第二百十話 マギュエ決勝で検証 その六
引き続きマギュエの最終決戦。
魔法闘技場のステージは、あいかわらず半球状の水で覆われている。
「【要塞】」
「【要塞】」
「【要塞】」
—— ゴボゴボゴボ ——
そして現在、自分と教皇様は、その水の中で向かい合いながらも、ただひたすら自身の周囲へと何重もの魔法障壁を重ね掛けしていた。
うーむ……それにしても、教皇様があの状態でも魔法が使えたとは……。
この闘技場のステージが水で満たされる前に、周囲の空気ごと魔法障壁で覆えていた自分は、魔法の発動句も正常に唱えられるので、何の阻害も無く魔法を発動できるのは分かるのだが……。
周囲に空気が無い教皇様の方も、水中でゴボゴボと気泡を漏らしているだけなのに、魔法が発動できている……。
もしかすると、魔法の発動句は、別に完璧に発音する必要はないのだろうか。
まぁ、確かに、人によって言葉に訛りがあったりするだろうし、発動句は発動待機状態になっている魔法のロックを解除するような役割しか持っていないからな……その可能性はありえる。
なるほど……これはまた気になる検証項目が増えてしまったな……。
というか、その状態でも魔法が使えるなら、先ほどわざわざ自分が教皇様に対して治癒の魔法を使わなくてもよかったのではないだろうか……。
自分は、どこか納得がいかないそんな考えを巡らせながら、魔法障壁の重ね掛けを続ける……。
次に検証する項目は、水の凝固が及ぼす膨脹に耐えられたこのステージを覆う魔法障壁が、水の蒸発による急膨脹……水蒸気爆発のような威力に耐えられるかどうかだ。
水が氷になる際に膨張で増える体積は、元の体積の十分の一程度だが、水が水蒸気になる際の膨張率は、千五百倍を超える……。
魔法に対しても物理に対しても絶対的な防御力を誇るとされている、マギの目による魔法障壁だが、ここで逆に耐えられてしまったら、その膨れ上がる体積の中にいる自分と教皇様は間違いなく潰れるだろう。
牢屋で事前に検証した結果、この魔法障壁の耐久力が、非常に高くとも無限ではないということは分かっているので、おそらく、自分たちに影響が出る前に、ステージを覆う魔法障壁が破れるだろうという予想は出来ているのだが、それでも、破れるまでの一瞬はそれなりの圧力が加わるからな……どちらにせよ魔法障壁の重ね掛けは必須だ。
教皇様も科学的な知識があるのか、ただ単に直感として危機を察知しているのかは分からないが、自分に攻撃を加えようとすることも無く、必死に自身の周囲に魔法障壁を重ね掛て展開し続けている。
「うむ、このくらいでいいだろう」
そうして、ある程度納得がいくまで魔法障壁を重ね終えた自分は、その一つ一つが半透明とはいえ、重なりすぎて外側が全く見えなくなってしまった光景を見て頷いた。
そのせいで教皇様の様子も目視は出来ないが、【超観測】で魔力的に確認する限り、あちらもそれなりの魔法障壁を張り終えているようなので問題ないだろう。
まぁ、ゴボゴボ言っていたせいで息の方がもたなくなったようで、自分と比べると何枚も少ない時点で中断しているが、自分の計算ではそれでも衝撃に耐えられるはずだ。
むしろ、これ以上時間をかける方が、教皇様の呼吸的にも迷惑だろうな。
「すぅー……はぁ……」
深呼吸をする。
流石に自分が魔法障壁内に確保した空気も酸素濃度が低くなってきているので、そろそろ限界だが、次の作業はそれなりの集中力を要するのだ……。
自分は、【超観測】で闘技場の地形や人の動き、ステージを覆う魔法障壁の大きさなどを把握して……その大きな半球状の魔法障壁の内側……天井付近に、直径一メートルほどの魔法陣を出現させた。
そして……。
「【灼熱】」
行使した魔法は、指定範囲に、金属が一瞬で融解するほどの超高温地帯を発生させる魔法……。
自分はそれを、水で満たされた魔法障壁の天井部分の、ごく狭い範囲を対象にして、放ったのだ。
—— —————— ——
観客席にいる人たちからすると、一瞬、世界から音が消えたような感覚に陥るかもしれない。
だが、しばらくすれば、キーンという耳鳴りと共に、世界に音が戻ってくるだろう。
重ね掛けされた魔法障壁のせいで、自分の方には外の音も景色も直接は感知できないが、どうやらこの検証は想定通りの結果に終わったらしい。
ステージを覆っていた魔法障壁が消えていて、魔法闘技場の中はステージを越えてほとんどの区画が水浸しになっている。
自分は、【超観測】でその状況を確かめると、重ね掛けしていた魔法障壁を全て解除して、自身の目で改めてその様子を確かめた。
「うむ……酷い状況であるな」
