれないが、乱獲しすぎて環境を壊してしまうのは良くないし、何より自分が依頼を受ける最大の理由は検証だ……同じ依頼ばかり受けていてもしょうがないだろう。
「ふむ……これと、これは良いんじゃないだろうか」
「うーん? 報酬は他とあまり変わらないような……あ! 食事付きっすね!」
「うむ、依頼人も農家や商人だ、それなりにバランスの良い食事が出てくるだろう」
「いいっすね! それにしましょう!」
自分が選んだ二つの依頼、片方はゴブリン掃討作戦の時に赴いたウィートカーペット村で小麦の収穫を手伝うというもので、もう片方は大商人の屋敷を大掃除してほしいと言うものだった。
報酬は確かに他の依頼と変わらない拘束時間プラス一日分の生活費しか出ないものだったが、食事付きということは、既に宿代を前払いしてある自分たちが受ければその報酬がそのまま報酬になるということだ。
グリィ殿もその計算に行き着いたのか、ただ単に食事付きという単語に惹かれただけなのかは分からないが、乗り気なようなので詳細な理由はどうでもいいだろう。
「家事手伝いの方は二日後から開始の依頼と書いてあるので、その間に小麦の収穫を終わらせればいいだろう……エネット殿、まずはこちらの受注処理を頼む、そしてこちらは二日後に受けに来るので予約しておこう」
「いえ、あの……さりげなく依頼を確保しようとしてますけど、それは出来ないルールでして……」
「なんだと?」
「ひぃっ……」
「……」
「うぅ……そんな怖い顔されてもダメなものはダメなんですぅ……グリィさんも何か……」
「ダメっすよ、エネットさん」
「そ、そうなんです、出来ないものは出来な……え? 私?」
「そうっすよ! 金欠で空腹の可愛そうな冒険者のために、出来ないものをどうにかするのがエネットさんの役目っす!」
「そんなこと言われてもぉ……ひっく……ダメなものはダメで……ひぇぇえん、オースさん一人の時より大変なことになってしまいましたぁぁぁ……」
そうして暫くごね続けた自分たち二人は、騒ぎを聞きつけた鬼神ミュリエル殿に怒られ、一時間ほど正座で反省させられてから小麦収穫の依頼だけ受けて街を出ることになった。
この世界に、春から夏に変わる頃にやって来てからおよそ二ヵ月……日本でいうと北海道に近い涼しい気候のためか、夏の中旬から下旬にかけて小麦の収穫時期を迎えるらしいこの国で、意識してみれば確かに涼しいと言っても太陽の主張が激しく、遥か前に統合された【暑さ耐性】が無ければきっとじんわりと汗が出てくる気温なのだろう。
そんな夏真っ盛りの街の外、土が踏み固められただけの道の上、水袋を肩から掛けただけの軽装な二人は、ウィートカーペット村を目指して、北に向かって歩いていった。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【物理耐性】:物理的な悪影響を受けにくくなる
【精神耐性】:精神的な悪影響を受けにくくなる
【時間耐性】:時間による悪影響を受けにくくなる
【異常耐性】:あらゆる状態異常にかかりにくくなる
【五感強化】:五感で得られる情報の質が高まる
【知力強化】:様々な知的能力が上昇する
【身体強化】:様々な身体能力が上昇する
【成長強化】:あらゆる力が成長しやすくなる
【短剣術(基礎)】短剣系統の武器を上手く扱える
【剣術(基礎)】:剣系統の武器を上手く扱える
【槍術(基礎)】:槍系統の武器を上手く扱える
【短棒術(基礎)】:短棒系統の武器を上手く扱える
【棍棒術(基礎)】:棍棒系統の武器を上手く扱える
【体術】:自分の身体を高い技術で意のままに扱える
【投擲】:投擲系統の武器を高い技術で意のままに扱える
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【薬術】:薬や毒の効果を最大限に発揮できる
【医術】:医療行為の効果を最大限に発揮できる
【掃除】:掃除の効果を最大限に発揮できる
【サバイバル】:過酷な環境で生き残る力を最大限に発揮することができる
【解体】:物を解体して無駄なく素材を獲得できる
【調合】:複数の材料を使って高い効果の薬や毒を作成できる
【料理】:複数の材料を使って高い効果の料理を作成できる
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【鑑定・計測】:視界に収めたもののより詳しい情報を引き出す
【万能感知】:物体や魔力などの状態を詳細に感知できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】 <NEW!>
▼アイテム一覧
〈一人用テント×1〉〈調理道具×1〉〈食器×2〉〈布×20〉〈ロープ×7〉〈杖×1〉
〈村人の服×1〉〈盗賊の服×4〉〈麻袋×5〉〈水袋×5〉〈毛布×5〉〈松明×8〉〈火口箱×1〉
〈水×97,000〉〈枯れ枝×650〉〈小石×1,800〉〈軟石鹸×10〉
〈治癒薬×5〉〈上治癒薬×15〉〈特上治癒薬×5〉〈解毒薬×15〉〈上解毒薬×5〉
〈鎮痛薬×15〉〈風邪薬×25〉〈緩下薬×15〉〈止瀉薬×15〉〈鎮静薬×10〉
〈筋力増加薬×5〉〈精神刺激薬×5〉〈麻酔薬×5〉
〈毒薬×50〉〈猛毒薬×15〉〈劇毒薬×5〉〈麻痺毒薬×15〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×900〉〈獣生肉(上)×1000〉〈鶏生肉×250〉
〈生皮×550〉〈上質な生皮×197〉〈皮屑×18〉〈獣の骨×747〉
〈獣の爪×250〉〈獣の牙×250〉〈羽毛×50〉
〈魔石(極小)×90〉〈棍棒×300〉
〈ナイフ×3〉〈シミター×2〉〈ショートソード×1〉〈槍×1〉〈メイス×1〉
〈ボロ皮鎧×1〉
〈大銀貨×0〉〈銀貨×9〉〈大銅貨×5〉〈銅貨×2〉
▼残り支払予定額:グリィ
〈大銀貨×20〉