挿話 マルカントの日常
本編と関係ないわけではない、他の人から見たお話です。
私はリアティナ聖教の教皇という地位につき、ソメール教国の最高権力者ともなっている、マルカント・ソメールだ。
肩書としては大それてはいるが、実際は、国務に加えて教会の面倒も見なくてはいけないという、ただ忙しいだけの立場かもしれんな。
リアティナ聖教が他の国にも浸透していれば、教会を通じて他国の政治にも干渉できたかもしれないが、人間以外の種族を人族として認めないという教えが、エルフやドワーフも生活している国で広まるはずがなく、各国に教会を立てさせてもらうこともできない。
はっきり言って、リアティナ聖教の教皇であるメリットは、殆どないのだ。
確かに、国の権力が一人に集中していることで、何を決めるにしても反対する者が現れず、国務が滞ることなく素早く進められるというメリットはあるだろう。
だが、そのメリットは、教皇が欲望まみれで身勝手な人間になったとたん、デメリットに変わってしまう。
本当に……私の父が教皇だった時代は、父の暴走を止めるのが大変だった。
こんな不安定なメリットを抱えるくらいなら、他国のように、権力は最初から分かれていた方がいいのだ。
他の国の統治事情として、王族、貴族、教会など、権力が分散していることによって発生する障害もあるというのは理解している。
だが、複数の頭が全て悪に染まることが無ければ、悪政を止めようと行動する者も現れるだろう。
箱舟に所蔵されていた書物、あるいは遺跡などから発掘される文献を読み解くに、王の統治があまりにひどい場合、貴族が旗を掲げて内戦がおこり、王族となる家系が変わることもあったらしい。
各国の王も、そう言った文献は読んでいるようで、ジェラード王国はそう言ったことが起こらない治政を心がけていて、グラヴィーナ帝国はむしろ王の入れ替えをより簡単に行える仕組みを作るということで解決しているようだ。
その点……この国はどうだ?
先祖が我々のために残してくれた過去の文献から、いったい何を学んでいるというのか、国の成り立ちからして、実に自分勝手ではないだろうか。
箱舟で得られる資源や安全性を独り占めするために、一人だけその戦いに備えていたマギュエで勝利して、この土地を自分のものにした? なんとバカバカしい。
この私にもそんな初代教皇の血が流れているなどとは思いたく無いほど醜い考えだ。
きっと、父にその血が色濃く出たことで、その子供である私が冷静な考えを持つことが出来たのだろう……そう言った意味では、父にも感謝せねばならぬな。
だが、私一人が声を上げたところで、既にこの国に根付いてしまっているリアティナ聖教の……いや、初代国王の考えは、そう簡単に無くならない。
だから、娘のシェスリアが神の知らせを届けてくれた時は、これこそが神の与えてくださった天啓であり、転機であると思い、心の底から神に感謝をささげたものだ。
リアティナ様を最高神と掲げるリアティナ聖教の教皇である私が、今回の神託をくださったアメナ様とルコナ様に対してそれ以上の感謝をささげるなど、教会の司祭たちに知られたら八つ裂きにされそうなことだが、私はそれほどまでに、この国を変える機会を与えてくださった二柱様に感謝している。
この国を変える算段は一瞬で整った。
私が悪政ばかり考案する父を毒殺し、自分が教皇となってから今まで、他国から娶った妻に相談しながらずっと構想を練っていたからな。
他国に戦争を起こさせ、この国を一度滅ぼす。
荒療治という表現では足りないほど荒々しすぎる治療方法かもしれないが、病気や害虫の浸食が根元まで伸びてしまった樹は、その周辺の樹を巻き込んででも燃やし尽くしてしまわねば、それ以上多くの樹をダメにしてしまうものだ。
それに、アメナ様とルコナ様からいただいた神託によれば、近いうちに勇者と魔王の戦争が始まるらしいではないか。
祖先の文献から歴史的な失敗を学び、争いの火種を起こさないよう努めてきた我々新人類は、そのせいで逆に争いという争いを経験したことが無い。
ここで一度でも経験を積んでおかなければ、大きな争いが起きた時に対応できないだろう。
我が国の民には少々では済まないほどの迷惑をかけ、償っても償いきれないほどの損害を出してしまうかもしれないが、これはこの国の、敷いてはこの世界の未来のために必要な犠牲なのだ……。
と……そう、思っていたのだが……。
今、目の前にいるこやつが……人が入念に計画して、準備に準備を重ねた上でついに決行したこの作戦を……よくもまあ、これだけめちゃくちゃにしてくれたものだ。
魔王と言うのは、そこまでして人類を徹底的に潰すつもりなのか……?
せっかく起こったグラヴィーナ帝国との戦争も、大規模な戦いになる前に止められてしまった。
その影響で、あの戦いで両軍によって怪我人は出ていても死者が出ていないというのは喜ばしいことなのかもしれないが、あれでは本来得ようとしていた大規模な戦闘経験がろくに得られていないだろう。
こやつの仲間であるハーフ種族を捕えるための一騒動でも同じように、相手どころか、こちらの被害も軽い怪我人くらいだったというじゃないか。
これでは人類は、人の命が係わる戦闘に慣れる前に、魔王軍に一方的にやられてしまうやもしれん。
こうなればもう、私が直々にこやつを止めるか……せめて、その戦いを大勢の人間が目撃することで、本当にその備えが必要であることに気づいてもらうしかない。
ただ……。
「ひとつ、頼みごとをしても良いか?」
「ふむ? 頷くかは分からないが、とりあえず言ってみて欲しい」
「万が一私が負けたとしても……私の妻や息子たちには手を出さないで欲しい」
「……」
見た目だけで判断するなら、決して魔王には見えない青年は、私の問いかけに対して、深く考えるようなそぶりを見せる。
いや、本当に考えてくれているのか……?
仮に何かを考えているとしても、こやつが何を考えているのか、私の今までの人生経験をもってしても全く読めない。
「丁重にお断りさせてもらおう」
「……」
返答の内容としては、なんとなくそんな気はしていたが……やはり、こやつがその答えを導き出すに至った考えは読み解けない……。
「理由を聞いてもよいか?」
「うーむ……しいて言えば、検証のためだな」
「……」
やはり、こやつの行動、考え、その全てが、私の想像できる領域の外にあるようだ。
その行動が部下の報告から上がってきたときも、直接相まみえてからも、こやつの思考パターンも行動パターンも何一つさっぱり分からない。
魔王というのは、人類とは何かが根本的に異なる種族なのだろうか。
「お主が私の家族を手にかける理由は無いだろう?」
「そうだな、だが……」
そう……その時までは、思っていた。
「……そうでも言わないと、教皇陛下が全力を出してくれないと思ったからな」
だが、実際にその考えを聞いてみれば、なるほど……その考えは非常に分かりやすいもののようだ。
「ふっ……ふふふ」
「……?」
「ふっふっふ、だーはっはっは!」
直接的な被害があるわけでも無い戦争を止めた上に、彼自身の仲間に対して攻撃の刃を向けようとも撃退するのみで死者は出さず……。
一度は、アクセルが言うように、こやつが本当に勇者なのかもしれないと思ったこともあったが……どうやら一時の気の迷いだったようだな。
争いを止めると言っておいて、最後に求めたのは、全力での戦い……。
こやつは最初から戦いに……血に飢えていたのだ。
「……あい分かった」
「よく分からないが、分かってくれたのか?」
「ああ……」
であれば、話は簡単だ……。
「家族を……この国を……そしてこの世界を守るために……私も全力で戦おう」