水蒸気爆発の被害が観客に行かないよう、天井付近だけ高温で熱したわけだが、その天井部分を真っ先に破壊した水蒸気爆発の威力は結構なものだったようで、高温の魔法を発動させたあたりから上に向かって、水煙がそれなりの高さまで伸びている。
そして、爆発の直接的な衝撃は真上に逃がせたが、その余波や、魔法障壁が消えて溢れた水に関しては全く考慮していなかったので、未だにどこかに逃げることなくこの試合を見続けてくれていたらしい観客たちは、全員びしょびしょに濡れた上で、目を回して倒れていた。
きっとスタングレネードほどではないだろうが、水蒸気爆発によって硬い魔法障壁が破壊された時にそれなりに大きな音が出ていたようだから、自分や教皇様と違ってその音を直に聞いてしまった観客たちは、一瞬でも方向感覚が麻痺するくらいのダメージを負ったのかもしれない。
ただそれでも、この場にいるのは多少なりとも魔法や戦闘の心得がある人ばかりだ。
直感的に耳を塞いで身を低くしたのであろう人物から、一人、また一人と、復帰して立ち上がっては、あたりの惨状を目の当たりにして目を白黒させている。
だれもが、それぞれに、この状況に対する驚きを表現しているが、ひとまず、大きな怪我を負っている人などはいないようだ。
もしかするとマギの目が、観客に被害が及ばないようにと、観客たちに魔法障壁などを張ってくれていたのかもしれないな。
「一番重症なのは、やはり、教皇殿か……」
観客に怪我がない一方で、教皇様の方は、かなり苦しそうな様子である。
しばらく呼吸が出来ていなかったせいで酸素も足りていないようだが、燃費の悪い魔法障壁の重ね掛けで、魔力の方も底を尽きかけているだろう。
「はぁ……はぁ……」
しかし、彼は今もなお、浮力のある魔力を足に纏わせ、いくらか水位の下がった水面に立った状態で、黄金の杖を手に、こちらを睨みつけている。
水を滴らせて、肩で息をしている状態ではあるが、まだ戦意は失っていないようだ。
「うーむ……まだ降参する気はないか?」
「はぁ……はぁ……それは……ありえぬ……」
一応確認してみたが、どうやらまだ降参はしてくれないらしい。
これが魔法ダメージしか計算されない試合である以上、もう魔力が殆ど無い教皇様に勝機は無いと思うのだが、なかなか強情なお方である。
……まぁ、自分としては、その方がありがたいが。
もちろん、こちらは魔力の持続回復効果がかかっているので、今もなお凄まじいスピードで魔力が回復しており、このまま戦っても余裕で勝てそうだという理由もあるのだが……それだけではない。
……まだひとつ、検証しておきたい項目が残っているのだ。
「ふむ、そうか……では、最後の検証に付き合っていただこう」
自分はそう言って、片手を、天に伸ばす。
まだ魔力が全然回復しきってはいないが、まぁ、何とかなるだろう。
自分が次に発動する魔法の、発動先は……この街全体だ。
「……っ!?」
手のひらを天に伸ばし、一拍置いた後、突如、上空に、この街全体を覆いつくすほど大きな魔法陣が出現する。
もちろん、それを出現させたのは自分で、この魔法陣が、次の検証項目だ。
「ば、馬鹿な……! マギュエの試合中、ステージ内であれば魔法の行使が許されるとしても、ステージの外に魔法を発動させようとしても……? っ!?!」
そう……確かに、この箱舟において、基本的に魔法の行使は認められず、それはマギの目によって管理されている……。
それでもマギュエの開催時に魔法闘技場のステージ内で魔法が行使できるのは、これが安全面に配慮された環境の中での試合であり、魔法障壁の外まにまでは被害が及ばないという前提があるからだ。
だが、そのステージ外への被害を防ぐはずの魔法障壁が無くなったらどうなるのか……。
その検証結果は、どうやら、ステージの外どころか、箱舟の外に対しても魔法が行使できるようになっているというものらしい。
今の状況と長年のデバッガー経験から察するに、おそらくこれは、どこまでを魔法闘技場のステージ内と判断するかの境界となっていた魔法障壁が無くなったことで、マギの目に何らかのエラーが発生してしまい、マギュエだけでなく、箱舟自体に障害が発生している形だろうな……。
きっと、今の状態であれば、観客席にいる人たちも箱舟の制限に引っかからずに魔法が使えるだろう。
「ふむ……このゲームを検証し始めて、やっと、不具合らしい不具合に遭遇したな」
不具合が無いのは良いことだが、デバッガーとしては、やはり不具合を発見し、報告している時こそ、自分が仕事をしているのだという実感が湧く。
……まぁ、未だに報告する相手がいないのだが。
「貴様……っ! その巨大な魔法陣は、いったいなんだ!? 一体なにをしようとしている!!?」
む……余計なことを考えていて、検証の途中だったことを忘れていたな。
だが、教皇様の疑問はどういうことだろうか……?
確かに魔法陣の大きさこそ、とてつもないが、その内容は、別に大したものでもないだろう?
「何と言われても……教皇殿なら、別に説明せずとも魔法陣の内容が読み取れると思うのだが」
「!? ……いや、確かに……大きさの割にはシンプルな魔法陣だ……。そう……まるで……土属性の……初級魔法のよう……な……」
「うむ、正解である」
「き……きさま……やめ……」
「【石】」
「っ!」
それは……ただ、石を作るだけの魔法……。
教皇様が解読した通り、土属性の初級魔法、殆どそのままである。
魔法陣の上に、石を作る……それだけ。
既存の初級魔法と異なる点は、無駄な記述を省いた点と、その大きさだけである。
気になる点を一つ上げるとするならば……。
……この魔法陣が描かれている場所が、この街の上空である。という部分だろうか。
ちなみに、この魔法の効果は「魔法陣の上に、石が形成される」というだけなので、発動中は石の位置が魔法陣の上に固定されているが、少しずつ大きくなっていく石が魔法陣の大きさに合ったサイズに達した時や、途中で魔法の行使を中断した時、石の位置固定は解除される。
つまり……。
「教皇殿……これでも降参しないか?」
これは、この街の住人全員を人質に取ることで、試合に勝利できるかどうかの検証である。
▼スキル一覧
【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。
【全耐性】:あらゆる悪影響を受けにくくなる
【全強化】:あらゆる能力が上昇する
【武器マスター】:あらゆる武器を高い技術で意のままに扱える
【武術】:自分の身体を特定の心得に則って思いのままに扱える
【魔術】:自分の魔力を特定の法則に則って思いのままに操れる
【錬金術】:素材と魔力で様々なものを生み出し、扱うことが出来る
【実力制御】:自分が発揮する力を思い通りに制御できる
【家事】:家事に関わる行動の効果を最大限に発揮できる
【冒険術】:冒険に必要な行動を高い水準で実行することができる
【諜報術】:様々な環境で高い水準の諜報活動を行うことが出来る
【工作】:様々な素材を思い通りの物に加工することが出来る
【指導術】:相手の成長を促す効率の良い指導が出来る
【コンサルティング】:店や組織の成長を促す効率の良い助言ができる
【舞踊】:あらゆる条件で思い通りに踊ることができる
【超観測】:任意の空間の全ての状況や性質を把握できる
【人族共通語】:人族共通語で読み書き、会話することができる
【人族古代語】:人族古代語で読み書き、会話することができる
【古代魔術語】:古の魔法陣を読み解き、描き、呪文を詠唱することが出来る
▼称号一覧
【連打を極めし者】
【全てを試みる者】
【世界の理を探究する者】
【動かざる者】
【躊躇いの無い者】
【非道なる者】
【常軌を逸した者】
【仲間を陥れる者】
【仲間を欺く者】
【森林を破壊する者】
【生物を恐怖させる者】
【種の根絶を目論む者】
【悪に味方する者】
【同族を変異させる者】
【覇者】
【権威を振りかざす者】
【禁断の領域に踏み入れし者】
【自然に逆らいし者】
【奪いし者】
【獣を操る者】
【世界征服を目論む者】
【魔王と呼ばれし者】
【人の道を外れし者】
【民衆を脅かす者】
【人とみなされぬ者】
▼アイテム一覧
〈水×999,999+〉〈土×999,999+〉〈石×199,680〉〈木×20〉〈薪×815〉〈布×89〉
〈食料、飲料、調味料、香辛料など×1,960日分〉〈保存食×20,000〉〈飼料×4,340〉
〈獣生肉(下)×1750〉〈獣生肉(中)×500〉〈獣生肉(上)×480〉〈茶蕎麦×500〉
〈獣の骨×710〉〈獣の爪×260〉〈獣の牙×248〉〈羽毛×40〉〈魔石(極小)×69〉
〈革×274〉〈毛皮×99〉〈スライム草×100〉〈抑制の首輪×5〉
〈着替え×1,000〉〈本×100〉〈遺物×10〉〈宝石・鉱石×170〉
〈冒険者道具×1〉〈調理器具×1〉〈錬金器具×1〉〈変装道具×7〉
〈掃除道具×1〉〈茶道具×1〉〈絵画道具×1〉〈手持ち楽器×4〉
〈木刀×1〉〈ミスリル合金の軽鎧×1〉〈ミスリル合金の短剣×1〉
〈音信のイヤリング×1〉
〈教国軍の消耗品×200,000〉〈教国軍の装備品×19,990〉〈教国軍の雑貨×100,000〉
〈金貨×0〉〈大銀貨×1〉〈銀貨×11〉〈大銅貨×135〉〈銅貨×84〉
▼ 商業ギルドからの借金
オース名義:金貨2枚
グリィ名義:金貨2枚